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07/14 2011
 この本は「スタンフォード留学の2年間で5人しかかわいい女性を見なかった」といった個人視点による政治的に正しくないマイニュースが随所に面白いのだが、突然でてくる日本の労働市場の具体的な話も興味深い。→『米国製エリートは本当にすごいのか?

 まず、今後は「半分サラリーマン型」の契約記者・編集者が徐々に広がっていく、との予想についてであるが、これは「経営層」と「資本」のいずれか(または両方)が変わらない限り、難しい。

 日本メディアの編集長→編集局長→担当役員→社長という経営層のライン系キャリアパスは、全員が100%サラリーマンで、優秀なフリーがヘッドハンティングされていきなりトップに就くことはない。

 十年一日のごとく、新入社員のときから同じ会社にいた人間がライン長につき権限を握っているのだから、新しい発想は生まれない(だからイノベーションが起きず衰退の一方なのだ)。

 資本のほうは、さらに変化の見込みがなく、ルパードマードックが毎日新聞あたりを買収でもしてくれれば変わるだろうが、投資先としての魅力が全くないので、今後も変わらないだろう。

 したがって、
 具体的なイメージとしては、月に何本記事を提供するといったノルマをこなせば、他の媒体で仕事をしたり、副業をしたりしてもかまわないうえ、取材にあたっては、契約する会社の名刺を使わせてもらえるという契約です。
 といった「半分サラリーマン型」の契約記者・編集者は、今のパラダイム下では実現しない。「おれも昔はそうだった」「そんな虫のいい話はない」というのが日本企業のムラ社会的発想で、「うちの名刺を使う以上、専属以外ありえないだろ」でおわり。

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「ジャーナリストがサラリーマンを卒業するとき」

 

 

 すでに現在でも、専属契約の社員は普及していて、編集部30人中15人ほどが契約だという『SPA!』をはじめ、『週刊文春』『週刊現代』などの週刊誌は記者・編集者の半数程度が契約社員で、いつでも不要になったらクビを斬れる。違いは会社の名刺を使って他のフリーの仕事をしていいかどうかだが、これを会社が表向きに認める可能性はゼロだ。取材先とのトラブルになるだけだからである。

 半分サラリーマン型に続く2つめの働き方として紹介されているのが、エース級の人物を専属契約で囲い込む形。

『ニューヨークマガジン』の推計によると、『フラット化する世界』の著者トーマス・フリードマンは、コラムニストをつとめる『ニューヨークタイムズ』から得る30万ドルの給料に加えて、印税収入と講演料(1回あたり4万ドル)を得ています。ビジネス書のカリスマ、マルコム・グラッドウェルは、スタッフライター契約を結ぶ雑誌『ニューヨーカー』からの収入25万ドルと、印税収入、講演収入(1回あたり3万ドル)を合わせて、合計150万ドルを稼いでいます。『ウォールストリートジャーナル』紙でITコラムニストをつとめるウォルト・モスバーグに至っては、会社から100万ドルの報酬を得ているといいます。
 これに相当する稼ぎを実現したジャーナリストは、日本でいうと筑紫徹也氏と田原総一朗氏くらいだが、どちらもテレビ人で、活字世界で囲い込まれたスターといえば、かつて朝日新聞に囲い込まれた夏目漱石(エリート銀行員の初任給が月35円の時代に年収3600円の契約だったという)くらいだろう。

 今、多額の報酬を払える体力がある媒体といえば、朝日、読売、日経、そして大手出版社くらいのものだが、たとえば勝間和代氏に1年間、専属的に仕事をしてもらう代わりに年間2~3千万円払う、といった発想は全く湧き出てこない。合理的に考えると部数は伸びて売上増が見込めるから、投資対効果を考えれば十分にありうる選択肢ではあるが、一言でいえば「ひがみ」根性が根底にあって、経済合理性では意思決定されないのだ。

 比較的に自由度が高めな雑誌の世界では、かつては立花隆氏が『週刊文春』や『週刊現代』で、優秀な社員スタッフチーム付きで年間1千万円超の原稿料で連載していた時代もあった(『田中角栄研究』『同時代を撃つ!』など)が、もはや自社社員の給与水準を維持するために外部からコストを削っていく、という流れは不可避となった。社員のバカ高い給与を守るために、媒体のジリ貧を容認する、という緩慢な自殺の過程を選択しているのだ。

 講談社や文芸春秋などは無駄な人件費の宝庫であり(この事実については内部の社員ほど反論できない確定的な事実)、リストラさえすれば立花隆クラスの5人や6人は簡単に囲い込むだけの体力があるので、いくらでも改革の余地はある。労組と刺し違える覚悟を持った経営者のリーダーシップと経営判断1つで、ダントツ1位の雑誌を作れてしまう。だが、自殺過程に入っている出版社はやる気がない。これも経営判断だ。やはり、資本と経営が入れ替わらない限り、スタープレーヤー契約もありえない。

 つまるところ.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 
11:44 07/15 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(4858)


07/13 2011
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 「ペンは剣よりも強し」は、実際の由来はともかく、開成や慶応が紋章に使っているほど有名な言葉であるが、ロシア語通訳者の米原万里氏が書いた『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』によると、ロシア人が口にするのを聞いたことはないそうだ。代わりに似たような意味の「ペンで書かれたものは、斧では切り取れないよ」というロシア古来のことわざがあるからではないか、としている。

 それは、「武力に対する言論の優位」という意味もさることながら、もう1つ、「筆禍は取り返しがつかない」という意味に使うことが多いという。
 プラハのソビエト学校に通い始めた最初の日から、私は、『ペンで書かれたもの』に対するロシア人の特別な思い入れにたじろいだ。(中略)「どの学科も、生徒は正式なノート2冊と下書き用のノートを一冊ずつ持つことになっているらしいよ」(中略)つい正式ノートに鉛筆で書き込んでしまう私に向って、数学の先生も、ロシアの先生も諭した。「マリ、一度ペンで書かれたものは、斧でも切り取れないのよ。だからこそ、価値があるの。すぐに消しゴムで消せる鉛筆書きのものを他人の目に晒すなんて、無礼千万この上ないことなんですよ」
 これは1960年の話だが、最近、似たようなことをニコ動の番組でしゃべっていたのが、東浩紀である。「完全に印象論だけど」と断ったうえで、紙とネット(メルマガ)の違いについて、「日本のメルマガは、実際に社会を動かせるかどうかが試されるフェーズに入った」として、以下のようなことを言っていた。

 たとえば、大川隆法メールマガジンは成立しない。ネットだけで宗教は広まらない。紙とネットでは、コミットメント感や熱量が違う。ネット上の情報で、ホントに社会は動くのか、ということ。だから、若い人は出版をやったほうがいいのではないか、本の5万とウェブの5万は、ぜんぜん違うから。
 僕は、ネット新聞を成功させるために、ネット上の記事と紙の記事の違いについて、ずっと考えてきた。全く同じ情報が載っていても、紙とネットでは、ネットのほうが安っぽく信憑性が低いために、ビジネス化する際の商品として不利だ。そこをどう克服するかが、成功のためのキーファクターであることは明らかだった。

 asahi.comでさえ、一度掲載した記事を何らかの圧力がかかると数日で消してしまう(→これが有名)ことからも分かるように、ネットというのは、まさに鉛筆で書かれたものが簡単に消しゴムで消されるがごとし。「取り返し」がついてしまうメディアなのである。ネット=鉛筆なのだ。

 ネットの記事は、ロシアの先生の言葉で言えば「すぐに消しゴムで消せる鉛筆書きのものを他人の目に晒すなんて、無礼千万この上ないこと」で、斧でも切り取れないペン書きの記事との差は歴然としているし、東氏の表現でいえば「コミットメント感や熱量」においてネットは劣るわけである。

 紙に印刷されたものは改ざんできないが、ネットは一瞬で修正でき、丸ごと消し去ることもできるから、情報のチェックも甘いに違いない、という避けがたい人間の発想。これは歴史や教育の問題ではなく、単なる物理的なメディア特性の話なのであり、ネットの弱点である。だから、逆に、ネットの強みを徹底的に生かさない限り、勝ち目はない。

 その一環として、MyNewsJapanでは画像やPDFダウンロードを多用したり、検索でデータベース的な使い方ができたり、という設計にしているわけだが、このたび、読者による評価システムとして「続報望む」を新たに導入した。記事の下で、会員が続報を望む場合に、無料で3point投票できるほか、追加で取材費などを無制限に提供できる。

 東氏の言うとおり、ネットはコミットメント感が薄いメディアだ。冷やかしで見に来る客は多いが、行動にはつながらない。それでは、単なる悲しいガス抜きメディアでしかなく、情報の流れを変え、世の中を良い方向に変えることを目指した創設理念に反する。

 現状、読者ができる行動として、情報提供や記事を書くことのほかに、「自分の代わりにこの問題を追及してくれ、続報を報じてくれ、自分にはスキルも時間もないが、取材費の提供はできる」というものがある。今回、そのインフラを整えることにした。

 同じ思いを持つなら、熱量が高いなら、行動してくれ、「同情するならカネをくれ」ということだ。全く新しい試みではあるが、ネットを鉛筆メディアで終わらせないためには変革あるのみ。ネットメディアに新境地を切り開き、コミットメント感溢れる高い熱量を持ったニュースメディアを作っていきたいと思っている。

 
03:48 07/13 2011 | 固定リンク | コメント(2) | アクセス数(1732)



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渡邉正裕(WATANABE Masahiro)
(株)MyNewsJapan代表取締役社長/編集長/ジャーナリスト。ほぼすべての主要企業内ホワイトカラーに情報源を持つ。現役社員への取材に基づき企業の働く環境を一定基準で評価する「企業ミシュラン」を主宰。日経新聞記者、IBMのコンサルタントを経てインターネット新聞を創業、3年目に単年度黒字化。
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