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逝く前のジョブズのごとく…佐野眞一『あんぽん』

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あんぽん 孫正義伝
 1週間かけて熟読した。佐野眞一氏の著作は『東電OL殺人事件』も『カリスマ』も最高だったが、今回の あんぽん 孫正義伝は、老いてなお健在(今年65歳)、まったく手を抜かないプロの職人魂が作品に滲み出ている上に、さらに進化を続けている印象すら持った。抜群の面白さは、もはや保護すべき老舗の伝統職人芸である。

佐野作品への批判としては「著者の思い入れ、思い込み、先入観が強すぎる」というのが昔からあって、『カリスマ』では確かに意味づけが強引と感じられる箇所もあった。すなわち、「中内=戦後日本の縮図」として描きたい当初の仮説に事実をあてはめすぎ、ファクトに語らせるのではなく、著者自ら過剰な解説を始めてしまうようなところだ。

ただそれも、中内本人とダイエーから2億円の損害賠償を請求される訴訟に発展したほどに、プライバシーを完全無視して斬り込み、必要な取材はすべて行ったうえでの筆致なので、ノンフィクションをものする1つの手法としては大いにアリだし、「評論」としては、なお問題はない。そもそも、強い思い入れや動機がなければできない仕事だし、中立な視点というものもありえない。

その手法や理念は、『ノンフィクションは小文字の文芸』との名言が記された『私の体験的ノンフィクション術』(2001年、集英社新書)で開陳されているように、立花隆氏のような座学系ではなく、フィールドワークをベースとした徹底的な現場主義だ。興味の対象はあくまで人とその時代背景で、かつ小文字=細部の描写にこだわるため、プライバシーとの相克が不可避となる。

今回、進化したと思ったのは、3日間通い詰めて大森氏(元ソフトバンク社長)から話を聞きだすなど、必要な取材を全て地道に行う点は60代になっても一切手を抜かない上で、さらに上記のような批判や訴訟に備えた伏線、老獪さ(なぜこの取材が必要なのか文中でいちいち断っていたり、連載のなかで取材を続けるために褒める点を過剰に褒めているように感じられたり)が、随所に見られた点である。

■御用ライターには書けない迫真の物語

本書でもっとも強調されているのは、孫正義の父親・三憲の存在だ。日本に密航後、15歳から養豚と密造酒づくりで生計をたて、金貸しを経て、やがて九州一のパチンコチェーン経営者となった父親のすごい事業欲は、まさに子に受け継がれていることは、よくわかった。普通の高校生は、正義のように在学中に塾を経営しようと企てたりしない。サラリーマン家庭に育っていたら孫正義の今の成功はなかったな、と実感した。

佐野氏は、御用ライターによる独立自尊のストーリーではなく、父親を中心とする血と骨のストーリーとして、徹底取材によって得た事実をもとに描く。そして、御用ライターが蔓延するなか(既存の孫正義伝は佐野氏の言うとおり全てそうだし、企業・経営者モノを書いた既刊本の9割超がそう)、佐野氏のノンフィクションライターとしての矜持はますます強くなっているようで、そこかしこに違いが強調されている。この点、強く同意したい。

 彼がアメリカで大きく羽ばたけたのは、肝臓病から復帰した父親・三憲からの潤沢な仕送りがあったからである。父親からのこうした協力に関しては、すべての「孫正義伝」が無視している。「孫正義伝」のストーリーでは、孫が何から何まで独立独歩でやっていかなければならなかったのだろう。それではまるで一時代前の熱血少年マンガである。(P91)

 祖母は残飯を集め豚を飼って一家を支え、父は密造酒とパチンコとサラ金で稼いだ金をたっぷり息子に注いで立派な教育をつけさせた。孫一家にとって、在日三世の正義は何よりの誇りだった。そのことにふれず、孫をコンピュータ世代が生んだ世界的成功者と持ち上げるだけ持ち上げた物語が、これまでどれほど多く書かれてきたことか。それはいくら切っても血が出ないお子様相手のサクセスストーリーでしかない。(P229)

なぜ御用ライターばかりなのかというと、ラクな取材で手間もかからず、ヨイショした企業が大人買いしてくれて、簡単に儲かるからだ。一方で、取材に莫大なコストがかかる一方の「食えない職業」となった本物のノンフィクションライターには、なり手すらいなくなってしまった。

僕は佐野本についての10年前の感想として「絶滅寸前の貴重な人種と言えよう」と書いた。10年たって絶滅していなくてよかったが、佐野氏は、もう他に見当たらないくらい、ノンフィクション界における「死ぬ前のジョブズ」のような存在になってしまった。

 ゆうに1年超をかけた取材なので、ビジネスとしてのノンフィクション作家は、1600円の本なら最低20万部(印税3200万円)は売れないと成立しない。今回は『週刊ポスト』連載という形で継続的に大資本(小学館)からカネもヒトも出ているため十万部で全員が元をとれた成功プロジェクトと言ってよいが(現在、12万部突破)、こういう本物の作品は、ぜひ30万部以上は売れて、次の作品へとつながってほしい。

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shomotsubugyo2012/07/04 23:00

うーん、これは買うかぁ。

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読者コメント

秋ですね2012/10/19 20:06
nanasi2012/10/19 19:50
hanapee2012/10/19 09:22
壁際椿事2012/03/13 18:51
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