キーエンス新卒主義の教え
いつも年収ランキングベスト10の常連ながら、キーエンスは5年前から謎な会社だった。このほど取材することができ、かなり納得することができた。
最大の強みは、社員の過半数を占める営業マンにあるのだが、まず、採用するのは「新卒23歳のピチピチの若い男の子©城繁幸」だけ(申し訳程度に女性もとるがすぐ辞めちゃうから、全社で1人しか女性営業はいないという)。それを親元から隔離し、借り上げマンションに集団で住まわせ、パーソナルコーチ(入社3~4年目)までつけて、純粋培養で洗脳する。
朝から夜まで14時間、分単位で管理され、監査まで受ける。夕食はカロリーメイトのみで生産性アップ(食事を摂ると脳に血が回らないからだろう)。
その代償として32歳で1400万円だ。その頃までいる人、つまり9年もやってる人は、“ストレステスト”をかけても、誰も資本注入必要なし、となるくらいストレス耐性が身についている。転職先は沢山ある。
逆に、「全員が要資本注入」となるのが新日石の営業マン。ガソリンスタンドは場所が命だから、全国各地の「いい場所」にエネオスを配置した時点で勝負は終了。営業マンがSS周りを頑張っても頑張らなくても勝手に売れていく。他社に転職できる人は皆無だ。
■人間は、最初に入った環境には容易に順応する
こうしてみると、社会人1年目のスタートが決定的に重要だ、ということがよくわかる。キーエンスでは「1日14時間、分単位で管理されるのが営業の常識だ」という空気ができあがるそうだが、このキーエンス式常識をインプットできるチャンスは、新卒1年目だけだろう。人間は、動物の「刷り込み」現象と同じく、最初に入った環境に順応しやすい。
だから、新卒でいきなり非正規社員になって2年もやってしまったら、もう取り返しがつかない。人事もそこを見ている。IBMの採用マネージャーに話を聞いたことがあるが、年齢よりも、社会人キャリアをどこでスタートしているか、「ファーストキャリアが重要」だ、と言っていた。
これはその通りだと思う。だから、「28歳まで学生やってた人」のほうが、「23歳で卒業してハケン歴5年の人」よりも、はるかに採用されやすい。
外資には年齢給などないし、日本企業でも純粋な年齢給は朝日新聞や全日空など一部の規制産業くらいになったから、年長の非正規社員が正社員になれない理由は、年齢給があるからというよりも、むしろ社会人1年目に正社員としての教育を受けられなかったことにある。
いったんついた“非正規色”を塗り替えるのはもう無理だと人事が見ており、しかもそれは事実として正しいから、やっぱり新卒が欲しい、となるのが企業にとっては合理的な意思決定である。だからキーエンスは営業を中途でとらない。なにしろ、最初の洗脳教育で「分単位14時間管理」を常識化することこそが、キーエンスの競争力の源泉なのだから。
キーエンスの成功は、いかにピチピチの新卒がコロっと洗脳されやすいかを、雄弁に物語っている。外からみたら非常識なことを常識に変えられるチャンスは、新卒1年目だけなのだ。
そう考えると、既に発生してしまった年長非正規の人たちは、残念ながら取り返しがつかない。社会全体として傷口を広げないためには、正規と非正規の均等処遇(特に雇用と給与)を義務付け、これから社会人になる人に対し、社会人1年目により多くの人がまともな教育を受けられるように、その絶対数を増やすしかない。
現状では、使い捨ての非正規に教育費などかける理由がなく、逆に40年も雇用しなきゃいけない正社員には莫大な教育・研修・OJTを施してでも1人前に仕立て上げるしかない。この差が、その人の職業人生に与えるインパクトは決定的なものだ。
この身分格差を、政府が人為的に作り出している現状は、まさに罪というほかない。雇用法制(=解雇法制)、賃金法制(=企業内同一労働同一賃金)の均等化は、今すぐにでも実行しないと、今こうしている間にも、この不況下で、不幸な非正規社員が量産されつつあるのだ。
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日本企業に蔓延する新卒至上主義の理由。 「新卒でいきなり非正規社員になって2年もやってしまったら、もう取り返しがつかない。人事もそこを見ている」 「いかにピチピチの新卒がコロっと洗脳されやすいか」
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読者コメント
頻繁に購入しています。でも、新人教育は労働時間と社畜精神に対して行われるだけで、普通のビジネスマナーを知らない社員ばっかりの印象ある。
さかのぼって考えると、公立の学校と私立の学校でも違いますし、さらにさかのぼれば「孟子三遷」。
日本の感覚で言うと1400万!高い!って思う反面
欧米の感覚だと、14時間拘束でたった1400万なのか
とも
まさにその通りで、最初に入った企業で能力や方向性が決まってしまいます。それは非正規・正規の間にもありますが、正規の間にもあって、大企業で手厚い研修を受けた人と中小企業でロクに研修も受けないで現場に放られた人ではかなり違います(中小企業で現場経験を踏んだ方が伸びる人もいます。元々の素質が高い人だけですが)。
しかし1年目の最初の一歩を間違ったらもう二度と後戻りが出来ないという人生もおかしな話です。再教育・キャリア再構築の権利を35歳以下くらいまでは有する国の方が競争力があると個人的に考えています。ですから、なるべくビジネスマン教育は企業の外に出して、公的に行うべきではないでしょうか。
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