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ニュースの現場にいる誰もが発信者のメディアです

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 この国の若い人たちにとって、サラリーマンという働き方は、どんどん不利になっている。中高年の既得権ばかり守る人事制度、人件費のグローバル化による賃下げ圧力、株主のグローバル化による配当圧力で、会社の利益はもはや若手には回ってこない。

 偽装された「成果主義」という建前のもと、その実は総人件費抑制と労働強化ばかり。そうかといって、戦後の時代に一般的だった雇用保障や、そこそこの出世も期待できない。待っているのは、ミドルリスク・ローリターンな仕事人生だけだ。

 賢い若者にとって、企業は「勤め上げるべき場所」から、「一時的に在籍して独立準備をする場所」へと、パラダイムシフトが必要な時代になった。いまや「サラリーマンをどこでEXITするか」は、働く若者にとって最大のテーマである。

 とはいえ、EXITモデルなき投資は失敗に終わる。漫然と会社員をやっていて社外で通用するほど甘くはない。自らの貴重な時間を「サラリーマン」に投資する際、何を考え、どういうキャリアを積み、いつ辞めて回収するべきか、が問題だ。

 そこで、「旧態依然とした日本企業」の代名詞である大手新聞社からのEXITに成功した2人のジャーナリストが、同じくEXITに成功した人たちを取材し、「ポスト戦後時代」における成功キャリアの共通点を探っていく。  (佐々木俊尚渡邉正裕)

  >企画概要   >EXITモデル図


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サラリーマン EXIT記事一覧
ニュースのビジネス化-3「社内言論の自由なき新聞社の無謬性」
会社を辞めた第3の理由である「言論の自由がないこと」は説明を要する。私は1994年、ブラウザが「Mosaic」の時代からウェブに親しみ、大学の教室だけでなく、約7万円のモデムを買って自宅からもナローバンドで接続していた。「世界中からアクセスできるなんて、これは革命的な仕組みだ」と感動していた。すぐに自分のWEBサイトも作り、小論文やら旅行記を載せていた。それが、今ご覧のニュースサイト「MyNewsJapan」の原型だ。
ニュースのビジネス化-2「動機が顕在化した新聞記者時代」
大学を卒業した翌月に、何の地縁もない福岡・博多駅近くの西部支社に1人で赴任した私は、同期入社組すらいない孤独な環境にぶち込まれた。東京から一番遠い拠点への配属だった。「アジアに近くなったじゃないか」。人事部の次長にそう言われたのには、訳があった。
ニュースのビジネス化-1「やりがいある仕事を、市場原理のなかで実現する」
「カネ儲けのために働くのではなくて、もっと社会的な意義を感じられる仕事をしたい」「社会的な弱者を救ったり、地域を盛り上げるような、やりがいのある仕事がしたい」――。学生からも、20代30代のサラリーマンからも、よく聞く話だ。だが、こう続く。「でも、そういう仕事は政府や国際機関がやるものだし、NPOや市民団体ではろくに食べていけないし、老後も不安だし…」
住友銀行EXIT 春田真「『何とかなるさ』で割り切っていこう」
京大法学部から、住友銀行へと進んだ春田真氏。仕事に熱中し、周囲からも期待されるエリート行員だった彼が会社を飛び出して選んだのは、まだ社員10人程度の小さなベンチャー企業だった。しかしこの会社は厳しい時期を乗り越え、いまや日本最大規模の携帯電話コンテンツ企業へと成長、東証一部にも上場を果たした。春田氏は「どんな仕事にも向かっていく柔軟性が大切」と語る。
テレ東EXIT 小島孝治 ビジョンに基づく攻めのキャリア形成が独立に導く
新事業計画書の社長直訴、自費でのドメイン取得、そしてWEBやケータイサイトでの数々の新企画立ちあげ…。自分なりの業界の将来ビジョンにもとづく社内での超積極的な攻めのキャリア形成が、自然と小島孝治氏を独立へと導いていった。テレ東グループから、自ら立ち上げたケータイ辞書検索ビジネスの営業譲渡を受け「JLogos」に発展させて3年。125冊分の辞書を月315円で使える利点が浸透し、加入者は3万人に。株式会社エアは、ビジネス系コンテンツの有料課金モデルで成功した希少な例となっている。
朝日新聞EXIT 鈴木秀則「魂に嘘をついてはいけない」
朝日新聞社でまる6年の記者生活を送った鈴木氏は、サラリーマン記者には「たましいレベルの充足感」がないことに気づき、そのモラトリアム期間中に暖めていたネットショップ事業に身を投じる。その後7年で年商20億円の事業に育て、自身が経営するリアルコミュニケーションズは上場も見えてきた。朝日の“役人”として生きるより、オーナーとして“自分の車を運転する”道へのEXITに成功したキャリアから学ぶことは多い。
三菱商事EXIT 柴田啓「好きなことをしなければ、仕事は長続きしない」
三菱商事に勤務し、大手コンビニチェーン・ローソンの再生も手がけていた柴田啓氏を起業に駆り立てたのは、「競争が激しく、変化も素早いインターネット業界で戦っていくためには、ぬるま湯の中に浸っていてはいけない。みずからリスクを取らなければ勝負はできない」という強い思いだった。柴田は三菱商事からの出向という安定した身分を辞退し、退社して新事業に打って出た。後発ながら、大手価格比較サイトの一角に成長させている。
住友商事EXIT 中村壮秀「専門性がなければ、30代は迎えられない」
住友商事のいわゆるエリート商社マンだった中村壮秀氏。だが、自分の考えたビジネスプランは会社に受け入れてもらえない。新ビジネスを追い求めてあがいていた20代半ば、8歳年上の人物との素晴らしい出会いが独立へと押し出した。年収は半分に減ったが、わずか4年後には東証マザーズに上場。これによって得られた自社株売却益をもとに、再び会社を飛び出して二度目の独立起業にチャレンジしている。「自分のスペシャリティを描いていけば、道は開ける」と語る。
富士通EXIT 城繁幸「知ってしまった以上、言わないとダメだと思った」
成果主義の実態を世に知らしめたデビュー作が26万部、3作目『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は40万部の大ベストセラーになった城繁幸氏。独立3年目にして年40回超の講演、雑誌連載、人事コンサルもこなし、若手人事コンサルタントの第一人者として世代間格差問題に取り組む。収入は富士通時代の4倍超になり、確定申告で税務署員に「そんなに納めるんですか?」と驚かれるほどに。城は「2年先は考えず、そのときのテーマで完全燃焼すればキャリアは開ける」と語る。