高裁での勝訴が確定し、弁護団は声明を発表した。言論弾圧を批判し、黒薮氏への謝罪を求めている。
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ジャーナリスト・黒薮哲哉氏と読売・江崎徹志法務室長との間で争われていた著作権裁判で16日、高裁判決が下り、黒薮氏が完全勝訴した。江崎氏と代理人の喜田村洋一弁護士にとっては手痛い判決内容だ。問題となった催告書の作成者を偽って裁判を起こしていたことが地裁のみならず知財高裁でも認定され、新聞人・弁護士としての良心や倫理を問われることになる。黒薮氏は今後、喜田村弁護士に対する懲戒請求を含め、責任追及する構えを見せている。その黒薮氏が高裁判決を総括する。(記事末尾にて訴状と高裁判決をPDFダウンロード可)
【Digest】
◇裁判が提起されるまで
◇怪文書と判断
◇回答書が著作物?
◇不自然な供述1
◇不自然な供述2
◇喜田村弁護士、MNJにも催告書
◇高裁の補足判断
◇武富士から読売法務室へ
9月16日、東京高裁の飯村敏明裁判長は、読売新聞の江崎徹志法務室長の訴えを退ける判決を言い渡した。この瞬間、2008年2月に東京地裁で始まった著作権裁判に実質的な決着がついた。わたしの完全勝訴だった。
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読売新聞東京本社教育支援部が編集した本。他人に「記者の仕事」を教える前に、まず自社の足下を検証すべきではないだろうか?自社の歴史も検証すべきだろう。 |
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たとえ江崎氏が最高裁へ上告したとしても、最高裁の門は極めて狭い上に憲法判断になるので、判決が覆ることはまずあり得ないからだ。その意味で高裁判決は、わたしにとってはひとつの節目となった。
裁判で江崎氏が求めていたのは、わたしが主宰する新聞販売黒書に掲載したある催告書の削除だった。(内容については後述する。)江崎氏はこの催告書は、自分で作成した自らの著作物なので、公表権はわたしにはない、従って削除するように求めて提訴したのだった。
他人の著作物を無断でホームページで公表する行為‐‐。確かにそれが報道とは別の目的でなされたならば問題がある。しかし、それ以前に、催告書が著作権法で定義された著作物なのかという疑問があった。
文章の態をなしていれば、すべてが著作物というわけではない。著作権法の定義に合致したものだけが著作物として認定され、法の保護を受けるのだ。その定義とは次の通りである。
| | | 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。 |
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当然、裁判では江崎氏が作成した催告書が著作物かどうかが最大の争点となった。ところが裁判のクライマックスである江崎氏の本人尋問で、催告書の作成者は江崎氏ではなく、喜田村弁護士である重大疑惑が浮上したのである。
言葉を換えれば、喜田村弁護士が催告書を作成したうえで、それを江崎氏が作成したと偽って、裁判を起こした可能性が出てきたのだ。もし、判決でそれが認定されたならば、喜田村弁護士も弁護士倫理を問われかねない。
江崎氏の本人尋問から2ヶ月後の3月30日、東京地裁は江崎氏敗訴の判決を言い渡した。しかも、催告書の作成者を喜田村弁護士か彼の事務所スタッフの可能性が高いと認定したのである。
当初の争点であった催告書が著作物か否かは、二の次になってしまった。催告書の作成者を偽っていたと認定されたわけだから、著作物性の判断をするまでもなく、江崎氏の敗訴が確定したのだ。もっとも地裁判決は、あえて催告書に著作物性がないことも認定したが。
東京高裁の判決も、東京高裁の判断をほぼそのまま追認したものだった。
なぜ、司法は催告書は江崎氏ではなくて、喜田村弁護士が作成したと認定したのだろうか.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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2008年2月に始まった著作権裁判の訴状 |
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高裁判決 |
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