オレオレ詐欺に遭いかけた(後編)
「いやあ、しかし、金取られなくてよがったスなあ!」
県警の刑事二課で、母が事のいきさつを語り終わった後、刑事は母にそう言った。
「実はね、午前のうちに、もう2人も、やられたって人が来ているんですわ。うちの職員の身内もやられまして。入ったばかりの警官なんですが。どうも、クレジットかなんかから情報が漏れてたり、職場のほうの名簿が流れているみたいなんですわ。なにしろ、職業で狙われてるスから。しかし、ここまで手がこんでいると、案外、身内に近い人から漏れているのかもしれねスなあ……」
母が刑事二課に着くと、卓也から連絡を受けていたらしい年配の刑事が出迎えてくれたが、話を聴いてくれたのは、まだ若い刑事だったという。
母は、何時何分、何があったか、そして詐欺師たちの台詞まで事細かに再現した。「課の人たちが全員見ていた」ほどの熱演だったという。若い刑事は、それを調査用紙らしきものに書き込みながら、
「いやー、あはは、奥さんに講習会出てもらったらいいなあ」などと笑っている。
--あのう、あっちが教えてくれた電話番号、控えているんですが。
「じゃ、それもいちおう記録してきましょう」
だが、そこに電話をかけるわけでもないようだ。結局、それで母は帰り、卓也に連絡を取った。一部始終を話すと、卓也は、
「それ、おふくろ、印鑑取られた?」
--いいえ。全然。
「あー、じゃ、ちゃんと調べるつもりないんだ。調書だったら印鑑かサインとるから。きっと、話聞いただけだな」
この場合、被害がないから被害届を出すわけにもいかないのだが、それ以上に、警察はオレオレ詐欺にはまったく手が出ないのだという。弟によると、この手の詐欺は携帯からも口座からも足がつかめない。捜査しても無駄だという。それでも、すべきなのだが。
この件について私は、弟に尋ねてみた。「でもな、口座からなんとか足取りつかめないのか?」
無理だ、とのこと。仮に引き落としているところを捕らえたとしても、ほとんどの場合、委託された何の関係もない人物だったりするからだ。
「だからね、抑止力としては銀行しかない。今、銀行--大きめの--こっちだったら秋田銀行とかだったら、例えば全然遠いところの県外の人間が、10円とかやけに小額の口座を作りにきたら、マークとかしておくみたい。怪しいヤツは、申し込みの書類をチェックしておく。そうすると、その口座に大金が入ってきたとき、すぐには引き落とせないようにできるんだ。
だけど、これも地銀によって扱いが違うし、ちゃんとやってるのは一部だしね。こういう措置が広まればいいんだけどさ。そもそも、あまりにおかしい場合は、作らせないほうがいいんだろうけど。
銀行もノルマがあるからね……できるだけ口座は作って貰いたいだろうし」
私「後は窓口係やATMの係員が阻止するか」
「そう。見知らぬ口座に大金振り込もうとする客には、『息子さんに連絡を取って確認してからにしてください』と忠告する。けど、俺の見た感じだと、それでも無理。こないだ見たひどい例では、窓口で、『どうかお願いしますから振り込ませてください、だまされてもかまいませんから、振り込ませてください』って客が泣いて頼みこんだ。その客は結局、かなりねばったけど、そこの銀行では振り込んでくれないからって、別の銀行に行って振り込んだ。そして取られた」
壮絶きわまりない話である。
「俺の高校の同級生も銀行で窓口やってるんだけど、いちおう、年配の人が大金を振り込むときは、上司に相談するんだって。それで、もう、一日に何度も客に警告するんだってさ。でも、窓口でストップした件例は、ひとつもなし」
私「それに、たとえ連絡できても……」
「そう、連絡した相手が、(息子であるかのように演技をしたりする)偽者だってこともある。これで息子と連絡できますというナンバーを渡されている。前の番号はもう使えないからって。でも、銀行も、以前の番号で試してみてください、とも警告するんだよ。でも、言う事をきかない。みんな冷静さを欠いてしまっていて……」
そう、冷静さを欠いている。というより、奪われてしまっている。
母が語るところだと、知り合いの夫人は、自分の旦那が車を運転しないのにかかわらず、この破水ネタにひっかかって大金を振り込んでしまったという。
--あたしね、テレビを見てオレオレ詐欺のことやるたび、こんなんじゃわからないじゃない、って腹が立つのよ。みんな気をつけてるのにやられるのよ。ただただ、そういう電話に注意しましょうじゃ、絶対本当のところはわからない。臨場感。リアリティ。あんた書くなら、しっかりそこんとこ注意して書きなさいよ。
ひっかかった人が良く言うものだが、確かにテレビも雑誌も新聞も、抑止力になっているとは言いがたい。
なにしろ、オレオレ詐欺の被害(1~8月)は全国で100億円を突破だ。東北だけで6億3600万円にも達している。皆、家族を思い、心を痛め、金を用意し、人目を忍ぶように振り込んで、こんな途方もない金額を積み上げてしまったのだ。
--あのね、テレビでやっている被害もね、絶対あんなもんじゃすまないのよ。取られた後、こんなこと恥ずかしくて誰にも言えないから。警察どころか、家族にも隠しておく人だってたくさんいると思うわ。これねえ、取られたお金、本当はもっとすごいことになってるわよ。
それはおそらく正しい。
--それから、あんた、警察のこと悪く書かないでよ。あれから刑事さん、大丈夫でしたか、って何度も電話くれたんだから。
まあ、オレオレ詐欺の捜査は難しいかもしれないが、注意をうながすだけでなく、なんとか、警察にはもう少しがんばってほしいというのが本音だ。
--あ、それからね、先々週、「高校の卒業生名簿作成について」っていう往復葉書が来たんだけど。あんたと卓也宛に。名簿を作成するから、なんか、職業とか、どこに住んでいるかとかいろいろ書き込めって。
それは聞き捨てならない。
「宛先は? どこに送り返す事になるの? うちの高校か?」
--ううん。これ、東京の板橋区になってるわよ。
「あー、おふくろ、それ破っといてくれ」
やれやれ。まったくもって、まだまだ火種はつきそうにない。
(了)
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読者コメント
非常に臨場感溢れる内容でした。自分の母は「大丈夫!あんなのに引っ掛かるなんて有り得んよ」等と言ってるが、正直心配である。この記事を見せて置いて損は無いだろう。あな、おそろしや。
勉強になりました
記者からの追加情報
オレオレ詐欺の被害が一刻も早く収まることを祈ってこの稿を終わりたい。