裁判で証言した後の著者(2012年12月)
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繁忙期のサービス残業を含む月3百時間超の労働は真実――ユニクロの違法な労働環境を争点とする裁判で、東京地裁は2013年10月18日、ユニクロ側の全面敗訴と言える判決を下した。いわゆるブラック企業の特徴を同社が持っていることが認定された。名誉毀損は訴えた側に有利な法制度で、書かれた事実関係が正確であってもメディア側が負けやすいことは、マスコミ関係者の間でよく知られている。にもかかわらず完敗したユニクロは、よほど正当な理由のない裁判を起こした可能性が高い。実際、当初は27箇所も嘘があると主張して訴訟をしかけておきながら、陳述書や証拠資料が提出されるや、そのほとんどについて早々に争点から落としたことからも、そもそもの目的が、高額訴訟による「嫌がらせ」だったと思われても仕方のない点も多い。ジャーナリスト側は、どうやって勝てたのか。著者の横田増生氏に手記を寄せて貰った。
【Digest】
◇まれにみる、名誉棄損の原告側全面敗訴
◇2つの主要争点
◇2年に及ぶ裁判に
◇焦点が絞り切れないユニクロ
◇韓国でも差し止め請求を却下
◇ユニクロ側のおかしな理屈
◇元店長に会って陳述書を依頼
◇「でっち上げ」だと主張するユニクロ
◇元店長、店長代行から陳述書をもらい提出
◇中国編は2つの争点に
◇文春側が放った〝隠し球〟
◇あっけなく崩れ去った中国工場責任者の証言
◇ユニクロ〝ブラック企業〟批判が高まる
(判決文はPDFダウンロード可)
注:横田氏は2年にわたる訴訟で疲弊し切っており、ユニクロからのさらなる追加訴訟を恐れ、<ブラック>などのタイトルやリードの修正を要望しています。これは心情としては理解できるものですが、それをやってしまったら、高額訴訟で筆を鈍らせることを狙ったと思われるユニクロ側の思う壺です。この訴訟の本質は、ブラック企業が社会問題化するなか、サービス残業を含む月300時間超の労働という明らかに違法なユニクロの労働環境が、裁判所によって事実認定されたこと、つまりユニクロが明らかにブラック企業の特徴を持っていることを、国家権力までが認定せざるを得なかったことを意味し、それこそがニュースである、というのが編集側の考えです。編集部としては訴訟に怯えるようなことはそもそも一切ないため、堂々と事実に基づき、この裁判の本質を表すタイトルとリード(要約文)を記して、報道します。
そこで、ここにあえて、タイトルとリードの全責任はMyNewsJapanのみにあり、以下本文は横田氏が文責を持ち編集部も掲載責任を負うことを明記することにします。横田氏はタイトルとリードの編集に、一切関与していません。ユニクロは、名誉棄損であるというなら、ぜひ弊社に対してのみ嫌がらせ訴訟を仕掛け、自らの恥を、世間にさらし続けてください。
編集長・渡邉正裕
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◇まれにみる、名誉棄損の原告側全面敗訴
東京地方裁判所の五三〇号法廷で判決が言い渡されると、傍聴席の文春サイドからは、「よっし!」という短い言葉と安堵のため息が漏れた。
ファーストリテイリング(FR)とユニクロ対文藝春秋の間で争われたユニクロの国内と中国の労働環境の判決が下ったのは、二〇一三年一〇月一八日のことだった。それまでの審理ではがら空きだった法廷の傍聴席には、午後一時一〇分の判決時間前に報道陣を含め二〇人以上が集まった。
一時過ぎに入ってきた土田昭彦裁判長は、時間を待って、判決文をこう読み上げた。
「主文、一・原告らの本件書籍の回収・差し止め請求を却下する。二・原告らのそのほかの請求をすべて棄却する。三・裁判費用は原告らの負担とする」
二年以上かかった裁判の判決は、一分足らずという短い時間で言い渡された。「週刊現代」(二〇一三年一一月九日号)はこう伝えている。
「裁判長が主文を読み上げると、ファーストリテイリング(FR)サイドに激震が走った。名誉毀損訴訟ではまれにみる、原告側の全面敗訴だった」
また「週刊東洋経済」(二〇一三年一一月二日号)はこう伝えた。
「ユニクロ側の完敗といっていい判決内容だった。(中略)東京地裁は(中略)、原告側の請求をすべて退けた」
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ユニクロの取材資料と裁判資料(筆者オフィス)
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◇2つの主要争点
FRとユニクロは二〇一一年六月、文藝春秋を提訴した。名誉毀損として訴えられたのは私が書いた『ユニクロ帝国の光と影』(以下、本書籍)と「週刊文春」の二〇一〇年五月六・一三合併号の「ユニクロ中国『秘密工場』に潜入した!」という記事だった。私自身は「訴外」、つまり訴訟の対象外で、損害賠償の金額は二億二〇〇〇万円。
今回の裁判の大きな争点は二つあった。
一つは、日本国内のユニクロの店長が繁忙期にサービス残業を含む三〇〇時間以上の労働をしていたのかどうかで、もう一つは、ユニクロの中国の委託工場において深夜におよぶ長時間労働が行われているのかどうか、についてであった。
裁判所は前者に対して、真実である、と認め、後者については、真実相当性がある、という判断を下した。「真実相当性」とは、記述が真実だとまでは言い切れないものの、取材の結果、書き手が真実だと信じるに足りる相当の理由があった、ということを意味する。
◇2年に及ぶ裁判に
ユニクロが本書籍に関して文藝春秋に通告書を送ってきたのは二〇一一年四月のこと。その二カ月後の六月三日に、ユニクロは東京地裁に提訴した。
私は裁判となったときに二つのことを思い出した。
一つは、本書籍の第一章に、九〇年代後半に柳井正の右腕と呼ばれた取締役が、ユニクロを辞めて青山商事のカジュアル部門に移ろうとした時、ユニクロの業務で知り得たノウハウを同業他社に持ちこむのは問題だとして、青山商事入りを阻止しようとした、という話を書いた。
ユニクロ関係者の「あれ以来、ユニクロを辞めた後でも、ユニクロのことをべらべらしゃべったら、柳井さんが地獄の底まで追ってくるというのが社内の共通認識としてでき上がった」という言葉も紹介した。
私が本書籍を書くために柳井に取材した唯一の機会で、柳井に中国で取材させてほしいと頼むと、「ダメ、ダメ、それだけは企業秘密にかかわることだから絶対にダメです」と断られた。しかし、独自に中国の委託工場を見つけ出し、中国の一〇工場に取材した内容を私が詳細に書けば、果たして私はどこまで追いかけられるのだろうか、と思ったことだ。
もう一つは、本書籍が、ユニクロのマイナス部分にも切り込んだ最初の本であるということだ。それまで〝ユニクロ礼賛本〟は数多く出版されていたが、そのほとんどが予定調和の域にとどまっていたため、その調和を乱すような本書籍がでれば、ユニクロはどんな対応に出るのだろう、と執筆の間、考えていたことだった。
◇焦点が絞り切れないユニクロ
ユニクロが名誉毀損とする具体的な箇所は、当初、全部で二七カ所あった。
第五章の冒頭の「ユニクロの店長だったときは、毎日一五、一六時間は働いていましたね。それが何年もつづいたので、肉体的にも精神的にもヘトヘトに疲れ果てていました。辞める前は、だれでもいいから、オレを殺してくれ!って思っていたくらい追いつめられていました」からはじまり、.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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ユニクロが裁判に提出した店長労働時間一覧の一部。データ上は240時間に収まっていることを示しているが、争点はデータに残らないサービス残業の有無なので、ピント外れだった。 |
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柳井正の豪邸 |
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