トヨタ自動車の正社員・染谷大介氏(35歳)。社内の労災隠しの実態を実名で語る。
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今年8月1日、作業中に右膝靭帯を負傷したトヨタ自動車堤工場で働く正社員の染谷大介氏(35歳)は、仕事中のケガなので労災保険で病院を受診した。すると、狭い部屋で上司5人が染谷氏を取り囲み、健康保険に切り替えるよう圧力をかけ、病院の受付まで行って「トヨタ自動車には独自のルールがあるんです。染谷さんの保険を労災から健保に切り替えてください」と病院に要求したという。さらに、労災申請に必要な用紙にも「事業者名と住所」以外は一切書かず、ケガではなく「疾病」だと会社は主張している。会社に何の疑問も感じない普通の社員だった染谷氏は、労災を認めない会社の頑なな態度を見て、一人でも加入できる全トヨタ労働組合(ATU=全ト・ユニオン)の組合員になった。トヨタ自動車本体正社員が“御用組合”以外の労組に加入すること自体、事件である。“闘うトヨタマン”が誕生した直前の状況を報告する。
【Digest】
◇会社と社会を区別できないトヨタマンの“常識”
◇「俺はサラリーマンだ。会社の指示に従わないといけない」と上司
◇本社の安全衛生担当者が現場にやってきた
◇労災申請に必要な書類「様式5号」でわかる会社の姿勢
◇初めて見た「作業観察シート」という従業員評価書類
◇「今はひとりだが、必ずみんなの思いをぶつける」
◇会社と社会を区別できないトヨタマンの“常識”
仕事中にケガをし、翌日病院で受診した染谷大介氏は、上司のアドバイスに従って健康保険を使った。しかし、よくよく考えて見れば作業をしてケガをしたのだからおかしいと思い、労災保険に切り替えた。
ところがそれ以降、上司からはメールや電話で「健康保険にしろ」という内容の連絡が何度も届き、会社に行けば小部屋で5人の上司に取り囲まれ、「これがトヨタのルールだ」と、謎の黄色い小冊子を見せられ、ケガをしたらまずは健康保険で受診という“トヨタルール”を守るように迫られたのである。
上司に取り囲まれて多勢に無勢の染谷氏は、「それでは、一緒に病院に行ってください」と小部屋を出た。
ここまではトヨタ自動車株式会社の中の話だが、工場を一歩出れば、そこには会社とは別の「社会」というものがある。その「社会」で何が起きたかを、染谷氏に再び語ってもらった。
「5人に囲まれたときに一緒に病院に行ってくださいと言ったので、翌8月27日は、会社に着いてから、CL(チーフリーダー)のBさんと社用車に乗って病院に向かいました。安全衛生管理課のFさんとも病院で合流しました。
Fさんが最初に病院内に入って行きましたが、受付でこんなやりとりがあったのです」
F氏 染谷さんの保険のことで話しに来ました。トヨタ自動車には独自のルールというのがありまして、それに則って染谷さんの労災保険を健康保険に切り替えさせていただきます。
染谷 僕は、これ(様式5号=労災申請のための書類)で申請しますので、これでお願いします。
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短い言葉を交わしながら、賞状を渡すような丁寧さで染谷氏は病院受付の人に白紙の「様式5号」を渡した。
受付 わかりました。こちらで申請させていただきますので、この用紙(様式5号)は後日でかまわないので必ず提出してください。
染谷 (F氏に)何かほかに言うことはありませんか?
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「そのとき僕の問いかけを無視してFさんはどこかへ姿を消しました。書類を受け取ったときの受付担当者の笑顔が忘れられません。ニッコリしてくれました」(染谷氏)
時間にすればわずかだったろうが、これはすごいシーンだ。トヨタという限定された社会の中だけで通用するルールを、一般社会に出て当然のごとく主張しているからである。
一企業内のルールと社会のルールの違いを認識できず、日本国の法律よりトヨタのルールが上だと主張するに等しい行動の非常識に、トヨタマンは気づいていない。
さて、この病院受付の一件終了後、会社に戻ったが、まだ問題は続く。
◇「俺はサラリーマンだ。会社の指示に従わないといけない」と上司
病院から会社に戻ると、染谷氏が所属する組の詰所で、CL(チーフリーダー)のB氏と、こんなやりとりがあったという。
染谷 Fさん、受付から逃げて行きましたね。
B氏 …………。
染谷 私は会社のやり方に反対です。保険の申請は何と言われようと自分の意思で決めます。
B氏 俺はサラリーマンだ。会社の指示には従わないといけない。
染谷 会社の指示はわかりますが、私に実際にパワハラになる発言や行動をしているのはBさんです。それを忘れないでください。
B氏 パワハラではない。会社のルールだからだ。
染谷 何度も言いましたが、いきなりルールだと言われても困ります。ルールならば全社員に言うべきですよね。Bさんも言っていたじゃないですか。安全衛生処置室で、あんなルールブックがあるなんて知らなかった、と。
B 氏 確かに初めて見たけどな。
染谷 いきなりルールなんて言われて納得できるわけがないじゃないですか。
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この会話に出てくる“ルールブック”とは、第2回記事で紹介したように、小部屋で上司5人に労災保険から健康保険に切り替えろと迫られたときに染谷氏が見せられた黄色い表紙の小冊子である。
開かれたページには、仕事中のけがでも、まずは健康保険で受診し、調査後に労災保険もあり得るというようなことが書かれていた。その場にいた上司2人は「こんなの初めて見た」と発言し、説明した上司は「これはトヨタ独自のルールなんだ」と話した、と染谷氏は証言している。
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様式5号。これを病院に出すのだが、主要な部分をトヨタは書こうとしない。工場内で作業中にケガをしたにもかかわらず労災ではないと言う。手書きで指示してある文言は、会社担当者が自分で書いて出すように染谷氏に指示したもの。 |
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◇本社の安全衛生担当者が現場にやってきた
引き続き染谷氏の話である。
「9月3日に、初めて本社の安全衛生管理課担当者のGさんという方が私が作業する現場までやってきました。いろいろ調査はしたとのことですが、労災かどうかわからないので自分で様式5号を出してください、とGさんが私に言いました」
画像で示したとおり、様式5号とは労基署から得る書類であり、これに記入して病院窓口に提出するものである
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診断書料は会社が負担することになっている。画像はその申請書。 |
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(上)の社内便で、(下)診断書料立て替え分の振り込みがあったと通知するお知らせが届いた。 |
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労災に関する会社側とのやりとりによるストレスで、抑うつ症状にもなった。 |
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全トヨタ労働組合(ATU=全ト・ユニオン)がトヨタ自動車に提出した通知書。これを読むと、ATUに加入した後に染谷氏は上司から呼び出され、団体交渉のことなどを周囲に言わないように命じられたことがわかる。 |
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