予備校大手・河合塾、厚労省チラシを職員に渡した勤続24年書記長をクビ 「労組弱体化を狙ったもの」中労委が復職と報酬支払命令
河合塾ユニオンの佐々木信吾書記長。左手で持つ厚労省の資料を職員に手渡したことなどを理由に雇止めされた。中央労働委員会は佐々木氏を復職させるよう命令したが、河合塾は拒否。この行政命令の取り消しを求めて東京地裁に提訴している。 |
- Digest
-
- 模擬試験受験者300万人の超大手予備校が負けた
- 不安定を好む予備校と塾のカルチャー
- 無期契約をさせず正社員への試験を受けさせて落とす
- 「講師には自由に選ぶ選択肢がある」という河合塾の主張
- 予備校講師は、法人に雇われた労働者
- コロナ下で激増「労働者でないから」と主張する使用者
- 労働者性で8000回争ったら使用者側は8000回負ける?
- 委託契約講師は全員労働者という画期的命令
- 組合の組織と活動を弱体化させるための書記長排除「中労委の意地に震えました」
- 働く者を苦しめる裁判の長期化作戦
模擬試験受験者300万人の超大手予備校が負けた
1933(昭和8)年創立の老舗大手予備校・河合塾(本部愛知県名古屋市・河合英樹理事長)は、駿台予備校、代々木ゼミナールとともに三大予備校の一角を占め、業界を常にリードしてきた。
学校法人河合塾をはじめ4つの学校法人、持株会社である株式会社KJホールディングスおよび事業会社23社、2つの財団法人などでグループを構成。教育事業を大々的に展開している。ホームページによれば、グループ概要は次の通り。
校舎・教室数 498校(2021年1月1日現在)
教員数 1,854人(2020年4月30日現在)
スタッフ数 3,016人(2020年3月31日現在)
全国模試のべ受験者は約300万人(2019)と日本最大規模で、文字通り予備校業界の中枢を占める。その河合塾が、労働側に完敗したというのが、今回の中央労働委員会(中労委)命令なのだ。
■労働委員会とは
本題に入る前に、労働委員会について少し説明しておこう。都道府県労働委員会とは都道府県に置かれる行政委員会であり、不当労働行為の調査・審査、労働争議の仲裁やあっせんを行い、使用者に対して命令することもできる。
その県委員会の命令に不服の場合は、労使双方が厚生労働省の外郭団体である中央労働委員会(中労委)に再審査を申し立てることが可能だ。
裁判で、地方裁判所の判決に不服の場合、高等裁判所に控訴したり最高裁に上告するのに似ているが、裁判の判決とは異なり、労働委員会の命令は行政処分である。
この河合塾事件では、雇止めされた佐々木信吾氏が所属する河合塾ユニオンは、河合塾本部所在地のある愛知県労働委員会に、不当労働行為審査などを求めた。
その結果、愛知県労委は、佐々木氏の復職とバックペイ(未払い賃金支払い)を河合塾に命じた。河合塾はこれを不服として中労委に再審査を申し立て、組合側も一部主張が退けられたことから同じく中労委に再審査を申し立てていた。
中労委命令では、ほぼ完ぺきに佐々木信吾書記長側の主張が認められている。めずらしい労働側の完勝といえるだろう。
河合塾は6月23日、この中労委による行政命令の取り消しを求め、国を相手どって東京地裁に提訴した。現在は東京地裁に争いの舞台が移されている。
中労委命令に裁判の判決のような効力はない。とはいうものの、使用者が命令に違反すれば、それなりの罰則はある。
たとえば、今回の河合塾のように命令取り消しを求めて国を提訴しないで命令不履行の場合は、50万円以下の過料(労組法32条)に処せられる。
6月23日に河合塾が提訴した行政命令取り消し訴訟が、東京地裁⇒東京高裁⇒最高裁とすすみ、最終的に裁判所が中労委命令を支持したにもかかわらず河合塾が命令を履行しない違反があった場合、1年以下の禁固もしくは100万円以下の罰金が科される(労組法28条)。
裁判で河合塾側が敗訴すれば、もちろん未払い賃金も払わなければならない。ただ、司法の判断が下るまでは、佐々木氏が雇止めにあった時点から優に十数年はかかってしまう。
不安定を好む予備校と塾のカルチャー
佐々木氏は1962年生まれの59歳。大学理学部生物学科(専門は分子生物学)を卒業し、ある大学病院の勤務を経て1990年、28歳になる年に河合塾に入った。
以来、2014年3月に雇止めされるまでの24年間、主に高校生の数学と中学生の数学と理科を教える講師として、一年ごとの契約を継続してきた。
初めの1年目は週2日、2年目は3日、3年目は4日、4年目からは5~6日の勤務を続けてきた。
なぜこのようなベテラン講師が雇止めされ、その後、中労委からの復職命令を勝ちとれたのか、ここに至るまでのプロセスを、当事者の佐々木氏や所属する河合塾ユニオンに聞いた。
佐々木氏らによれば、予備校や塾の世界における本質的な体制が背景にあるという。
「まず、学校というものがありながら、なおかつこの日本ではなぜ塾や予備校があるかというと、率直に言えば、学校と違う授業をするためにものすごい準備をするんです。
河合塾では比較的少ないですが、人によっては自分が見られる角度を考慮したり、ファッションとか奇抜な態度や行動を含めて、芸人のようにする風潮があるんですね。もちろん、授業そのものやプリント(おみやげ)の工夫も、とことんやります。
このようなプラスアルファを引き出すために、あえて講師が置かれる状況を不安定にするのが良い、という思想が、この業界にはびこっています。
そのため、3大予備校と言われる駿台、河合塾、代ゼミには、確かに労働組合がありますが、組合役員の人たちが遠くに飛ばされたり、クビになったりしています。
予備校では、講師が安定を求めること自体が悪だという経営思想があり
この先は会員限定です。
会員の方は下記よりログインいただくとお読みいただけます。
ログインすると画像が拡大可能です。
- ・本文文字数:残り10,809字/全文13,045字
現在も厚労省ホームページに掲載されている「労働契約法改正のポイント」。この印刷物を職員に渡した行為が施設権侵害だとして河合塾は契約を結ばなかった。実質クビである。
(上)河合塾横浜校。かつて佐々木氏は横浜GA館(グリーンアカデミー館)でリーフレットを渡した。当時のGA館と本館が合併し、写真の校舎が建設された。(下)河合塾町田校。ここでも佐々木氏はリーフレットを職員に渡した。
労働者性には、法律によって定義に差がある。労組法上の労働者性は、労基法・労契法の労働者性より間口が広い。
委託契約講師が占める割合。人数でも授業コマ数でも一定程度を彼らが占めており、組織に組み込まれていることが分かる。なお、文言上「委託契約」であっても、委託契約講師は労働者として認定された。
(上)河合塾が佐々木氏に対して出した「2014年度講師業務委託基本契約の非締結について(通知)」について中労委が言及した命令書65頁。厚労省リーフレットを渡したことなどの非を認めないのが主な理由としている。また、生徒に不安を与えるような発言をしたことも契約非締結の理由にしている。(下)佐々木氏が「生徒に不安を与えるような私的発言」をしたと河合塾が主張している点についての中労委の判断(命令書87頁)。河合塾側の不自然な対応を指摘したうえで、「生徒からの情報を奇貨として、契約非締結の理由に付属的にとり入れた過ぎない」と認定した。※赤線は筆者による。
Twitterコメント
はてなブックマークコメント
facebookコメント
読者コメント
※. コメントは会員ユーザのみ受け付けております。記者からの追加情報
会員登録をご希望の方はここでご登録下さい
新着のお知らせをメールで受けたい方はここでご登録下さい(無料)
企画「ブラック労働の現場から」トップページへ
本企画趣旨に賛同いただき、取材協力いただけるかたは、info@mynewsjapan.comまでご連絡下さい(会員ID進呈)