2006年10月12日、有罪判決が言い渡された。「河野さんのえん罪を晴らす会」には、多くの同僚や、河野氏の教え子たちが参加している。
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痴漢えん罪を扱った映画『それでもボクはやってない』が反響を呼んでいる。男がいったん家を出たら、いつ、どこででも、痴漢犯人にされる可能性があるのだ。横浜・高島屋のデパ地下で女性と一瞬ぶつかって逮捕・有罪判決まで受けた高校教師の河野優司氏(当時53)が、自らの体験を語った。河野氏は最初から最後まで一貫して容疑を否認したが、昨年10月、横浜地方裁判所は懲役4月・執行猶予2年の有罪判決を言い渡した。即日控訴している。
【Digest】
◇「あなたでしょ! 触ったでしょ!」
◇デパ地下で女性とすれ違った
◇検察側のストーリー
◇「被害者が触られたと言っているんだ。認めろ!」
◇検察は調書を出さないでいる
◇起訴前に被害者の検事調書がなかった
◇留置場で過ごした夜
◇取り調べがないのに25日間拘留
◇ゆらぐ“被害者”の証言
◇「あまり記憶がないんですけど・・」B子
◇デパ地下の試食会会場前で痴漢行為?
◇「お尻のほうに手を伸ばしているのが見えた」という目撃証言
◇触っているところを見たわけではない?
◇見えないはずの位置関係
◇振り向いたら男性がいた
◇「ポンと触られた」のか「お尻の丸みに沿って触られた」のか
◇現場検証で現場の矛盾
◇「被害者」B子さんは男と一緒にいた
◇解明されない「若い男」の謎
◇警察発表そのままで実名報道したマスコミ
◇映画「それでも僕はやってない」とまったく同じ
◇「あなたでしょ! 触ったでしょ!」
あの日の朝、私は横浜の高島屋地下食料品売り場を歩いていました。娘がここにある店で初めてのバイトを始めて1ヶ月くらい経ったころのことです。
初めてのバイトだったので、どんな様子か見てみたかった。そっと仕事ぶりを見るだけでいい、そんなことを考えていたのです。娘の顔を見てから昼の弁当を買って帰宅しようと思っていました。
エスカレーターに乗ったときに、カード類と手帳、免許証が入っているのを確認したので、ショルダーバッグを右手に持っていました。そのまま、地下1階に向かいました。
エスカレーターを降りて10メートルほど進んだところで、右肩が女性とぶつかり、そのあと左肩が他の人と触れました。そのまま7メートルほど歩き、娘のアルバイト先まで20メートルもないところまで来たところで、とつぜん、左手首をつかまれ、
「あなたでしょ! 触ったでしょ!」
大声で若い女性に叫ばれました。人が集まり始め、周囲の視線が恐ろしくなり、一瞬、娘の姿が頭をよぎりました。娘を巻き込んではならない・・。
私は掴まれた手を振り払い、逃げ出しました。しかし、デパートで働いていた男性に腕をつかまれ、事務所に連れて行かれる途中で、偶然、通りかかった警察官に引き渡されました。
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◆判決文
この裁判には不明瞭な点が多い。起訴前に複数の検察調書が提出されず、起訴状に沿った内容の調書が起訴後に作成された。また、「痴漢被害者」の隣に若い男がいたことや、供述のあいまいさや変遷などが、まったく検証されないままに判決が出された。
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河野氏にとって、悪夢の始まりであった。
◇デパ地下で女性とすれ違った
2006年1月15日(日)午前10時40分ごろ、横浜市の高島屋百貨店地下食料品売り場で、高校教師の河野優司氏(当時53歳)は、女性2人とすれ違った際に痴漢行為をしたとして逮捕された。容疑は、県迷惑防止条例違反の疑い。
河野氏は最初から最後まで一貫して容疑を否認したが、同年10月12日、横浜地方裁判所は、懲役4月・執行猶予2年の有罪判決を言い渡した。即日控訴。
「事件」発生から、取調べ、起訴、公判にいたるまで、この事件には、あまりにも不可解な点が多い。起訴とほぼ同時に、同僚や現役高校生や卒業生などもかかわる
「河野さんのえん罪を晴らす会」も結成されている。
◇検察側のストーリー
当事者である河野氏の証言を聞く前に、いったいどんなことが起きたのか、論告求刑主旨・弁護側最終弁論・判決文から、警察・検察がどのようなストーリーを描いているかを簡単に紹介しておこう。
1、A子さん(当時32歳)は、ジーンズをはき、股間より少し下の位置までの丈のジャンバーを着用。カバン(30センチ×40センチ)を右からたすきがけにし、右手に紙袋を持ち、3歳の子どもを左手で握って歩いていた。
2、正面からやってきた河野氏はA子さんの右側を通り過ぎたが、このときA子さんの股間をなでるように触った。(はっきりと見ることはできませんでしたが、その男が私の右側をすれ違っていましたので、おそらく右手で私の股間を触ったのだと思います、とA子さんが供述。)
3、河野氏はそのまま歩みを進め、今度はB子さん(当時21歳)の臀部を触り、そのまま歩いて行った。(このときA子さんは振り返り、河野氏が臀部を触ったのを見た、と警察で証言。その後、検察ではお尻のほうに手が伸びたのがわかった、と証言。公判証言では、はっきりとは見えなかったんですけども、お尻を触っているなと思いました。その手が左手だったか右手だったか覚えてないです、となる。)
4、B子さんは、ポンと触られた感じがしたのですぐに振り返ると、男が角をまがる(4メートル先)のを見た。他に誰もいなかったので、その男が犯人だと思った。それが河野さんだった。B子さんはすぐに追いかけて河野氏の左手首を掴んだ。
5、驚いた河野氏は、掴まれた手を振り払ってその場から立ち去ろうとしたが、高島屋で働いていた男性に取り押さえられた。そして同百貨店の事務所へ連れて行かれる途中、通りかかった警察官に引き渡される。戸部署へ連行され、取調べ後、否認し続けているので同日午後6時ごろ河野さんは逮捕された。
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◇「被害者が触られたと言っているんだ。認めろ!」
戸部署に連行されたのは、午前11時を過ぎたころでした。調書をとられたのですが、前日からの行動を聞かれました。
前の日に友達と飲んでいて帰宅できず、そのまま朝デパートに向かったことなども話しました。しかし刑事からは「被害者が触られたと言っているんだ。認めろ!」と何度も迫られました。
前日からの話に引き続いて、高島屋に入ってからの行動も順を追って話しました。「人混みの中で右肩が誰かとぶつかり、つぎに左もぶつかったのは覚えている」。そう答えました。
しかし、このとき調べていた2人の刑事は、まったく私の言い分を聞こうともしません。さんざん同じことをしゃべらせた挙句に、「触ったと認めろ!」と何度も何度も強要するのです。これじゃ取調べになっていないと思いました。
やはり、あそこでバイトをしていた娘を巻き込みたくなかったし、痴漢などしてないのだから、分かってもらえると思っていたので、最初は娘のことについては話しませんでした。が、弁護士さんに話すように勧められて話しました。
逮捕後の取調べで、「娘のバイト先に来て、そんなことするわけないじゃないですか」と説明しました。事件があったとされる場所から娘が働いていた場所まで20メートとないんですから。
でも刑事は、「やる奴はやるんだよ」と言うだけで、調書にも取ってくれませんでした。そんな話は検察で書いてもらえ、という始末です。右手にショルダーバッグを持っていたということについても、「そんなものは簡単に持ち換えられるだろう」でお終いです。
◇検察は調書を出さないでいる
事件の当日は、延べ6人の刑事から取り調べを受けました。4回の取り調べで調書も4通作成されましたが、そのうち2通だけ署名しました。
ところが後でわかったのですが、裁判に提出された(起訴の材料にされた)のは1通だけで、その他は存在すら明らかにされてないのです。
その1通の内容は、「ショルダーバッグなのに、なんで手で抱えていたんだ」と聞かれたので「中の貴重品を確認したので、右手でカバンを持っていました」と答えた調書です。娘のバイト先に行く途中だったということは、最後まで調書には書いてくれませんでした。
「検察の描いたストーリー」という部分で説明したように、この事件では重要な調書となるはずだった。なぜなら、被害者とされるA子さんは右手に紙袋をさげ、その右側を右腕でカバンを抱えていた河野さんがすれ違いざまにぶつかったからだ。この位置関係については、A子さん、河野さん、検察、裁判官も一致して認めている。
さらに、「娘のバイト先へむかう途中だった」という被告に有利になると考えられる事項も起訴時点では、調書になってないのである。
◇起訴前に被害者の検事調書がなかった
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◆現場の写真:撮影2006年3月12日(日)午前10時40分ごろ。事件が起きたとされる日曜日のほぼ同時刻に撮影したもの。
(上)この洋菓子店で試食会を開いており、その前(この写真では店カウンターの左側)で最初の「被害者」A子さんが触られたとされている。
(中)高島屋地下のメイン通路。見取り図で「ダイヤモンド地下街方面」と書かれた位置から最初の事件現場(1)方面を撮影したもの。この時間はけっこう人通りが多いが「被害者」二人は、通路にほかに誰もいなかった、人が少なかったというようなことを証言している。
(下)柱の右側からこちらへ向かって歩いていたB子さんと、撮影者側から歩いていた河野氏が、ショーウインドーの前(写真右端位置)で接触したと、論告求刑や判決ではされている。当の二人ともすれ違ったと認識していない。
見取り図 (1)でA子さんと接触。(2)でB子さんと接触。接触した瞬間にB子さんが振り返ったら、河野氏が(3)の場所にいたという。
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調書といえば、保釈(逮捕から26日目)されてとても驚いたことがあります。私は2006年2月3日に起訴されました。ところが、被害者B子の起訴前の検事調書がないのです。
B子は、少なくとも検察に3回行っています(本人の公判証言)。2回、署名しているのですが、どちらも起訴後の調書なのです。
私は、当然起訴前に調書がつくられていて、それをもとに起訴されたものだと思っていました。その検事調書もないのに起訴状には被害者をあげて起訴にいたるまでの具体的根拠が示されているのです。
とりあえず先に起訴状を書いて起訴し、その後に起訴状の内容にぴったりとあうような調書が作成されたのです。これなら犯人に仕立て上げるのは簡単です。こういう手続きが行われていること自体が問題ではないでしょうか。
◇留置場で過ごした夜
事件のあった日に話を戻します。最初に戸部署に連れて行かれたときは、まだ逮捕はされていませんでした。質問に答えていたのですが、「痴漢行為を認めるまで帰せない」と何度も言われました。
教職員組合の同僚に携帯メールを送り、その同僚が弁護士に連絡してくました。
弁護士が来てくれて1時間ほど話しましたが、「厳しいな・・」といって苦悩した顔が、今でも印象に残ってます。
あの日は11時過ぎに警察署に連行され取調べを受け、否認を理由に結局、午後6時過ぎに逮捕状を突きつけられて逮捕されたのです。そして、すぐに隣の留置場にぶち込まれました。
その日はまったく眠れませんでした。
最初に女房と娘2人が面会にきてくれたとき、「いざとなったら私たちが食べさせてあげるから」と言われました。そのときの目の輝きが忘れられません。その夜、留置場で薄い毛布にくるまっていると、子どもがまだ小さかったときのことが思い出されました。
安アパートで家族4人が暮らしていたころのことです。ある夜、ささいなことで女房とケンカし、翌朝早くに彼女が家を出て実家にかえってしまったことがありました。
私はそのとき目は覚めていたのですが、布団のなかにじっとしていました。すると娘2人の会話が聞こえてきたんです。
姉「お母さん、いなくなっちゃったね」
妹「お母さんとお父さん、別々に暮らすのかな」
姉「そしたら、私がお父さんの方に行くから、洋子(仮名)はお母さんと一緒に行っていいよ」
妹「私がお父さんでもいいよ・・・・」
私は、しばらく布団から出られませんでした。これが私にとっての家族の原点です。
◇取り調べがないのに25日間拘留
逮捕された日から25日間も拘留されたのですが、まともに調べられたのは、初日だけです。それも、11時に連行されて午後6時に逮捕状を出されるまでです。逮捕されてからは、まともに取り調べを受けていないといっていいかもしれません。
取調べの内容は、とにかく「しゃべれ」でした。だから私は正直に前日の行動から、当日のことまで話しました。しかし「触ったんだろ。2人が証言してるんだから間違いない」と刑事がいいました。
「えっ、2人?」
取り調べ中の刑事のこの言葉で、初めて『被害者』が2人いるのだと知り、驚きました。最初に右肩がぶつかった人と、そのつぎに左肩が触れた人が『被害者』といわれる2人なのだろうと思いました。
ところが、2人目の『被害者』は、まったく違うB子だということを、保釈後に知ったのです。確かにA子とはぶつかった記憶があるが、B子のことはまったく知らない。今でも、すれ違ったという記憶もまったくありません。
逮捕された翌16日の午前中は、2時間の調べがあっただけ。前日と同じようにただ、(痴漢行為を)「認めろ」というだけでした。調べというより前日の調書の確認だけで、取調べとはいえないと思います。送検のための確認だけでした。
◇ゆらぐ“被害者”の証言
裁判が始まっていろいろな書類が出てきましたし、法廷では『被害者』自身の証言も聞きました。
たとえば、最初の『被害者』とされるA子は、振り返ったときに私がB子の臀部を触ったのを見た、と警察で証言していたのに、その後、検察ではお尻のほうに手が伸びたのがわかった、と証言を変え、公判では「はっきりとは見えなかったんですけども、お尻を触っているなと思いました。その手が左手だったか右手だったか覚えてないです」となるのです。
それから、B子です。この女性は調書では、「ぽん、と触られた感じがした」と証言していたのに、公判では検察の質問に答えるように、お尻のかたちにそって触られたような・・・というように妙に具体的な表現をしました。
それに、虎屋の羊羹を買った後だと証言していますが、なぜ虎屋の袋をもっていないのか。それから年始の手土産に「バラ売りを買った」とも話しているのですが、羊羹のバラ売りって何ですか・・・・。
それ以上に、「私が店内を歩いていると、突然お尻の左側を触られました。この時、私は先ほど買った羊羹の方に意識が向いていましたので、触られる直前に誰かがいたかどうかについてはよく覚えてはいません。
ただ、混んでもいない店内で、いきなり私の後方でお尻を触られる感触を感じました。ポンと触られたときの感触とお尻の位置からすれば、おそらく手で触られたのではないかと思いました。私は、お尻を触られるとすぐに後ろを振り向きました。すると、私の後方には1人の男性が私に背を向けて歩いていくところでした」と供述していますが、これで裁判にかけられたのではたまりません。
河野氏が言うように、あいまいな証言は気にかかる。あいまいさを残したままで起訴されて有罪判決が出されるのは、あまりにも危険である。被害者2人の証言を検証してみる。
◇「あまり記憶がないんですけど・・」B子
検察調書では、第一の被害者とされるA子さんの供述は以下のとおりだ。
「前方から一人の男が歩いてきました。私がそのまま歩いていたところ、突然股間を下から上に撫で上げるようにして触られたのを感じました。私は、一瞬何が起きたか分かりませんでしたが、ちょうどそのとき、私の右側を男が通り過ぎたところでした。はっきりとは見ることはできていませでしたが、その男が私の右側をすれ違っていましたので、おそらく右手で私の股間を触ったのだと思いました」
ところが、公判がはじまってからの弁護人による証人尋問では、次のようになっている。
弁護人「どのように触られましたか」
A子「下から上に、なで上げられるように触られました」
弁護人「歩いているときに、まさに真ん中に手が行った?」
A子「と思うんですけど、よく覚えていません。真ん中だと思うんですけど、よく覚えていません」
弁護人「肩は当たりましたか」
A子「肩が当たったかどうかも、あんまり記憶がないんですけど
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◆マスコミへの抗議文と返信
警察発表をそのまま報道した朝日・読売・毎日・神奈川・東京の各新聞社に送付した。しかし、回答があったのは朝日新聞横浜支局長からだけだった。無実を訴える人について警察発表をそのまま記事してしまうと、取り返しのつかないことになる。
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