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さようなら、日大板橋病院脳外科
01:12 11/08 2004
 
日大板橋病院外観(HPより)

 かれこれ15~16年、脳腫瘍とつきあっている。患者を見ようとしない医師たちの態度に不満や疑問は募っていたが、「こんなところにいてはいけない」と転院を決心させたのは、「ここに手を出す脳外科医はいない」という医師の全否定の言葉だった。

 大学時代の1988年に1度目、その10年後1998年に2度目の頭部手術(脳下垂体腺腫、成長ホルモン)を日大板橋病院脳外科で受けた。

 再発となった2度目の手術のときには、腫瘍が血管に巻きついているのでその部分は放置すると説明された。術後、成長ホルモン値が正常値にならなかったため、ホルモン治療(1日3回の自己注射)をその後、続けていた。残存腫瘍はもうとれないのだからこの治療をこのまま続けなくてはいけないのかと思いながら毎月、受診していた。ホルモン注射代だけでも毎月10万円は支払っていた。

 大学病院という体質のせいか、外来の脳外科医が数カ月でころころ代わった。ホルモン療法のこともよくわかっていない脳外科医も数人いた。「先月と一緒ですね」と言ってパソコンでコピー&ペーストして処方箋をつくり、それで終わりといった調子だったのである。「血圧が高い」と言われ、内科と脳外科両方から降圧剤の薬が2種類も出されたこともあった。「一緒に飲むとまずいのでは?」と聞くと、「違う作用のものだから」と薬の内容をまとめた本を見ながら答えた医師もいた。コレステロール、血糖値が正常値でないといって、薬の種類がどんどんどんどん増えていった。

 セカンドオピニオンを聞こうかと思ったこともあった。しかし、日大病院で15年も診てもらってきたことだし、手術のことやいままでの個人データが蓄積されているのだからと思いとどまってもいた。知人の医療関係者から他病院などのアドバイスをもらったが、なかなか踏ん切りがつかないまま毎月、高い医療費と引き換えに袋いっぱいの何種類もの薬と注射針をもらっていたのである。医師から指摘された通り、わたしの腫瘍部分はもうとれないからしょうがないと思っていたのだ。

 2003年初頭から曜日指定の脳下垂体専門外来での受診に変更したこともあって、今度は専門医だからと期待していた。当時のわたしは、体調がすこぶる悪く、検査結果もひどかった。専門外来になった直後からホルモン治療(1日3回投与)の量も増えるなど、まさに薬漬けの日々だった。よくなるどころか春頃には倦怠感、動悸が続き、また気鬱(気分がはればれしないこと)っぽくもなり、体がばらばらになっている感じだった。起き上がれない日々も続いていた。

 外来の予約当日になって、医師が会議があるので予約時間より早く来れるのなら今から来てほしい、と看護士から電話が入ったこともあった。頭部画像(MRI)の検査結果を聞く受診日に手術が入ったから日程を変更してほしい、といった連絡もあった(これは、当日連絡ではない)。患者をなんだと思っているんだ、と頭にきた。しかし、当時は文句をいう元気もなく受け入れてしまった。それでも、今度の受診日には言わねばと思っていた。

 翌週以降に変更され、検査結果を聞きにいったときのことである。私の頭部のMRI画像を見たその脳下垂体専門外来の医師は、「ここ(わたしの腫瘍が残っている部分)に手を出す脳外科医はいない」と言ったのである。「絶対に」と。そして、「放射線治療をしてみるかね」と提案された。

 「絶対」なんてあり得ない。「脳外科医はいない」となぜ、この医師は堂々と全否定できるのだろうか。

 「すぐに病院を変わろう」「こんなところにいてはいけない」

 医師を選ばなくてはいけない。自分の病気のことを自分で知って決めないといけない。遅ればせながら病院選び、医師選びをはじめたのである。1ヵ月後、わたしの腫瘍に手を出してくれる脳外科医と出会った。そして、2回の頭部手術で血管に浸潤している腫瘍の8割がたをとってもらった。薬漬け、ホルモン注射治療からも解放された。もちろん放射線治療もしていない。ばらばらだと感じていたからだも元気になった。

 もし、その脳外科医が「あなたのこの腫瘍には、わたしは手を出せない」と言っていたら、わたしは今ごろどうなっていただろうか。まだ日大板橋病院脳外科に通院していたかもしれない。その脳下垂体専門医は、わたしのいまの頭部画像、腫瘍を見てなんと答えるだろうか。

 転院を決心させたその一言に感謝すべきなのかもしれない。

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yu   21:50 01/20 2012
原因不明の激痛で入院し、色々な科が診察しましたが、外来で待っている際、泌尿器科では結石がないならうちの科じゃないと、上の先生が下の先生にこう断れと聞こえ、がっかりしました。
他の科の先生達も泌尿器科と険悪となり、申し訳ないがこんな泌尿器科じゃなく
他の病院を探してもらって結構ですよと言われました。私もセカンドさがします。
匿名  17:47 12/06 2011
父が入院中。先生たちは悪い感じではありませんが・・婦長が冷たくて人としてどうなのかと思います。部屋の移動を迫られたり・・治療も進まないのに、本人の体調も気分も暗い。ケアがいまいちでそんな様子を見ているのが辛くてたまりません。
セカンドオピニオンの勇気はまだ出ませんが、ひとつの方法として頭に入れておきたいと思います。
kaz  17:08 01/22 2010
私も脳梗塞でたくさんの病院を行ったが、大事なのは病院でなく、【先生】である事。設備がよくても、患者を診ない先生が多く感じる。目の前で訴えている患者よりも、データだけで判断する先生の多さ。先生との相性もあるが、やはり人間性が大事と痛感しています。
特に大学病院は教授の教えで体質が決まるので、良い先生を見つける事が重要と思っています。
間違っている  20:10 10/15 2009
何回読み返してもおかしい  子供が病気でになつて診断がどうもおかしいとおもうと医師であれ疑問を投げかけた 今医師と患者は平等て゜わからないことは聞いてそれに答えるのが医師である 患者自身も学ぶべし そして自分そして家族の命を守るべし
医療  22:07 09/07 2009
私は日大板橋に親子で20年近く通いました喘息で救急がいらいのお世話にどれだけお世話になつたかわかりません  脳外科というと 見えないふぶんですが自分でも手探りでも勉強してそこが合うか医師を攻める前に自分も反省してほしい  日大には いい先生もたくさんいます
ゆり子  23:32 03/12 2009
私は今年はじめに、たまたま脳動脈瘤がみつかり、明日日大板橋でセカンドオピニオンを受ける予定です。
大学病院ですから、器としては、問題ないと思いますが、やはり生身の人間です。
先生の人柄、印象も大事だと思います。その辺も医者選びの基準にしたいと思います。
匿名  08:08 11/26 2008
最近、日大板橋の小児科で診察を受けました。あまりにも小児科医たちの態度、診察に疑問を感じたため、転院を希望したら、あからさまに不快な態度をとられました。普通はお金をもらうほうがお礼を言うのに医者はお金をもらってお礼を言われる不思議な職業です。だからあんなに傲慢になるんでしょうね。病院と医者はこちらも選ばなければいけないと思います。