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「中国らしさ」見えたシャングリラ事件

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シャングリラホテル北京
 北京にやってきて3日め、3件の取材を終えてホテルの部屋に帰ってくると、don’t disturbのボタンを押して外出したにもかかわらず、勝手に部屋に入られていて驚いた。洗面台の横スペースに並べておいた6枚ほどの名刺も物色され、ゴミ箱近くの棚に無造作に重ね置かれていた。取材源の秘匿にかかわる重大な問題だ。

@北京(中国)2011.5

ホテルは、香港資本の「シャングリ・ラ ホテル 北京」。僕は編集長としての仕事、執筆の仕事があるので、セキュリティー面やインフラの面から、まともなホテルしか選ばない。取材資料など盗まれでもしたら、せっかくの取材が無駄になってしまう。にもかかわらず、これだから頭にくる。

さっそくフロントに文句を言いに行くと、デューティーマネージャーだという「リー」氏が対応した。「なぜ怒っているのか、気持ちは分かった」と言う。事実関係を確認し、問題はそこからだった。

――5スターホテルでこういうめにあったことはかつてなかった。そのサービスでカネをとることはできないから、最低でも予約済みの3泊分を返金して貰いたい。

「DND(=don’t disturb)のサインがあるのに入って気持ちを害したのは申し訳なかった。でも、客によっては、DNDを押したまま外出して、掃除やベッドメイキングをしていないと怒る人もいるのだ」

――それはDNDを消し忘れた人の責任で、怒るほうが悪い。don’t disturbには1つの意味しかない。Don’t enter the room、don’t invadeだ。世界中共通。

「うちのホテルでは、そういうこともある。担当者が、掃除をしたほうがいいと判断して、やったんだと思う。何か盗まれたわけでもないんだし。」

――ローカルホテルなら僕もこんなこと言わないけど、ここは5スターホテルだから、グローバルルールしか通用しない。インドでもトルコでもこんなことするホテルはなかった。実害を与えないと反省しないし、また問題を繰り返す。少なくとも宿泊費は返してもらう。とりあえず今日の部屋は移る。

「私には決める権限がないので、明日の午後4時以降に、責任者ともう一度話し合いましょう」

ロビーのソファーに座って、待ち時間含め、1時間近く無駄にしてしまった。その日が締め切りの月刊誌連載があったので、余計に腹が立った。取材・執筆と、ギリギリのスケジュールなので、トラブルに巻き込まれないようにと、まともなホテルを選んだのだ。

それまでも、「自分たちの正義を振りかざしてルールを無視する中国人」については書籍でも対面取材でも聞いていたので、なるほど、これか、と思った。たとえば店の工事を依頼しても、設計図通りに施工されることはなく、「こっちのほうがいいと思ったから」という理由で勝手に発注主の意向を無視して内装が変えられてしまう、といった類の話は幾度となく聞いた。ようは、自己中なのだ。

さすが中国だな、と思い、編集者に電話を入れ、入稿が遅れる旨、事情を話した。

※直接の契約先であるエクスペディア(expedia)にも対応するよう電話を入れたが、「うちは単なる宿泊予約代行業者ですから」と言い放ち、役立たずだったことを明記しておく。結局、最後にはホテル側からの申し出で全額返金することになるほどの事態なのに、問題解決に向けた動きをしなかった。奴らは単なる代行業に過ぎないので、長期の事前予約をexpediaで行ってはいけない。


翌日、取材を3件こなして、夕方5時ごろにホテルに戻った。結局、連載原稿も進んでいない。ヘトヘトである。

一緒に取材アテンドしてくれた商社マンの友人に話すと、彼も北京に1年住んでいた数年前、マンションの契約でトラブって大変だったという。「日本人は大人しいから、どうせ泣き寝入りすると思って、ナメられている。妥協してはいけない。」という意見で一致した。

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この会議室で3時間も潰してしまった

この日は、日本に留学経験があるという「ジャン」という女性従業員が通訳として出てきて、昨夜の「リー」というデューティーマネージャー、そしてレジデントマネージャーの肩書きを持つ「ロメオ」というイタリア系中国人と、3:1で会議室で話し合うことになった。ずいぶん大げさである。

ロメオは中国語の肩書きが「駐店経理」。中国では「総経理」が社長だから、駐店経理は、この店舗で一番エラい権限者、ということだろう。

私は昨日の繰り返しで、至極シンプルな主張を繰り返した。DNDなのに堂々とディスターブするとは何事か、プライバシーの侵害ではないか、というものだ。事実関係の争いがないので、特に複雑なコミュニケーションではない。

ロメオがまず主張したのは、安全面だった。

「病気で倒れていたり、亡くなっているケースもあるから、DNDサインが出ていても、安全上の理由で入ることがある」

――そもそも安全の確認だけなら、ドアを開いて、部屋を見渡すだけで確認できる。客の資料を物色したり、掃除したりする必要は全くない。

ずいぶん簡単に論破できることを平気で言って来るものだ。あまり頭がいいとは思えない。そして、また昨夜と同じことの繰り返しだった。いわく、「DNDサインがあろうがなかろうが、掃除やベッドメイクをしていないと怒る客がいる」「うちではそういうことがある」「掃除されて怒る客はいない」…。

議論していて思ったのは、確かにカルチャーの違いがあるんだろうな、ということだ。香港資本ということで中国系の客が多く、もっともジモティーな5つ星ホテルなのだろう。中国はプライバシーの概念も確立されていなさそうだし、ハウスキーパーは客の希望にかかわらず仕事をするものであって、DNDを押したまま忘れて外出した中国人客が逆ギレしてホテルに文句を言うケースも、いかにも多そうだ。

DNDを消し忘れたにもかかわらず、ちゃんと掃除しておいてありがとう、くらいの感覚なのかもしれない。それでも、それはグローバルルールでは全くないので、容易に屈してはいけない。まるで尖閣諸島をめぐる日本政府の対応、そのものである。

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メモに書いて説明した。君らのDNDはこういう意味なのか、と。
――ここは、5スターの国際ホテルチェーンだ。あなたがたのローカルルールは通用しない。DNDサインがあったら、ハウスキーパーは専用の紙(訪ねたがDNDだった旨書かれたメモ)をドア下から入れるのがグローバルルールだ。Don’t disturbとは、すなわちdon’t enter the roomであって、don’t invade privacyである。それ以外の意味はない。Disturbしたのだから、私は料金を払うわけにはいかない。

「気持ちを害してしまったことは分かった。今後のオペレーションを変えることも検討したい。おわびとして、1泊無料にするのと、昼のレストラン代と、空港送迎サービスを提供するのではどうだ」

ロメオは妥協案を出してきたが、もう昨日と今日で3時間も費やしている。妥協してはいけない。

――いや、ノーだ。僕は1円も支払うつもりはない。こちらに100%落ち度がないからだ。

議論は決裂し、ロメオは、会議があるとか言って出て行ったが、2:1で議論は延々と続いた。といっても、これまでの議論が堂々めぐりするだけだった。

ロメオが戻ってきて、詰めの協議をする。ロメオが繰り返し言うのは、「うちのホテルチェーンでは、そういうルールなのだ」ということだった。

――全世界で、本当にそういうマニュアルでやってるのか?

「そうだ。シャングリラホテルは、インドでも、タイでも、アメリカでも、同じだ」

ロメオは具体的な都市名を挙げて、自信満々に言うのだった。

『もし本当にそうなら、確かに一理ある、マニュアルに従って動いただけだし、国際的にもしそれで通用しているとしたら、やむをえないこととも言える』。そう思って、納得しようと考えはじめた。

最終確認をして、本当にそうなら、会議終了だ。ロメオの言い分も認めよう。私は、半信半疑のまま、iPhoneで東京のシャングリラホテルの番号をささっと検索し、代表番号に電話した。

――お尋ねします。おたくのホテルでは、don’t disturbのサインを出して宿泊客が外出した場合に、勝手に部屋の中に入ることがあるのでしょうか?

「いえ、そういうことは絶対にいたしません」

――今、シャングリラの北京にいるのですが、こちらの責任者が、シャングリラホテル全世界のルールとして、勝手に入ってベッドメイクしたり客の荷物を動かすことが許されている、というのですが。

「少々お待ち下さい。確認します。・・・やはり、お客様がdon’t disturbを出されているときに、勝手に入室することは、ありません」

名前を聞いて、電話を切った。何を当り前のことを言ってるんだ、という感じだった。こっちだって、そう思ってるのである。それを、訳のわからない論理で、言いくるめようとされているだけなのだ。なるほど、さすが中国だ、と思った。結局、自分勝手なルールを押し付けているだけじゃないか。

これで勝ったな、と思った。


――今、東京のシャングリラに確認したが、絶対に勝手に入ることはない、と。全世界共通のルールなんてないことが分かった

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直立不動の「公安立ち」が印象的だった

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