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現地で100人採用した商社マンに聞く「インド人の人事管理と人材グローバル化」の実情
現在13億人の人口が世界一に膨らむ見通しのインド。経済のグローバル化は進む一方で、今後は日本人も、インド人との競争が避けられなくなる。経営者としてインドに派遣され、合弁企業の立ち上げから社員の採用、管理まで担当し、2年でインド人社員を100人ほど採用したという中堅商社マンに、インドでの生活、雇用・労働環境、そして人事管理の難しさなど、「剥き出しのインド」について、現場の実情を聞いた。(01/18 2012)
列に並べないインド人
一見の価値アリとの話を現地で聞きつけ、デリー近郊・グルガオンのミュージカル「Kingdom of Dreams」へ。「娯楽といえば、クリケットかボリウッド映画」と言われるインドだが、確かにミュージカルなら、言葉が分からなくても楽しめそうだ。ホテルでチケットを予約してもらい、現地へ向かった。チケットカウンターが混雑している。4ケタのIDを伝えればよい、とのことだったが、並んでいると、後ろから突進してきて列に並ぶつもりがないオバさんに足を踏みつけられた。インド人はどうして列に並べないのだろうか。(01/15 2012)
サービスの概念がない国
バラナシにやってきた時点で、インドに来て3週間めに突入していたが、この時点で、腹の調子は何ともなかった。問題は、目鼻のほうである。現地の移動手段は、ほとんどオートリキシャか人力車なので、破壊された道路から舞い上がる粉塵や燃費の悪そうなオートリキシャの排ガスをもろに受ける。そして、インドカレーは香辛料が強くて辛いので、目と鼻の腺が異常をきたす。どうもインドは、目鼻喉が強くないと生活がつらいようだ。バラナシにいるころから、鼻が詰まって、頭がぼーっとして、息苦しくなってきた。(01/15 2012)
「インド人も観光だけ」なガンガーの朝
朝の5時過ぎ、5Fから下に降りると、門番はまだ寝ていたので起こして開けてもらう。ゲストハウスにエレベータはないので、また登るのは一苦労なのだ。この急な階段を行き来するのは60代とかになると大変だろう、などと思っていたが、欧米の老夫婦の団体がけっこう屋上のレストラン(6F)に陣取ってたりするから、意外とそうでもないのかもしれない。(01/15 2012)
政府公認「クレイジー」なバングラッシーを求めて
ガンジス川(ガンガー)の川辺では、多くの牛が、のんびりとくつろいでいる。マダーンによると、この牛たちはすべて野良牛というわけではなく、夜になると街に帰っていくのだという。「この牛たちは、自分の家は覚えている。だから、勝手に遠くまで行って迷子になることはない。昼間は街中が混雑しているから、川辺に放たれているんだ」(01/14 2012)
聖なるものと俗なるものが見事に同居するバラナシ
早朝、「ガサガサッ」という音がベランダから聞こえてきて、びっくりして目が覚めた。泥棒か?と思ったが、ここは5階だ。すりガラスに映った影の大きさから、猿だということが分かった。野良猿に起こされるとは、なかなかインドらしくて悪くない。なぜベランダに金網がついているのだろう?と思っていたが、これは猿対策なのだ、とやっと分かった。人間は無理でも猿は5階くらいまで平気で登ってこれるので、金品はとられずとも、部屋を荒らされてしまうわけだ。 (01/14 2012)
日本のすごいところは「Maintenance&Polite」な夜
インドの街中の店はカレー類ばかりなので、朝食で腹ごしらえをしないとつらい。ただ、朝食ビュッフェには「チキンソーセージ」なるものまであって辟易とした。インド人は頑としてビーフやポークを食べない。「ミソスープ」にはちゃんと豆腐が入っていて味はまあそんなもんかな、という感じだが、味というのは器にも影響される。みそ汁はお椀で飲まないとおいしくないのだ。朝食は、卵類とサラダにパンで満腹にするようにしていた。(01/13 2012)
表現することを断念させる街、コルカタ
「マドラス、ボンベイ、カルカッタ」というイギリス植民地時代の3つの地名は受験の「世界史」で呪文のように覚えさせられたものだ。いまさらチェンナイ、ムンバイ、コルカタと地場の地名に変えられたのは迷惑な話。どれもブランドが確立している超有名な地名だし、もったいないと思う。特に、マドラス→チェンナイ(タミル語らしい)の改名は、全く音の響きが違うじゃないか…。(01/13 2012)
二度と乗りたくないインドの“強制収容所”鉄道
オートリキシャで鉄道駅「パークタウン」に向かい、そこから「フォート」まで1駅だけ鉄道に乗った。ドア全開のまま走っているので肉眼で隣の線路を見ることができるという、鉄道としては珍しい仕様なのだが、これはインドでは普通なのだろう。サイドミラーのない自動車と同じく、安全基準がそもそも違うわけである。This is INDIA、をまた発見した。少し混みだしたら車内から放り出されて死人が出そうだが、ラッシュ時になると閉まるほど高度な制御システムを内蔵しているとは思えない古い車両だった。(01/12 2012)
ゴミまみれはインドのカルチャーなのか
インドのいくつかの街を歩いてみて、他国と明らかに異なる特徴は、「道が汚すぎる」ということである。これは単にインフラ整備が追いつかず建設中だったり放置されていたり、といったことに留まらない。ゴミが放置されていて、片付ければいいのになんで?といった風景が、あまりに多いのだ。(01/12 2012)
「露骨な超格差社会」のインド
インド最大の都市・ムンバイに着いたときには、日が暮れかかっていた。タクシーで空港からホテルへ向かう。メーター式のタクシーが少ないためか、プリペイド式の事前支払いコーナーがあった。これはこれで優れた仕組みだ。行き先ごとに料金が定額で決まっているからトラブルにならない。逆にいうと、トラブル続出の結果、編み出された仕組みなのだろう。(01/12 2012)
「天家」島原社長の改革私案「築地はディズニーランドになれ」
島原慶将氏(38歳)の父はマグロの漁船乗りで、島原氏も幼い頃より築地を見てきた。そして今では、築地経由で仕入れるマグロのレストランを上海で展開し、成功している。今回は、そんな日中のマグロの上流から下流までを実践で知る島原氏の、築地市場改革案だ。「セリが見れる」「豊富な種類の魚を見れる」「お土産を買える」--全て公開し、セリも1日3回行い、全体をショーとして見せることを提案。魚介のフードコートだけでなく、併設する果物、野菜、花の市場とともに、フルーツパーラー、ガーデニング、スイーツの店も揃えた一大アミューズメントパークにすべきだという。(12/28 2011)
上海で起業して7年 「天家」島原社長に聞く、中国飲食店経営の実像
成長著しい上海で2004年に起業し、2011年夏現在、マグロ料理店「天家」を7店舗展開し、月500万元ペースを売り上げ、来年は売上倍増計画を立てている島原慶将社長(38歳)。取締役は、島原社長以外、全て中国人。従業員は総勢160~180人になった。どのような方針で中国人を人事管理して成功したのか。「上海日本料理協会」の前副会長でもある島原社長に、「利益が出てるのは1割だけ」という日本人経営の和食料理店をマネージするノウハウについて、じっくり話を聞いた。(12/05 2011)
築地→上海、鮮魚輸出計画の難航「国同士の問題大きい」(東市)
前回の記事(「利益出てる店は1割だけ」上海の日本人和食店経営、厳しい現実)では、和食レストラン料理人の視点から、上海の飲食店経営の実態について報告した。今回は、東市築地水産貿易(上海)有限公司のトップ「董事総経理」(=マネージングディレクター)を務める丸山雄一氏(58歳)へのインタビューをお送りする。丸山氏は、築地市場内に本社を構える大卸の1社、築地魚市場株式会社(略称・東市=東証二部上場)の監査役まで務めた、この道35年のベテラン。日中双方の魚市場について、それぞれの現場で経営に関与し、実態を熟知している。(11/24 2011)
「利益出てる店は1割だけ」上海の日本人和食店経営、厳しい現実
日本で8年、中国で9年。日中の日本料理屋で料理人を務めてきた春名敦貴さん(38歳)は、中国にやってきてから労組との対立や反日デモ、仕入れの難しさなど、中国ならではの大変さを身をもって学んできた。現在は上海で『うどんすき河むら』の総料理長を務める。「上海レストラン協会」日本料理専業委員会の副会長としても実務を取り仕切り、上海における和食店経営全体の動きを把握できる立場にいる春名さんに、自身のキャリア、および上海で和食店を経営することの難しさ等について、話を聞いた。(09/07 2011)
「中国らしさ」見えたシャングリラ事件
北京にやってきて3日め、3件の取材を終えてホテルの部屋に帰ってくると、don’t disturbのボタンを押して外出したにもかかわらず、勝手に部屋に入られていて驚いた。洗面台の横スペースに並べておいた6枚ほどの名刺も物色され、ゴミ箱近くの棚に無造作に重ね置かれていた。取材源の秘匿にかかわる重大な問題だ。(07/09 2011)
先人の著作を読み、「旅は人生に似ている」と思う
トルコは、多くのもの書きが旅しており、その著作が簡単に入手できる。先人の跡を辿るのは、旅の楽しみ方の1つだろう。今回、かつてトルコを旅した沢木耕太郎(当時27歳)、村上春樹(当時39歳)、立花隆(当時42歳)が、何を見て、どう感じ、どう表現したのか、その内容と文体を学び、自分とどう違うのかを考え、よい点を吸収したいと思っていた。(10/02 2009)
メデューサの首&オープンカフェ
旅も終盤になって、一応、イスタンブル内で世界遺産に指定されている有名な建造物をささっと見ておこう、と思い始めた。この地には、2度と来ないような気もしたからだ。とりあえずスルタン・アフメット地区で訪れていないところをまわる。トプカプ宮殿、イスタンブール考古学博物館、そして地下宮殿。(10/02 2009)
任天堂、ソニー、そしてwagamama
ホテルは新市街を走る地下鉄「Osmanbey」駅か「4.Levent」駅のいずれかの近くが多かったので、その間にある駅「Sisli」直結の巨大ショッピングセンター「Cevahir」(ジェバーヒル)を、よく訪れた。2005年オープンで、ガイドブックによると欧州最大規模だそうだ。歩いた実感としては、言うほどたいしたことはなかった。(10/01 2009)
使えない「歩き方」、開業年さえ分かればいいのに
イスタンブルのホテル選びは、少々困った。ハノイのように安くないのだ。ハノイは5つ星ホテルでも日本の中級ビジネスホテルくらい(1万3千円程度)とリーズナブルでオトク感があったのだが、イスタンブルはその5割~8割高といったところで、今回のような3週間滞在となると、ばからしい。私はサラリーマンと違って自分の会社のカネで行くので、無駄遣いをする動機もない。(10/01 2009)