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人間党・街派
ヴァレンス水道橋。奥に見えるのは新市街。

 

 


 現地に来る前にガイドブックや写真集をざっと見ていて、一番目にとまったのは、ブルーモスクでもなくカッパドキアでもなく、イスタンブル中心部にある「ヴァレンス水道橋」という、1600年も前にできたという建造物だった。ある人が旅行先を選ぶ場合に、「大自然党」の人と、「人間党」の人に好みが大きく分かれるような気がするが、私は断然、人間党である。大自然が作ったものも確かにグレイトだが、人間が長い歴史のなかで作ってきたモノやその背景を考えるほうが面白いし、自分の日々の生活や今後の人生にも役立つ気がするのだ。


@イスタンブル(トルコ)2009.6

 私は、人間が作ったもののなかでも、特に歴史を超えて現代社会に生き続けているものに興味を覚える。博物館に展示されているようなものは過去の歴史だが、今なお街中に存在し、風景に溶け込み、人間生活に影響を与えているものは深い意味があるし、考える価値があると思う。つまり、博物館ではなく、街中で見ることができるものだ。

 だから私は、「人間党」のなかでも、「街派」である。アカデミック系ではなく、ストリート系。特に歴史が古い1千年都市が最適だ。街を歩けば、何かを感じ、見ることができて、何かが自分のなかに残る。前回訪れたハノイもイスタンブールも、紛れもない1千年都市である。

 この自分に残る「何か」は、なかなか表現が難しいが、皮膚感覚や空気全体の味のようなものだ。村上春樹が、32歳の年にトルコを訪れたときのことを回想して以下のように述べている。なるほどそうだ、と思った。

 僕を引きつけたのは、そこにあった空気の質のようなものではなかったかと思う。そこにある空気は、他のどことも違う、何かしら特殊な質を含んでいるように僕には感じられたのだ。肌ざわりも、匂いも、色も、何もかもが、僕がそれまでに吸ったどのような空気とも違っていたのだ。それは不思議な空気だった。旅行というのは本質的には、空気を吸い込むことなんだと僕はそのとき思った。おそらく記憶は消えるだろう。絵はがきは色あせるだろう。でも空気は残る。少なくとも、ある種の空気は残る。
--『雨天炎天』より

 そう、「空気を吸い込むこと」が旅の本質なのだ。文学者はそのままの曖昧な表現こそよいのだろうが、それをどうブレイクダウンして表現するかがジャーナリストの職業的な価値なので、今後の旅では、それを意識していきたい。

 人間党街派の私としては、奇形奇岩の風光明媚な観光地である有名なカッパドキアはあまりピンとこず、行かなかった。おそらく、小さいころに訪れた覚えがある軽井沢の「鬼押し出し」(浅間山噴火による溶岩が作り出した一面の奇岩地帯)のトルコ版だと思う。鬼押し出しは二百数十年の歴史しかないが、自然が作り出したという点では同じだ。

◇アインデンティティーと遺跡
橋がトンネル。3人ほど上に登っているのが見える。
 で、ヴァレンス水道橋である。ローマ帝国時代の378年に完成し、当時は1キロメートルあったという。ホントに1600年前の人類の技術で、こんなバランスが悪そうな巨大な橋が造れたのか?と疑問を抱くほどのデカさである。エジプトのピラミッドは、まあ、わかる。下から積み上げていくから重力がかかっても簡単には壊れない。だがこれは、水を通す橋である。なかなかの迫力だった。

 橋の上で地元民が3人遊んでいるのが、米粒のように見えた(もちろん侵入は禁止されている)。4車線が橋の下を通り、その向こうには新市街が広がる。既に水は流れていないが、完全に現代の風景に溶け込んでいるのだ。しかも、旧市街の中心部にある。

 東京には、こういった、はるか昔の時代を感じさせるものがない。私がよく通る皇居周辺も、江戸城で500年前だ。それも石垣くらいで、イマイチ残っていない。日本は「木と紙の文化」なので、どうしても朽ち果ててしまう。その点、ヨーロッパの石の文化は強い。燃えないし腐らない。

近くのモスクに沢山いたネコ
 この橋は、コンスタンティノポリス(イスタンブールの前身)を建設したローマ皇帝コンスタンティヌス1世の時代に建造が始まったという。この場所で、1600年以上の街の変化を見てきているわけである。

 橋のたもと付近には、住宅街が広がっていた。1時間ほど歩いてみたが、どこにでもある4階建てくらいのコンクリートのマンションがひたすら続いていおり、地震でもくればすぐ廃墟になりそうなボロ屋が続いていた。道はろくに舗装もされていない。

近くの街を歩いて戻ってきたら、すっかり日が暮れて、ライトアップされていた

 

 

 だが、この住民たちは毎日、この橋を目にしながら生活するわけだ。歴史を感じられる場所に住むと、過去とのつながりを実感できる。自分たちは、このローマ帝国に打ち勝ったトルコ民族なのだ、と思える。少なくとも、ローマ時代からの空気を確認でき、「根無し草」の感覚はないはずだ。ウォーターフロントの埋め立て地に住むのとは大違いである。

 生活は苦しそうだったが、アイデンティティーを実感しながら生活できるのは、実はぜいたくなことだと思う。人間党・街派の私としては、そういった空気のなかで生活できるという点で、うらやましいと思ったのである。

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