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ろうそくがいらなくなった街
上を見上げれば電線だらけ

 東南アジア諸国ではいまだ珍しくもないが、ベトナムでも停電は多く、かつて私が訪れた際には、ろうそくが必需品だった。当時は、それも旅する理由の1つといえた。日本とは違うものに見て触れて、カルチャーショックを受けられれば、自分のアイデンティティーが浮かび上がる。だから、異なる価値体系のもとで行われる行動にブチ当たることは、旅人にとっては望ましいことだ。


@ハノイ(ベトナム)2009.3

 当時私は、こう書いている。

 ろうそくの灯りがそこかしこに目立つ。ここはハノイの中心、ホアンキエム湖の北側に広がる旧市街。時刻は夜9時を過ぎているが、一向に活気が衰える気配はない。夜のハノイは今回の旅の中でも、格別に印象的であった。(中略)

 バイクもあまり通らないような通りでは、ろうそくがメインの明りだ。各家、各店の前にろうそくが灯り、その回りにみんなが集まって、なにやら飲み食いしている。子供達も元気に走り回り、遊んでいる。日本でいえば、縁日の風景に近い。(中略)

 停電が日常茶飯事であることもあり、この国の住人にとって、ろうそくは必需品である。私が泊まっていたゲストハウスでも、日に2、3回は停電していた。長い時は一晩中消えたままで、フロントからろうそくを借りないと部屋にたどり着けないほど真っ暗な時もあった。

 14年経ってどうなったかというと、やたらと路上で飲み食いしている風景はまったく変わっていなかった。だが、電力事情がかなりよくなったようで、ろうそくはあまり使われなくなっていた。

 空を覆わんばかりに電線が20本ほども束ねられて電柱を伝っている様が、その電力普及に勤しんできた苦労のあとを見せ付けているかのようだった。1つの家が電気を引くたびに1本増えていくのか、とにかく電線だらけなのだ。

 当時は旧市街で信号など見かけなかったが、今回は「待ち時間表示付きの信号機」に、ところどころで出くわした。何秒待てば青になるか数字で分かるとは、日本よりも優れている。

 かくしてインフラ整備が進んだ結果、ろうそくが灯った幻想的な風景は過去のものとなり、街灯が活躍するようになった。

 文明化が進むと、文化は1つずつ消えていく。当時書いた「文化と文明のトレードオフ」の問題意識が、また1つ強くなった。私のなかでは、ハノイをハノイたらしめていたのは、ろうそくのある風景だったのである。

観光用になってきたシクロ。欧米だけでなく中国系の中高年旅行者たちも目立った。
 同様に、「シクロ」という文化も消滅しつつあった。もはや地元民の足は完全にバイクに移り、「バイクタクシー」も現れ、シクロは観光用の足になりつつあった。欧米や中国系の中高年旅行者が大名行列をつくって観光用シクロに乗って進む風景は、京都や浅草の遊覧目的の人力車と変わらない。

 バイクが普及した結果、歩道はバイク置き場と化し、狭い道をビュンビュンとバイクが飛び交う。危険だ。築地市場にトーレ(エンジン付き台車)が増えて危険になったように、想定外の機械化が進んでいるのだ。

 歩道に飛び出した屋台と、そこで、プラスチックのイスに座って昼間から夜中まで群がって飲み食いする人々の姿だけは、変わっていなかった。

 だが全体としては、タイのバンコクやインドネシアのジャカルタ、マレーシアのクアラルンプルのように(私はいずれにも行ったことがある)、目鼻立ちの分からない普通の文明的な首都になってきている、と感じた。

■当たり外れの大きい食材
 今回は、旧市街を中心に毎日4~5時間ほど歩き、途中、屋台や大衆食堂で飲み食いをした。フォーだけでなく、ご飯モノや海鮮モノも一応、食べた。

 街なかに、海鮮屋ばかりが集まっている通りがいくつかある。どこもメニューは似たり寄ったりだ。客引きされた店に入って(というか半路上なのだが)、適当に指差し注文してみた。

イマイチだった海鮮モノ。そういえば毎回、ビールも飲んでた
 出てきたカニは、ヘドロ臭くてマズかった。そもそも、カニは当たり外れが大きい商品で、一見さんの外国人に「当たり」を出すはずはない(築地でもそうだ)。アサリは日本とまったく同じで、ごく普通だった。同じ過ぎて、なんでここで食べてるんだろう?という感じだ。タニシは、ハノイではかなり酒のつまみとしてポピュラーなのだが、まあ普通の味。ビールと合わせて17万ドン(約1千円)は高い。どうも、ぼられた気がする。

 ここでの教訓は、「当たり外れの大きい食材は、ちゃんとしたレストランで食べたほうがよい」ということ、そして「現地でしか食べられないユニークな食材を食べるべし」ということだ。

まあ普通に食えるんだけど、あえて海外に行ってまで食べるほどではないCOM

 

 あるとき入ったOCM(飯)屋も半路上の大衆食堂。ご飯とおかず2品、スープで39000ドン(250円くらい)だ。まあ腹いっぱいになったのでOKなのだが、COMについては、やはりインディカ米は臭いにクセがあり、味も日本のほうが圧倒的に上だ。コメは日本に限る。

 路上食堂でフォーを食べているときにも、同じテーブルにやってきた男がうまそうな炒飯を食べていたので同じものを注文してもらった。立命館大学に2週間交換留学していたという人物で、しばらく話した。

 クラシック音楽の勉強をしているとかで、サントリーホールに行った事もあるという。「うちから歩いていける距離だ」と言ったら「お前は金持ちなのか」とビックリしていた。

 味のほうはありふれていて、やはり日本で食べる中華のチャーハンのほうがおいしいと思った。

■旅する理由
 日本からわざわざ旅に来るのはなぜかというと、私の場合は、日本とは違うものを見てカルチャーショックを受けたいからだ。違うものを見ることで、自分のアイデンティティーが分かる。自分とは何者なのかが分かる。だから、何か異なる価値体系のもとで、大勢の人々が日々、行っている行動、食べているモノにブチ当たるのが望ましい。

 たとえばそれは、日本だったら絶対に立ち入り禁止の線路沿いのスペースで普通に屋台を営業していたり、子供が遊んでいたりする光景だったりする。その程度では世界の途上国共通なので、あまりベトナムに来た意味がない。

 ろうそく、フォー、さとうきびジュース、ビアハノイ(すっきり薄味がうまい)、シクロ(似たようなリキシャは他国にもあるが)…。こうした現地固有の文化、なかでも文明化が進むことで消え行く文化に、優先的に触れておきたい。ろうそくがいらなくなった街で改めてそう感じ、最後にヌック・ミアを飲みに行った。

 文化は、市場への順応度に応じて、文化帝国主義的な色彩を帯びつつ、一定の方向に進化していく。シクロはバイクに駆逐され、ろうそくは電灯に駆逐され、ヌックミアはコーラに駆逐され、“進化”していく。カルチャーショックを受けたい旅人にとって、ハノイは少々、進化しすぎてしまったようだった。

■基本情報:2009年3月
為替:1ドン(VND)=0.00564円(JPY)
マクドナルド:なし(ケンタッキーは市内2箇所で発見)
缶コーラ:飲食店で1万ドン(56円)、スーパーで6千ドン

■物価データ
街中の屋台:『フォー・ボー』1万5千ドン(相場)、『ヌック・ミア』5千ドン(相場)
地元の鉄道駅近くのカフェ:コンデンスミルク入りベトナムコーヒーが1万2千ドン
スーパー:333ビールが9千ドン。グァバジュース600mlが1万5百ドン
ホアンキエム湖沿いの露店:『ビアハノイ』が2万ドン、『コカコーラ』350mlが1万ドン
ホアンキエム湖沿いの食堂:『フォ・ボー』が2万5千ドン
街中の大衆食堂:『フォ・ボー』と『ビアハノイ』で4万ドン

■機内で読んだ本
沢木耕太郎「一号線を北上せよ」<ヴェトナム街道編> (講談社文庫)
 60歳近くなってなお旅する沢木。ホテルは5つ星になっても目線は変わらない。

ロンリープラネット「ベトナム」(メディアファクトリー)
 地図が小さくて見にくいので、結局、『歩き方』を使いました。

坪井善明「ヴェトナム新時代」(岩波新書)
 ベトナム人は「貧しくても平等なほうがいい」との意識が強いとの調査結果が興味深い。国際競争で格差社会に巻き込まれる姿はいたたまれないものを感じる。


以上

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うーろん  20:53 05/17 2009
スラム街や人々が生活している居住区域などが海外にいったときにexoticと感じられるんですよね。