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いわくつきの土地
街路樹がデカく美しい街並み。スペイン系ホテル『メリア・ハノイ』より撮影。日本は建物が汚いし道も狭くて歩く気にもなれない

 14年も経っているのだから当然だが、ずいぶんデカい建物がボコボコと建っていた。なかでも、ひときわ目立つのが「ハノイタワー」。ハノイで最も成功している複合ビル開発事例らしく、同じ敷地内には「サマーセット」というサービスアパートメント棟も建っていた。


@ハノイ(ベトナム)2009.3

 サマーセットのロゴは、東京でも六本木や麻布で見かけたことがある。シンガポール政府系のアスコットグループが展開するサービスアパートメントのチェーンブランドだそうだ。

 「こんなところにまで進出していたか、しかもこの規模で…」というくらい立派な建物で、六本木の物件より大型である。

上:ハノイタワー、下:サマーセット。いずれもホアロー収容所跡地に立つ。
 ハノイタワーがオフィス棟で、サマーセットが住宅棟。ようは、森ビルが一帯を開発した六本木ヒルズや、三井不動産が手掛けた東京ミッドタウンみたいなものである。

■収容所跡地
 驚いたのは、その敷地の歴史だ。ガイドブックによれば、もともとは1896年、フランス統治下で、フランス政府がここに「ホアロー収容所」という巨大な監獄を作った。フランス支配に抵抗するベトナム人がここで拷問されたり、ギロチンで死刑にされた。その敷地の3分の2が、ハノイタワーとサマーセットになり、残りが博物館として残され、拷問器具やギロチンが展示されているのだ。

 ベトナム政府は、1954年のインドシナ戦争に勝利した後、ホアロー収容所を今度はアメリカ人を収容する刑務所として使い続けた。昨年のアメリカ大統領選挙でオバマに敗れたベトナム戦争の“英雄”マケイン氏も、捕虜としてここに5年間、収容されていたそうだ。

 この収容所は当時、米国人からは皮肉を込めて「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれていたという。私が泊ったホテルのほうのヒルトンの名称が、なぜか『ヒルトン・ハノイオペラ』とあえてオペラがついているのは、そのためだったらしいことは、帰国後に知った。

 こういう歴史があると、市内中心部の一等地ながら、米国資本も、地元ベトナム資本も、レピュテーション(評判)リスクが高くて手をつけにくい。そこでしがらみのないシンガポール系のアスコットグループが「これはおいしい投資案件」とばかりにやってきた、ということだろう。

 とはいえ、拷問場やギロチン処刑場があった場所で働いたり住んだりするのは、日本人の感覚だと、気持ちのよいものではない。特定の宗教を信じているわけでもない私でも、ここで働けと言われたら、「宗教上の理由で」会社を辞めるだろう。

■儲かりやすい開発
 この問題、国内に置き換えてみると、よく言われているように、森ビルという非財閥系企業のやり方に似ている。六本木ヒルズをはじめ、かつて墓場だったような場所を次々に再開発して、業績を伸ばしてきた。都心なのに人気がない安い土地をとりまとめて再開発し、まったく別のモノに造り替えれば儲かりやすいのは誰にでも分かることで、評判などを気にしなければ、資本の論理としては実に理にかなっている。

 最近、六本木ヒルズにオフィスがあったリーマンブラザーズの元社員に話を聞いたところ、「六本木ヒルズには昔、処刑場があったらしい」。この真偽は不明だが、寺や墓があったのは確かだと言われ、週刊誌をはじめ「ヒルズの呪い」などと噂されている。実際、村上ファンド、ライブドア、グッドウィル、リーマン、そして回転ドアでの死亡事故と、確かにこの地には不幸な出来事が多い。今もヒルズに住むホリエモンは、2年半の実刑が高裁段階まで確定している。

ケンタッキーは2ヶ所で見かけたが、マクドナルドはなかった。共産党政府に嫌われているのだろうか…。
 呪いなど証明できぬことだが、こういう話が人々の話題に上ること自体、日本人の死生観や宗教観が表れている。特に日本は気にする人が多いのではないか。

 私がかつて住んでいた赤坂には、国会議事堂を見下ろすように、米国系の保険会社「プルデンシャル生命」の巨大なビルがそびえている。私の記憶にはないが、その敷地にはかつて『ホテルニュージャパン』というホテルがあり、1982年に、死者33名を出す大火災事故が発生し、閉鎖。この当時のニュース中継は後に何度かテレビで見たが、燃え盛る炎のなか、シーツをロープ替わりにして窓から逃げ出す様子など、すさまじいものだった。

こちらは標準的なベトナムの店舗。半分屋内、半分屋外で仕切りはなく、プラスチックの机とイスを多数装備。外資とはコンセプトが違う。
 その20年後の2002年、プルデンシャル生命が、森ビルと共同で建設を進め、プルデンシャルタワーが完成した。上層階は、森ビルの高級賃貸マンションとなっている。

 やはりここでも、いわくつきの土地に手を出したのは、しがらみのない外資と、そして森ビルだったわけだ。さすが森ビル。ここでも一枚噛んでいる。非財閥系でのし上がるためには、若干えげつなくとも、非伝統的な手法をとるのが手っ取り早い、ということだろう。

■大火災事故現場に住めるか
 日本の宅建業法では、「重要事項の告知義務」が課され、火災や殺人事件などが起きた物件について、貸主や宅建業者は、次に入居しようとする人に対して、情報を開示しなければならない。いわくつき物件にすすんで住みたいと思う人は少ないからだ。

 まったく同じ理由で、通常は大火災事故があったり収容所があった場所には、日本人的には住みたくはない。プルデンシャルの高級賃貸に住む住人は、テレビのホテルニュージャパンの火災事故映像を見て、気分が悪くならないのだろうか。江原啓之氏を呼べば「成仏しない人が見える」といかにも言いそうな場所だ。

 もちろん、そのようなことを言っていたら、過去の歴史のなかで人間はあらゆるところで殺されているから、住む場所も働く場所も、なくなってしまう。

 たとえば東京大空襲で隅田川は死体の山となったわけで、その下流の河口にあたる現在の月島などは、大金持ちが高層マンションにこぞって住んでいる。死体の上に住んでいるようなものだろう。

 東池袋の「サンシャイン60」をオフィスとして働いている人はたくさんいるが、元々は「巣鴨プリズン」があった場所で、第二次世界大戦後、多くの戦犯者が捕虜、収容され、処刑された。その場所で日々働くのも、あまり気持ちのよいものではないだろう。

 人間は、そういったスピリチュアル・バリアのようなものと、どこかで折り合いをつけて生きていかねばならない。

 お金に色はついていないから、資本の論理は、よくも悪くも、そのハードルを下げる効果がある。つまり、ベトナム人投資家は、アスコットグループの少数株主として、間接的にホアロー収容所跡を開発しているかもしれない、ということだ。

 ただ、人間には、理性的側面、感情的側面、宗教的側面の3つの側面がある。理性と宗教はクリアしても、感情的な側面はやはり残る。そこにレピュテーション(評判)リスクが生じる。したがって、森ビルは近年、中国にも進出しているが、旧日本軍による収容所跡の開発などには、たとえ共同開発であっても、どんなにおいしい案件でも、名乗りをあげてほしくない。

 ハノイのサマーセット前で、「ここの住人のほとんどは、収容所のことは知らされてないんだろうな」と思いながら、高層階を見上げていた。サービスアパートメント(つまり家具付き短期滞在型ホテルのようなもの)というところがポイントで、入居者が気づいたら、すぐに出て行けばよいことになる。これが賃貸ではなく、「ギロチン跡に分譲住宅」となると、かなりキツいだろう。

 隣接するホアロー収容所は、塀の上にガラス片を突き刺して逃亡を防止しており、外から見ても負の歴史がまざまざと感じられた。中を見るか迷ったが、だいたいガイドブックの写真から想像はできるので、今回は見学をやめておいた。

 広島・長崎の原爆博物館などと同様、こういった遺跡を残し後世に伝えることは極めて重要である。資本の論理で外資に開発されて跡形もなく消え、プルデンシャルタワーや六本木ヒルズのような近代的な複合商業施設に生まれ変わってしまったら、人間の記憶は1代限りで遺伝はしないのだから、同じ過ちを繰り返す原因となってしまうのだ。

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六本木ヒルズ  08:48 05/10 2009
六本木ヒルズは昔は毛利家の屋敷がありました。小さな池がありますが、あれはあそこに毛利家の池があったので、再現したそうです。