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ルポ:信用経済の現場――ドイツの信用乗車方式、オランダの信用レジ&ハンディ端末決済、そしてAIと行政の役割

情報提供
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不正乗車は60ユーロ、と書いてあるらしい(電車内)
 ドイツの鉄道には、改札口がない。ドイツ版の新幹線(ICE=Intercity-Express)にも、快速列車(RE)にも、普通列車(RB)にも、地下鉄(Sバーン、Uバーン)にも、トラムもバスも、すべてにおいて、改札口はない。いわゆる「信用乗車方式」で、オーストリアやスイスでも採用されているそうだが、両国には行ったことがなく、私は今回、はじめて遭遇した。
Digest
  • 3回目で公的機関への告発!行政ぐるみの歯止め策
  • 私服タイプがやってきた
  • 身分証も領収証も、何も出さない胡散臭さ
  • スーパーのセルフ信用決済
  • 客がハンディ端末を持ってスキャンしながら店内を回る
  • 信用経済と歯止め策のバランス
6か国語で「不正乗車は割に合いませんよ」と説明

抜き打ちで切符をチェックし、有効なチケットを持っていなかったら高額の罰金をとることで歯止めにしているため、「客を信用している」のではなく、むしろ確率統計の手法によって、コストの最小化と売上の最大化を図っている、と言ったほうが正確だろう。

今後は、AI(人工知能)によるデータ分析によって、最適なチェックの頻度や時間帯、場所、罰金額までを算出する精度が上がるため、より生産性は上がる。ゲームチェンジの手法として他の業界にも応用が利くのではないか。

3回目で公的機関への告発!行政ぐるみの歯止め策

AIの本を読むと、かなりの高頻度で、改札の自動化についての話が最初のほうで出てくる。いわく、昔は人間が切符1枚ずつハサミを入れていたものが、自動ゲートとなって、人間の雇用が奪われた。AI化でさらに人間の役割は減っていく――といった文脈だ。そういう意味では、無人改札どころか、改札すらないドイツのオペレーションは最先端事例ともいえる。

ただドイツの場合は、失業率が高かった時代からずっとそうだっただけで、生産性を高めるために改札をなくしたわけではない。むしろ、運営母体が政府100%出資のDB(ドイチェバーン)、日本でいう旧「国鉄」なので、採算度外視で保守的な経営をしていると思われる。※ベルリンの『Uバーン』など一部は行政(市交通局)や三セクによる運営。

現地に住むNさんは大学院(MBA)卒業後の求職活動中、3か月で2回、このチェックに引っかかったそうだが、計120ユーロを支払ってもなお、3か月分の定期代よりも安く済んだ、という。正規の交通費は確かに高い。たった1駅乗るにも日本円で300円以上(2.75€=フランクフルトの場合)かかる。

「カネがない移民、特に難民らしき人たちは、WhatsApp等のチャットアプリを使って車両内で情報交換して回避している人たちもいるんです」(同)。巧妙な不正乗車に対抗するため、乗客に扮した私服の職員が6人ほど突然、席から立ち上がって逃げられない状態でチェックに入ることもあるという。脱走ゲームみたいでなかなか面白い。

ただ、「3回目に捕まると、鉄道会社内にとどまらず、行政側に情報が伝えられ、将来的に不利なことが起こりかねないと聞いているので、3度目はないよう、今はきっちり買っています」とのことだった。

法的には、「罰金または最大1年の懲役」と定められており、初犯で刑事罰の対象となっている。ただ実際の運用上、日々の膨大な数の違反者に警察がぜんぶ関わっていたらパンクする。

そこで、ドイツ語の記事によると、"Spätestens wenn ein Schwarzfahrer zum dritten Mal auffliegt, muss er aber mit einer Anzeige rechnen.「最も遅くとも無賃乗車が3回目に発覚した場合、公的機関への告発が見込まれます」といった運用になるらしい。

日本だと、鉄道のキセル乗車程度で刑事告発など、ほとんど聞いたことがない(物理的に改札があるからできない)。自動車のスピード違反が「六月以下の懲役または十万円以下の罰金」なので、ドイツの無賃乗車で「最大1年の懲役」というのは、まあまあ重く設定されている。ポリスに告発されると、行政側に前歴が残る。市営住宅入居の審査などで不利になるかもしれないから、3回目はないよう気を付ける動機になる。生産性の高い不正防止策である。

こうした歯止めがあると、改札なんかなくても、まともな社会人はきっちり切符を買う。中国でいう胡麻信用(アリババグループ)の世界で、過去の行動記録蓄積によるデジタル情報の信用こそが財産、という発想になる。

3ユーロ弱の無賃乗車で20倍にあたる60ユーロを請求してよいとする立法措置も、日本の鉄道営業法などに比べ、10倍も厳しく設定されている。日本で認められているのは、乗車区間に相当する運賃と「その2倍以内」の追加運賃(合計で3倍以内の額)を請求することまで、だ。罰金としては、運賃の2倍が上限となっており、日本は生ぬるい。

こうした、行政ぐるみの制度設計次第では、この信用乗車方式こそ、最も効率的かもしれない。ただ、失業率が低い今の日独のような経済状態は世界的には稀で、不況になって社会が荒廃し、失業者が増え、失うものがない、いわゆる「無敵の人」が増えると、これはもはや機能しない。無敵の人には信用は必要ないからだ

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このような罰金の領収書が送られてくるそうだ(Nさん提供)

2度目にチェックされた人。1度目の人とは異なり、遠くからでも目立つ。これでは抜き打ちにならないのは確か。

ホテル内のセルフレジ端末と、その対面にある商品棚(これで全部)。完全自動化、無人化されており驚く。

上:『アルバートハイン』の顧客向けハンディ端末置き場。下:『ユンボ』のハンディ端末置き場。入口にある。

入口で充電器からハンディ端末を手に取り、買い物中に自分で読み込みながらマイバッグに商品を入れていく。出口で店員にハンディ端末をわたすと、瞬時に情報が読み取られ、オランダ人なら皆が持ってる銀行のカード(デビット)で非接触決済して完了。店員は不審ならバッグ内をチェックするが、ほとんどしないので、列もできず、十秒ほどのウォークスルーとなり、出口で待たされることがない。

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