プロフィール:美大中退後に有名ケーキ店でアルバイトを始め、そのまま就職。4年後に高級レストランチェーンに転職し、デザートを考案、展開。2年後にフリーになり、レストランのデザート監修や料理教室を開く。上の世代と若い世代の双方を知るキャリア10年目の現役パティシエ。
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小学生の女子に「なりたい職業」を聞くと、1位の常連なのが「ケーキ屋・パティシエ」。パティシエとは、仏語で「菓子製造人」を意味し、フランス等では試験を経て取得する正式な国家資格であるが日本に資格制度はなく、全員が“自称”パティシエ。その点、作家やジャーナリストと同じだ。その実態は、「感覚的に今の20代は7割以上が専門学校卒」で、「イメージと実際のギャップが大きい職場」だという。大学中退後に有名ケーキ店で下積み修行に入ってそのまま就職、高級レストランのデザート担当として転職し、現在は独立してクッキーやケーキの作り方を子供や主婦らに教えるスクールも開くキャリア10年目のパティシエ(30歳前後)に、最新のパティシエ事情を聞いた。
【Digest】
◇30代以下は専門卒がメイン
◇「女の子っぽい人」は現場にはいない
◇大学に行くメリットはあるのか――資格不要な職業
◇「専門学校行くのは無駄、社員になれ」
◇修行時代は何をするのか
◇お客さんから見えない、アトリエでの作業内容
◇ナマモノという特性――意外と朝一番はよくない
◇1~2年目は傷だらけ――火傷、腰痛、腱鞘炎…
◇辻口、青木、鎧塚…独立は料理人より難しい
◇AIはインスタ映えするデザインを考えられない
◇制作現場は10年間変化ナシ
◇コンビニスイーツ、家庭用手作りキットの進化
◇純粋なパティシエか、「×α」か
◇子育てママが続けるのは難しい
◇コスト面のジレンマ――原価は約3割
◇好きで仕事をしている人しか残らない
◇30代以下は専門卒がメイン
人気が高い割に、その仕事内容がバックヤードで行われるため謎の多い職業となっているパティシエ。資格試験も業界団体もないため、どんな人がどういうプロセスを踏んでパティシエになり、どこでどのくらいの人数が働いていて、どんな労働環境でどのようなキャリアパスを歩んでいるのか等、ほとんど認知されていない。甘くておいしい洋菓子に囲まれた、ふわっとしたおしゃれなイメージと、高い人気だけがある。結果、イメージと現場のギャップは大きくなっている。
キャリアの入り口としては、昔は高卒から直接、洋菓子店で修業に入るケースが一般的で、40代以上は、そういう人が多いです。今は、専門学校卒が多い。高卒後2年間、製菓の専門学校で基本的な知識や技術を学んでから、この世界に入ってきます。30代以下は、こっちが主流。感覚的に20代は7割以上が専門卒でしょう。
有名な店は、専門卒を採ります。専門学校は就職率の高さを売りにしたいので、菓子屋・ケーキ屋との関係を深めていて、有名店から講師として専門学校に招き、その講師が、そのまま学生をリクルートして入社させるケースもあります。専門学校卒業生が、後輩をリクルートすることもあります。
高級ホテルの専門コース(調理部門採用)では、先輩後輩のつながりが代々あるので、先輩の紹介で入社し、入社後も、その人脈で海外の有名店や系列ホテルには行きやすいと思います。
パティシエで成功している人は個人名で売れている人で、いま第一線で活躍している人たちは個々にキャリアを切り開いてきた人たち。特定の学校名が幅を利かせていたり、王道とみなされている専門学校はありません。本場である欧州で働いた経験が一目置かれるくらいです。
整理すると、高卒・大卒は少数派で、メインは専門学校卒業者。この職業に就くうえでは大卒よりもヨーロッパでの現場修行経験のほうが上。卒業後の進路は、①洋菓子店、②高級ホテル・有名レストランの調理部門(デザート担当)、のいずれかとなる。そこで離職率が高い、時にブラックな初期訓練(修行)に入る。
たとえばホテルオークラの2018年度実績では、調理専門学校卒を33人採用した、と公表している。ただし契約社員のみで、正社員登用制度がある。全員を長期雇用する気はさらさらない。帝国ホテル(正社員)の2018年実績では、専門コース全体(宿泊、料飲、調理)で東京60人、大阪32人を採用、と公表している。
◇「女の子っぽい人」は現場にはいない
パティシエは、実際には離職率が高く、厳しい業界です。これは、料理人と同じ。いま私が業務委託契約でデザートを作ったり教えたりしている大手レストランで言うと、全体で計30人採用して1年で15人くらいに減ります。1年持たない人が約半分。入社数年後には3割くらいしか残りません。だから、いつも求人が出ています。これは業界全体がそうなので、仕事自体はいつも豊富にある、という状況です。
現場は長時間の立ち仕事で、重い原材料を運んだり、火傷したり、体力的にも精神的にもハードなので、ずっとハードな部活をやっていて根性がある人に向いています。体育会系で体力があって、大学に行くだけの偏差値的な能力はなかったけど、専門学校に行ってパティシエの修業に入ったらピタっとハマったり。
毎日、同じ部屋のなかで、ずーっと作業を続ける仕事なので、それが平気な人でないとダメです。あと、1人で全行程をやるわけではなく、かなり細部にわたって指示を受けたり出したり話し合ったりするので、コミュニケーション力も必要です。
でも、ハードな現場とは対照的に、製菓の専門学校に行く人って「お菓子作りが好きな、メルヘンチックな女の子」が多いんです。そういう人はだいたい挫折して、歯科助手などの勤務時間が決まっている資格へと転向する人も目立ちます。
実際、女の子っぽい人は現場にはいなくて、イメージと実際のギャップがすごく大きい職場です。女性でもグラニュー糖30キロ運ぶ仕事とかがありますから、私も、筋肉がつきました。製菓の専門学校にいるのは8割が女性ですが、卒業後、現場に入って、30歳くらいになった時点では男女半々になっているのが現実です。
ホテルや高級レストランだと、料理人とパティシエの両方がいるのですが、料理人は明るくてサバサバしていて、材料なんかもいちいち計らなくてОK。一方のパティシエは、材料はぜんぶ計るし、細かい作業ばかりなので、性格も細かくて陰険な人が多い、と一般的に言われています。生モノなので食中毒も警戒しますし、様々な点でうるさい。これが典型的なパティシエの人柄です。
高級レストランのシェフ(料理人のほう)は怖い人が多い印象で、怒ると鍋を投げる人がいました。そういう職場に順応しようとすると、自分も男っぽくなって、キツい性格になっていきます。副業的にやるにはよいのですが、女性が本業でやるには覚悟が必要です。
◇大学に行くメリットはあるのか――資格不要な職業
現場が専門卒中心としても、親の立場としては、大学くらい出してやりたい。離職率が高い業界だけに、将来のキャリア変更においてリスクヘッジにもなるからだ。だが、大学に行くと、2年間、スタートが遅れるデメリットもある。吸収力が高い、若い頃の2年は大きい。栄養学を専攻しても、あまり役に立たないのだろうか(たとえば御茶ノ水女子大学 生活科学部 食物栄養学科)。
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大学で学ぶ栄養学はパティシエにとって役立つのか(御茶ノ水女子大学 生活科学部 食物栄養学科 公式サイトより) |
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大学で栄養学を学ぶべきかについては、
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1~2年目はオーブンなどで傷だらけ。今も跡が残っている。 |
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パティシエはテクノロジーの進化に伴い、どう変わっていくのか(概念図) |
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パン・洋菓子製造工の平均賃金(平成29年賃金構造基本統計調査) |
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