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「タバコの副流煙で化学物質過敏症になった」と4500万円請求の訴訟に――神奈川県警まで動いた団地の近隣トラブル

情報提供
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欧米では、イソシアネートが最も有力な化学物質過敏症の原因とされている。米国では複数の団体が対策に乗り出している。(上)団体名。(下)対策。(上)(下)の図は、団体と対策を色でひも付けしたもの。工学博士・津谷裕子氏作成。
 マンションの2階に住む一家3人が、斜め下にあたる同1階に住む家族による煙草の副流煙が原因で化学物質過敏症になったとして、1階に住む男性に対して約4500万円の損害賠償を求める訴訟が、横浜地裁で起こされたことがわかった。ベランダでの喫煙を規制した判例はあるが、自宅での喫煙を裁判所がどう判断するのか、注目だ。煙草の副流煙をめぐるトラブルが発生した後、複数の刑事が被告宅を2回も訪問して事情聴取し室内を写真撮影、という異例の事態にも発展。警察署長が、原告代理人・山田義雄弁護士に「場合によれば傷害罪になり得るかも知れない」とも伝えたという。だが化学物質過敏症の原因は、副流煙以外にも数多くあり、特に欧米では、いわゆる「香害」の原因物質でもある「イソシアネート」が主要原因とされる。その他、塗料や柔軟剤、内装材など、その用途は極めて多岐にわたり、日常生活に入り込んでいる。原因を副流煙だけに特定して高額訴訟を起こすことは、訴権の濫用に該当しないのか――。化学物質過敏症をめぐる近隣トラブルの経緯をレポートする。
Digest
  • 副流煙と化学物質過敏症
  • 心臓発作を起こす日々
  • 「どちらのタバコの臭いがしますか」
  • 近くバス停にも煙草の吸い殻
  • 怪文書の投函
  • 神奈川県警察本部の斉藤実本部長
  • 過敏症の原因は煙草だけか?
  • 過敏症を発症するプロセス
  • 原告らの陳述書からかいま見える真の過敏症の原因
  • 問診で過敏症を診断する愚
  • 過敏症の原因物質としてのイソシアネート
  • 電磁波過敏症との複合汚染

同じマンションの下層階に住む家族が吸う煙草の煙が原因で病気になったので、4518万円を支払え――。そんな高額訴訟が昨年11月に横浜地裁で起こされていたことが分かった。家族にスモーカーがいたら誰でも訴えられかねない問題であり、事前連絡もなしに刑事を含む4人の警官が自宅に事情聴取にもやってきている。いったい何がどうこじれたらこうなるのか。提訴からまもなく1年、原告側の山田義雄弁護士と、被告にされた男性の妻・藤井敦子さんが取材に応じた。

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トラブルが発生している団地。一見すると静謐だが、近隣相互の人間関係がぎくしゃくしている。

「そもそも夫は、煙草の煙について苦情が出てからは、実験の意味もあって、一時的に禁煙しました。それでも原告の老夫婦から『吸っている』と苦情を言われました。その時点で、私も夫も、彼らが体調不良になった原因は煙草の副流煙ではない、と確信しました。それで夫は喫煙を再開したのですが、煙草を吸うときも、たいていは防音構造になった2重窓の自室で吸っていましたから、煙が上階の原告宅へ入るはずがありません」

原告の家族3人は、高額の損害賠償金のほかに、藤井敦子さんの夫・将登さんに対して、自宅での喫煙を禁止するよう、裁判所へ求めている。自宅内での行動に裁判所が規制をかけかねない事態が発生しているのである。

副流煙と化学物質過敏症

裁判を起こしたのは、A家の3人。A辰夫さん・A伸子さん夫妻と、その娘である。3人は横浜市にある団地の2階に住んでいる。A家と藤井家の位置関係は、原告からみると、斜め下の1階に被告が住んでいることになる。裁判では、そこから発生するとされる煙草の副流煙が、クローズアップされている。

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藤井家の換気扇の排気口

原告のA家が訴える煙とは、次のようなものである。

「被告が不在時でも花の香りの様な香水の様な外国製タバコの副流煙が原告宛のベランダに充満し、部屋に大量に流入してきたのである。藤井家では、被告以外にも喫煙者がいる事は間違いないと考える」(原告準備書面3

これに対して藤井敦子さんは、藤井家では夫の将登さん以外は、だれも煙草を吸わない、と主張する。

ちなみにAさんの家族が発症したと主張している病気は、化学物質過敏症である。医者の間でも、あまり認識されていない病気で、専門医も少ないが、水面下で患者が急激に増えている、と言われている。体が化学物質に対してアレルギー反応を起こし、頭痛から精神障害まで、実に多様な症状をもよおす。話題となることも多い「シックハウス症候群」も、化学物質過敏症の一種である。

Aさんの訴えは、藤井家を発生源とする煙草の副流煙が原因で、家族3人が化学物質過敏症を起こした、というものである。

はたして化学物質過敏症の原因を煙草の副流煙だけと考えて、間違いないのだろうか。それ以外に原因はないのか。

心臓発作を起こす日々

A家の3人の原告の中で、最も症状が重いのは、長女の昌子さんである。昌子さんは、10年前に重病になり、それ以来、通院を続けている。陳述書から、化学物質過敏症の症状と生活の実態を抜き出してみよう。

平成28年6月頃から、家族全員 咳、喉の痛み、頭痛、目の痛みを感じる様になる。家族全員24時間マスクを常用して生活(日中、就寝時も)。(略)

その自覚症状は、毎日、明け方から、南北ベランダに、独特の酸っぱい刺激のあるタバコ臭が充満し、その刺激臭を吸った瞬間、喉、口の中、舌がビリビリして凄く痛くなり、1日中、窓を開けられず、とても、自宅では、生活出来る状態ではなくなった。(略)

その為に私は、タバコだけでなく、合成洗剤、シャンプー、香料、布団や衣類、マスク等の化学繊維、家具、食器等、家の中の全ての微量な化学物質に、激しく反応し、臭いを吸った瞬間、常時口の中、舌、喉、食道、肺の痛みが増し、激痛が走り、呼吸困難、心臓発作を起こし、凄まじい苦しさです。(略)

 微量な農薬、化学肥料を使った食品、水道水、ペットボトルに入った天然水すら、激痛が走り、激しい腹痛、呼吸困難、心臓発作を起こす日々は、耐えがたい、拷問の様な苦しみです。

筆者は10年以上にわたって化学物質過敏症を取材してきたが、経験則から言って、昌子さんの症状は、おおむね真実だと思う。ただ、その原因が副流煙だけだったのかという点については、疑問を持っている。化学物質過敏症を引き起こす要因は、ほかにも多数あるからだ。しかも、危険度において、副流煙の比ではない化学物質もある。

「どちらのタバコの臭いがしますか」

係争の発端となったのは、A辰夫さんの「報告書」(平成30年2月10日)によると、2016年9月6日に、団地内にあるゴミ捨て場でA辰夫さんと藤井敦子さんが偶然に会ったことである。藤井敬子さんは、A辰夫さんから喫煙の有無を尋ねられ、

「主人はタバコを吸うけれど、防音室で吸っているので煙は外に出していません」

と、答えた。藤井敬子さんは、A辰夫さんを自宅に誘い、夫の将登さんを交えて、状況を説明した。その際、将登さんは、タバコは吸うけれど本数は少ないことを説明して、実際に自分が吸っているタバコのサンプルをA辰夫さんに手渡した。

煙草は2種類で、いずれも外国製だった。インドネシア産のガラム(クローブの花)とデンマーク産のCOLTバニラ味だった。 

藤井将登さんは、妻と娘は煙草を吸わないことを伝えたうえで、

「自分のタバコが原因なら、家としても対応しなければなりません」

と、言った。

A辰夫さんが藤井家を去ったあと、A辰夫さん妻であるA伸子さんが、藤井さん宅へやってきた。A伸子さんは、娘さんの体調が特に悪く、副流煙が人体に悪影響を及ぼすこを話し、改善を求めた。

そこで藤井将登さんは、

「2種類のタバコのうち、どちらのタバコの臭いがしますか」

と、尋ねた。A伸子さんはすぐには答えられなかった。そこで藤井将登さんは、あるひとつの実験を提案した。藤井家の空気が外部にもれるルートとして、考え得るのが換気扇なので、換気扇をオンにして藤井将登さんが換気扇の下でガラムを吸い、2階で臭いを感じるかどうかをA伸子さんが確認する、という実験だ。A伸子さんはそれに応じた。その結果はというと、

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団地に隣接するバス停、陸橋下に散乱している煙草の吸殻

マイクロカプセル(ミクロン単位のカプセル)の「皮」の原料がイソシアネート。マイクロカプセルは熱や摩擦で徐々に劣化していく。すると、内側から成分が出てくる。その結果、たとえば化粧品であれば香が、農薬であれば殺虫効果が長持ちする仕組みになっている。(左)劣化前、(右)劣化後。

電磁波による人体影響のイメージ図。出典:VeteransToday

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おにいさん2018/10/23 16:31会員
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