愛知県刈谷市のデンソー本社前に立つ北沢俊之さん(仮名)。「裁判という行動を起こしたことで病気も回復し、本来の自分の人生をとりもどせた。この裁判は他の社員のためにもなると思う」と語っている。
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「使い物にならない人は、うちにはいらないよ」。出向先のトヨタ自動車の上司から仲間のいる前で公然となじられたうえ、厚労省が過労死認定の基準とする月100時間超の残業も強いられたデンソー(トヨタグループ)社員・北沢俊之さん(41歳=仮名)。肉体的・精神的に追い詰められ、うつ病も発症したが、会社側はなんの配慮もしなかった。ついに駐車場から会社のオフィスまで歩くこともできなくなり、休職。過労死、過労自殺する社員もいるなか「死んでからでは取り返しがつかない」とデンソーとトヨタを訴え、闘っている。
【Digest】
◇朝6時起床で出勤、帰宅は深夜0時すぎ
◇トヨタ&デンソー「パワーハラスメント裁判」とは
◇説明ゼロで出向命令
◇余裕がまったくないトヨタシステム
◇トヨタの課長はデンソーの役員と対等
◇金曜の終了時刻に無理難題を押し付ける
◇トヨタは1円も支払わずに残業させる
◇会議で「使い物にならない人は、うちにはいらないから」と罵声
◇睡眠時間がとれない
◇破られた約束とうつ病発症
◇ついに行動を起こした
◇朝6時起床で出勤、帰宅は深夜0時すぎ
私は1985年に株式会社デンソーに入社しました。デンソーは、トヨタグループの1社で、自動車の電機・電子部品などの製造販売をする会社です。私は技術系の正社員として、ディーゼル関係の部署に所属していました。
残業もあったし嫌なこともありました。それは仕事だから、当然です。
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2006年5月、トヨタ自動車株式会社、株式会社デンソーに対して起こした損害賠償請求事件(請求額は約1883万円)の訴状。 |
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デンソーでは、月に100時間の残業をすることもありました。たとえばトラブルがあったときなどは、非常に忙しく大変な時期が1カ月続くことなどありました。
でも、そのトラブルが解決できれば月に40~50時間の通常の残業状態に戻れていました。精神的にまいるようなことはありませんでした。まあ、忙しい時期には月曜日の朝に会社に行くの嫌だな、ぐらいなことは思ったこともありましたけど。
しかし、1ヶ月がんばれば通常の業務にもどれるから、先が読めたのです。
ところが私の出向先となったトヨタ自動車は違いました。朝8時30分から夜10時までの残業が当たり前だったのです。
1日ごとに完璧なものを求められ、先が見えず長時間残業状態が恒常的となっていたのです。
その日その日にすべてをやり遂げなければ、翌日に待ち受けている自分自身の仕事もできず、周囲のスタッフに迷惑がかかる。まちがいが許されない、糊しろのないシステムがきっちりとしており、精神的にも肉体的にも追い詰められました。
仕事はだんだんきつくなってきて、朝6時に起きて出勤し、深夜12時に過ぎて帰宅。通勤中、自動車のなかでうとうととしてしまい、駐車場からオフィスまで歩けないほどになってしまったのです。
◇トヨタ&デンソー「パワーハラスメント裁判」とは
北沢さんがトヨタとデンソーを相手に起こしたパワーハラスメント裁判までの経緯は、以下のとおりである。
■1992年、トヨタ自動車のグループ企業、デンソーに勤務していた北沢俊之さんは初めてトヨタ自動車に出向した。このときは特に問題がなかった。
■1999年夏にトヨタ自動車へ2度目の出向。コモンレール式電子制御ディーゼルエンジンという新しい分野の設計を担当した。それまでとはまったく違う内容のため北沢さんは何も分からず、上司にたびたび叱責され、誰の助けもないまま、連日の長時間労働を強いられた。北沢さんの心身に異変が起きたのはまもなくだった。そして、うつ病を発症した。
■2000年8月~同年10月まで休職。
■2000年11月にデンソーに復職。
■2002年5月、トヨタとの共同開発プロジェクト業務などに携わり、再びうつ病を発症。
■2002年8月~2003年2月まで再び休職した。
■2003年3月に元の職場であるデンソーに復職し、現在にいたる。
業務が原因で病気になり2度休業した。そのためか査定を低くされ、休業補償も行われなかった。
■2006年5月、(1)休業損害金 (2)逸失利益(休職期間中、成果がなかったとして最低の査定をされたことで支払われなかった分) (3)慰謝料など、あわせて約1883万円の支払いをデンソー、トヨタの2社に対して求めて裁判を起こした。
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◇説明ゼロで出向命令
問題になったトヨタへの2回目の出向を命じられたのは、1999年8月6日のことでした。「これを読んでおけ」と資料を渡されただけで、まったく内容の説明はなく、翌日からお盆休みだったので仕事の引き継ぎもありませんでした。
そしてお盆明けから突然トヨタに出向することになったわけです。「トヨタに行って、コモンレールのことを勉強して来い」という主旨のことを言われました。ところが、実際に行ってみると、トヨタはコモンレールに詳しい専門技術者を要求していると知ったのです。これには参りました。
突然、何百という膨大なデータを見せられても、何をどう見ればいいのかわからなかったのです。それまで私が担当していたものとまったく違うものでしたから・・。同じディーゼルエンジンといっても、ぜんぜん違うのです。私は技術屋さん、トヨタに求められたのは、いってみればソフトさんの仕事。コンピュータで燃料噴射の技術を変えろという仕事内容です。次元が違うのです。
私の部署でソフトをやっている人は「そんなことわからないの?」という態度でした。
計測器というものもあるのですが、それ自体私は触ったこともありませんでした。
わからないまま、出向の初日から残業で、悪戦苦闘しながら夜の9時まで仕事をしていたことを覚えています。
◇余裕がまったくないトヨタシステム
トヨタでは、その日単位で仕事を進めなければなりません。その日のうちに試験をして、データ整理などをして翌日に反映されなければならない。その日その日のうちにすべてを終わらせなければ、翌日は仕事できないんです。
同じグループ内に2、3人の社員がいました。私は車両、別の担当者はエンジンと分担している。それらをすべてつき合わせて当日内に終わらせる。自分だけ遅れると、まったく翌日の仕事につなげられないシステムだったのです。
つまり、失敗やトラブルがまったくないことを想定してきっちり組み立てられたシステム。自分だけなら、今日できなくても明日やって、1週間後に全部完成させるという計画が立てられますが・・。全体としては、いちおうは1週間単位で仕事が組まれているのですが、事実上はその日その日を90%とかじゃなくて100%こなさないとならないのです。
チーム内のAさん、Bさん、Cさん・・と各人が1週間メニューを立てるんですよ。その予定表を見ると全体が見えるのですが、逆にこれがプレッシャーになるわけです。全体の進行をトヨタの社員が決め、我々出向者に指示します。彼らは、自分の経験や推測でこれはできると判断して我々に指示を出すわけです。
頑張ったけれどできないと「なんでできないの?」と言われてしまう。結局長時間残業しても全部やらなければなりません。
◇トヨタの課長はデンソーの役員と対等
私のトヨタの上司はAさんという主査。次長にあたります。トヨタの課長は、デンソーの部長に直接、意見を言える。トヨタの部長は、デンソーの重役に意見を言える。両社は、そういう関係です。ですから、私のようなデンソー平社員からみたら、直属の上司が“役員”だったようなもの。それだけでも、重圧でした。
Aさんは、トヨタでディーゼルエンジンの開発を長年やってこられた方ですから、知識・経験が豊富にありますし、優秀で仕事はできる人だと思います。たぶん、自分のレベルや目線で部下に指示を出していたのでしょう。それが私のように、ほとんど知識がない人間に対して「できて当たり前」という感じ。もう少し、配慮があれば・・。
与えられた仕事をしっかりとやり遂げ、技術者として向上しよう、自己実現しようという気持ちが私の根底にあります。それでも、上司を信頼し、上司にほめてもらいたい気持ちもあります。一生懸命やっていて、できないところだけ集中攻撃されるとモチベーションがどうしても下がってしまいます。
でも、トヨタの社員は優秀といえば優秀なんですよね。私の所属するデンソーは、トヨタさん以外の会社とも取引しているので、トヨタ以外の自動車会社の方と技術的なお話をしたことがありますが、トヨタは潜在的に優秀な社員が多く、考えていることはすごい。優秀で、ずっとレールに乗ってきた人たちなんでしょう。
ほかのメーカーの人では気づかないことさえトヨタ社員は確認して、細かなことまで調べ指示します。石橋をたたいてもわたらないような慎重さもあります。
どこをどう改善しなきゃいけないか、彼らはすぐに気づく。でも、それをトヨタの社員自分たちでやるならわかるんですよ。指示を受けて実行する我々とすれば、いま優先すべきことがたくさんあって、それを実行するならもっと人を投入するか先に延ばしてもらいたい。そういうことを采配できるマネジャーがいればいいのですが。
◇金曜の終了時刻に無理難題を押し付ける
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北沢さんの残業状況。上は、最初のうつ病を発症した時期。下は2回目のうつ病を発症した時期。
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あるとき会議があり、私とは別のデンソー社員が不具合について報告したことがあります。それは金曜日の午後4時か5時くらい、定時に近い時刻のことでした。Aさんは、追加データを要求しました。金曜日でもうすぐ終業時刻だというのに。
デンソー担当者は、「その追加報告は水曜日くらいでいいですか?」と言いました。するAさんは「なに言ってるんですか。土日があるでしょ。月曜日報告しなさい」と言い放ったのです。
金曜日の定時にですよ。土日だって休んだり、家庭のこともある。何も月曜日に報告しなくてもいい。でも、「そんな無茶を言うな」と言う人は誰もいません。逆らったら大変ですからね。
こういうとき、私たちのデンソー上司も社員をかばうことなしに、トヨタの社員の言うことを全部そのまま聞き入れます。
トヨタ社員が上でデンソーの上司は下。イエスマンです。非常に弱い立場です。トヨタの社員に命令されるとそのまま聞きますがデンソー上司がやるわけでなく、その部下である我々が実際の命令された仕事をするのです。パニックになりますよ。
◇トヨタは1円も支払わずに残業させる
私たち出向者はデンソーの社員なのですから、デンソーの上司だって残業管理とか業務管理などをやらなければなりません。ところが、私たち出向中のデンソー社員は、トヨタの上司によってトヨタ社員とまったく同じように労務管理されるわけです。そして業務などの細かな内容までトヨタの上司によって指導・命令されます。
つまりトヨタ自動車は、人件費は一切支払わずに他社の社員の一切の管理をするのです。いくら残業させてもトヨタが残業代を支払うわけではないので、まったく自分たちの懐は痛まない。.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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人事部からの2000年度の人事考課調査結果概要。なぜ査定を最低にされたのかを文書で示してもらいたいと北沢さんは考えたが、文書では回答をもらえなかった。しかたなく口頭による説明を北沢さんが記録した。
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