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05/11 2012
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『週刊朝日』1997年5月2日号より

 

 

 

 「新型うつ」や「入社3年以内で精神疾患で労災認定、過労自殺」などNHKが連日、若者の労働問題を特集している。僕は、なんでも社会(親や会社を含む)が悪いと考える派だ。自分自身を振り返っても、ずっとそう思ってきた。政治や政策を大学で学ぼうと思ったのも、社会が悪いから自分が変えたいと思ったのである。

 <やめようと思ったことはない。(上司を)やめさせてやろうと思ったことは何度もある>

 「会社をやめようと思ったことはあるか」という質問に対して、私は入社2年目に、こう答えている。そして、そのまま実名入りで『週刊朝日』に掲載された(左下)。朝日の市川裕一という記者が「匿名にしましょうか」と電話で弱気なことを言ってきたので、「実名で構わないですよ、何も後ろめたいことはないですから」と告げたためである。

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これは大学の講演で「SFC生はどう見られているのか」という事前リクエストがあったので作成した資料である
 実際、何が悪いのだ。新聞記者が寄って立つところの言論の自由とは、堂々と皆の前で実名で意見を表明できることにある。そういう社会がよい社会だと今でも思っている。この記事では社名すら出ていないので会社に不利益は一切ない。

 ところが、本社から連絡を受けた部長は、記事に出ていた私のHPの閉鎖を命じ、この問題の処理を誤った結果(私にウェブ利用の規定を作ると言っておきながら作らなかった)、2年後に再び発見して、裁判闘争になった。会社に僕の才能を活かそうという発想がないことが分かったので、活かすためにさっさと転職した。会社に残っていたら、ベストセラー作家どころか、本の一冊も出せなかっただろう。

 僕は自分のサイトを閉鎖するつもりは当時から毛頭なかったので更新を続け、今ではこのMyNewsJapanで自由に書きたいことを書き、日経の役員よりもずっと稼いでいる。もし会社の言いなりになって社畜になっていたら、今の私はない。信念を曲げてはならず、会社の言うことを聞いてはいけない、というよい見本である。

 ところが最近報道される新入社員は、精神的に参ってしまうらしい。NHKなどを見ていて思うのは、社会が、親が、会社が、正社員という型にはめこもうとし過ぎ、若者の側も、それをまに受けてしまっている、ということだ。

 会社の言うことが正しい、上司が正しい、正社員として働き続けるのが正しい、それに従えない人、付いて来れない人は間違っている…。そんなわけが、ないのである。ワタミも、ユニクロも、労基法を守れない違法企業であることは考えればすぐわかる。

 自分の頭で考える教育が日本の義務教育にはないので、優等生的な日本人は、答えは1つしかないと洗脳されている。だが、今でも僕は、会社(日経)は時代遅れで間違っていたと思っているし、上司の対応は間違っていたと思うし、それに盲目的に従おうとした親はバカそのものだと思っているし、正社員などというポジションに居座るのも間違っていると思っている。だからぜんぶ逆のことをやって、今の自分がある。

 ぜんぶ、社会が悪いのだ。でも、だからと言って何もしなくていい理由にはならない。思考停止してはいけない。自分のほうが正しいのだから、間違ったことをしてる奴らより成功して当然だ、と考える。お天道様は必ず見ている。悪い奴らには天罰が下る。そう思って反対の道で頑張ればいい。

 「自分が間違っている、会社についていけない自分が悪い」などと思うから鬱になるのである。まずは正しいのは自分だ、という信念を持とう。日本の教育も、親も、会社も、正社員の既得権を守る国も、間違いなくぜんぶ間違っているのだから、そんな間違ったものに自分を合わせようとしたら、まともな人間である限り、精神的におかしくなって当然なのだ。

 自分の頭で考えて、自分のほうが正しい、社会が間違っている、と思えばラクになる。そして、正しいことを実践する。社会のせいにして、他人のせいにして、怠けろ、と言っているのではない。

 若いうちは失敗してもやり直しが利くのだから、試行錯誤を続けるのだ。豊かな社会になって食うに困ることはない。若者はもっと、社会的洗脳から解き放たれて、「なんとなく正しいことだと思わされている嘘」とは反対の道を突き進んでほしい。

 
08:58 05/11 2012 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(8487)


05/09 2012
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『21世紀のキャリア論』(高橋俊介著)

 

 

 最近、熟読した一冊。この分野の第一人者である高橋俊介氏のキャリア論は異論がなく、もっとも参考になるのでコンプリートしている。ここ数年は軽い本が連発されていたが、今回は内容が濃かった。

 アカデミックな世界から出ず、鉛筆一本売ったことがない人のキャリア論は想像の世界に過ぎず、地に足が付いていないが、第一線で稼いできた高橋氏は説得力が違う(外資エグジット組の1人)。

 面白いのは、キャリパーの調査結果だ。中国、インド、日本、アメリカの動機調査結果が比較されている(左下図参照)。

 ややもすると、「主張力」は弱いが「感応力」が強い日本人が中国に行って、「主張力」は強いが「感応力」が弱い中国人に指示命令をしなければいけないという場面がビジネスでは出てくるわけで、これは非常に厳しい状況になってしまう。中国人には何度もいわないと伝わらない。相手のことを理解するより、自分が主張したいのだから。
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 これは実際に中国・インドを旅したり現地の人と働いたりした人には納得の結果だと思う。歴史的背景から、日本人とは「動機」が違う人たちなのだ。
 日本人が中国人より圧倒的に強い動機要因は、「感謝欲」と「徹底性」である。人に感謝されたいという「感謝欲」はおもてなしに、手を抜かないという「徹底性」はものづくりに向いた特性である。これを海外でどう伝え、どう再現するのか。日本人とは違う動機要因の環境でうまく再現するには、派遣されるリーダーに十分な支援が必要だろう。
 僕は『10年後に食える仕事食えない仕事』のなかで、インド・中国の特徴として以下5点を挙げた。
・日本など全く話にならないほどの「超・格差社会」の容認。

・人材の流動性が異常なほど高く半年~数年で転職するのが当り前の「短視眼的キャリア」。

・男女の差なく向上心もハングリー精神も旺盛な「超キャリアアップ志向」。

・チームワークが苦手でチームワークに意義を見出さない「超・個人主義」。

・顧客サービスの概念がほぼ存在しない「身分&階層社会」(中国の共産党支配や戸籍制度、インドのカースト制度)。

 そのうえで、
 したがって、インド人・中国人に共通する「弱み」の部分で、かつ日本人にとっての「強み」の部分にフォーカスをあてて伸ばせば、それがすなわち、「日本人メリット」になる。上記のなかでそれを見出すと、最後の2つ、すなわち、「チームワーク力」と、「顧客サービス力」である。

としたが、それを裏付けるような調査結果と言える。チームワーク力=ものづくり(徹底性)、顧客サービス力=おもてなし(感謝欲)、である。

 このように、中国インドとは違うわけだが、本書によると、実は、日本と欧米とは、歴史的な背景や原因は違えど「仕事観」が似ているのだという。

 文明の生態史観からいうと、日本と欧米はむしろ「仕事観」は似通っていて、その間にある新興国が異質世界である。キャリパーの四か国比較のグラフを見ても、実は日本とアメリカは近く、中国やインドとの違いのほうが目立つ。日本と欧米という見方をよくするが、新興国に出ていくときに重要なのは、日本や欧米のいわゆる旧大陸の両側の価値観でできあがった社会と、新興国の社会は違うという認識である。
 この仕事観についての論考はかなり面白かった。原因の違いは、ヨーロッパではカルバニズム(死後の世界で神に救われるには、神から与えられた仕事を一生懸命やって勤勉と貯蓄に励め)であり、日本では儒教(儒教のなかの朱子学が江戸時代に政治主導で導入され、「孝」=家庭より「忠」=会社という本来の儒教とは逆転した価値観が根付いた)だったことだ。

 ヨーロッパと日本はこの仕事観において近く、インド中国の新興国の人たちは日本から遠い。この仕事観の違いは、今後の労働市場グローバル化の流れを考える際に、インド中国インパクトから我々日本人がどうやって参入障壁を築くか、「彼らの弱みで、かつ日本人の強みは何なのか」を考える際に参考になるので、私の本と併せて是非お読みいただきたい。

 
06:59 05/09 2012 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(3318)


05/07 2012
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SFCの「Ω」教室にて
 先月(4/23)SFCで行った学生向け講演では、事前にリクエストがあったため、外資で働くことについても話した。90年代に外資で働くというと、かなりの「変わり者」であったが、今では以下のような外資が人気の就職希望先になっている。

【IT】アップル、マイクロソフト、IBM、グーグル、アマゾン…
【コンサル】マッキンゼー、BCG、アクセンチュア…
【金融】ゴールドマン、モルガン、メリル、シティバンク…
 それぞれ個別企業でのキャリアについては企業ミシュランを見ていただくとして、ここでは、日本人が外資で働くことの意味について、改めて述べておこう。

 私自身は、IBMのコンサル時代、コンサルタントというのは仕事がら、際限なく仕事ができてしまうので(仕事内容を定型化できず、際限なく品質を高められる)、報告会の前などは徹夜になるわけだが、

「こんなに仕事をして、クライアントの評価が高くなって、継続プロジェクトになって、バカ高いチャージレートでフィーを貰ったところで、そのカネはどこにいくんだろう?」
と考えると、バカらしかった。

 外資の100%子会社だから、利益は、第一に外国の株主、第二に外国人経営者、そして第三に米国の法人税収となって米国の道路や福祉や軍事兵器の財源となる。残り(税引き後利益)も結局、株主のものだ。

 コストのほうの人件費の配分も、米国本体の社員がそもそも高く、優先される。日本企業がリストラする際に海外の子会社の人たちから切っていって本体社員が(人件費が高いにもかかわらず)最後になるのと同じだ。ぜい肉や手足から削いでいくのは当然で、頭脳の部分は、最後まで残るわけである。

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外資で働く意味

 

 グローバル企業の「頭脳」部分は、もちろん、本体の本社にある。

 左記図でいえば、左上の「無国籍ジャングル」が頭脳にあたり、戦略、企画、開発、設計など、バリューチェーンの上流工程を担当する。ここに日本人は、ほとんどいない。

 日本法人(子会社)の出番は、その次の工程にあたる、サービスの執行や製品の販売だ。これらはすなわち、グローバル企業における「日本支店業務」である。サービスや製品の日本語化を行い、日本市場向けに日本語で売り込む。右上の「グローカル」業務である。

 日本支店業務のなかでも、より単純労働となる日本語で日本人に販売する店員(アップルストアなどに勤務)が右下「ジャパンプレミアム」にあたり、製品の製造は左下「重力の世界」業務でホンハイ中国工場の中国人などが担当する。


 お気づきのとおり、給料は、上流へ行くほど高い。一番高い、おいしいところ(左上の頭脳部分)は、すべて外国人がもっていくわけだ。

 外資で働くということは、外国の税収、外国人経営者、本体の外国人社員、外国の株主に、せっせと仕送りをする行為に等しい。

 当時、マネージャーのチャージレートは月400万円(定価)だったが、私の年俸は900万円台だったから、8割がピンはねされるわけだ。コンサルの仕事に物理的な設備投資はいらず、PC1つだけ。オフィスには決まった机もなく(フリーアドレス)、ロッカー1つだけ与えられる。僕は中途入社なので、新入社員が行っているような海外研修などのコストもかからない。このままでは、外国人に搾取されているだけではないか。

 「眼を覚ませ、僕は日本人だ」--そういう思いが強まり、まず辞めることを決め、会社を設立し、「疲れたのでキャリアを考える時間が欲しい」として半年間の休暇を貰い、今の仕事を進め、出版企画を通して、半年後に有休を使いはたして退職した。今年のMyNewsJapanの売上は5千万円を超えるので、IBM時代の月400万×12と同じ水準になっている。

 TVでちやほやされている原田泳幸氏(アップルの日本法人代表などを務めた)など、外資をわたり歩くことを本業としている人たちは、どういうモチベーションで働いているのだろうか。「日本支店長としてたっぷりアメリカに貢献しました」というのが実態であるが、それは日本人として誇れることなのか。

 仮に1億円年収をとれたって、本社には、その10倍は儲けさせている。それを超えるだけの日本人消費者利益があると思えるから?自分さえ稼げればいい?そもそも、「人類みな兄弟」で、国籍意識など消し去っているのか?だったら、どうやって消した?

 外資というのは、私のように、スキルアップの手段として限定された期間在籍するのは有効であるが、そこから先、本業やライフワークにしてしまう人の本心について、ぜひ聞いてみたいものである。


(2014年12月追記)最近の動きを取材して、さらに外資の意味を実感した。

日本IBM(コンサル&SE職) 住宅補助廃止、下がる給料、遅れる昇進、若手でも当日解雇…「本当の外資になってしまった」

日本IBM(営業)、マーティン体制下で強まる「アングロサクソンの手下」感

 
15:10 12/17 2014 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(10502)


04/12 2012
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官報複合体』(牧野洋)。少々ぶ厚いが熟読した。

 

 日米の新聞の記者の違いが明快に分かる名著である。ずっと言われ続けてきたことではあるが、最近の具体的な事例を交え、分かりやすく、本来のジャーナリズムとは何か、その理想と現実が記されている。

 牧野さんは日経の先輩記者だが、面識はない。編集委員までやって辞めたということで、日経社内を取材した際に間接的に話は聞いていた。まともな記者がいずらい組織風土は相変わらずだな、と驚きもなかった。

 僕も日経で新聞記者を始めた当時、なんだこの旧態依然とした無意味な世界は、と驚愕して以来、『週刊文春』記者出身の立花隆が書いた『アメリカジャーナリズム報告』などを読み、日本の新聞業界がジャーナリズムとしては絶望的であることや、アメリカのほうが明らかにマシだということを理解し、さまざまな抵抗を試みた末、経営方面のスキルを身につけ、調査報道主体のこのニュースサイトを立ち上げるに至った。

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政官業の反対の立場から報じるのがジャーナリズム
 その理念は「経営方針」でも図で示して明確にしている。政官業の「癒着の三角形」(供給者・組織)が発する情報を、新聞テレビが記者クラブを通じて受益者・個人に対して垂れ流すという現状の「情報流」を、逆流させねばならない、というものだ。

 MyNewsJapanは、権力サイドのPR機関として組み込まれている『官報複合体』を全否定し、日本の新聞報道とは真逆の、本来のジャーナリズムを純粋に追究する機能体として設立したのである。

  牧野氏はこう述べる。

 Jスクールに在学していた私は、「政府ではなく納税者」「大企業ではなく消費者」「経営者ではなく労働者」「政治家ではなく有権者」の目線で取材するよう教え込まれた。

 サイトを見ていただければ一目瞭然だが、MyNewsJapanも「生活者/消費者/有権者」と「マスコミ」(=大メディアをウォッチする立場)というカテゴリ分けを採用し、立場別編集を行う。どの立場、どの視点で記事を書くのかを明確にするためだ。

 労働者については、日本の場合、労働者は連合という巨大な既得権団体とダブるため、弊社は労働問題も、中小零細企業社員や非正規も含めた、働く「生活者」の立場で積極的に報道している。

 日本の官報複合体においては、記事が、官僚や企業や政治家の立場を代弁する形で報じられる。お役所からのリーク、企業の提灯記事、政局記事。それらはジャーナリズムではなく、僕はそんな仕事に意義を見出さない。

■日本にサンドラーはいない
 本書では、『プロパブリカ』はじめ、米国各地での新しいオンラインジャーナリズムメディアの動きも記されている。その多くはNPOの形態であり、慈善財団からの助成金、個人からの寄付、ベンチャーキャピタリストの支援などが資金源だ。

 プロパブリカの主な資金源は、銀行経営で巨富を築いた慈善事業家ハーバート・サンドラーだ。彼が毎年運営費として寄付する金額は1000万ドル(1ドル=80円で8億円以上)に上る。スタイガーの「ウォッチドッグジャーナリズムを守りたい」という信念に共鳴したという。

 寄付税制など制度が異なり、かつ成功した大金持ちの事業家が公共のためにカネを出さない日本では、無理なビジネスモデルである。日本には残念ながら、サンドラーはいない。今、うなるほどのカネを持っているDeNA、グリー、ソフトバンク、ユニクロなどの創業者は、自分らのことだけに忙しいどころか、柳井氏は逆に、自社批判の著者にSLAPPをかけるお粗末さだ。日米の決定的な違いが、そこにはある。

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僕はメモ書きしながら本を読み、そのページはデジタル保存する。本書のメモ入りは30枚に。もっとシンプルな構成にしたほうが読まれたと思う。
 この日米の風土や背景の違いが埋まることを期待していても、何も変わらない。だから、企業として市場原理のなかで実現するしかないので、MyNewsJapanは株式会社として運営している。日本人も捨てたものではなく、志の高い人たちをはじめ、会員からの収入で、ビジネスとして成立している。

 本書は新たなファクトの発掘というより、オピニオン色の強い分析、評論だ。それ自体は優れたものだが、ここから先は、牧野さんのような至極真っ当で優秀なジャーナリストが、新たなファクトの発掘という調査報道を中心としたジャーナリズムを実現するために行動に移す、実践することでしか、日本の現状は変わらない。次のアクションに強く期待したい。

 
16:31 04/12 2012 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(2800)


02/26 2012
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 1週間かけて熟読した。佐野眞一氏の著作は『東電OL殺人事件』も『カリスマ』も最高だったが、今回のあんぽん 孫正義伝は、老いてなお健在(今年65歳)、まったく手を抜かないプロの職人魂が作品に滲み出ている上に、さらに進化を続けている印象すら持った。抜群の面白さは、もはや保護すべき老舗の伝統職人芸である。

 佐野作品への批判としては「著者の思い入れ、思い込み、先入観が強すぎる」というのが昔からあって、『カリスマ』では確かに意味づけが強引と感じられる箇所もあった。すなわち、「中内=戦後日本の縮図」として描きたい当初の仮説に事実をあてはめすぎ、ファクトに語らせるのではなく、著者自ら過剰な解説を始めてしまうようなところだ。

 ただそれも、中内本人とダイエーから2億円の損害賠償を請求される訴訟に発展したほどに、プライバシーを完全無視して斬り込み、必要な取材はすべて行ったうえでの筆致なので、ノンフィクションをものする1つの手法としては大いにアリだし、「評論」としては、なお問題はない。そもそも、強い思い入れや動機がなければできない仕事だし、中立な視点というものもありえない。

 その手法や理念は、『ノンフィクションは小文字の文芸』との名言が記された『私の体験的ノンフィクション術』(2001年、集英社新書)で開陳されているように、立花隆氏のような座学系ではなく、フィールドワークをベースとした徹底的な現場主義だ。興味の対象はあくまで人とその時代背景で、かつ小文字=細部の描写にこだわるため、プライバシーとの相克が不可避となる。

 今回、進化したと思ったのは、3日間通い詰めて大森氏(元ソフトバンク社長)から話を聞きだすなど、必要な取材を全て地道に行う点は60代になっても一切手を抜かない上で、さらに上記のような批判や訴訟に備えた伏線、老獪さ(なぜこの取材が必要なのか文中でいちいち断っていたり、連載のなかで取材を続けるために褒める点を過剰に褒めているように感じられたり)が、随所に見られた点である。

■御用ライターには書けない迫真の物語
 本書でもっとも強調されているのは、孫正義の父親・三憲の存在だ。日本に密航後、15歳から養豚と密造酒づくりで生計をたて、金貸しを経て、やがて九州一のパチンコチェーン経営者となった父親のすごい事業欲は、まさに子に受け継がれていることは、よくわかった。普通の高校生は、正義のように在学中に塾を経営しようと企てたりしない。サラリーマン家庭に育っていたら孫正義の今の成功はなかったな、と実感した。

 佐野氏は、御用ライターによる独立自尊のストーリーではなく、父親を中心とする血と骨のストーリーとして、徹底取材によって得た事実をもとに描く。そして、御用ライターが蔓延するなか(既存の孫正義伝は佐野氏の言うとおり全てそうだし、企業・経営者モノを書いた既刊本の9割超がそう)、佐野氏のノンフィクションライターとしての矜持はますます強くなっているようで、そこかしこに違いが強調されている。この点、強く同意したい。

 彼がアメリカで大きく羽ばたけたのは、肝臓病から復帰した父親・三憲からの潤沢な仕送りがあったからである。父親からのこうした協力に関しては、すべての「孫正義伝」が無視している。「孫正義伝」のストーリーでは、孫が何から何まで独立独歩でやっていかなければならなかったのだろう。それではまるで一時代前の熱血少年マンガである。(P91)

 祖母は残飯を集め豚を飼って一家を支え、父は密造酒とパチンコとサラ金で稼いだ金をたっぷり息子に注いで立派な教育をつけさせた。孫一家にとって、在日三世の正義は何よりの誇りだった。そのことにふれず、孫をコンピュータ世代が生んだ世界的成功者と持ち上げるだけ持ち上げた物語が、これまでどれほど多く書かれてきたことか。それはいくら切っても血が出ないお子様相手のサクセスストーリーでしかない。(P229)

 なぜ御用ライターばかりなのかというと、ラクな取材で手間もかからず、ヨイショした企業が大人買いしてくれて、簡単に儲かるからだ。一方で、取材に莫大なコストがかかる一方の「食えない職業」となった本物のノンフィクションライターには、なり手すらいなくなってしまった。

 僕は佐野本についての10年前の感想として「絶滅寸前の貴重な人種と言えよう」と書いた。10年たって絶滅していなくてよかったが、佐野氏は、もう他に見当たらないくらい、ノンフィクション界における「死ぬ前のジョブズ」のような存在になってしまった。

 ゆうに1年超をかけた取材なので、ビジネスとしてのノンフィクション作家は、1600円の本なら最低20万部(印税3200万円)は売れないと成立しない。今回は『週刊ポスト』連載という形で継続的に大資本(小学館)からカネもヒトも出ているため十万部で全員が元をとれた成功プロジェクトと言ってよいが(現在、12万部突破)、こういう本物の作品は、ぜひ30万部以上は売れて、次の作品へとつながってほしい。

 
16:35 02/26 2012 | 固定リンク | コメント(4) | アクセス数(5304)


02/22 2012
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パチンコ店「スーパーハリウッド品川」

 

 

 昨年、イギリスやスペインを旅して、「日本人メリット」についての本を書いてから特に思うのだが、品川はいろんな意味で日本的だ。

 駅前の一等地にあった、昭和5年建築のレトロな「京品ホテル」が取り壊されたのは、一昨年のことだった。その理由が、バブル期のリゾートホテル経営などの失敗による多額の債務にあり、債権はリーマンブラザーズ証券の子会社に売却されたとのことだった。

 その跡地には、なんとパチンコ店が今年1月にオープンした。武富士など消費者金融亡きあと、グレーゾーン業界の王者として君臨する「パチンコ」である。当局のお目こぼしにより、ニッポンにしか存在していない巨大な産業だ。

 カジノが違法なのに、パチンコはグレーで一応合法、という歪んだ市場競争のなかで、駅前の一等地は当然のように「市場の歪み」から儲かってしまうパチンコ屋に買われた(武富士がボロ儲けしてたのと同じ理屈と考えていい)。

 ロンドンやマドリッドの駅前一等地は伝統や歴史的風景を徹底的に守るので、こうはいかないだろう。昭和5年から戦争をへて戦後の高度成長を見てきた歴史ある建物を、何の変哲もない真っ白で味気ないパチンコ屋にしてしまった。なにか大事なものが失われたのではないか。

 これは、同じく品川区内にある旧正田邸の取り壊しの際にも感じた。結局、「ねむの木の庭」なる何の変哲もない公園にしている。公園内に保存すれば価値が上がって人も呼べるのだから、破壊する必要はなかっただろう。われわれは、日本の歴史的風景の破壊に寛容すぎる。こういうときに買い取ると言い出す財団や、カネ持ちもいない(そういう人が、本当のヒーローなのに)。

 しかも、件のパチンコ屋の名前は、「スーパーハリウッド品川」(岡山の会社らしい)である。恥ずかしい。何がハリウッドだ。ここは日本だ。欧米への憧れと、その裏返しのコンプレックスが、日本人の深層心理に根強くある。いかにも開発途上国らしい。去年、マカオのカジノホテルがベネチアをモチーフにしていたり、フィッシャーマンズワーフがローマ風だったりしたのを見た際には笑ってしまったが、日本も全く同じなのだ。

 しかも、品川駅の「アトレ品川」が2004年に開業した際のコンセプトは「ニューヨークスタイル」で、レストランなど、ニューヨークのまねごとをしている。ここは日本だ。恥ずかしい。日本ははやく「戦後」を終わらせて、次のステップに進まねばならない。経済成長という役割を終えた「団塊の世代」には引っ込んで貰って、団塊ジュニア世代以降が、世界から尊敬される新しい日本を作らねばならない。

 いい加減、欧米崇拝はもうやめて、日本の歴史や日本人としての強みを活かした街づくりを考えたらどうか。このままでは、永遠に欧米へのキャッチアップ過程から抜けられず、負け犬根性のまま、いつまでも日本は成熟国家になれない。日本国憲法の前文には「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」とある。このような街づくりに名誉など感じる日本人はおらず、逆に、精神的な隷従、圧迫と偏狭の見本、というほかない。

 
03:25 02/22 2012 | 固定リンク | コメント(11) | アクセス数(15884)


02/12 2012
 今回発売となった新刊は、前回までの反省(ターゲット読者がエリート層に限定されて市場が小さすぎ)のもと、対象マーケットを日本語が読める労働者全員と就職を意識した学生、つまり約7千万人くらいに定め、総務省統計局の職業分類をもとに主だった職業をすべて図のなかにプロットし、かつ判定チャート図まで入れて、あらゆる職業の人に役立つものとする、という超親切な設計とした。

 対象マーケットの広さに加え、切り口の新規性(類書なし&新たなコンセプトの提示)、カラ―図版によるわかりやすさ、それらを凝縮したタイトル&装丁…と、著者の知名度以外は、売れる要素をすべて満たしている。

 昨日からアマゾンは「一時的に在庫切れ 入荷時期は未定です」になってしまった。楽天も「入荷予約」。セブンネットも売り切れ。アマゾンには800冊くらいは卸したようだが、1日平均100冊以上売れて、発売1週間ではけてしまった。初版1万部に加え7千部増刷中で、増刷には2週間はかかる(イマドキ、技術革新で5日くらいに短縮できないのか?)。

 売れずに在庫が積み上がっているよりは好ましいが、買おうと思った人の手に届かない、という申し訳ない状況である。地方で小さな書店しかない地域など、ネットに頼っている人も多いだろう。僕は、必要としている人にだけ届けばいい、必要以上に売れる必要はないと思っているが、必要と感じた人でも「入荷未定」では注文できない。

 一方で、リアル書店はというと、紀伊国屋はさすがに新刊コーナーに積まれているが、昨日、大手のジュンク堂を2店舗(西日本地区)まわって見たところ、どちらも転職コーナーの棚にひっそりと飾られ、そのエンドにもなく、全体の新刊コーナーにもなかった。店内の検索機で調べたら、その店には在庫が31冊もあった。

 ネットで買いたいと思った人には在庫切れで届かず、リアル店舗には在庫が有り余っていて新刊コーナーにも並ばず、回収するわけにもいかない。このギャップは許容すべき範囲なのか?元コンサルの私には、このチグハグで不合理な現状が放置されているのが不思議でならない。

■2つの「はやさ」
 問題は、ここ数年のソーシャルメディアの浸透を含むネット販売に対応できる体制になっていないことだ。ネット上(ツイッターやフェイスブック)の、いわゆるソーシャルフィルタリング(あの人がこう薦めたものは間違いない…)を参考に読む本や観る映画を選択する人は、確実に増えている。

 その、リアルと比べたネットの特性は、取り上げるのが早く(時間)、伝播も速い(速度)、という、2つの「はやさ」にある。たとえば今回でいえば、ビジネス書系の著名な書評ブロガー(僕は面識もなければメルアドも知らない)が、まだリアル書店に並ぶ前におそらくネット経由で購入して書評を載せ、すぐにはてブに800超のユーザーがブックマークし、勝間氏の言う「はてブトルネード」現象として伝播し、アマゾン配送センター在庫は2日で切れ、出版社在庫も1週間と持たず消えた(書店には大量の在庫がある)。

 こうなると、楽天&アマゾンのアフィリエイタ―の動きにブレーキがかかる。紹介しても数字がカウントされないからだ。書評ブロガーは、主に自分の「目利き力」(文章表現力や分析力、伝える切り口)による社会への影響力をカウントしたい動機で動いている。必ずしもカネ儲けのためにやっているわけではない。そもそも、書評アフィリエイト収入で生計を立てている人はおらず、主な収入になるほど儲かる仕組みになっていない。せいぜい、こづかい程度である。どれだけ自分のブログ経由で売れたかを見るのが楽しみでやっているのだ。

 だから、今回もそうだったように、誰よりも早く、いち早く発売と同時に入手し、書評を書く。スピードは優れたアンテナの張り方を示す「目利き」の重要な要素である。そして、数字で返ってくる反応に喜びを感じる。だから、注文が減って数字にカウントされなくなる「品切れ」は最悪なのだ。そこからの波及も減る。紹介をやめる人も増える。

 自発的に仮想営業マンとして動いてくれるアフィリエイタ―は、極めて健全だし(読者にとって役立たずの書評家は売れないから淘汰される)、著者・出版社・読者の誰しもにとって、ありがたい存在といえる。また、ネットの世界は圧倒的にレバレッジが利くので、人によっては、営業マン数十人分の仕事と同じくらいのバリューを発揮する。その邪魔をしないことが、どれほど重要か。

 もちろん、販売の予測は難しいので、今回のアフィリエイト対応書店(アマゾン・楽天)の在庫切れは、そんなものだと思う。むしろ初期としては十分だったくらいだ。それ自体は、特に問題ではない。問題は、在庫切れの際の、出版社からの補充体制のほうである。

■正しい販売戦略
 答えを言うと、初版1万部を刷る場合には、4千部くらいはネット向け在庫として、当初2週間だけ、いつでもアマゾン市川などの配送センターに数日で補充できるよう、出版社在庫を確保しておくことだ。はてブトルネードは、起きるかもしれないし、起きないかもしれない。それでも、起きることを想定しておき、起きなかったことを確認してからリアル店に在庫を流すほうが、戦略としては正しい。なぜなら、リアル店舗は2週間遅らせてもダメージは少ないが、ソーシャルメディア上では致命的となるからだ。

 リアル向けには、当初6千部あれば、主要書店で平積みにはなる。リアル書店については、ネットの様子を見てから、実質的に2~3週間、発売を遅らせることになっても、何ら問題はない。リアル書店に足を運ぶ習慣がある人は定期的に店頭に行くので、それが今だろうが、3週間後スタートであろうが、買うものは買うからだ。リアルはいい意味でのろい。

 ところが、ネットは全く違う。瞬発力勝負だ。前述のように、2つの「はやさ」がキーワードなので、発売直後にしかチャンスはない。書評ブロガーは3週間も遅れて書評を書くなどプライドが許さないし(紙の書評やリアル書店の店頭PRでは3週間後でも普通だ)、最初の1週間でブログやツイッターなどで瞬間的に伝播して興味喚起した際にクリック1つで注文できないと、2度とそのツイートやフェイスブックフィードは読まれない。流れていってしまうからだ。だから、初期のアフィリエイト対応在庫は、決定的に重要なのである。

 「品揃えが取り柄です」(=コンシェルジュ的センスではなく)をうたい文句にするジュンク堂のような図書館系書店に、発売当初から各店30冊以上も入れる意味があるのかというと、答えは明らかにノーだ。三省堂などのように、事前の目利き店員との交渉で興味を示し、新刊コーナーに置いてくれる商談がまとまった店には、もちろん入れる。だが、もはや出版点数の増加から倉庫業者のように品さばきに忙しくて目利きにまで手が回らない大多数の書店には、2冊ずつでも、2週間後の納入でもよい。誰も困らない。機械的に発売日に30冊入れても、1週間後になっても新刊コーナーに並ばず大半は書店裏の倉庫に眠っているのだから、急ぐ必要は全くない。

 もちろんこれは、すべての書籍にあてはまるものではない。誰も注目していない御用ライターや、ネットと隔離されて生きている学者などが著者の場合は別だ。はてブトルネード発生の可能性が低いからだ。それなりにSNSを日常的に利用している私のような著者の場合の話である(僕はネット新聞のオーナーだから、ニュースサイト上で告知でき、ツイッターでも告知できるから、ネットから注文が入るのは当然だ)。

 書籍販売における発売直後(数週間)のKSF(Key Success Factors)は、「アマゾン楽天の在庫をなるべく切らさないこと、その補充体制を万全にすること」である。ソーシャルメディア時代に入ったのはここ数年のことなので、出版社もなかなか追いつけないだろう。ゼロベースで販売・マーケ戦略を再構築すべき時期だと思う。

 というわけで、本書に興味を持たれたかたは、ウェブ上の書評(はてブ、アマゾン…)などソーシャルフィルタリングを活用のうえ内容を吟味し、リアル書店に足を運んでいただくか、アフィリエイトはないがリアル系通販をご利用いただきたい。

紀伊国屋ウェブ

丸善ジュンク堂ウェブ

 
08:04 02/12 2012 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(1930)


12/19 2011
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 3件アポがとれたのでロンドンにやって来た。総合的にみて、ロンドンの交通網は世界一発達しているのではないかと思ったが、10日ほど、いろいろ歩きまわって思ったことを東京との比較で書いてみよう。

■明らかににロンドンのほうが優れている点

1.クレジット文化

 ロンドンはクレジットカード文化が超発達している。「自分で差して、ピピピッと暗証番号を押すだけで決済終了」という効率的な支払ができる。サインしている人は見ない。釣りの受け渡しどころか、カードの受け渡しがないままにさっさと買い物ができて気持ちがいい。店員にカードを渡さなくてよいから、番号や有効期限がスキミングされることはない。

 あのカード決済端末は、日本にも導入すべきだ。日本ではわざわざ店員がカードを客から受け取って、端末にセットして、こちらに端末を置いて暗証番号を押させて、また戻して、カードを返して、という5つもの無駄なアクティビティが発生し、時間をロスし続けている。

 これは日々、全国で行われているので、莫大な経済活動のロスだ。日本は現金がまだ主流とされ、カイゼンが進んでいない。ロンドン人が東京に来たら「ダサッ」「まだサインなんかしてんの?」「現金なんて不便なもの持ち歩くなよ」って思うだろう。

 あの便利な端末が普及すれば使いたくなるからカードもより普及するわけだが、やはり日本のカード会社は「銀行の下部組織」に過ぎないのだな、と実感する。利便性や安全性に関する消費者の論理よりも、企業間の力関係の論理が勝って、普及を阻害しているのだと思う。

 ロンドンは、地下鉄の非接触カードも、中心部間だとオイスターカード(東京のスイカ・パスモ)£1.9、紙だと£4.0と2倍以上になるので、ほとんどの人がオイスターを使う。そして、チャージもクレジットカードで各駅にて簡単にできる。これは旅行者にとっても超便利だ。

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FREE。日本も見習えと言いたいところだが、メガバンクの税金無駄遣いな反社会的体質を見るにつけ絶望感は深まるばかり。
2.キャッシュの引き出し

 上記に関連して、キャッシュの引き出しが無料で、端末が地下鉄の駅内を含む街中にある。だから、多額の現金を持ち歩く必要がなく、スリを仕事にしている人も「スリがい」がない。極めて安全な社会を実現している。

 僕はシティバンクの銀行カードとVISAカードの計2枚だけを国内外で持ち歩きメガバンクのカードは使っていないが、1000円引き出すのに210円とられる日本とは大違いだ(それでも「世界中1枚でOK」の便利さが優越するから、やはりシティバンクは優れている)。

 都内の駅では新生銀行の端末が増えたが、限られた公共の場所に特定の銀行の専用端末を置くのは間違っている。ロンドンのように、全銀行対応のセブン銀行のような端末だけを設置すべきだろう。

3.二階建てバス

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 ロンドン名物のノッポな赤い二階建てバスは、予想以上にたくさん走っていて市内のどの風景にも出てくる。観光的な意味合いで残しているのかと思いきや、ぜんぜんそんなことはなく、超機能的だ。

 僕が乗ったバスはかなり混んでいた。二階の一番前の席は眺めもよく、かなりの特等席。終点近くまで乗るつもりの人は、さっさと二階に昇って、奥のほうに座ってくつろげる。二階は人の出入りもなくドアも開かないから暖かいし、広い。

 短距離ですぐ降りる人や足腰の弱い人は1階にいればいいので、これはきわめて合理的なシステムである。人口の多い都市を走る世界中のすべての公共路線バスは二階建てにすべきではないか、と思った。支払いもオイスターカードで入口でピッとかざすだけ(1回1ポンド)。路線図もわかりやすい。

■明らかに東京のほうが優れている点

1.ケータイ電子マネーの交通機関以外への普及

 これは世界でも日本のドコモの独壇場で、これから確実に普及していく技術だろうが、ロンドンではクレジットが普及していることもあり、普及ゼロだ。少額でもクレジットは使えるが、100円の買い物でクレジットの暗証番号を押すのは極めて効率が悪い。それがロンドンだ。

 これは、日本のコンビニが超異常な発達を見せている(ヨーロッパには24時間営業のコンビニやファミレスはほぼない)ことと関係があると思う。コンビニは多頻度少額決済ニーズが高い。ロンドンは、コストコで週末まとめ買い、みたいな感じだから、クレジットでいいのだ。

 ところが、やはりキオスクのような少額決済のニーズは必ずあるわけで、金融大国のイギリスを凌駕する日本はさすがテクノロジー経済大国である。タクシーでもコンビニでもスーパーでも電子マネー決済ができてしまう日本は、世界最先端を走っている。これをビジネスとして世界展開できないところが、ガラパゴス国家・日本の弱さだろう。

2.公共トイレが整備されまくり

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「使いたいなら0.3ポンド払え」で改札式になってる大型駅のトイレ
 驚くべきことに、ロンドンでは標準的な駅に利用者用のトイレが存在しない。この寒いなかを半日以上も駅を出たり入ったりしていれば当然、トイレが近くなる。その都度、スタバやマックに駆け込まなければいけないのだ。

 いったいどういう発想からこのような顧客軽視のシステムが普及しているのか不明だが、これはショップでも同じで、たとえばストリート沿いの店にはトイレがない。ユニクロの大型店にすらない(銀座店だとあるくせに)。これでは安心して買い物すらできない。

 大型の駅だと0.2ポンドとかで有料のトイレがあるが、これは現金制なので不便だ。トイレを利用したいと思っている客には、コインを探している暇はない。僕は現金なんて不便なものはこの世からなくなればいいと思っているので、トイレもカネをとりたいなら、オイスターカードで「ピッ」と決済して入れるようにすればいい。

■引き分け

タクシー

 南に1時間ほどのブライトンから戻ってロンドンブリッジ駅(日本でいうと品川くらいのデカい駅)に着いたら終電がなく、ホテルがあるカナリーワーフまでタクシーで行くしかなくなった。20人以上が列を作って待っている。

 前の人はケータイでハイヤーを呼んでいたが、20分くらいしてやっと来て、プライベートハイヤーに乗っていった。結局、極寒のなか、30分近く待った。ロンドンの冬は寒い。ユニクロの長袖ヒートテックを現地調達して着ていたが、それでも芯まで冷えた。

 バブル期の銀座はこのように夜、タクシーが捕まらなかったそうだが、今の日本ではタクシーが溢れていて、30分待ちはありえない。

 ロンドンタクシーを引きあいに出して「タクシーは情報産業だ」と野口悠紀雄氏がよく書いていて、日本のタクシーに改善を望んでいたが、確かに彼らは、道を知っている。免許をとる際の試験が厳しいらしい。ホテルもだいたい知っていた。

 接客態度も日本よりいい。日本は50代60代ばかりの覇気もやる気もないドライバーが多く、冬でも着いたら支払いの前にドアを勝手に開けるバカばかり。ロンドンタクシーは車内も広く、ドライバーの平均年齢も若くキビキビしている。10.4ポンドのとき「端数はないならいいよ」と言われ驚いた。日本で50円引きはまずない。

 ところが、客のニーズはそういったソフト面だけではない。すぐに必要なときに利用できて、支払いが迅速にできることのほうが、実は重要だという客も多い。現実的には、むしろそういった物理的な利便性が重要だろう。

 ロンドンタクシーはピーク時台数の柔軟性(捕まえやすさ)に加え、決済についても遅れており、オイスターカードが使えない。この2点において東京のほうが上だ。

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 オイスターが使えるようだと、「ロンドンの交通網は電車・バス・タクシーの組み合わせで交通&決済の人類最終形」と言ってよいほどだったので、たいへん残念である。クレジットもほとんど使えない。

 料金は初乗り2.6ポンドながら従量制でどんどん上がっていくので、東京と同じくらいの感覚である。東京の710円は世界一で、これは異常料金といえる。


 以上で改めて思ったのは、世界共通の少額決済カード(プリペイドでもIDのようなアフターペイでも)が誕生したらいいのに、ということだ。既にクレジットカードは世界共通で使えるのだから、技術的には可能なはず。スイカやパスモやエディがロンドンのオイスターと互換性を持てばよい。

 今回、オイスターに10ポンド残してしまったが、これは捨てるしかない。このままスイカとして使えて、裏で勝手に為替計算して残高から引いてほしい。手数料を上乗せしてくれても、使えるほうが便利である。

 少なくとも先進各国で「多額はクレジット、少額はプリペイド、プラスαで電子マネーもOK」みたいなインフラが世界共通で普及したら、現金を持ち歩かなくてよい社会になる。これは税務署にとっても最高の仕組みだが、消費者にとって特に利便性が高く、カミマネーの受け渡しがないことで生産性は上がり、安全で効率的な世界にすることができる。20年後にはそうなっているのではないかと思う。

 
17:06 12/19 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(3990)


08/14 2011
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 「10年後に、また会おう」

 最後に、福岡でそう言いましたね。芝居じみたセリフだな、と思ったので、よく覚えています。そう言うのだと決めていたんだろう、と。そして、こんなことも言いました。

 「そのときに、おまえが一人前の記者になっているか、だよな…」

 そんなことを思い出したのは、ほかでもない、あなたの記事を見つけたからです。8月11日、香港→上海に飛ぶ香港ドラゴン航空の機内で、キャビンアテンダントが1部だけ朝日新聞を持ってきて、どうぞ、と手渡されました。

 新聞など読むつもりもなく、頼んだわけでもないのですが、日本人だからと気を利かせて、日本語の新聞を持ってきてくれた。せっかくなので受け取って、偶然見つけたのがこの記事でした。

守屋林司さん(もりや・りんじ=日本経済新聞社常務執行役員)9日、膵臓がんで死去、61歳。

 僕は退職後、新聞の購読契約を一度もしたことがなく、年に何回か暇つぶしに飛ばし読みするくらいです。それが、海外にいるというのに、わざわざ手渡された1部のなかのベタ記事が飛び込んできた。昔を思い出して、涙が出てしまいましたよ。

 人生に偶然などないと言いますが、これは必然でしょう。宿命づけられた因縁なんです。守屋部長が僕に知らせたかったのだろう、あのCAはその使徒なのだと感じ、こうして返事を書いている次第です。


 あなたは、僕が入社1年目の終りに西部支社編集部の部長として赴任してきて、それから2年ほど、僕の人事権を握る直属の上司でした。

 西部の部長は、同期のなかで一番出世で部長になった人が最初に就くポストだと聞いていましたから、社内的な評価は高いのでしょう。その後も、局次長、日経産業新聞編集長、そして常務執行役員まで出世していたんですね。でも僕の中では、永遠に守屋部長なんです。

 新米部長なので、部下の管理が分からなかったのでしょう。おそらくは同期でもっとも扱いずらい僕のような新米記者にあたってしまって、今考えると、お互い、不運でしたね。

 訳も分からず、大濠の自宅に呼んで説教をくらったこともありました。2人のお子さんは守屋部長そっくりでしたね。でも、僕は反発しただけでした。ただでさえほとんどゼロの休日なのに、ちょっと待てよ、と。

 自分の価値観を頭ごなしに押しつけ、「黙って従ってればいいんだ」というあなたのマネジメント手法は、明らかに管理職として能力不足だと今でも思います。


 僕が自分で契約している個人サイトに全面閉鎖命令を出したときも、「いいから俺の言う通りにしておけ」という高圧的な姿勢でした。それで万事丸く収めるのが部長の仕事だと思っていたようですが、こちらは信念に基づいてやっているのだから、はいそうですかという訳にはいきません。

 言論の自由を主張する僕の話なんて、聞く姿勢もない。コミュニケーション能力がなさすぎです。軍隊的なカルチャーでは命令が全てだからそうなるのかもしれませんが、それは管理職としての業務放棄でしょう。

 結局、「社内でルールを作る」という約束を反故にされた僕はサイトを再開し懲戒処分になり、管理責任を問われた守屋部長も軽いけん責処分を受けてましたね。僕は、残っていても飼い殺しにされるだけなので、予定より少し早めに会社を辞めました。結果、給料は下がるし、引っ越しもしなきゃいけないし、畑違いのコンサルで1からやり直しだし、様々な苦労もしました。

 次に会ったのは、2001年12月18日の東京地裁法廷でしたね。僕はけじめをつけるため、処分取り消しを求める裁判をやらざるを得ませんでしたから。3時間超に及ぶ集中証人尋問で、証言台で一緒に横に並び、「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。」と宣誓を読み上げました。

 あなたはジトーっとした目で睨んでいるようでした。会社としても、現職の人事部長と守屋部長を法廷に出さないと勝てない、というところまで追い込まれたんです。「君の勝ちです」というメールを同期から貰って、僕は満足でした。裁判には結局、勝てませんでしたが。


 僕は、部長がほかの人だったら、こういう結果にならなかっただろう、と今でも思っているんです。あなたは、たかだか10人程度しかいない部下をマネジメントできなかった。

 部下と話し合う姿勢が少しあるだけで、ぜんぜん違ったでしょう。3か月に1度くらい話す機会を作ればいいだけなのに、それもせず、本社のほうばかりを向いていましたね。本社からエラい人が来るとなれば、それはもう、出迎えから見送りまで、すごい気の遣いようでした。

 ああいうのが、僕には、ものすごい違和感があるんです。これはもう、価値観の違いです。あなたは会社組織に対して信仰を持っていた。会社が全て、組織内で出世することがすなわち幸せなのだ、という宗教心にも似たものを持っていた。一方、僕は最初から社内での出世は目指していない。むしろ社内の出世競争を滑稽だとさえ思っていました。


 10年後、一人前の記者になっているか--あなたはそう言いました。

 一人前とは何か。僕は、組織から離れても、いつでもどこでも、個人名でいい仕事、職業倫理に忠実なプロフェッショナル(顧客志向)としての仕事ができることだと思っています。その基本的な考え方は、新人時代からずっと変わっていません。

 でも、明らかにあなたがいう「一人前」とは、会社組織内の記者としての役割を果たすことを意図していたと思います。価値観の違い、世代の違いもあるでしょう。だからこそ、上司が率先してコミュニケーションをとるべきでした。

 僕は一人前になりましたよ。なりたかった。見返したかった。だから今でも、あなたの下で仕事をしていた時代の写真を、ずっとブログの右上に載せているじゃないですか。あの頃の思いを忘れないためですよ。あれは三池炭鉱閉山で大牟田市に取材に行ったときに写真部員が写してくれたものです。

 日経新聞では海外出張といえば、ご褒美でしたよね。だから不況になると突然、予算が減ったりしていた。海外赴任でさえそうです。社内で頑張った人の骨休め。社内の人は、みんな知っていることです。

 今日は中国・上海でこの手紙を書いています。僕は自分で会社を作り、自分のネットワークで世界中で取材して、自由に記事を書いて発表し、十分な対価を得ることができるようになりました。書く場さえも自分で作ったんです。取材費だって、大企業の経費ではなくて、自分で余裕を持ってファイナンスできています。

 数日後には週刊誌の巻頭特集の締切があるし、秋には単行本の締切もある。来週は月刊誌の連載の締切があります。月末には講演会もやる。これが一人前の記者であり、ジャーナリストの仕事だと、僕は思っているんです。

 会社の常務執行役員といったって、1サラリーマンではないですか。自分で自由に取材できるわけでもないし、たいした権限もない。会社の名刺なしには、何もできないのではないでしょうか。そのような立場は、一人前とは言えない、そう思います。「社蓄」のピラミッドでは一番上にいるかもしれないけれど、やっぱり社蓄なんですよ。僕の名刺の表には社名も肩書もなく、名前だけが書いてあります。個人名で勝負しているからです。


 「10年後」には会いませんでしたが、どこかで会って話してもいいかな、とは心のどこかで思ってはいたんです。少なくとも、あなたから連絡が来れば会うつもりだった。

 僕は、紙は衰退すると思っていたし、ネットには無限の可能性を感じていましたから、自分のサイトを閉鎖して未来を閉じる訳にはいかなかった。実際、そのまま突き進んで、今では立派にニュースサイトとして、こうして事業化しているんです。単なる趣味や悪ふざけでは決してなかった。一貫した信念を持ってやっているんです。

 お互いキャリアを積んだ今なら、そして僕が今やっている事業を見てもらえたら、もっと分かり合うことができたことでしょう。その点では残念です。僕の単行本が発売されたときは日経の総合面にもデカデカと幻冬舎の独占広告が載りましたから、きっと僕のことをウォッチはしていたでしょうね。果たして、どう思っていたのでしょうか。

 61歳は、まだ若いです。新聞記者は若い頃の無茶苦茶な働き方が祟って、早死にします。これは社内では周知の事実です。社内報『太陽樹』に出ますからね。若いころに肉体的に疲弊し、中年以降は社内政治で精神的に蝕まれていく。

 会社のために遮二無二働き、出世できても、早くに亡くなって、社葬してもらう。会社のための戦死。僕はそういうリスクと不可分なキャリアには、全く魅力を感じません。そのような「会社人間」をよしとする空気は、世界中で日本にしか流れていない。インドや中国を取材して、世界の中の日本の特殊性を改めて強く感じています。

 どちらが100%正しいとは言えないでしょう。僕は個人中心のキャリアが正義だと思っているし、守屋部長にとっては、会社こそ正義、終身雇用こそ正義だ。時代も世代も違う。僕は、信念を持って生きていて、これを曲げることはないから、単に従うわけにはいかなかった。どこかに妥協点や解決法はあったと思います。懲戒だの裁判だのは、よくなかった。

 僕は、あなたのおかげで転職後にずいぶん苦労したし、あなたも、僕のおかげで心労が祟って、少しは寿命を縮めたのかもしれませんね。人生とは、そういう価値観が異なる人間同士の絡み合いが織り成す複雑系の物語なのでしょう。

 価値観が180度違う者同士が共存するためには、徹底的にコミュニケーションをとるべきだ――これが、この2人の物語の示唆するメッセージであり、神が学ばせたかったことなのかもしれません。大切なことを学びました。グローバル化した世界において、ますます重要度が増していることの1つだと思います。

 
23:59 08/14 2011 | 固定リンク | コメント(2) | アクセス数(10249)


08/10 2011
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ランドマーク的存在の「グランド・リスボア」
 東京タワーすら節電で暗い日本を離れ、電飾ピカピカのマカオ・香港・上海に取材で来ている。

 マカオはついでに寄った程度だが、外資解禁によって、2004年のラスベガス・サンズの参入を皮切りにカジノ産業が拡大し、いまやマカオは、カジノの売上規模でラスベガスを抜いて世界一になった。

 建設中のファイブスターホテルが10個以上もあり、日本とは正反対の超好景気。開発利権がほしい石原都知事がお台場カジノをやりたいのもよくわかる。

 なかでも現在、世界一の規模だというカジノが、同じサンズ資本で2007年にオープンした「ベネチアン」という豪華なホテルの1階にあるので、訪れた。東京ドームの敷地面積と同じくらいの広さが、すべてカジノ。しかも人で埋まっていて、繁盛しているようだった。

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ベネチアン
 18歳未満は入場不可だが、入り口が無数にあるうえ、チェックは日本のパチンコ並みに適当だから、どうみても高校生くらいの中国人もたくさん。

 家族連れが多く、大衆的で明るい。日本の賭博場らしい退廃的な雰囲気などまったくなく、日本の競馬やパチンコよりはるかに健全に見える。

 この「ベネチアン」はイタリアのヴェネチアをモチーフとするテーマパークで、ホテル内に川が流れ船が走ってたりする。日本にもあった「長崎オランダ村」「志摩スペイン村」などと同じく、アジア人の卑屈なほどに隠しがたいヨーロッパ崇拝心を利用したものである。客の中に欧米人など、ほとんど見かけなかった。

 2004年にできたサンズホテルの目の前の海岸沿いには、フィッシャーマンズワーフがあり、そこには、なぜかローマのコロシアムをモチーフにしたイベント場が突然現れる。そしてまた、ブランドショップ街が続く。魚介料理などろくになく、訳が分からない場所だった。

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中は撮影禁止。ベネチアン入口。天井の壁画もイタリアン。
 マカオは欧米ブランドだらけだ。ファイブスターホテル(ウィン、MGM、ベネチアン、ギャラクシー…)の1階にカジノがあり、その周辺や上層階をブランドショップ街が取り囲む。悪銭身に付かずで、カジノで儲けたカネは散財されやすいという人間心理を利用しているかのようだ。パっと見、1ショップあたりの品揃えは銀座の2倍、広さは5倍といったところで、銀座などアジアの田舎なんだな、と実感した。

 中国4千年の歴史なんていうが、おそらくは中国政府が歓迎するであろう、三国志の時代など自国をモチーフにしたテーマパークがヒットするかというとそんなことはないし、ましてや京都の街をモチーフにした「キョータリアン」なんてテーマパークは、見向きもされないだろう。

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なぜかローマなフィッシャーマンズワーフ
 文化に優劣はないというが、残念ながら市場原理でその答えははっきりしている。.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 
11:34 08/10 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(3571)



ココで働け! “企業ミシュラン”

渡邉正裕(WATANABE Masahiro)
(株)MyNewsJapan代表取締役社長/編集長/ジャーナリスト。ほぼすべての主要企業内ホワイトカラーに情報源を持つ。現役社員への取材に基づき企業の働く環境を一定基準で評価する「企業ミシュラン」を主宰。日経新聞記者、IBMのコンサルタントを経てインターネット新聞を創業、3年目に単年度黒字化。
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