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02/12 2012
 今回発売となった新刊は、前回までの反省(ターゲット読者がエリート層に限定されて市場が小さすぎ)のもと、対象マーケットを日本語が読める労働者全員と就職を意識した学生、つまり約7千万人くらいに定め、総務省統計局の職業分類をもとに主だった職業をすべて図のなかにプロットし、かつ判定チャート図まで入れて、あらゆる職業の人に役立つものとする、という超親切な設計とした。

 対象マーケットの広さに加え、切り口の新規性(類書なし&新たなコンセプトの提示)、カラ―図版によるわかりやすさ、それらを凝縮したタイトル&装丁…と、著者の知名度以外は、売れる要素をすべて満たしている。

 昨日からアマゾンは「一時的に在庫切れ 入荷時期は未定です」になってしまった。楽天も「入荷予約」。セブンネットも売り切れ。アマゾンには800冊くらいは卸したようだが、1日平均100冊以上売れて、発売1週間ではけてしまった。初版1万部に加え7千部増刷中で、増刷には2週間はかかる(イマドキ、技術革新で5日くらいに短縮できないのか?)。

 売れずに在庫が積み上がっているよりは好ましいが、買おうと思った人の手に届かない、という申し訳ない状況である。地方で小さな書店しかない地域など、ネットに頼っている人も多いだろう。僕は、必要としている人にだけ届けばいい、必要以上に売れる必要はないと思っているが、必要と感じた人でも「入荷未定」では注文できない。

 一方で、リアル書店はというと、紀伊国屋はさすがに新刊コーナーに積まれているが、昨日、大手のジュンク堂を2店舗(西日本地区)まわって見たところ、どちらも転職コーナーの棚にひっそりと飾られ、そのエンドにもなく、全体の新刊コーナーにもなかった。店内の検索機で調べたら、その店には在庫が31冊もあった。

 ネットで買いたいと思った人には在庫切れで届かず、リアル店舗には在庫が有り余っていて新刊コーナーにも並ばず、回収するわけにもいかない。このギャップは許容すべき範囲なのか?元コンサルの私には、このチグハグで不合理な現状が放置されているのが不思議でならない。

■2つの「はやさ」
 問題は、ここ数年のソーシャルメディアの浸透を含むネット販売に対応できる体制になっていないことだ。ネット上(ツイッターやフェイスブック)の、いわゆるソーシャルフィルタリング(あの人がこう薦めたものは間違いない…)を参考に読む本や観る映画を選択する人は、確実に増えている。

 その、リアルと比べたネットの特性は、取り上げるのが早く(時間)、伝播も速い(速度)、という、2つの「はやさ」にある。たとえば今回でいえば、ビジネス書系の著名な書評ブロガー(僕は面識もなければメルアドも知らない)が、まだリアル書店に並ぶ前におそらくネット経由で購入して書評を載せ、すぐにはてブに800超のユーザーがブックマークし、勝間氏の言う「はてブトルネード」現象として伝播し、アマゾン配送センター在庫は2日で切れ、出版社在庫も1週間と持たず消えた(書店には大量の在庫がある)。

 こうなると、楽天&アマゾンのアフィリエイタ―の動きにブレーキがかかる。紹介しても数字がカウントされないからだ。書評ブロガーは、主に自分の「目利き力」(文章表現力や分析力、伝える切り口)による社会への影響力をカウントしたい動機で動いている。必ずしもカネ儲けのためにやっているわけではない。そもそも、書評アフィリエイト収入で生計を立てている人はおらず、主な収入になるほど儲かる仕組みになっていない。せいぜい、こづかい程度である。どれだけ自分のブログ経由で売れたかを見るのが楽しみでやっているのだ。

 だから、今回もそうだったように、誰よりも早く、いち早く発売と同時に入手し、書評を書く。スピードは優れたアンテナの張り方を示す「目利き」の重要な要素である。そして、数字で返ってくる反応に喜びを感じる。だから、注文が減って数字にカウントされなくなる「品切れ」は最悪なのだ。そこからの波及も減る。紹介をやめる人も増える。

 自発的に仮想営業マンとして動いてくれるアフィリエイタ―は、極めて健全だし(読者にとって役立たずの書評家は売れないから淘汰される)、著者・出版社・読者の誰しもにとって、ありがたい存在といえる。また、ネットの世界は圧倒的にレバレッジが利くので、人によっては、営業マン数十人分の仕事と同じくらいのバリューを発揮する。その邪魔をしないことが、どれほど重要か。

 もちろん、販売の予測は難しいので、今回のアフィリエイト対応書店(アマゾン・楽天)の在庫切れは、そんなものだと思う。むしろ初期としては十分だったくらいだ。それ自体は、特に問題ではない。問題は、在庫切れの際の、出版社からの補充体制のほうである。

■正しい販売戦略
 答えを言うと、初版1万部を刷る場合には、4千部くらいはネット向け在庫として、当初2週間だけ、いつでもアマゾン市川などの配送センターに数日で補充できるよう、出版社在庫を確保しておくことだ。はてブトルネードは、起きるかもしれないし、起きないかもしれない。それでも、起きることを想定しておき、起きなかったことを確認してからリアル店に在庫を流すほうが、戦略としては正しい。なぜなら、リアル店舗は2週間遅らせてもダメージは少ないが、ソーシャルメディア上では致命的となるからだ。

 リアル向けには、当初6千部あれば、主要書店で平積みにはなる。リアル書店については、ネットの様子を見てから、実質的に2~3週間、発売を遅らせることになっても、何ら問題はない。リアル書店に足を運ぶ習慣がある人は定期的に店頭に行くので、それが今だろうが、3週間後スタートであろうが、買うものは買うからだ。リアルはいい意味でのろい。

 ところが、ネットは全く違う。瞬発力勝負だ。前述のように、2つの「はやさ」がキーワードなので、発売直後にしかチャンスはない。書評ブロガーは3週間も遅れて書評を書くなどプライドが許さないし(紙の書評やリアル書店の店頭PRでは3週間後でも普通だ)、最初の1週間でブログやツイッターなどで瞬間的に伝播して興味喚起した際にクリック1つで注文できないと、2度とそのツイートやフェイスブックフィードは読まれない。流れていってしまうからだ。だから、初期のアフィリエイト対応在庫は、決定的に重要なのである。

 「品揃えが取り柄です」(=コンシェルジュ的センスではなく)をうたい文句にするジュンク堂のような図書館系書店に、発売当初から各店30冊以上も入れる意味があるのかというと、答えは明らかにノーだ。三省堂などのように、事前の目利き店員との交渉で興味を示し、新刊コーナーに置いてくれる商談がまとまった店には、もちろん入れる。だが、もはや出版点数の増加から倉庫業者のように品さばきに忙しくて目利きにまで手が回らない大多数の書店には、2冊ずつでも、2週間後の納入でもよい。誰も困らない。機械的に発売日に30冊入れても、1週間後になっても新刊コーナーに並ばず大半は書店裏の倉庫に眠っているのだから、急ぐ必要は全くない。

 もちろんこれは、すべての書籍にあてはまるものではない。誰も注目していない御用ライターや、ネットと隔離されて生きている学者などが著者の場合は別だ。はてブトルネード発生の可能性が低いからだ。それなりにSNSを日常的に利用している私のような著者の場合の話である(僕はネット新聞のオーナーだから、ニュースサイト上で告知でき、ツイッターでも告知できるから、ネットから注文が入るのは当然だ)。

 書籍販売における発売直後(数週間)のKSF(Key Success Factors)は、「アマゾン楽天の在庫をなるべく切らさないこと、その補充体制を万全にすること」である。ソーシャルメディア時代に入ったのはここ数年のことなので、出版社もなかなか追いつけないだろう。ゼロベースで販売・マーケ戦略を再構築すべき時期だと思う。

 というわけで、本書に興味を持たれたかたは、ウェブ上の書評(はてブ、アマゾン…)などソーシャルフィルタリングを活用のうえ内容を吟味し、リアル書店に足を運んでいただくか、アフィリエイトはないがリアル系通販をご利用いただきたい。

紀伊国屋ウェブ

丸善ジュンク堂ウェブ

 
08:04 02/12 2012 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(1782)


12/19 2011
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 3件アポがとれたのでロンドンにやって来た。総合的にみて、ロンドンの交通網は世界一発達しているのではないかと思ったが、10日ほど、いろいろ歩きまわって思ったことを東京との比較で書いてみよう。

■明らかににロンドンのほうが優れている点

1.クレジット文化

 ロンドンはクレジットカード文化が超発達している。「自分で差して、ピピピッと暗証番号を押すだけで決済終了」という効率的な支払ができる。サインしている人は見ない。釣りの受け渡しどころか、カードの受け渡しがないままにさっさと買い物ができて気持ちがいい。店員にカードを渡さなくてよいから、番号や有効期限がスキミングされることはない。

 あのカード決済端末は、日本にも導入すべきだ。日本ではわざわざ店員がカードを客から受け取って、端末にセットして、こちらに端末を置いて暗証番号を押させて、また戻して、カードを返して、という5つもの無駄なアクティビティが発生し、時間をロスし続けている。

 これは日々、全国で行われているので、莫大な経済活動のロスだ。日本は現金がまだ主流とされ、カイゼンが進んでいない。ロンドン人が東京に来たら「ダサッ」「まだサインなんかしてんの?」「現金なんて不便なもの持ち歩くなよ」って思うだろう。

 あの便利な端末が普及すれば使いたくなるからカードもより普及するわけだが、やはり日本のカード会社は「銀行の下部組織」に過ぎないのだな、と実感する。利便性や安全性に関する消費者の論理よりも、企業間の力関係の論理が勝って、普及を阻害しているのだと思う。

 ロンドンは、地下鉄の非接触カードも、中心部間だとオイスターカード(東京のスイカ・パスモ)£1.9、紙だと£4.0と2倍以上になるので、ほとんどの人がオイスターを使う。そして、チャージもクレジットカードで各駅にて簡単にできる。これは旅行者にとっても超便利だ。

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FREE。日本も見習えと言いたいところだが、メガバンクの税金無駄遣いな反社会的体質を見るにつけ絶望感は深まるばかり。
2.キャッシュの引き出し

 上記に関連して、キャッシュの引き出しが無料で、端末が地下鉄の駅内を含む街中にある。だから、多額の現金を持ち歩く必要がなく、スリを仕事にしている人も「スリがい」がない。極めて安全な社会を実現している。

 僕はシティバンクの銀行カードとVISAカードの計2枚だけを国内外で持ち歩きメガバンクのカードは使っていないが、1000円引き出すのに210円とられる日本とは大違いだ(それでも「世界中1枚でOK」の便利さが優越するから、やはりシティバンクは優れている)。

 都内の駅では新生銀行の端末が増えたが、限られた公共の場所に特定の銀行の専用端末を置くのは間違っている。ロンドンのように、全銀行対応のセブン銀行のような端末だけを設置すべきだろう。

3.二階建てバス

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 ロンドン名物のノッポな赤い二階建てバスは、予想以上にたくさん走っていて市内のどの風景にも出てくる。観光的な意味合いで残しているのかと思いきや、ぜんぜんそんなことはなく、超機能的だ。

 僕が乗ったバスはかなり混んでいた。二階の一番前の席は眺めもよく、かなりの特等席。終点近くまで乗るつもりの人は、さっさと二階に昇って、奥のほうに座ってくつろげる。二階は人の出入りもなくドアも開かないから暖かいし、広い。

 短距離ですぐ降りる人や足腰の弱い人は1階にいればいいので、これはきわめて合理的なシステムである。人口の多い都市を走る世界中のすべての公共路線バスは二階建てにすべきではないか、と思った。支払いもオイスターカードで入口でピッとかざすだけ(1回1ポンド)。路線図もわかりやすい。

■明らかに東京のほうが優れている点

1.ケータイ電子マネーの交通機関以外への普及

 これは世界でも日本のドコモの独壇場で、これから確実に普及していく技術だろうが、ロンドンではクレジットが普及していることもあり、普及ゼロだ。少額でもクレジットは使えるが、100円の買い物でクレジットの暗証番号を押すのは極めて効率が悪い。それがロンドンだ。

 これは、日本のコンビニが超異常な発達を見せている(ヨーロッパには24時間営業のコンビニやファミレスはほぼない)ことと関係があると思う。コンビニは多頻度少額決済ニーズが高い。ロンドンは、コストコで週末まとめ買い、みたいな感じだから、クレジットでいいのだ。

 ところが、やはりキオスクのような少額決済のニーズは必ずあるわけで、金融大国のイギリスを凌駕する日本はさすがテクノロジー経済大国である。タクシーでもコンビニでもスーパーでも電子マネー決済ができてしまう日本は、世界最先端を走っている。これをビジネスとして世界展開できないところが、ガラパゴス国家・日本の弱さだろう。

2.公共トイレが整備されまくり

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「使いたいなら0.3ポンド払え」で改札式になってる大型駅のトイレ
 驚くべきことに、ロンドンでは標準的な駅に利用者用のトイレが存在しない。この寒いなかを半日以上も駅を出たり入ったりしていれば当然、トイレが近くなる。その都度、スタバやマックに駆け込まなければいけないのだ。

 いったいどういう発想からこのような顧客軽視のシステムが普及しているのか不明だが、これはショップでも同じで、たとえばストリート沿いの店にはトイレがない。ユニクロの大型店にすらない(銀座店だとあるくせに)。これでは安心して買い物すらできない。

 大型の駅だと0.2ポンドとかで有料のトイレがあるが、これは現金制なので不便だ。トイレを利用したいと思っている客には、コインを探している暇はない。僕は現金なんて不便なものはこの世からなくなればいいと思っているので、トイレもカネをとりたいなら、オイスターカードで「ピッ」と決済して入れるようにすればいい。

■引き分け

タクシー

 南に1時間ほどのブライトンから戻ってロンドンブリッジ駅(日本でいうと品川くらいのデカい駅)に着いたら終電がなく、ホテルがあるカナリーワーフまでタクシーで行くしかなくなった。20人以上が列を作って待っている。

 前の人はケータイでハイヤーを呼んでいたが、20分くらいしてやっと来て、プライベートハイヤーに乗っていった。結局、極寒のなか、30分近く待った。ロンドンの冬は寒い。ユニクロの長袖ヒートテックを現地調達して着ていたが、それでも芯まで冷えた。

 バブル期の銀座はこのように夜、タクシーが捕まらなかったそうだが、今の日本ではタクシーが溢れていて、30分待ちはありえない。

 ロンドンタクシーを引きあいに出して「タクシーは情報産業だ」と野口悠紀雄氏がよく書いていて、日本のタクシーに改善を望んでいたが、確かに彼らは、道を知っている。免許をとる際の試験が厳しいらしい。ホテルもだいたい知っていた。

 接客態度も日本よりいい。日本は50代60代ばかりの覇気もやる気もないドライバーが多く、冬でも着いたら支払いの前にドアを勝手に開けるバカばかり。ロンドンタクシーは車内も広く、ドライバーの平均年齢も若くキビキビしている。10.4ポンドのとき「端数はないならいいよ」と言われ驚いた。日本で50円引きはまずない。

 ところが、客のニーズはそういったソフト面だけではない。すぐに必要なときに利用できて、支払いが迅速にできることのほうが、実は重要だという客も多い。現実的には、むしろそういった物理的な利便性が重要だろう。

 ロンドンタクシーはピーク時台数の柔軟性(捕まえやすさ)に加え、決済についても遅れており、オイスターカードが使えない。この2点において東京のほうが上だ。

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 オイスターが使えるようだと、「ロンドンの交通網は電車・バス・タクシーの組み合わせで交通&決済の人類最終形」と言ってよいほどだったので、たいへん残念である。クレジットもほとんど使えない。

 料金は初乗り2.6ポンドながら従量制でどんどん上がっていくので、東京と同じくらいの感覚である。東京の710円は世界一で、これは異常料金といえる。


 以上で改めて思ったのは、世界共通の少額決済カード(プリペイドでもIDのようなアフターペイでも)が誕生したらいいのに、ということだ。既にクレジットカードは世界共通で使えるのだから、技術的には可能なはず。スイカやパスモやエディがロンドンのオイスターと互換性を持てばよい。

 今回、オイスターに10ポンド残してしまったが、これは捨てるしかない。このままスイカとして使えて、裏で勝手に為替計算して残高から引いてほしい。手数料を上乗せしてくれても、使えるほうが便利である。

 少なくとも先進各国で「多額はクレジット、少額はプリペイド、プラスαで電子マネーもOK」みたいなインフラが世界共通で普及したら、現金を持ち歩かなくてよい社会になる。これは税務署にとっても最高の仕組みだが、消費者にとって特に利便性が高く、カミマネーの受け渡しがないことで生産性は上がり、安全で効率的な世界にすることができる。20年後にはそうなっているのではないかと思う。

 
17:06 12/19 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(2823)


08/14 2011
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 「10年後に、また会おう」

 最後に、福岡でそう言いましたね。芝居じみたセリフだな、と思ったので、よく覚えています。そう言うのだと決めていたんだろう、と。そして、こんなことも言いました。

 「そのときに、おまえが一人前の記者になっているか、だよな…」

 そんなことを思い出したのは、ほかでもない、あなたの記事を見つけたからです。8月11日、香港→上海に飛ぶ香港ドラゴン航空の機内で、キャビンアテンダントが1部だけ朝日新聞を持ってきて、どうぞ、と手渡されました。

 新聞など読むつもりもなく、頼んだわけでもないのですが、日本人だからと気を利かせて、日本語の新聞を持ってきてくれた。せっかくなので受け取って、偶然見つけたのがこの記事でした。

守屋林司さん(もりや・りんじ=日本経済新聞社常務執行役員)9日、膵臓がんで死去、61歳。

 僕は退職後、新聞の購読契約を一度もしたことがなく、年に何回か暇つぶしに飛ばし読みするくらいです。それが、海外にいるというのに、わざわざ手渡された1部のなかのベタ記事が飛び込んできた。昔を思い出して、涙が出てしまいましたよ。

 人生に偶然などないと言いますが、これは必然でしょう。宿命づけられた因縁なんです。守屋部長が僕に知らせたかったのだろう、あのCAはその使徒なのだと感じ、こうして返事を書いている次第です。


 あなたは、僕が入社1年目の終りに西部支社編集部の部長として赴任してきて、それから2年ほど、僕の人事権を握る直属の上司でした。

 西部の部長は、同期のなかで一番出世で部長になった人が最初に就くポストだと聞いていましたから、社内的な評価は高いのでしょう。その後も、局次長、日経産業新聞編集長、そして常務執行役員まで出世していたんですね。でも僕の中では、永遠に守屋部長なんです。

 新米部長なので、部下の管理が分からなかったのでしょう。おそらくは同期でもっとも扱いずらい僕のような新米記者にあたってしまって、今考えると、お互い、不運でしたね。

 訳も分からず、大濠の自宅に呼んで説教をくらったこともありました。2人のお子さんは守屋部長そっくりでしたね。でも、僕は反発しただけでした。ただでさえほとんどゼロの休日なのに、ちょっと待てよ、と。

 自分の価値観を頭ごなしに押しつけ、「黙って従ってればいいんだ」というあなたのマネジメント手法は、明らかに管理職として能力不足だと今でも思います。


 僕が自分で契約している個人サイトに全面閉鎖命令を出したときも、「いいから俺の言う通りにしておけ」という高圧的な姿勢でした。それで万事丸く収めるのが部長の仕事だと思っていたようですが、こちらは信念に基づいてやっているのだから、はいそうですかという訳にはいきません。

 言論の自由を主張する僕の話なんて、聞く姿勢もない。コミュニケーション能力がなさすぎです。軍隊的なカルチャーでは命令が全てだからそうなるのかもしれませんが、それは管理職としての業務放棄でしょう。

 結局、「社内でルールを作る」という約束を反故にされた僕はサイトを再開し懲戒処分になり、管理責任を問われた守屋部長も軽いけん責処分を受けてましたね。僕は、残っていても飼い殺しにされるだけなので、予定より少し早めに会社を辞めました。結果、給料は下がるし、引っ越しもしなきゃいけないし、畑違いのコンサルで1からやり直しだし、様々な苦労もしました。

 次に会ったのは、2001年12月18日の東京地裁法廷でしたね。僕はけじめをつけるため、処分取り消しを求める裁判をやらざるを得ませんでしたから。3時間超に及ぶ集中証人尋問で、証言台で一緒に横に並び、「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。」と宣誓を読み上げました。

 あなたはジトーっとした目で睨んでいるようでした。会社としても、現職の人事部長と守屋部長を法廷に出さないと勝てない、というところまで追い込まれたんです。「君の勝ちです」というメールを同期から貰って、僕は満足でした。裁判には結局、勝てませんでしたが。


 僕は、部長がほかの人だったら、こういう結果にならなかっただろう、と今でも思っているんです。あなたは、たかだか10人程度しかいない部下をマネジメントできなかった。

 部下と話し合う姿勢が少しあるだけで、ぜんぜん違ったでしょう。3か月に1度くらい話す機会を作ればいいだけなのに、それもせず、本社のほうばかりを向いていましたね。本社からエラい人が来るとなれば、それはもう、出迎えから見送りまで、すごい気の遣いようでした。

 ああいうのが、僕には、ものすごい違和感があるんです。これはもう、価値観の違いです。あなたは会社組織に対して信仰を持っていた。会社が全て、組織内で出世することがすなわち幸せなのだ、という宗教心にも似たものを持っていた。一方、僕は最初から社内での出世は目指していない。むしろ社内の出世競争を滑稽だとさえ思っていました。


 10年後、一人前の記者になっているか--あなたはそう言いました。

 一人前とは何か。僕は、組織から離れても、いつでもどこでも、個人名でいい仕事、職業倫理に忠実なプロフェッショナル(顧客志向)としての仕事ができることだと思っています。その基本的な考え方は、新人時代からずっと変わっていません。

 でも、明らかにあなたがいう「一人前」とは、会社組織内の記者としての役割を果たすことを意図していたと思います。価値観の違い、世代の違いもあるでしょう。だからこそ、上司が率先してコミュニケーションをとるべきでした。

 僕は一人前になりましたよ。なりたかった。見返したかった。だから今でも、あなたの下で仕事をしていた時代の写真を、ずっとブログの右上に載せているじゃないですか。あの頃の思いを忘れないためですよ。あれは三池炭鉱閉山で大牟田市に取材に行ったときに写真部員が写してくれたものです。

 日経新聞では海外出張といえば、ご褒美でしたよね。だから不況になると突然、予算が減ったりしていた。海外赴任でさえそうです。社内で頑張った人の骨休め。社内の人は、みんな知っていることです。

 今日は中国・上海でこの手紙を書いています。僕は自分で会社を作り、自分のネットワークで世界中で取材して、自由に記事を書いて発表し、十分な対価を得ることができるようになりました。書く場さえも自分で作ったんです。取材費だって、大企業の経費ではなくて、自分で余裕を持ってファイナンスできています。

 数日後には週刊誌の巻頭特集の締切があるし、秋には単行本の締切もある。来週は月刊誌の連載の締切があります。月末には講演会もやる。これが一人前の記者であり、ジャーナリストの仕事だと、僕は思っているんです。

 会社の常務執行役員といったって、1サラリーマンではないですか。自分で自由に取材できるわけでもないし、たいした権限もない。会社の名刺なしには、何もできないのではないでしょうか。そのような立場は、一人前とは言えない、そう思います。「社蓄」のピラミッドでは一番上にいるかもしれないけれど、やっぱり社蓄なんですよ。僕の名刺の表には社名も肩書もなく、名前だけが書いてあります。個人名で勝負しているからです。


 「10年後」には会いませんでしたが、どこかで会って話してもいいかな、とは心のどこかで思ってはいたんです。少なくとも、あなたから連絡が来れば会うつもりだった。

 僕は、紙は衰退すると思っていたし、ネットには無限の可能性を感じていましたから、自分のサイトを閉鎖して未来を閉じる訳にはいかなかった。実際、そのまま突き進んで、今では立派にニュースサイトとして、こうして事業化しているんです。単なる趣味や悪ふざけでは決してなかった。一貫した信念を持ってやっているんです。

 お互いキャリアを積んだ今なら、そして僕が今やっている事業を見てもらえたら、もっと分かり合うことができたことでしょう。その点では残念です。僕の単行本が発売されたときは日経の総合面にもデカデカと幻冬舎の独占広告が載りましたから、きっと僕のことをウォッチはしていたでしょうね。果たして、どう思っていたのでしょうか。

 61歳は、まだ若いです。新聞記者は若い頃の無茶苦茶な働き方が祟って、早死にします。これは社内では周知の事実です。社内報『太陽樹』に出ますからね。若いころに肉体的に疲弊し、中年以降は社内政治で精神的に蝕まれていく。

 会社のために遮二無二働き、出世できても、早くに亡くなって、社葬してもらう。会社のための戦死。僕はそういうリスクと不可分なキャリアには、全く魅力を感じません。そのような「会社人間」をよしとする空気は、世界中で日本にしか流れていない。インドや中国を取材して、世界の中の日本の特殊性を改めて強く感じています。

 どちらが100%正しいとは言えないでしょう。僕は個人中心のキャリアが正義だと思っているし、守屋部長にとっては、会社こそ正義、終身雇用こそ正義だ。時代も世代も違う。僕は、信念を持って生きていて、これを曲げることはないから、単に従うわけにはいかなかった。どこかに妥協点や解決法はあったと思います。懲戒だの裁判だのは、よくなかった。

 僕は、あなたのおかげで転職後にずいぶん苦労したし、あなたも、僕のおかげで心労が祟って、少しは寿命を縮めたのかもしれませんね。人生とは、そういう価値観が異なる人間同士の絡み合いが織り成す複雑系の物語なのでしょう。

 価値観が180度違う者同士が共存するためには、徹底的にコミュニケーションをとるべきだ――これが、この2人の物語の示唆するメッセージであり、神が学ばせたかったことなのかもしれません。大切なことを学びました。グローバル化した世界において、ますます重要度が増していることの1つだと思います。

 
23:59 08/14 2011 | 固定リンク | コメント(2) | アクセス数(7711)


08/10 2011
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ランドマーク的存在の「グランド・リスボア」
 東京タワーすら節電で暗い日本を離れ、電飾ピカピカのマカオ・香港・上海に取材で来ている。

 マカオはついでに寄った程度だが、外資解禁によって、2004年のラスベガス・サンズの参入を皮切りにカジノ産業が拡大し、いまやマカオは、カジノの売上規模でラスベガスを抜いて世界一になった。

 建設中のファイブスターホテルが10個以上もあり、日本とは正反対の超好景気。開発利権がほしい石原都知事がお台場カジノをやりたいのもよくわかる。

 なかでも現在、世界一の規模だというカジノが、同じサンズ資本で2007年にオープンした「ベネチアン」という豪華なホテルの1階にあるので、訪れた。東京ドームの敷地面積と同じくらいの広さが、すべてカジノ。しかも人で埋まっていて、繁盛しているようだった。

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ベネチアン
 18歳未満は入場不可だが、入り口が無数にあるうえ、チェックは日本のパチンコ並みに適当だから、どうみても高校生くらいの中国人もたくさん。

 家族連れが多く、大衆的で明るい。日本の賭博場らしい退廃的な雰囲気などまったくなく、日本の競馬やパチンコよりはるかに健全に見える。

 この「ベネチアン」はイタリアのヴェネチアをモチーフとするテーマパークで、ホテル内に川が流れ船が走ってたりする。日本にもあった「長崎オランダ村」「志摩スペイン村」などと同じく、アジア人の卑屈なほどに隠しがたいヨーロッパ崇拝心を利用したものである。客の中に欧米人など、ほとんど見かけなかった。

 2004年にできたサンズホテルの目の前の海岸沿いには、フィッシャーマンズワーフがあり、そこには、なぜかローマのコロシアムをモチーフにしたイベント場が突然現れる。そしてまた、ブランドショップ街が続く。魚介料理などろくになく、訳が分からない場所だった。

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中は撮影禁止。ベネチアン入口。天井の壁画もイタリアン。
 マカオは欧米ブランドだらけだ。ファイブスターホテル(ウィン、MGM、ベネチアン、ギャラクシー…)の1階にカジノがあり、その周辺や上層階をブランドショップ街が取り囲む。悪銭身に付かずで、カジノで儲けたカネは散財されやすいという人間心理を利用しているかのようだ。パっと見、1ショップあたりの品揃えは銀座の2倍、広さは5倍といったところで、銀座などアジアの田舎なんだな、と実感した。

 中国4千年の歴史なんていうが、おそらくは中国政府が歓迎するであろう、三国志の時代など自国をモチーフにしたテーマパークがヒットするかというとそんなことはないし、ましてや京都の街をモチーフにした「キョータリアン」なんてテーマパークは、見向きもされないだろう。

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なぜかローマなフィッシャーマンズワーフ
 文化に優劣はないというが、残念ながら市場原理でその答えははっきりしている。.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 
11:34 08/10 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(2672)


07/14 2011
 この本は「スタンフォード留学の2年間で5人しかかわいい女性を見なかった」といった個人視点による政治的に正しくないマイニュースが随所に面白いのだが、突然でてくる日本の労働市場の具体的な話も興味深い。→『米国製エリートは本当にすごいのか?

 まず、今後は「半分サラリーマン型」の契約記者・編集者が徐々に広がっていく、との予想についてであるが、これは「経営層」と「資本」のいずれか(または両方)が変わらない限り、難しい。

 日本メディアの編集長→編集局長→担当役員→社長という経営層のライン系キャリアパスは、全員が100%サラリーマンで、優秀なフリーがヘッドハンティングされていきなりトップに就くことはない。

 十年一日のごとく、新入社員のときから同じ会社にいた人間がライン長につき権限を握っているのだから、新しい発想は生まれない(だからイノベーションが起きず衰退の一方なのだ)。

 資本のほうは、さらに変化の見込みがなく、ルパードマードックが毎日新聞あたりを買収でもしてくれれば変わるだろうが、投資先としての魅力が全くないので、今後も変わらないだろう。

 したがって、
 具体的なイメージとしては、月に何本記事を提供するといったノルマをこなせば、他の媒体で仕事をしたり、副業をしたりしてもかまわないうえ、取材にあたっては、契約する会社の名刺を使わせてもらえるという契約です。
 といった「半分サラリーマン型」の契約記者・編集者は、今のパラダイム下では実現しない。「おれも昔はそうだった」「そんな虫のいい話はない」というのが日本企業のムラ社会的発想で、「うちの名刺を使う以上、専属以外ありえないだろ」でおわり。

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「ジャーナリストがサラリーマンを卒業するとき」

 

 

 すでに現在でも、専属契約の社員は普及していて、編集部30人中15人ほどが契約だという『SPA!』をはじめ、『週刊文春』『週刊現代』などの週刊誌は記者・編集者の半数程度が契約社員で、いつでも不要になったらクビを斬れる。違いは会社の名刺を使って他のフリーの仕事をしていいかどうかだが、これを会社が表向きに認める可能性はゼロだ。取材先とのトラブルになるだけだからである。

 半分サラリーマン型に続く2つめの働き方として紹介されているのが、エース級の人物を専属契約で囲い込む形。

『ニューヨークマガジン』の推計によると、『フラット化する世界』の著者トーマス・フリードマンは、コラムニストをつとめる『ニューヨークタイムズ』から得る30万ドルの給料に加えて、印税収入と講演料(1回あたり4万ドル)を得ています。ビジネス書のカリスマ、マルコム・グラッドウェルは、スタッフライター契約を結ぶ雑誌『ニューヨーカー』からの収入25万ドルと、印税収入、講演収入(1回あたり3万ドル)を合わせて、合計150万ドルを稼いでいます。『ウォールストリートジャーナル』紙でITコラムニストをつとめるウォルト・モスバーグに至っては、会社から100万ドルの報酬を得ているといいます。
 これに相当する稼ぎを実現したジャーナリストは、日本でいうと筑紫徹也氏と田原総一朗氏くらいだが、どちらもテレビ人で、活字世界で囲い込まれたスターといえば、かつて朝日新聞に囲い込まれた夏目漱石(エリート銀行員の初任給が月35円の時代に年収3600円の契約だったという)くらいだろう。

 今、多額の報酬を払える体力がある媒体といえば、朝日、読売、日経、そして大手出版社くらいのものだが、たとえば勝間和代氏に1年間、専属的に仕事をしてもらう代わりに年間2~3千万円払う、といった発想は全く湧き出てこない。合理的に考えると部数は伸びて売上増が見込めるから、投資対効果を考えれば十分にありうる選択肢ではあるが、一言でいえば「ひがみ」根性が根底にあって、経済合理性では意思決定されないのだ。

 比較的に自由度が高めな雑誌の世界では、かつては立花隆氏が『週刊文春』や『週刊現代』で、優秀な社員スタッフチーム付きで年間1千万円超の原稿料で連載していた時代もあった(『田中角栄研究』『同時代を撃つ!』など)が、もはや自社社員の給与水準を維持するために外部からコストを削っていく、という流れは不可避となった。社員のバカ高い給与を守るために、媒体のジリ貧を容認する、という緩慢な自殺の過程を選択しているのだ。

 講談社や文芸春秋などは無駄な人件費の宝庫であり(この事実については内部の社員ほど反論できない確定的な事実)、リストラさえすれば立花隆クラスの5人や6人は簡単に囲い込むだけの体力があるので、いくらでも改革の余地はある。労組と刺し違える覚悟を持った経営者のリーダーシップと経営判断1つで、ダントツ1位の雑誌を作れてしまう。だが、自殺過程に入っている出版社はやる気がない。これも経営判断だ。やはり、資本と経営が入れ替わらない限り、スタープレーヤー契約もありえない。

 つまるところ.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 
11:44 07/15 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(4790)


07/13 2011
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 「ペンは剣よりも強し」は、実際の由来はともかく、開成や慶応が紋章に使っているほど有名な言葉であるが、ロシア語通訳者の米原万里氏が書いた『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』によると、ロシア人が口にするのを聞いたことはないそうだ。代わりに似たような意味の「ペンで書かれたものは、斧では切り取れないよ」というロシア古来のことわざがあるからではないか、としている。

 それは、「武力に対する言論の優位」という意味もさることながら、もう1つ、「筆禍は取り返しがつかない」という意味に使うことが多いという。
 プラハのソビエト学校に通い始めた最初の日から、私は、『ペンで書かれたもの』に対するロシア人の特別な思い入れにたじろいだ。(中略)「どの学科も、生徒は正式なノート2冊と下書き用のノートを一冊ずつ持つことになっているらしいよ」(中略)つい正式ノートに鉛筆で書き込んでしまう私に向って、数学の先生も、ロシアの先生も諭した。「マリ、一度ペンで書かれたものは、斧でも切り取れないのよ。だからこそ、価値があるの。すぐに消しゴムで消せる鉛筆書きのものを他人の目に晒すなんて、無礼千万この上ないことなんですよ」
 これは1960年の話だが、最近、似たようなことをニコ動の番組でしゃべっていたのが、東浩紀である。「完全に印象論だけど」と断ったうえで、紙とネット(メルマガ)の違いについて、「日本のメルマガは、実際に社会を動かせるかどうかが試されるフェーズに入った」として、以下のようなことを言っていた。

 たとえば、大川隆法メールマガジンは成立しない。ネットだけで宗教は広まらない。紙とネットでは、コミットメント感や熱量が違う。ネット上の情報で、ホントに社会は動くのか、ということ。だから、若い人は出版をやったほうがいいのではないか、本の5万とウェブの5万は、ぜんぜん違うから。
 僕は、ネット新聞を成功させるために、ネット上の記事と紙の記事の違いについて、ずっと考えてきた。全く同じ情報が載っていても、紙とネットでは、ネットのほうが安っぽく信憑性が低いために、ビジネス化する際の商品として不利だ。そこをどう克服するかが、成功のためのキーファクターであることは明らかだった。

 asahi.comでさえ、一度掲載した記事を何らかの圧力がかかると数日で消してしまう(→これが有名)ことからも分かるように、ネットというのは、まさに鉛筆で書かれたものが簡単に消しゴムで消されるがごとし。「取り返し」がついてしまうメディアなのである。ネット=鉛筆なのだ。

 ネットの記事は、ロシアの先生の言葉で言えば「すぐに消しゴムで消せる鉛筆書きのものを他人の目に晒すなんて、無礼千万この上ないこと」で、斧でも切り取れないペン書きの記事との差は歴然としているし、東氏の表現でいえば「コミットメント感や熱量」においてネットは劣るわけである。

 紙に印刷されたものは改ざんできないが、ネットは一瞬で修正でき、丸ごと消し去ることもできるから、情報のチェックも甘いに違いない、という避けがたい人間の発想。これは歴史や教育の問題ではなく、単なる物理的なメディア特性の話なのであり、ネットの弱点である。だから、逆に、ネットの強みを徹底的に生かさない限り、勝ち目はない。

 その一環として、MyNewsJapanでは画像やPDFダウンロードを多用したり、検索でデータベース的な使い方ができたり、という設計にしているわけだが、このたび、読者による評価システムとして「続報望む」を新たに導入した。記事の下で、会員が続報を望む場合に、無料で3point投票できるほか、追加で取材費などを無制限に提供できる。

 東氏の言うとおり、ネットはコミットメント感が薄いメディアだ。冷やかしで見に来る客は多いが、行動にはつながらない。それでは、単なる悲しいガス抜きメディアでしかなく、情報の流れを変え、世の中を良い方向に変えることを目指した創設理念に反する。

 現状、読者ができる行動として、情報提供や記事を書くことのほかに、「自分の代わりにこの問題を追及してくれ、続報を報じてくれ、自分にはスキルも時間もないが、取材費の提供はできる」というものがある。今回、そのインフラを整えることにした。

 同じ思いを持つなら、熱量が高いなら、行動してくれ、「同情するならカネをくれ」ということだ。全く新しい試みではあるが、ネットを鉛筆メディアで終わらせないためには変革あるのみ。ネットメディアに新境地を切り開き、コミットメント感溢れる高い熱量を持ったニュースメディアを作っていきたいと思っている。

 
03:48 07/13 2011 | 固定リンク | コメント(2) | アクセス数(1673)


06/25 2011
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横軸:顧客が紐づいているものが個人か組織か
縦軸:報酬水準≒スキル難易度の高低

 
 
 僕は会社選びの軸を示した本を出している。最近、Q&Aで質問に答えていて、1つ重要な軸に気づいた。「その会社の顧客が、何についているのか、社員についているのか、会社(法人・ブランド)についているのか」である。

 これは、完全な終身雇用の継続が難しくなり、ドラッカーの言葉を借りれば「会社の寿命より個人の寿命のほうが長くなった」時代背景を考えると、重要度が増していく視点といえる。

 仕事人生の途中で勤め先の会社が買収されたり、自分が所属する一事業部がたまたま社員ともども売却されたりした場合に、次の会社で社員がどう扱われるのかを左右するからだ。

◇顧客が組織に紐づく職業
 左記の図は、横軸「顧客が紐づいているもの」、縦軸「スキル難易度≒報酬水準」で職業をマッピングしたものだ。

 左に行くほど、顧客は法人(会社組織)についている。たとえば赤・青・緑のメガバンクにしても、野村・大和といった大手証券にしても、営業先が会って話を聞いてくれるのは、会社の看板があるからだ。特に銀行は、融資を止められたら倒産しかねないので、どんなに営業マンがダメ人間であっても、丁重に扱われる。(そのような生ぬるい環境では人材は育ちにくい。)

 同様に、たとえばANAにキムタクのようなスターパイロットがいて、パイロットが○○さんだから全日空に乗りたいの!と考える人はいない。顧客はANAという会社のブランドにつくのであって、個人ではない。好みのCAがいるから同じ時間帯の同じ便に乗ろうというビジネスマンは一部にいるような気もするが、ほとんどの客はCA個人で乗る便を選ぶこともない。そもそもCAやパイロットを顧客は選べない。(選べるビジネスモデルのLCCが今後できてもおかしくはないが現状ではない)

 新聞記者も、ほぼ看板商売だ。朝日や日経という看板があるから記者クラブに入れて、会見に出て、記事が書ける。そして、記事は無署名が原則であり、朝日や日経というブランドで提供される。

 僕は最初の赴任先が福岡だった。そのとき、地方支局と東京を転々としてきたデスクに聞いたことがある。「地方で取材した人脈って、続くもんなんですか?」と。答えは「いや、切れるね。リセットされてやり直しだ。大事なのは、人脈がなくても話を聞き出すスタイルを確立することだ」というものだった。

 そのときは、日経新聞という看板で商売してるんだから、そんなもんなのか、と思ったが、同時に、そういう職業人生は嫌だな、とも感じた。重要な情報源をいかに蓄積しているかは記者にとって不可欠な資産なのに、会社都合で転々としていたら、一生、職業人として一人前になれそうもない。そもそも名刺の力で取材しているうちは一流の仕事人にはなれないと思い、独立心が高まった。

◇顧客が個人に紐づく職業
 逆に、右側の職業というのは、顧客が個人についている。最初は政治家が典型かと思ったが、よく考えたら、投票のときに必ずしも個人名を書いてもらわなくても、政党という組織への投票で杉村太蔵的な当選が頻繁に起こる仕組みだから、最右翼ではない。顧客(=有権者)は政党と政治家に半分ずつくらい紐づいている。

 では最右翼は何かというと、お笑い芸人や作家、アーティストだろう。顧客は完全に個人名で選ぶ。読者は、村上春樹が書いた作品だから読むのであって、それが講談社から出ているのか中央公論新社から出ているのかは、どうでもよい。

 エイベックスのような音楽業界では、顧客はアーティストだ。アーティストにはファンがイコールで紐づいているので、顧客=アーティストはプロデューサー個人につく。松浦勝人は浜崎あゆみをプロデュースし、成功させた。だから浜崎は、エイベックスという会社ではなく、松浦という個人についた

 エイベックスのお家騒動では、依田氏と松浦氏が争って、アーティストが紐づいていた松浦が勝ち依田が退いた。この事件が教えるのは、顧客(=アーティスト)を自分につけられる職業は不確実性に強い、ということだ。組織が買収されようが、売却されようが、浜崎がついてれば勝ち、顧客が自分についていれば勝ちである。それが、音楽プロデューサーという職業人が目指すところだろう。

◇右上を目指して仕事をせよ
 図の赤い矢印は、目指すべき方向性だ。.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
 

 
03:00 06/25 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(2347)


06/23 2011
 ときどき、正当な報道やジャーナリズム活動を、まじめな顔で「暴露本」と表現する輩がいて困る。BBTが、本サイトで連載し日韓で出版もされた『トヨタの闇』(筑摩書房より文庫化)を“暴露本”リストに挙げていたので、一応、指摘しておこう。

 外国人には分からないと思うが、暴露という言葉や語感は、明らかによい意味、ポジティブな意味の日本語ではない。

 大辞林によると「暴露」とは、

[1] 他人の秘密・悪事などをあばいて明るみに出すこと。
[2] 直接風雨にさらされること。また、有害物質や病原菌などにさらされること。

 だそうで、主に「他人」=人間に対して使う。

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大前研一ライブ/2011年6月19日号より引用。 『内側から見た富士通』(城繁幸著)から始まって、最近の『ユニクロ帝国の光と影』(横田増生著)まで網羅。
 単なる有名人や芸能人の低俗な芸能スキャンダル、たとえば酒井法子や石原真理子の本は「暴露本」でいいと思うが、巨大企業の内幕を描いた、左記に列挙されたような本は、権力を監視するという目的に立った、ど真ん中のジャーナリズム活動なのであって、暴露などという低俗な表現を使うのは間違っている。

 ジャーナリズム=言論表現の自由は、民主国家にとって必要不可欠なものであるから、神聖なプレーンバニラのジャーナリズム活動を暴露本と卑下し、見下すのは極めて失礼なことであって、民主主義に対する冒涜(※冒涜=崇高なものや神聖なもの、または大切なものを、貶める行為)とも言えるのである。

 図にあるように、アパレル会社は途上国の児童労働が外部のメディアやNGOによって告発され、問題は改善され、世の中は前進した。これら最高レベルのジャーナリズム本が高く評価されないならば、民主国家としての日本社会の、成熟も発展もないだろう。

 
01:51 06/23 2011 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(2246)


05/23 2011
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警備が厳重すぎな天安門広場。全体がガードで囲われ、単なる広場なのに、入るのに荷物のX線検査やセキュリティーチェックが必要。体制の危うさを物語る。
 インドに続いて中国に取材にきている。これからのキャリアを考えるうえで、両国は外せない要因となるだろう。

 多くの人が言うとおり、中国人従業員の扱いにはみんな辟易としていたが、それはグローバルでは日本のほうが異常だから。日本人は働くことに対して一種の神聖を感じ、突然、モード変換できてしまう異常な国民なのだと改めて感じた。インド・中国のほうがむしろ平均に近いのだ。

 中国は勝手にグローバルルールでも変えてしまう人たちなのだというのは、こちらにきて感じた。大人しい日本人は生き残れないだろう。僕はコンサルを5年やっていたこともあり理は通す。

 たとえば「don't disturb」のボタンを押しているのに外出中に勝手に従業員が侵入していたホテルに対しては、3:1で3時間議論した末にホテル側の嘘を明らかにし、4泊分(約6万円)を無料にさせた。日本人は泣き寝入りしがちだが、再発防止のためにはカネで罰を与えて反省させることが重要なので、世の中を良くしていくには、正しいことは通さないといけない。

 こちらで働いている日本人(日本採用の中国赴任者、現地採用者、現地で独立起業した人など)十数人を立て続けに取材して思ったのは、ハングリー精神旺盛な現地人たちのなかで成功するためには、キャリア戦略なしにはありえないということだ。

 今週末のセミナーでも、そのあたりについて報告できれば、と思っているので、ご参加いただきたい。

 →東洋経済セミナー「35歳までのキャリア戦略」

 
08:20 05/23 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(1754)


05/05 2011
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 朝9時の開店と同時に喫茶店で本を読み始め、読みふけっていたら、夜20時半の閉店まで居座ってしまった。本屋に併設されてる店とはいえ、パチンコ店じゃあるまいし、連続11時間超の滞在はかつて例がない。

 モーニングセットにランチにケーキに、とオーダーしていると腹も減らないし、店も満席にならないので居心地がいい。もちろん出て行かない最大の理由は、数冊の本にはまってしまったからである。

 まず、「G2」に載っていた佐野眞一(1947年生れ)の被災地ルポが秀逸で面白い。ジャーナリストって60過ぎてもいい仕事できるんだな、それもかつての新宿ゴールデン街での知己を訪ねていくという、年を重ねた60代ならではの仕事があるのだ、といい勉強になった。この仕事は死ぬまでできるのがよい。目指せ佐野眞一、目指せ田原総一朗である。

 この日、もっとも面白かったのが、「兄弟もの」という私のリクエストに対してIBM時代の同僚から薦められ買った『手紙』(東野圭吾)だった。不自然な死の解明みたいな非日常すぎるミステリーものには興味がなく、本屋に行って東野コーナーを見るにつけ、場所とりすぎだろ、くらいに思って一作も読んだことはなかったが、意外にも大当たりで最後まで読みふけってしまった。

 この作者の他作品もチェックしたが、どうもこの作品だけ毛色が違って、社会派色が強い。「世間との闘い」がテーマ。殺人犯の兄を持つ弟が主人公で、世間のレッテル貼りをこれでもか、と思い知り、兄弟の縁を切るに至る。

 店頭から倉庫への人事異動に対し、主人公はこう言われる。「会社にとって重要なのは、その人物の人間性ではなく社会性なんだ。今の君は大きなものを失った状態だ」

 弟には何の罪もないが、社会は「殺人犯の弟」として扱う。どちらにも言い分があり正義は1つではない。立花隆が『ブラックジャックによろしく』について評した、カ・ド・コンシアンス(フランス語でいう「あの意見も正しい、だけど反対のこの意見も正しい、という答えのない問題」)であり、良質なジャーナリズム作品といえる。

 ジョンレノンの『イマジン』(差別や偏見のない世界)との絡みや、ちゃんとオチがあるストーリー展開など、さすがミステリー作家だと思った。こういうのを天才と言うんだろう。だからコーナーがあるほど売れてるのか、東野さんは…。

 家に帰ってWikiを見たら「映画化に合わせて2006年には文春文庫より文庫版が刊行された。この文庫本は1ヶ月で100万部以上を売り上げ、同社最速のミリオンセラーとなった。2007年1月現在、140万部を超えている」とあった。

 こういう社会派の作品が、映画化もされて、ちゃんと100万部以上売れて、直木賞候補になっていて、日本人も捨てたもんじゃないな、と思った次第である。

 
08:30 05/05 2011 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(1528)



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渡邉正裕(WATANABE Masahiro)
(株)MyNewsJapan代表取締役社長/編集長/ジャーナリスト。ほぼすべての主要企業内ホワイトカラーに情報源を持つ。現役社員への取材に基づき企業の働く環境を一定基準で評価する「企業ミシュラン」を主宰。日経新聞記者、IBMのコンサルタントを経てインターネット新聞を創業、3年目に単年度黒字化。
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