大きく揺れるバス車内で両手を離した不安定な体勢で尻を触ったという不合理な判決に対して、「僕は無実です」と街頭を行く人に訴える津山正義さんと支援者(三鷹駅)。
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右手は携帯電話、左手はつり革。バス車内のビデオカメラは、中学校教諭・津山正義さん(起訴休職中)の両手がふさがっていることをはっきりと捕らえていた。それでも痴漢をしたことにされ、東京地裁立川支部の倉澤千巌裁判官は今年5月8日、有罪判決を下した。「倉澤裁判官、あなたは神ですか」――思わずそう言いたくなるような、予断と偏見に満ちた不合理な判決であった。折りしも国連拷問禁止委員会では、「(日本の刑事司法は)中世」との批判に対して上田秀明・人権人道大使が「笑うな、黙れ、黙れ(シャラップ=Shut up)」と発言し失笑を買ったばかり。だが、いかに政府が否定しようとも、三鷹バス事件のむちゃくちゃな裁き方をみれば、日本は本当に「中世」水準ではないかと疑わざるを得ない。(判決文や弁論要旨はPDFダウンロード可)
【Digest】
◇ほとんど想像で作られた倉澤判決
◇倉澤裁判官が無視した「繊維鑑定」
◇鑑定では2時間半後も羊毛が手に付着
◇ 尻の感覚に関する厳島鑑定も不採用
◇「指2本」「指4本」と識別できたのは本当か
◇お尻の皮膚は鈍感
◇「痴漢スキーマ」が生む痴漢冤罪
◇ 「日本は中世」にキレたシャラップ大使
(→
三鷹バス事件)
◇ほとんど想像で作られた倉澤判決
「聞いて笑ってしまった」
去る5月8日、東京地裁立川支部の判決(倉澤千巌裁判官)を聞いたとき、津山さんはそう思ったという。東京都迷惑防止条例違反で罰金40万円(求刑同40万円)を命じる有罪判決だった。
満員の路線バス車内で痴漢をしたという嫌疑に対し、津山さんは一貫して無実を訴えてきた。物証は皆無。車内カメラには、津山さんがつり革をつかみ、残りの手で携帯電話を操作している様子が映っていた。携帯電話の通信記録からも、電話を使っていたことは確認できた。つまり、両手は明らかにふさがっていたことが客観的に証明された。
両手がふさがっているのに手で痴漢ができるはずがない。かばんが触れたのを勘違いした可能性が高く、被告人は無罪である――と、弁護側は主張した。津山さんも弁護団も無罪判決を信じていた。
だが結果は、「それでもお前は痴漢だ」という、にわかに理解しがたいものだった。いったいどうやって触ったというのか。津山さんが思わず「笑ってしまった」のは、判決で述べられた理由というのが、あまりにも荒唐無稽だったからだ。
事件が起きた当時、津山さんと女子高校生はバス車内後方の、床が一段高くなっている部分に立って乗車していた。バス進行方向に向かって左側付近で、ふたりとも左側窓の外を見る形で乗っていた。痴漢を行ったとされる時間帯における2人の位置関係は、最初は、
①津山さんからみて左前方に女子高校生
――という形で、その後入れ替わって、
②女子高校生は津山さんの右前方
――に変わる。
津山さんが触った、という目撃証言はない。しかし、バス車内にビデオカメラが取り付けられていて、不鮮明ながら、撮影されていた。津山さんはこの映像が自身の無実を証明するものだと期待した。
◇車内カメラが捕らえたはずの「両手の潔白」
車内カメラは、車の最前方の天井につけられ、超広角レンズで車内を撮影していた。津山さんらは最後尾にいたので、ごく小さく不鮮明にしか映っていない。その映像を弁護団は、橋本正次・東京歯科大法人類学研究室教授に、鑑定を依頼した。鑑定書は証拠採用され、橋本氏は法廷で証言した。
その橋本証言によれば、①の場面では、津山さんが右手でつり革を持っている様子が確認された。右手は伸び切っている。また2人の間隔は人ふたり分ほど開いている。こうした様子から、左手で女子高校生の尻を触るのは物理的に無理である、と判断された。次に、②の場面では、津山さんは左手につり革を持ち替え、右手で携帯電話を操作している様子が確認された。両手を使っているのだから、この場面でも明らかに尻を触ることはできない。
橋本教授はまた、バスが大きく揺れて津山さんと女子高校生が互いにぶつかる様子も確認できる、と鑑定で述べている。つまり、痴漢をしたような様子は、ビデオからまったく確認できないという結論である。
ところが倉澤裁判官は、このビデオ鑑定を受けても、なおこう述べている。
〈…21時33分52秒ころから21時34分12秒ころまでの間、被告人の左手がつり革をつかんでいることは車載カメラの映像によって確認できるものの、.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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物証ゼロ、目撃証言ゼロ、微物鑑定の結果は「シロ」。自白もなく車内ビデオには両手がふさがっている(痴漢ができない)様子が映っている。それでも「お前は触っている」と津山さんに有罪判決を下した東京地裁立川支部(倉澤千巌裁判長)。下は起訴した東京地検立川支部(藤井慎一郎検事)。 |
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津山さん(黄線)は左手でつり革を持ち、右手で携帯電話を操作した。しかし倉澤裁判長は、左手をつり革から離して女子高校生(赤線)の左尻を触ったという(青矢印)。検察官も主張しなかった「新説」だった。また車内カメラの映像には、左手が見えなくなる瞬間はあるもののつり輪の「輪」が継続的に確認されており、津山さんがつり輪を離していないようにみえる(左下は、人が持っていないときのつり輪の状態。持っていなければ車内前方のカメラに輪は映らない)。 |
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女子高校生がつけていたものと同型・同素材のスカートを使った微物付着実験(上)。30秒~2分の4段階で触ったところ、そのすべてで羊毛片が付着した(下)。しかも2時間半の行動を経ても落ちなかった(倉澤裁判官が却下した弁護団作成の鑑定書より)。 |
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弁護団は尻の触感に関しても専門家に依頼して鑑定を実施した。結果、尻の皮膚感覚は物を識別するには鈍感であることがわかった。また、「痴漢に遭っている」と一度思い出すと、何もかもが痴漢に思えてくる傾向があることがわかった。かばんが当たったのを痴漢と勘違いした可能性が高いと鑑定は結論づけた(倉澤裁判官が却下した鑑定書より)。 |
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長期間拘留、弁護人の立ち会いなしの取り調べ、自白偏重。日本の刑事司法は「中世」水準にあると国連拷問禁止委員会でモーリシャス代表の委員は指摘した。これに対して日本代表の上田秀明・人権人道大使は、「中世などではない。日本はこの分野(刑事司法)では世界でもっとも進んだ国のひとつだ。(会場から失笑)。笑うな、黙れ、黙れ!」と激しく反論した。いつなんどき身に覚えのない罪でとらわれの身になるかもわからない現状をみれば、本当に中世なのかもしれない(三鷹市内を走る護送車とパトカー)。 |
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