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ソニーEXIT 青木・内田 「アラスカをさまよう狼のほうが自由で強くなれ、やりがいもある」
左:内田和隆、右:青木崇行
カディンチェ

 「動物園でエサを与えられて飼いならされた狼は太っているが、それは動物園が強いだけ。アラスカにさまよっている狼のほうが自由で強くなれるし、やりがいもある」。今ではそう実感している2人だが、実は2人とも、ソニーに入社したときは、終身雇用のつもりだった。2003年入社の2人が配属されたのは、テレビのデジタル高画質化技術者として名高い近藤哲二郎氏が率いる「エー・キューブド研究所」。内定前から近藤所長の面接を受け、エリート技術者のみが配属される。

【Digest】
◇リッチな人にだけ恩恵がある技術に疑問
◇社内政治で決まるのはおかしい
◇大学人脈、ソニー人脈で受託開発
◇近藤氏はI3(アイキューブド)研究所を設立、社長に
◇ソニーでしか学べないものがあった
◇設立3ヶ月で自社開発サービスを受注
◇ストリートビューの室内高級版
◇給料は1年以内にソニーレベルに戻せる
◇精神的にもすっきり
◇目に見えやすい仕事ができる



◇リッチな人にだけ恩恵がある技術に疑問
 だが青木崇行氏には、すぐにモヤモヤとした疑問が湧き出て、払拭できなくなった。

 「大学時代からNGO活動でネパールやバングラデシュを見てきているので、テレビの画質が上がって何になる、誰が助かるのか、と。ハイエンド製品にしか乗らない技術開発をして、リッチな人にだけ恩恵がある技術の使い方は、つまらない」

 とはいえ、会社を辞めて、即、起業するわけにもいかない。そこまでの自信はなかった。そこで大学にいったん戻って自分が得意とする技術を磨き、自分の守備範囲のなかで、どういう分野で事業化できそうなのか、模索することにした。

 エーキューブド研究所の技術者というポジションを丸3年であっさり捨ててソニーを退職、2006年4月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の博士課程に進んだ。

 青木の退職を聞いた周囲の反応は、「やっぱりね」。上司ともケンカしていたし、両親も「本人がよければそれでいい」と言った。当時は、大学に戻ってから、また大企業に再就職するのだろう、と思っていたようだ。

◇社内政治で決まるのはおかしい
 その2年後、内田和隆氏も退職する。元ソニーCEO・出井伸之氏の肝いりで設立されたエー・キューブド研究所は、ストリンガー体制下でリストラ対象となり、廃止になったためだ。

 「出井さんの政治力がなくなった時点で、研究所の行く末も見えていた。性能がいいから製品に乗るわけではなく、採用するか決める要素の中に、政治が入っているのはおかしい」。社内政治に左右されるよりも、自由に自分の力を試したい、と考えた。

 「研究所が存続していれば自分は辞めなかった。研究所の廃止がきっかけです。自分の技術に自身があるので、35歳くらいまでなら、どこかに再就職できるはず、と思っていた」(内田氏)。父は何も言わなかったが、母は「ソニーを辞めるなんてもったいない」という反応だった。同期は「いつか辞めると思っていたよ」と言った。

 内田が辞めることを聞いた青木は、一緒に起業することを打診。博士号はまだ取得していなかったが、 大学に戻って模索するなかで、ビジネス化できそうな領域も見えてきていたところだった。

 「もし1人だったら、NPOをやっていたと思う」(青木氏)。青木は、子供のころよりボーイスカウト活動を始め、学部時代からネパール・バングラデシュなど途上国で環境教育を実践するなど、NPO活動を進めていた。だから、現地に仲間もいる。「途上国では200~300万円持っていけば数年は生きていける。たとえNPOで食えなくても、どこかの企業が貰ってくれるだろう、と思っていた」

◇大学人脈、ソニー人脈で受託開発
 そうかといって、辞めた時点で、すぐにカネになる仕事が決まっていたわけでもなかった。

 IPA(独立行政法人「情報処理推進機構」)の「未踏IT人材発掘・育成事業」として認定を受ければ開発費を得られるが、内田がソニーに退職届を出した2008年春の時点では、まだそれも通っていなかった。

 だが、それほど不安はなかった。技術者なので、最悪、「受託開発」という手があったし、所属していた大学・企業を介したネットワークもあった。

 たとえば、ウェブサイト制作。民主党が2009年総選挙のために設置したマニフェストサイト「東京ライフ」は、第4回マニフェスト大賞ベストホームページ賞を受賞(主催:ローカルマニフェスト推進地方議員連盟、共催:早稲田大学マニフェスト研究所)。その受託開発は、大学のコネクション(元SFC助教授の民主党・鈴木寛議員)から得て手がけた。

 また、ソニー人脈では、ソニー出身でベンチャー支援を行う三根一仁氏(インスプラウト社長)から助言を得たり、ソニー出身者が設立した3次元ディスプレイや生体センサを開発する企業より医療・福祉用センサシステムのデータベース・ソフトウェア開発を受注している。「周りの人が仕事をくれるかんじがある」(内田氏)

 それに、初期の設備投資に多額の費用が必要というわけでもない。会社を設立した際に一番かかった費用は、登記時に自動的に徴収される印紙代等の20万円ほどだった。「PCさえあればどうにかなる仕事なんです」(内田氏)

 内田はソニーを退職して5ヵ月後の2008年8月、「室内3DモデリングシステムとAPIの開発」で、IPAの未踏IT人材発掘・育成事業に認定され、550万円の資金提供を受けた(2009年5月、開発した成果が認められ「スーパークリエータ」に認定)。外部から、技術力も認められ、看板ができた。

 ソニー出身という信用、大学人脈にソニー人脈、そして政府機関が認めた技術力。ハイリスクな巨額投資も不要。こうして特段の困難もなく、2008年8月、2人で「カディンチェ」を設立。会社設立時のオフィスは内田氏の自宅とし、資本金100万円でスタートした。


◇近藤氏はI3(アイキューブド)研究所を設立、社長に
 前述のとおり、2人とも、入社時より独立心を内に秘めていたわけでは、まったくなかった。

 青木は学部時代、ユビキタスコンピューティング研究で有名な徳田英幸教授の研究室に所属していた。途上国でのNGO活動の影響もあり、グローバル視点で仕事をしたかった。海外営業の仕事に興味があり、商社やメーカーも受けた.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。



自作の室内自動撮影システム。自動的にカメラが回り、撮影していく。

 

EXIT成功事例のポイント一覧
2人のキャリア年表

 

 

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ソニーの過去記事は以下の通り
ソニー、個人主義の行き詰まり
ソニー、高賃金の足かせ

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