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ラーメン空白地帯多い欧州、『Men Impossible』がアムステルダムでストレスゼロの店を成功させるまで(下)――「新卒で大企業に行ったら人生の汚点になる」
仕込みに追われる石田敦士オーナー。ワンオペにつき、昼前には店に出て万全の準備を整える。営業は17時半から。

 人を雇わない100%ワンオペで、100%予約制。あえて100%ビーガンと100%オーガニックのラーメンにポジションをとり、顧客の口コミは1年3か月間、最高評価5点(グーグル)を維持。妥協を許さない仕事哲学の背景には、石田の人生哲学と、それまでのキャリアが関係している。ラーメン歴は5年だが、その前にサラリーマン時代を含め、社会人を12年やった。大学を卒業したのは2002年だが、新卒の就活には参加していない。「新卒カードを使って有名企業に入るのは、自分の人生において汚点になる、と考えていました」(石田)。その独特なキャリア設計について聞いた。

【Digest】
◇「マジョリティを行くのはカッコよくない」価値観
◇2社で働き「人を雇う人生は辞めよう」
◇27歳で年収4千万円 「その気になれば稼げる」自信と空しさ
◇「誰にも迷惑をかけない仕事」トレーダーに
◇偶然が重なり、デュッセルドルフのラーメン店へ
◇ドイツで2年、そしてオランダへ
◇肝心のメニュー作りはプロと共同で
◇広告宣伝しないと売れないものは存在しなくてよい
◇実際の収支
◇完全情報開示の店をやりたい
◇Planned Happenstance(計画された偶然)
◇ジャパンプレミアムはあるのか
◇スタートアップが高い経験値に


◇「マジョリティを行くのはカッコよくない」価値観
 いくつか会社説明会には行ってみたが、面接すら受けなかった。高校時代から、「マジョリティを行くのはカッコよくない」「みんなと同じなら、自分が生きている意味はない」と考えていたという。人気企業には、自分が行かなければ他の人が行って同じような仕事をするのだから、社会全体からみたら、自分が行く意味は何もない。自分は、自分だけの人生を歩みたかった。

 高校の先輩にあたるロッキー青木(青木廣彰=米国の鉄板焼きレストランチェーン『BENIHANA』創業者)を尊敬し、吉田潤喜(吉田ソース社長=大学受験に失敗し米国に不法移民ののちアメリカンドリームをかなえた)の影響もうけた。いずれも、1ドル360円の時代に米国に渡った開拓者だ。

100%「植物由来、オーガニック、非味の素」を掲げる『Men Impossible
 慶応高校時代の成績は上位で、医学部以外の全学部を選択できたが、マジョリティの日吉・三田ではなく、逆張りでSFCへ。

 就活はせず、卒業後も逆張りで、ゼミ教授が主宰していた『メディア検証機構』(教授自ら『テレビ報道の正しい見方』でも設立を提言し実行)をボランティアで手伝いつつ、近くの家賃2万ほどのマンションに住み続け、ケーブルTVの営業などのバイトで生計を立てた。

◇2社で働き「人を雇う人生は辞めよう」
 ひとまずしっかり働こうと考えた社会人2年目、人材紹介会社経由で就職先を探し、無名のシステム開発会社で働き始めた。第二新卒を広く採用していたワークスアプリケーションズも候補だったが、既にスタートアップのフェーズではなく有名企業になっていたため、当時、まだ社員100人程度だった会社で、損益責任を持つ営業職として働くほうを選んだ。無名ではあったものの面接で「社長が凄い人だ」と確信したのと、その社長の直下で責任を持たされて働く方がよりチャレンジングと思ったからだ。一貫した、逆張りキャリアである。

 仕事は技術者派遣部門で、営業1人でIT技術者30人くらいを抱え、派遣先企業に営業をかけ、先方のプロジェクトの要件を満たす技術者を派遣する。1人派遣すると、たとえば月100万円を派遣先企業から貰い、そのうち半分程度が派遣社員の人件費だったが、その給与をいくらにするか決める権限も営業が持っていた。ただ派遣するだけでなく、同時に社員のキャリアも考慮したアサインをしないといけない。社員の生活と人生がかかっている責任感は、かなりの重荷だ。

 顧客先でトラブルがあれば自分の責任になるし、逆に社員から文句を言われることもある。24時間気が休まらず、胃に穴が空くような仕事だった。この経験から、「自分は、人を雇う経営者の器ではない。これからは一人で完結させられる仕事をしよう、と思いました」(石田)

 その後、新規事業や新卒採用を主導する立場も経験。心身ともに大変だったものの、20代半ばにして多くの経験をさせてもらえ、商売人として鍛えられたのは収穫だったという。

◇27歳で年収4千万円 「その気になれば稼げる」自信と空しさ
 3年後の2006年、今度は、やはりスタートアップに近い、当時数名の人材紹介会社に転職。固定給を貰う働き方も選択できたが、「最初からフルコミッション契約でやらせてほしい」と申し出、ハイリスク・ハイリターンな報酬体系で入社した。

 たとえば年収1千万円の人を転職させると、転職先企業から300万円の手数料が人材紹介会社に入る。フルコミだと、その半額の150万が自分に入る契約だった。

 「自分は主に若手人材を担当していましたが、一番ハイクラスでは、年収1500万くらいの人の転職で、400万ほどが会社に入り、半分の200万が自分に。当時27歳で、月200~400万円はコンスタントに収入がありました。1年目で8千万円売って、年収は4千万円ほどに。かなり尖がった社長や会社で、単なる『仲介業』に留まらず、存在意義や付加価値の高い仕事をしていたという自負はありますし、心身のハードさは前職以上にキツかったのですが、それでも、業界やビジネスモデル自体が『収益性が高すぎる』、平たく言えば『儲かりすぎる』と思っていました。また、この仕事を通して多様な業種、職種や経営者に接することができたことで、社会への貢献度とカネを稼ぐことは関係ないということを肌で実感できたことも、とても良い勉強になりました」(石田)

 2社とも、「ヒトという在庫を先に仕入れ、いかに沢山かかえて、いかにすべて売り切るか」というビジネスという点で同じ。ともに、会社にブランド力がないなかで、自分個人の力で「人材」と「営業先企業」を口説き、逃げられないように在庫(ヒト)をグリップしつつ顧客企業にいかに売り込むか、という点で同じビジネスモデルだった。

 この人材業界スタートアップでのゲリラ的な仕事で生き延びた経験から、生活のための仕事くらいはどうにでもなる、いつでも稼げる、だからこそこれからはもっと大胆にリスクを冒してチャレンジしようと考えるようになった。2社目にも3年半ほど勤め、2009年末に辞め、31歳でフリーになった。

◇「誰にも迷惑をかけない仕事」トレーダーに
 人材ビジネスは、他人の人生を大きく動かす仕事で、精神的な負担が重く、疲弊した。「誰にも迷惑をかけない、自由な生き方ができる、対人ストレスのない生業」ということで、貯金をもとに、自学自習でトレーダーを始めた。基本的には、FXのチャート分析にもとづく短期売買だ。

 翌2010年にはアフリカ数か国を回り、その後、起業することになるオランダ・アムステルダムにも寄った。大学時代に1年間、交換留学プログラムで、国立アムステルダム大学(Universiteit van Amsterdam)に留学した地でもあった。米国の有名大学も選べたがオランダにしたのは、一貫した逆張り哲学に基づく。

 2012年まで3年ほど、チャートだけのトレーダーをやり、数千万円を溶かすなど高い“勉強代”を払いながらも、時間と労力さえ割けば結果はともなうことはわかった.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。



店の年間収支(売上と経費の概算)
ラーメン店経営はジャパンプレミアム。その実情は…
SAVING THE WORLD AND THE PLANET EARTH by the power of Ramen and Japanese origins: food。』というミッションステートメントを明確に掲げ、100%「植物由来、オーガニック、非味の素」のポジションをとり、当事者として現場でチャレンジを続ける。「外野からわかったようなことを言い続けて終わってしまう人生ではなくて本当に良かった」(石田)

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