ラーメン空白地帯多い欧州、『Men Impossible』がアムステルダムでストレスゼロの店を成功させるまで(上)――「日本で開業する理由ない」
石田敦士(40歳)。慶応高、SFC卒後、NPOボランティア、システム開発会社・人材紹介会社、FXトレーダーを経て、34歳からラーメン業界へ。味の素を使わない完全無化調の『麺や 七彩』で修業後、ドイツとオランダの複数のラーメン店に勤務しつつ欧州各国で数十軒のラーメンを食べて研究。2017年10月、満を持して39歳で自身の店を開業、1年で、グーグルのクチコミとFacebookスコアでともに5点満点の予約困難な人気店に。 |
- Digest
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- 「まずは国内で」と思っていたが…
- 口コミだけで広まる
- 明らかに特徴あるクールな客層
- Think seriously, Act casually!
- オペレーション「ホームパーティー」
- 自分が日本で開業する理由は1つもなかった
- 今、この時代に、日本人が海外で担うべき役割
「まずは国内で」と思っていたが…
5年前、東京駅地下街「東京ラーメンストリート」に出店していた『麺や 七彩』(中野から移転、現在は八丁堀に移転)は、記事で紹介したこともあって、筆者がときどき訪れる店の1つだった。券売機で食券を買おうとしたところ、ホールで働いていて目が合ったのが、石田敦士氏(当時34歳)。政治学のゼミ(草野厚教授)の後輩にあたる。
聞けば、「生まれてきた息子に胸を張って説明できて、カッコよく働く親父の背中を見せられる仕事を」ということで、本気でラーメンの世界に入る決断をし、働き始めたという。以前にOB会で話していた際は、人材紹介会社を辞めて1人でトレーダーとして生計を立てており、「次は、自分が現場に立ち続ける『実業』を本気でやりたい」といった話は聞いていたものの、まさかそれがラーメンとは、はじめて知って驚いたのだった。
大卒で、30代も半ばに入ってから、それまでのキャリアとは縁もゆかりもないラーメン業に転向。滅多にないキャリアチェンジである。そのときは、どこまで本気なのか半信半疑だったが、まさか5年後にオランダのアムステルダムという、はるか遠く離れた異国の地で独立・開業しているとは、想像できるはずもなかった。本人も、「当時は、まず国内で開業してうまくいったら海外を考える」目算だったという。
口コミだけで広まる
店の外観。完全予約制とあって、看板も掲げられておらず、店名をガラスにペイントしているだけ。週一回のゴミ収集が契約した通りに行われる確率は50%、というのが日本との違い。 |
2017年10月に開業して、丸1年。「何とか生きている」という状況報告はあったものの、実際、日本人が海外で店を開き、1人で店を切り盛りするとは、どのくらいハードルが高いのか。ビザや許認可、言葉の壁、取引先やお客さんとのトラブル等も多いのではないか。著書『10年後に食える仕事~』でテーマとした、グローバル化時代において活かすべき日本人メリットは“日本人経営×日本食×オランダ”でどうなのか――など興味は尽きず、とりあえず客の1人として訪れてみよう、と思った次第だ。
「100件を超えたGoogle上のレビューが5.0」、つまり満点というのも出来過ぎで、さすがに何か裏があるのではないか。自分の眼で、現地を見て確かめないと信用できないのがジャーナリストだ。
5年前と同様、会うのは突然でよかったのだが、10月中旬、アムステルダムに着き、店の場所を調べるため前日に公式サイトを訪れると、完全予約制だという。日本ではB級グルメのラーメン店に予約が必要だなんて聞いたことがない。あわててネットの予約カレンダーをチェックすると、既に早い時間の2枠しか残っていなかった。なんとか、一番早い時間で予約を入れた。
グーグルの口コミ119件が平均5.0という、驚異的な高評価(2018年10月末時点)。最新口コミの「私たちの後ろを走っている」はおそらく筆者が訪ねた日の出来事だ(実際、彼は忘れ物に際して、走っていた)。 |
その後、数日にわたって通い、現場で話を聞いた結論から言うと、口コミのパーフェクトレビューに、嘘もカラクリもなかった。初日に3時間ほど店内を観察させてもらうと、客の滞在時間は総じて長く、ラーメン店なのに1~2時間も話を弾ませている。実に居心地がよさそうだ。その傍で、店内に気を配りながら、ひたすら1人で接客・調理・配膳・決済…とせわしなく全てをこなす多忙な店主。同情、いやリスペクトを買うには十分である。
満席なので、席の案内をしくじったら、複数で予約した人たちが、うまく向かい合って座れなくなってしまう。コースに含まれる前菜、サイドメニューからメインディッシュのラーメンまで、待たせず滞りなく提供するのは、来客者が予約時刻からずれたりすると、てんやわんや。ワンオペなので、気を抜く暇がない。
満足気に支払いを済ませた30代とみられる女性2人組に、どうやってこの店を知ったのか聞くと、「私は2回目で、最初は夫から勧められて来たの。夫は、会社の人から勧められたのよ」。口コミで広がり、リピーター化し、次の客を連れてくる。ネットに高い口コミ評価が加わり、それが新たな客を呼び寄せる。一貫して広告宣伝ゼロだというのに、客が増えていくのも納得だった。
「あのイタリア人ビジネスマンは、アムステルダム出張中は、毎日食べに来る常連さんです」(石田)。麺の本場で育ったイタリア人もクセになる味。筆者が食べた限り、ビーガン料理の“サラダみたいな薄味イメージ”を完全に裏切るもので、意外な濃さがあった。甘味も酸味もしっかりある。載っている食材は、コーンとネギ以外は得体のしれないもので、無添加なのに色彩も鮮やか。「スープが勝負」とも言われるラーメンの固定観念も覆された。スープはなく、麺を、タレに混ぜた状態で出てくる。「まぜそば」に近い。
味の好みは人それぞれだが、斬新な味とスタイルであることは確かで、おいしく完食した。ベトナムのフォーのようにさっぱりした味ではないので、毎日たべるには、しつこい、と感じる濃さかもしれない。週一くらいでリピートしたくなるメニューである。
明らかに特徴あるクールな客層
店は、市内中心部ではありながら、観光客がたくさん通るような大通りではない。日本人客は週に1組来るかどうか、だという。客層は総じて若い欧州人で(30代中心とみられる)、ナイスガイ揃い、クールな印象だ。かなり共通した雰囲気が感じとられた。ただ単にラーメンを食べに来ているだけではないのだ、という意識の高さ、である。これは、この店が100%ビーガン&オーガニックを明確にうたい「ラーメンで世界と地球を救う」という大それたパブリックミッションを掲げているので、当然かもしれない。
客のなかに、環境問題に取り組むアウトドアメーカーブランド「パタゴニア」のアウターを着ている男性がいた。食に対し、単に価格やおいしさだけでなく、健康やアドボカシー(動物愛護やエコなど社会問題解決)も求める、先進的で、クールな人たち。食うや食わずのステージをクリアした、精神的にも金銭的にも余裕がある、ノブレス・オブリージュが少し入った層、なのだと思う。
それを象徴するのが、お客さんたちが決済で使用するデビットカードだった。オランダはキャッシュレス化が進んでおり、この店も「NO CASH、ONLY PIN(※デビットのこと)&Credit card」を掲げている。この日、撮影させて貰った3人の客は、いずれも「ASNバンク」か、「トリオドスバンク」のカードを持っており、誇らしげに見せてくれるのだった。
支払いで使うデビットつきバンクカード(PIN)を見せて貰った |
いずれも、地域密着で、マイクロファイナンスなどを通して社会問題の解決を目指すオランダの銀行で、ようは、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行のような位置づけ。
オランダでも決して大手ではない、ASNやトリオドスのカードを所持している率が、この店のお客さんでは、きわめて高いのだという
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店内の様子。左手前が無料のお茶&お水コーナー(セルフサービス)。
ドイツのオルタナティブコーラブランド『フリッツコーラ(fritz-kola)』と各種ビールを置く。当然、コカ・コーラは置いていない。
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読者コメント
氷河期世代は就職が狭き門だっただけではなく偽装請負が蔓延し始めた頃だった。今でも平均給料が他の世代よりも低いなど酷い目に遭っている。最近、景気が良くなり氷河期世代にも希望が生まれるかと思いきや外国人労働者の解禁だ。ゆとり世代に不運を見下されながら低収入で年金支給まで頑張る人生はハッピーでしょうか?未婚で非正規の氷河期なら海外移住も含めて人生を考え直したほうが良いのかもしれないですね。
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