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09/06 2021
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 「あらゆる行政手続きが60秒以内にスマホ内で完結する」――。2021年9月1日のデジタル庁発足に際し、30年はかかるんじゃないかという遠すぎる目標しか聞こえて来ない。そのうえ期限設定はなし。つまり、コミットメントが何もない。こうした非現実的な標語は『世界人類が平和になりますように』と同じ願望や七夕の短冊の類いで、本来、機能体(↔共同体)である行政組織として、失格だ。肝心要の具体的な評価指標=KPI(Key Performance Indicators、重要業績評価指標)が何もないのは論外なので、『10年後に食える仕事食えない仕事 AI、ロボット編』の著者として、ここで具体的な評価指標を提示しておこう。

 まず、客観的な外部評価は重要である。

OECD調査→2026年に50%超、トップ10入り
 2018年時点で日本の行政手続のオンライン利用率は7.3%で、30カ国の中で第30位、つまり最下位。これは多くの人にとって実感通りだと思う。なぜか「紙」を挟まないと気がすまない昭和の仕組みがそのまま温存されているのが日本で、「紙を郵送した瞬間にデジタルではなくなる」という当り前の事実にも気づいていない。だから「ワクチン接種券」郵送という昭和の発想が生まれる。

 私はデジタル化の本を書いている手前、マイナカードでスマホからネット予約して接種できるようになるまで、ワクチン接種を検討するつもりはない。国民の代表である国会でデジタルファースト法が成立しているので、国民としてデジタルを要求するのは当然の権利だ。国民が国会を軽視して紙を許している間は、永遠にデジタル化は進まない。そこが決定的なポイントなのに、この議論(なんでマイナカードでワクチン打てないの?マイナカードって完全な税金無駄遣いじゃない?)がメディアでもいっさい出てこない点が、日本のデジタル貧困ぶりをよく表している。

 この指標(行政手続きオンライン率)は、5年以内に50%(つまりトップ10クラス)以上に引き上げられれば成功と言い切ってよいだろう。なお、デジタル庁含む役所に自己評価させると、一部だけオンライン化してごまかす「偽デジタル化」をもってデジタル化○%と自画自賛する手口が本当に多い(※過去には国税庁が確定申告書類をネット上で作成してプリントアウトして郵送することを「オンライン化」と定義して発表し、新聞もそれを鵜呑みにして記事にしていた!→現在はマイナカードでオンライン完結できるようになった)ので、自己評価には意味がない。第三者が100%デジタルで完結して紙が発生しなくなったと認定して、はじめて「行政手続きオンライン化」と言える。

IMD調査→2032年にトップ10入り
 スイスの国際経営開発研究所(IMD)の世界デジタル競争力ランキング2020では、63カ国・地域のなかで、日本は前年から順位を4つ落とし27位だった。ソフトバンクはじめ民間の力でブロードバンド普及率は世界一といってよいほど進んだ日本だが、個人情報保護(EUのGDPR)やビッグデータ活用、API義務化など、国としてのITインフラ整備が遅れ、ようは、行政が邪魔をしているのが日本の現状。こちらは官民あげて10年以内にトップ10入りできればデジタル庁は成功と評価できる。

■具体的なKPI
 以下に、国民視点、住民視点でのマイルストーン、評価指標を列挙する。☆の数は、影響が大きい国民の人数で、優先度が高いことを意味する。すべて5年以内、2026年までに実現していればデジタル庁は100点満点、しっかり期待どおりの仕事をした、と胸を張ってよい。これをどれだけ超えられるか、だ。

①引越し手続きのオンライン完結☆☆☆☆☆
・転出&転入届をマイナカードでオンライン完結する
・引越しに伴う電気・水道・ガス・光回線の4大手続きをオンライン完結する

 転出届はオンライン化している自治体も多いが、転入届は出頭を求められ、感染リスクを負って1日つぶされる。日々、全国津々浦々で、だ。その1日があれば生産的な仕事ができるわけで、どれだけ日本のGDPを減らしていることか。全員が一切、役所になど行きたくないわけだが、強制。犯罪の容疑もないのに、なぜこの21世紀に身柄を拘束されねばならないのか。アナログハラスメントである。同じことはZOOMで代替できるし録画も可能だ。今すぐやれ。何がデジタルファーストだ、と言いたい。

 これらは自治体の総合サイトからワンストップで転出自治体と転入自治体を選択し、APIでつながっている業者を選択することで終了。その際、料金引落が「銀行口座振替しかできません、ハンコ押して紙を郵送しろ」では昭和のアナログ社会のままだから、これを法律で禁止して、ネット上で完結するクレカ決済手続きやネット上で完結するネットバンクの口座振替手続きを義務化するのが、政府の仕事だ。

 ガスの開栓立ち会い義務(これもアナログ手続きの一種)は規制を緩めて、設置から10年未満なら不要とすべきだ。技術の進歩で、事故リスクはほとんどなくなった。光回線の工事立ち会いは致し方ないが、そもそもEV用コンセント設置と同じ扱いで、必須インフラなのだから、新築住宅に光回線設置するなら8割補助、くらいでよい。本気でデジタル化を進めるとは、そういうことだ。

②医療手続き全般のマイナカード一元化☆☆☆☆
・マイナカードが診察券になる
・マイナカードが処方箋になる
・あらゆる紙(診療報酬明細、領収書、薬の取説類)がガバメントサーバーに蓄積されマイナポータルから常時スマホやPCで閲覧可
・薬の処方歴、各種検査歴とその検査結果が、ガバメントサーバーに蓄積されマイナポータルから常時スマホやPCで閲覧可
・過去の検査結果を、患者がマイナカード認証で許可することで、別病院の医師でも瞬時に閲覧&共有できる

 ようは、病院クリニックや薬局では、マイナカード1枚(またはスマホアプリ格納)ですべて完結しなければいけない。健康診断や人間ドックの結果も、CTやMRIなど全ての検査結果を含め、すべてガバメントサーバーに蓄積され、マイナポータルから常時、アクセスできなければいけない。これらは5年もあれば絶対にできる。病院には読み取り端末導入など、補助金をつけて義務化すればよい。デジタル庁と首相のやる気次第だ。

 健康保険証をマイナカードと統合する計画(2021年3月~)が、すでに半年以上遅れており、国民に迷惑をかけている。私は、いちいちクリニックに説明し、「これは厚労省がマイナカードは保険証になると虚偽の説明で国民を騙したもので、私には100%責任がないから、必要なら自治体に電話して有効性を確認してくれ」と言ってマイナカードを使っている。納税者として本当に許しがたい。民間ならこのようなプロジェクト遅延は損害賠償モノだが、責任者がクビになったとか降格になったという話は聞かない。この超無責任体制だから、何も進まない。まず石倉洋子デジタル監は、責任を明確化して必要な処分をせよ。すべてはそこからだ。

③税、健康保険料、年金保険料のペーパーレス化☆☆☆
 以下のアナログなお知らせと支払いをデジタル化しペーパーレス化する。
・住民税(6月通知郵送、翌1月領収書郵送)
・健康保険料(3月保険証郵送、6月通知、翌1月領収書郵送)
・年金保険料(4月年金額通知郵送、誕生月に定期便郵送、11月に控除証明書郵送)
・自動車税(5月に郵送)

 これは法改正が必要。「ESGやSDGsの観点から紙の印刷(木を切り倒す)と人間による配達(化石燃料放出)を停止せよ」と自治体に毎回電話するのだが、「通知してから納めて貰うという法律になっているから郵送を停められません」と言われる。自動引落にしてるし、通知などゴミ箱直行だから不要なのに、止められない。これが、「やめられない止まらない」日本のかっぱえびせん行政の実態である。反エコ、反社会だ。

 この、デジタル化すれば不要で、国民がやめろと要求している「反エコ」な活動を、全国民に対して、全国津々浦々で強制的にやっている。年10通×1億人として年10億通の浪費だ。SGDs的に、これは持続可能な社会とは言えない。地球市民としても許しがたいし、泣く泣く開封することもなくゴミ箱に捨てる私の身にもなってほしい。一切、使い道がないアナログの紙(つまりゴミ)を送りつけるな、と言いたい。完璧に払うべきものを払っていて、何の不都合があるというのだ。

 こうしたアナログコミュニケーションは、全てデジタル化でマイナンバー&マイナポータルに代替できる。税金の莫大な無駄遣いを即刻、停止すべきだ。督促状だけ紙で送ればよい。善良な市民にゴミを送る行為は、アナログハラスメントの最たるものだ。(※年金についてのみ、ちゃんと自動引落しで支払ってさえいれば通知物「全停止」が可能だが、まだマイナポータル【スマホ版】から支払い履歴の確認すらできない)

④パスポート取得のデジタル化☆☆
・申請を完全オンライン化し、収入印紙はデジタル化でネット支払い
・写真はスマホやPCからネット登録
・住民票や戸籍謄本など紙の証拠提出を廃止、マイナカードのオンライン認証に
・現状2回の不要な出頭を、受取時の1回だけにする

⑤運転免許証とマイナカード(またはスマホアプリ格納型)一体化☆
・マイナカードが物理的な免許証の代わりになる
・警察や行政が端末を持ち歩き、確認する

 5年に一度くらいは物理的に講習を受けて危険性や道路交通法の改正点などを認識する必要性はあると思われ、結局、1日が潰れる。優先度は上記4つに比べると、そう高くはない。むしろ、対象人数は一気に減るが、予防接種や保育園手続きをはじめ頻繁に行政とのやり取りが発生する子育て世帯向けサービスのほうのデジタル化を優先すべきだろう。

(別途、法務局の登記など、紙をホッチキスしてハンコ押して7万9千円の収入印紙を買って貼って…と、とんでもないアナログハラスメントが昭和のまま一切進歩しておらず仕事を妨害され日本のGDPを減らしているのだが、そちらは事業者向けなので、またの機会にする)

 以上すべてに共通する根本的な問題として、行政側が「プッシュ」方式でデジタル手段によって国民にお知らせができない、というボトルネックが存在する。EUの個人情報保護規制(GDPR:EU一般データ保護規則)に該当する法律がないため、行政側が個人情報を扱うことができず、この時代にEメールは全面禁止。銀行もこれに準じている。その結果、なぜかFAXならギリギリOKみたいな、昭和の行政のままになっている。政治家があまりに仕事をしなさすぎる。

■ドイツ
 たとえばドイツは、連邦制なので、州の保健介護省(日本でいうなら、関東甲信越州の厚労省)が住民のEメール情報を保有しており(希望者が登録する仕組み)、「ワクチン打てますよ」という連絡がメールで来て、そこからスマホで予約できる。アクセスすると既に個人別の画面が作成されていて、余計な入力作業は不要だという。これが先進国の住民サービスだ。もちろん全員がメール使いではないので、紙も来るが、紙は見なくても問題なくサービスは受けられる。
 なお、最初に住民登録する際にEメールや携帯電話番号を役所で登録する。後に手紙が来て、そこに電子登録のPINコード(コインで削るとコードが見える)があり、そのPINで自分のスマホやPCからアクセスして認証すると、個人情報を確認・登録できる。役所手続きの予約はEメールを使って普通にやりとりするという。日本と異なり、行政側がEメールアドレスもケータイ番号も保有している。

■オランダ
 オランダは、ほぼ全員が持つ「DigiD」というデジタルID(住民登録すると貰えるBSNナンバーにデジタルサービスのDigiDが紐付いている)に、電話番号とEメールアドレスを紐付けられるので、希望者にはお知らせが、SMSやEメールで、スマホやPCに届く。お知らせをメール等で受け取りたい場合は、DigiDのページで設定すればよい。
 たとえば税金関係のお知らせもEメールで届くよう設定でき、DigiDでログインするとPDFで内容が見れる(同じものが紙でも届く)。ワクチンはID(BSN)保有者ならオンラインでも電話でも予約できる。つまり日本のようなアナログ「接種券」絶対主義ではない。

■イギリス
 イギリスは、国営医療サービスNHSが、国民の携帯電話番号ほか個人情報を保有しており、SMSで「ワクチン打ちませんか」という連絡が来て、そのままスマホで予約して打てる。紙は不要。これは日本のTV番組でもずいぶん実例が報道されていたので記憶にある人も多いだろう。日本の数百分の1の時間とコストで同じサービスが提供されている。これが、労働生産性や1人あたりGDP、年間平均賃金の違い(日本はイタリアとG7最下位を争う位置)の根本にある。

 日本のアナログ行政ぶり、いわゆる「デジタル敗戦」は、経済先進国のなかで、突出している。「経済1流、政治3流」と長らく言われてきた所以だ。その根本は、このデジタル連絡手段がいっさい存在せず、紙を住民票の住所に送るだけ、という昭和のままストップした行政にある。まずはここをクリアし、「行政からの連絡はデジタルファースト、アナログセカンド」を徹底しなければいけない。既に「デジタルファースト法案」は国会で成立済みで、あとはやるかやらないか、デジタル庁と首相の「やる気」「リーダーシップ」の問題である。

 この、エコな生活をしたいという基本的な人権を侵害し、すべてにおいて紙がないとワクチンも打てない、納税すらできない(例えば自動車税の支払い)という行政手続きのアナログ放置は、明確に「アナログ・ハラスメント」だと感じている。基本法として、アナログハラスメント禁止法を制定して貰いたいくらいだ。

 定期的に、この進捗はチェックしていく。皆さんも、自分の時間を奪われていることに気づき、「自分ごと」として関心を持っていただきたい。明確に答えが存在する問題であり、改革が進めば全員がハッピーになる話なのだから。

 
19:18 09/06 2021 | 固定リンク | コメント(3) | アクセス数(659)


05/14 2021
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「鬼滅の刃 無限列車編」ポスター
 後半は、なかなか泣ける場面もあって、心に残るものもあり、久しぶりに観てよかったと思える映画だった。偶然、通りがかって、上映開始1分前で、前後左右すべて5席以上空けて座れることを確認できたので、観てしまった次第。観客は20人くらいだった。

 前半は普通の「荒唐無稽なチャンバラ劇」で、普通の少年ジャンプな世界。鬼だからって理屈抜き、何でもアリで、あげく鬼が列車と一体化までしてしまうのはどうかと思った。舞台が列車のなかで完結するとあって、夢と回想で補うも、場面転換が豊かなジブリ(千と千尋、もののけ姫)に比べ、退屈だ。まだ若い吾峠呼世晴さんは、これからいくらでも伸びしろがありそうで楽しみである。

 僕はジャンプ全盛期ど真ん中世代だから、キン肉マンやドラゴンボールなど、全編を通して戦闘シーンが大半を占めるやつは随分読んでいて、それがどう形を変え、技が変わろうが(キン肉バスターが「○○の呼吸○○の型」になろうが)、どうせ最後に正義と友情が勝つんだろ、現実世界は全然違うから困るんだよ、まだ将来と夢のある少年だからって単純すぎだろ、さっさと敵を片付けろよ…って感じで、もはや響かない。

 響いたのは、Ufotableとアニプレックスによる、絵と音のド迫力(Dolbyシネマだった)のほうで、こちらはなかなかの出来だ。まだ後方や上から音が来るほどでもないし、3Dでもなく、客席の真上をキャラが動いていくこともなかったので(インドで見た活劇は完全にこのタイプだった)、映画館に足を運んで観る付加価値については、もっと追求してほしい。3Dメガネで技術的に可能なはずだ。

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偉大な母としての煉獄瑠火(煉獄杏寿郎の母)
■偉大な母、強く生まれた者の責務
 というわけで、肝心の、裏に流れているストーリーである。鬼のほうの出自や、鬼になった背景になにか抜き差しならない深い事情でもあるのだろう(社会部記者目線)と期待していたが、前半の下弦の鬼「魘夢」、そしてなぜか唐突に説明もなく現れた上弦の鬼「猗窩座」についても、過去が語られることはなかった。ただの悪い鬼として描かれていた。これは残念である。

 後半に入って、その「猗窩座」と、本作主人公の「煉獄杏寿郎」の戦い、その煉獄側の背景ストーリーが、一番の見どころとなっていく。戦いのなかで、回想シーンが繰り返され、どんどん引き込まれていくのだ。

 母親(煉獄瑠火)は、強い力を持って生まれた杏寿郎にノブレス・オブリージュ(持てる者の義務=特権には責任が伴う、身分や地位の高い人はそれにふさわしい品位を保ち、犠牲的精神を発揮して社会的義務を果たさなければいけない)を説く。

 「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です」

 そして杏寿郎は、列車の乗客全員を守り抜き、猗窩座と戦って、鬼にならないかという誘いも、「老いることも死ぬことも人間という儚い生き物の美しさだ」ときっぱり断り、「俺は俺の責務を全うする!! ここにいる者は誰も死なせない!!」「心を燃やせ」と自分を奮い立たせて戦う。

 回想シーンでは「強く優しい子の母になれて幸せでした」という死に別れた母に対し、「母上 俺の方こそ 貴女のような人に生んでもらえて光栄だった」。そして、鬼と相討ちのような形で死んでいく。このあたりの母と子の描き方は、女性作家(文春によると吾峠氏は30代前半の女性)ならではだな、と感じた。男性作家だとマザコンぽくてちょっと気持ち悪いから、なかなかここまでのセリフは描き切れないだろう。

 杏寿郎は、自我が独立していないのでは、というくらい母親に心酔する、永遠の少年のようでもある。「グレートマザー(太母)」も「永遠の少年」も、ユングが提唱した元型の一つで、人類共通の集合的無意識の中に遺伝的に存在するものと考えられるから、必然的に、多くの人の琴線にヒットする。子を持つ母親が、いわば思い通りの理想的な子として育った煉獄さんにハマって何度も映画館に足を運ぶのも、まあわかるところである。

■自己犠牲映画の金字塔に
 主人公が死ぬ設定の大ヒット映画は、意外にレアだ。これは、自殺や自己犠牲を美化してはならないという政治的配慮もあるのでは、と思っている。「タイタニック」は確かにそうだが、あれは誰かを助けるために自己犠牲の英雄的行動をとった結果ではなく、たまたまジャック(ディカプリオ)が凍死し、ローズが生き残っただけである。

 「アルマゲドン」は主人公(ブルース・ウィルス)が起爆ボタンを押して自爆することで人類を救う物語であるが、鬼殺隊のような使命を負って訓練してきたわけではなく、たまたま有事に際してNASAから任命されただけだ。

 その点、自己犠牲といえば、日本国が人類史に打ち立てた負の金字塔ともいえる、神風特別攻撃隊がある。私が読んだ小説で、今回の「鬼滅の刃」と似たような場面として真っ先に思い出したのが、カミカゼアタックをテーマとした「永遠のゼロ」であった(映画は歴代18位87億円、書籍は500万部超)。筆者は「涙を流しながら書いた」と記している。

 主人公のゼロ戦乗りの名手で教官でもあった宮部は、20歳前後の若者をたくさん人間爆弾に仕立てて殺してしまった悔恨の念から、実質的にハラキリのごとく、特攻に出て、散っていく。それは、同じく特攻隊で、まだ学生だった賢一郎を助けるための死でもあり、葛藤につぐ葛藤があった。特攻隊自体が命を捨てて国を救うというタテマエだが、1人の仲間を救うための犠牲的行動でもあった。

 出発直前に宮部から機体の交換を頼まれ、賢一郎は宮部が搭乗するはずだった機体に乗り込む。しかし、その機体はエンジントラブルにより海上に不時着し、賢一郎は九死に一生を得た。それは偶然ではなく、宮部はエンジンの故障に気づいた上で、あえて賢一郎と機体を交換していたのだった。(同書あらすじ)

 「強く生まれた自らに課された責務」を全うするために鬼の攻撃を食い止め死んでいく杏寿郎の姿も、涙なくして観られない。男はそもそも戦隊ヒーローモノが大好きだ。「どうせ子ども向けだろうと馬鹿にして子どもと観に行ったが、自分も泣いた」というオヤジは多い。自己犠牲の英雄的行動は、いわずもがなで人間の琴線に触れる。

 ジャンプを読む子どもたち、そして母親と父親の心をも、わしづかみしたわけだ。いわば、「鬼滅の刃 グレートマザーとノブレスオブリージュ編」というのが、この映画の実態を表している。

■日本で大ヒットの背景
 ジャッキーチェンの香港映画やインドのボリウッド映画、そして特に米国のハリウッド映画は、単純な善悪二元論が大好きで、スカッと非日常を体験させるため、最後に正義は完勝しなければいけない。悩みや葛藤は不要だ。だから主人公は死なない。鬼滅の刃が、それら海外の国々でどのように受け止められるのか、日本並みに大ヒットするのか、注目である。

 というのも、大ヒットした日本には、特殊な事情があるからだ。コロナ禍で閉塞感が充満した世情、ノブレスオブリージュのかけらもない私利私欲・無策無能な為政者たち。国民に自粛を求めつつ、自分だけは夜中まで宴会を楽しむ厚労省老健局の役人たち。世界最低レベルの接種率なのに、自分だけは割り込んでワクチンを打つ首長やスギ薬局創業者夫妻。「隗より始めよ」と政治家にエラそうな口をききながら、自分だけは大人数の資金パーティーに出席して自民党との癒着を強める中川医師会会長。リーダー層ほど、クズばかりだ。

 そんな腐ったリーダーばかりのデタラメな日本社会で、国民のもやもやしまくった荒んだ心を、スカっとさせてくれ、ノブレスオブリージュの大切さを説き、心を洗ってくれたのが、この映画だった。つまり、タイミングも抜群だった。ジグソーパズルの未完のピースにガチっとハマった結果が、歴代最高の興行収入(約400億円)につながったのだと思う。

 「永遠のゼロ」に続いて、訓練された主人公が自己犠牲を払って強敵に立ち向かい仲間を救うヒーロー映画が、またもや日本で大ヒットした、これは滅私奉公なカミカゼジャパンの国民性によるものだ――とならないよう、全世界での大ヒットを願いたいところである。

「おくりびと」のジャーナリズム

 
01:12 05/17 2021 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(2327)


03/14 2021
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ハンブルクのホテルで夕食(2019年8月、ドイツの大手スーパー『REWE』で購入)
 日本の外食店はB級グルメから超A級まで含め世界一の水準だと思うが、その裏返しともいうべきか、小売の生鮮スーパーについては、魚貝コーナーを除き、欧州に完敗しているのが現状。品質、価格とも、だ。

 「低品質のものはそこそこ安く売られているが、鮮度のよい高品質なものは存在しないか、少しだけあっても無駄に高い」という状況。おいしくて安いものは外で食えるのだから、自宅では我慢しろ…とでもいうのだろうか。

 その象徴が、どの国のスーパーにもある「冷蔵ジュースコーナー」である。右記は2年前にドイツを訪れた際に大手スーパーで買ったものだが、ストレートのスムージージュースは日本にほぼ存在しないため、嬉しくなって、ついつい買いすぎてしまう。日本とほぼ同じ規模の経済(GDPは日本3位、ドイツ4位)をもつドイツでは当たり前のように30~50種類くらい置いてあるものが、日本では1種類あるかないかで、まず入手困難だからだ(しかも価格は約1.5~2倍)。

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オランダの最大手スーパー『アルバートハイン』の冷蔵ジュースコーナー(2021年3月、現地在住日本人に撮影してもらった)。左の棚の下3列、右の棚の下1列だけ濃縮還元モノ。14分の10がストレート品で、その過半がPBとなっている。
 隣のオランダでも同じ。日本の『まいばすけっと』くらいそこら中にある最大手のスーパー『アルバートハイン』では、左記写真のとおり、ストレートのジュース&スムージーが、60種類(!)ほども並べられている。ぜひ数えてみてほしい。

 日本の一般的なスーパーやコンビニでは、ほぼゼロか、あっても1~2種類。《「最高の商品」を選りすぐったスーパーマーケット》をうたう紀ノ国屋でも5種類ほどで、それもほとんどが常温保存可の、低クオリティー商品ばかりだ。

 この差は、おかしくないだろうか?みんな何とも思わないのか?よくここまで差をつけられて平気だなぁ、業界の人たちは悔しくないのだろうか、いったい何やってんだろう、メーカーもスーパーも真面目にプロの仕事をしろよ――と米欧に行くたびに思っていた。

 同じ人類が飲むジュースで、ここまでのクオリティーの違いは、もはや生活に支障が出るレベルだ。ただ、健康でおいしい新鮮なジュースを飲みたいだけなのに。いったいなぜ、こんなに差がついてしまったのか?ぜひ業界の人に聞いてみたい――ということで、今回、2019年夏に英国イノセント社がついに日本に参入してきてくれたので、取材させてもらった。

1.欧州から参入のナチュラルジュース『イノセント』、販売目標の3分の1に
2.『イノセント』セールスヘッドに聞く日本市場参入
3.「今の濃縮還元ばかりのジュース売り場は、30年前の欧州と同じ」
4.「フルーツ健康神話」を作れるか

 イノセントはなかなか苦戦している。価格に無理があるのが最大の原因で、欧州と同じものを5割増しで貧乏な日本人に売りつけるのは難しい。しかも、その原因は、私の分析では、原材料をすべて欧州から輸送して静岡県でブレンドして瓶詰めするサプライチェーンのコスト高にある。たとえばマンゴージュースは、インド産のマンゴーをオランダに輸送してそこからまた静岡県まで輸送して、小売店に並んで売り切るまで、全過程がすべてコスト高の「冷蔵」輸送という、エネルギー浪費し放題。「おいしくて、いいこと」をキャッチフレーズにしている割に、地球にいいことをしていないのは明らかである。

 本来は地産地消とすべきで、無駄な輸送コストを価格に上乗せしたところで誰もハッピーにならないのだ。しかし日本国内からは、残念ながら米Nakedや英inncosent等のスムージーベンチャーが誕生しなかったので、外圧に期待するしかないのが現状だ。既存の飲料メーカーは、自社がやってきた濃縮還元ビジネスの否定にもつながるため、ストレートジュース市場には正面から参入できない。

 結果、カゴメや伊藤園が自分らの土俵に無理やり持ち込み、濃縮還元の低クオリティーミックスジュースを「スムージー」と勝手に定義して、米欧の「Smoothie」(ストレートが大前提)とは全く別物の売り場を作り、ジュースのクオリティー向上を止めてしまった。その多くは高温殺菌によって常温保存まで可能となり、もはや日本のスムージーは新鮮な飲み物では全くない。ただの工業製品だ。

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本来は低品質の証である「濃縮還元」を、濃くておいしい根拠であるかのように、太字でアピールするくらいおかしくなっている日本。ただ、このジュースは還元度合いが低いようで、本当に濃くておいしいため個人的には毎回、買っている。ストレートのホンモノジュースが1本も置いていないため。
 まずは基本として、おいしいジュースは、「チルド(冷蔵)」で「濃縮還元ではない(ストレート)」という2つの条件を満たすのだ、ということを理解する必要がある。一度に2つは難しそうなので、まずは濃縮還元についての知識を普及させるのが第一だろう。

 世の中には、感覚が麻痺していておかしいと思わなくなっていることが多々ある(自衛隊の合憲など)。「果汁100%濃縮還元」という表示もその1つで、これは合法とされているが、実はぜんぜん100%ではない。果汁から汁を飛ばして7分の1、8分の1に濃縮した「カルピスの原液みたいなドロドロの物体」を、果汁とは縁もゆかりもない別のところからやってきた水分で7~8倍に薄めて戻しているのに、なぜか「果汁100%」表記が許されている。

 おおもとで1つずれ始めると、どんどんおかしな方向に狂っていく。濃縮還元は、高温で水分を飛ばす過程でビタミンCをはじめとする栄養素が破壊され、そこに大量の水を入れて戻すため、味も栄養もスカスカで不味い。多くの場合、人工的な香料や甘味料、ビタミン等を添加物として追加するため、健康によくないうえ、もはや自然の味がしない。とにかくまずい。

 だが、どこにも説明書きがないので、逆に「栄養も味も濃縮されていておいしいのでは」という勘違いが生まれやすい。そこを逆手にとった商品まで散見される。

 JA福岡の『濃くておいしい日本のみかん』(右記)は「濃縮還元」をまるでよいことのように太字で大きく表示してウリにしている。無知な消費者に付け込む戦術だろう。

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「濃縮還元ではない」シールでアピール(Shine&Shine公式アカウントより)。現在はやめてしまって残念。
 対抗する「正直な勢力」は、正しい知識を提供する努力を一部で始めてはいるが、散発的で弱い。イノセントがセブンから7割がた撤去されてしまった現在、日本で一番身近なところ、すなわちコンビニでストレートスムージーを提供できているのは、ファミマの棚にまあまあな確率で置かれている香港産『シャイン&シャイン』、そしてスーパーでたまに見かける豪州産『ワオ・コールドプレス』、そして老舗のキリンビバ『トロピカーナピュアプレミアム』だけになった。コンビニではローソンが一番ダメで、ストレートジュースを見かけたことがない。経営する三菱商事の国際感覚の欠如ぶりがよくわかる。

 このシャイン&シャインには、一時期、「濃縮還元ではない」シールがついていた(左記)。これを各社が一斉にやれば、少しは「ああ、それはいいことだから売り文句になっているんだな」ということが伝わるはずで、ワオもイノセントも、ずっと継続的に周知徹底すればよいと思うのだ。

 なぜなら、濃縮還元か否かは、ミックスジュースになると表示義務がなくなり、消費者は、自ら知る手段を完全に奪われてしまうからだ。ストレート果汁をミックスしたのか、濃縮還元果汁をミックスしたのか、ラベルからは判別不能なのである。これは消費者庁の仕事だが、表示義務を課してもらいたい。

 現状では、海外産の、濃縮還元の野菜汁や果物汁を混ぜて高温殺菌して栄養ぶっ飛ばして常温保存可にして添加物で味付けしてスムージーでございます、お安いですよ――という偽物商法がまかり通ってしまっている。米欧基準では、お笑いでしかないガラパゴスぶりだ。消費者の利益に全くならない。

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「Never from Concentrate」。まず日本で必要なのは、これ。
 たとえば、2017年に米国のスーパーで買ったトロピカーナには「Never From Concentrate」と明記してあった。絶対に濃縮還元じゃない、そんなわけないだろバカにしてるのか――くらいの勢いである。そのくらい、濃縮還元というのは低品質の証なのだ。

 ただ、トロピカーナ社は濃縮還元モノの大手でもあるため、このように、文字が少々小さく、控え目にアピールするにとどめているわけだ。ワオとイノセントとシャイン&シャインに、その利害相反やしがらみはない。徹底して、やるべきである。

 もう1つの「要冷蔵保存」品のほうは、少々わかりにくい。日本のスーパーやコンビニでは、常温保存可の低クオリティー商品が、「すぐにおいしく飲めるように冷やしてあります」という理由から、冷蔵コーナーに、要冷蔵保存品とごちゃまぜになって置かれていることが多いからだ。

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おいしいジュースの見分け方。ポイントは「濃縮還元」と「冷蔵」。ただし複数原料のミックスジュースは濃縮還元か否かの記載義務がなく、メーカーに聞かないとわからない。真面目によいものを作るメーカーが損をする日本の消費者行政。イノセントは「非濃縮還元」を宣言している。カゴメや伊藤園の野菜ジュースはぜんぶ濃縮還元。
 1品ずつ、ラベル表示で「要冷蔵保存」品かをチェックし、かつ、賞味期限の長さをウェブサイトでチェックするしかない。もちろん賞味期限が長いほど、高温殺菌で栄養価も風味も壊してしまっているため、ダメだ。

 生鮮食品が3か月も持つわけがない。冷蔵したって、イチゴは3か月たてば腐る。せいぜい60日くらいまでだろう。『shine &shine』は賞味期限45日と短く、鮮度がよくて優秀だ。実際、おいしい。イノセントは当初より伸ばして60日だが、十分おいしい。

 左記一覧表に図でまとめてあるので、これをみなさんで共有して、豊かなジュースライフの選択に活かしてもらいたい。

メーカーに期待したいのは、以下3点。
①価格を欧州並みに3~4割下げる(サプライチェーン投資)
②濃縮還元ではない価値を伝える
③冷蔵保存品かつ賞味期限が短いことの価値を伝える

 
21:38 03/14 2021 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(1113)


03/09 2020
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初のA5版に。ひとまわり大きい。
 新刊が発売となり、大手書店からやっと並び始めたなと思ったら、さっそく重版の連絡があった。本書はタイトルの通り、「AIロボット化が不可避的に進む10年後以降の日本で、人間が価値を発揮する仕事とはどのようなもので、何が機械に置き換わるのか?」という問いに、正面から超具体的に職種名を挙げつつ、答えを示したものだ。「機械と人間の二極論」ではなく、両者のハイブリッドたる《デジタルケンタウロス》の領域にこそ伸びしろがあることを示している。キャリア教育的に10代にも読んでもらいたいので、高3生で理解できる書き方をしている。

 具体的には、僕が高3や浪人生だった頃は、大前研一や落合信彦の本ばかり売れていたのだが、大前本はビジネスや経済の前提知識が必要で10代にはよくわからないが、落合本はけっこう入ってきたので、あのタッチを参考にしている。伝わらなければ意味がないからだ。語句の脚注もしつこく入れた。

 発売日は、コロナショックでNYダウが前日終値比1190.95ドル(4.4%)安と過去最大の下げ幅を記録し、リーマンショック以来の世界同時株安となった2月28日。経済が不安定になると、職の未来についてじっくり考える必要が生じる。バブル期以来の売り手市場というぬるま湯はいつまでも続かない。その点では、編集者が勝手につけた「3人に1人が~」という帯文句は、まあよかったのではないかと思う。

 実際には、頭数ではなく「業務量の33.9%」というのが私の試算で、それも「現状のままの仕事内容ならば」という話。増える分は考慮せず、生まれる仕事については別途、詳しく解説した。10年前と同じ仕事のやり方をしている人など、実際にはそういない。AI監査が進めば、会計士の仕事は、非効率でアナログなサンプリング調査とはガラっと変わる。通販が進んで販売店員がいらなくなったら、店舗の販売員業務は減り、倉庫業務や配達業務が増えるわけである。

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見開きだと見ずらいため、ペラペラの一枚を入れた
 このテクノロジー進化でどう仕事内容が変わるのか、というテーマに取り組み始めたのがいつだったかというと、オズボーン論文(雇用の未来)や「機械との競争」が話題となり、出版局長だった山崎さんとNPの佐々木さんから偶然同時に「10年後~の続編としてやらないか」と提案され、やる気になったのが2015年の春だった。形になるまで5年かかったことになる。編集は水野さん&高橋さんに引き継いで担当してもらった。

 ITやAI、ブロックチェーン、そして機械化全般が含まれるため、範囲が広すぎ、未知の分野もあるので簡単にはできないが、コンサル時代の内容にも被る専門分野だけに、いずれ取り組まねばならないテーマだった。じっくり腰を据えてやるか――と、やや重い気持ちで決意したのだった。

 当時、大企業社員ばかり取材していて、まだカバーできていない職種(資格系の士業など)が多かったので、「取材を終え次第書く」ということにしたが、ここまでかかるとは思わなかった。電通過労死事件ナガセ名誉棄損訴訟など、優先的に取り組まざるをえない問題がいくつか発生したことも大きかったが、予想以上に取材先が見つからず、取材に時間がかかったのが大きい。取材不足で本を書くわけにはもちろんいかないのである。

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ごちゃごちゃしているよりは…
 B6版より一回り大きいA5版のサイズとすることを了承したのは、かさばるデメリットよりも、図表やマトリクス図、イラストを多用することから、見やすいメリットを優先したからだ。それが、紙ならではの価値でもある。

 僕は、ソリューションとなりうるオリジナルのフレームワーク提示こそが、この種の本の付加価値だと思っている。よって、その特徴が一目でわかるよう、表紙にも図を入れて貰った(当初は文字だけだった)。加納徳博さんのイラストも、個性的で気に入っている。

 デザインは、編集者いわく脱昭和・脱平成を目指したとのことで、令和的に仕上がったと思う。これは前作装丁と比べると、紙質も含め、明らかな違いがわかる。社内デザイナーさんや編集者さんはじめ、関係者のみなさんお疲れさまでした。

「機械と人間」は、人類にとって永遠の本質的テーマであるため、カバー(表紙)はいろいろ模索したが、奇をてらったものにするよりも、落ち着いたもので、教科書的でいい、と思った。満足度の高い出来である。オーセンティックに、長く読まれる本になればいいと思っている。ぜひ書店で手に取ってみていただきたい。

 
20:39 03/09 2020 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(20506)


09/16 2019
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シュツットガルト中央駅のてっぺんにはダイムラー社のシンボルマークが回る。ベンツの城下町。
 ドイツ23泊、オランダ6泊、機中1泊の、計30泊31日の長旅で、今年の8月は丸々、欧州にいた。EU盟主にしてGDP世界4位の超重要国でありながら、私はこれまで一度もドイツに足を踏み入れたことがなかったので、この機会に時間をかけて周ろう、と考えた次第である。都市はデュッセルドルフ、ハンブルク、ベルリン、ライプツィヒ、ミュンヘン、シュツットガルト、フランクフルト。去年も訪れたオランダはアムステルダムのみだ。

 ドイツ・オランダの夏は昼間が長く、21時過ぎまで外が明るいうえに気温20~30度と快適で、街歩きに最適な季節。冬は逆に、昼間が短くなる。ベルリンの緯度(北緯52)は、北海道のはるか北、樺太北部と同じ。東京の夏は、都心でもセミが鳴きわめき、様々な昆虫が飛び交うが、ドイツ・オランダ(大陸北部)の夏は実に静かで、公園はたくさんあって小動物(アヒルやウサギ)はいても、雑多な生き物の力強い息吹は感じさせない。

 すべてが人工的。日本の豊かな自然――山があり海があり均等に四季が訪れ多様な生き物がひしめき合って暮らす土地――を、異国に来てはじめて理解した。

◇記事一覧
ルポ:信用経済の現場――ドイツの信用乗車方式、オランダの信用レジ

続・戦争展示の意義

ドイツの脱力系鉄道会社・ドイチェバーン(DB)から見える“働き方改革”の論点

「労働生産性が高くて当然」なサービス砂漠大国ドイツの国内産業

■(掲載後更新)

◇移民&クオリティー国家のドイツ
 ドイツはGDP世界4位の大国で、3位の日本とは「第二グループ」のトップを争う位置にいる(インドに抜かれる見通し)。もちろん、米中の2か国がケタ違いで抜きん出ている。2018年の一人当たり名目GDPは、日本は26位(3万9千ドル)、ドイツ18位(4万8千ドル)。ようは、人口が日本の三分の二にあたる8200万人ながら、日本よりも国民一人あたり年100万円ほど多くの付加価値を生み出す、“クオリティー国家”である。ほぼ同等の経済力を持つ国どうし、日本と比較しながら旅をするのに最適な国といえる。

 ともに自動車を主要産業とする日独であるが、最大の違いは移民比率で、日本が人口の2%なのに対し、ドイツは一世と二世だけで25%もいる。2018年、ドイツ全人口のうち「移民の背景を持つ人々」の比率は初めて4分の1を超え、25.5%となり、前年から2.5%増で、2050万人だという。うち約1350万人はドイツの外で生まれ、本人自身がドイツにやってきた人々。残りが、少なくとも片親が非ドイツ国籍者だった人々(二世)。かなり明確に判別できる、いわゆる「移民二世」までだけで25%超いるわけだから、三世以上を含めたら、もう米国並の移民国家に近づきつつあるわけだ。

 ドイツは「移民社会」だが、肌の色や見た目(ターバンやヒジャブを巻くなど宗教的背景)ですぐに判別できるのは、アフリカ系やインド系、中東系、アジア系、トルコ系くらいで、東欧やロシアなどの白人系になると、もはや区別がつかない(欧州人から見たら、日本・韓国・中国が同じに見えるのと同じだろう)。東欧出身者と西欧出身者を見分けるのは難しく、「欧州白人系」としか言いようがない。私が見た限り、この欧州白人系が、都市中心部で7割弱、田舎にいくと8割超、という印象だった。

 前出記事の連邦統計局データによれば、移民としてドイツにいる理由は、48%が家族由来、つまり本人の意志ではなく、親(家族)がドイツに来た“巻き添え”含みでドイツ生活を送っているケースだ。意志を持ってドイツにやってきた理由のほうは、①就職(19%)、②亡命(15%)、③研究(5%)、とのこと。当然ながら、仕事を求めて、豊かなドイツにやってくるわけである。

◇ガーデンのある生活
 今回、そんな“欧州白人系移民”の生活の一端を垣間見ることができた。

「ドイツの中流以上の家庭では、ガーデンを持っている家が多いんです。ラズベリー狩りのシーズンなので来ませんか」。現地でお世話になった大学の後輩Nさん(ドイツ人女性と事実婚でシュツットガルト郊外に住む)夫婦が、実家の家庭菜園に招いてくれた。僕は生きた経済や現地の生活に関心があるため、過去の遺物が詰まった博物館や美術館よりも、こうした現場がありがたい。

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シュッツットガルト近郊のベッドタウン(グーグルマップより)。
鉄道駅を中心に住宅地が広がり、その外縁から畑地帯が明確に線引きされて広がる。
図の左下(南西)にポルシェ博物館があり、図の外になるが、右下(南東)5キロほどにメルセデスベンツ博物館がある。
このシュツットガルト一帯にはボッシュの工場も群生し、自動車産業地帯となっている。日本でいう名古屋・三河地区だ。
 家庭菜園の場所は、シュツットガルト中央駅から15分ほどのベッドタウンにあり、駅からゆっくり15分ほど歩くと、眼の前に一面の広大な畑が出現する。その臨界線沿いの一角が区切られ、個別に安価な賃料で貸し出されているという。

 100平米はあるだろうか。すべてに手入れをするのは大変そうな広さだった。ゆうに10種類以上が栽培されている。無農薬の新鮮な野菜が収穫された。獲れたてのラズベリーが旨い。一角に机と椅子が置かれ、テラスでバーベキューができるようになっている。

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ガーデンにて
 都市設計がうまくできてるな、と感心した。航空写真を見れば一目瞭然だが、駅周辺はマンション地帯になっていて庭はないが、通勤・通学・買い物など日々の生活には集約されているほうが便利だ。週末は少し歩いて、菜園で過ごす。

 霜降りでグチャグチャになっている日本の地方都市と異なり、住居生活地帯と田畑田園地帯の線引きがはっきりしている。

◇ラテン系なドイツ人もいた
 土曜ということで、たまたま、お隣さん家族も家庭菜園地帯に来ていて、そちらで飲み食いしていけ、という。お邪魔させて貰うことになった。プラムの実が沢山なっていて、そのまま採って食べられる。

 たちまち3家族が集まり、宴会が始まる。ドイツ人は外で飲み食いするのが大好きで、街中のレストランも、テラス席から順に埋まっていく。寒い時期が日本よりも長いのに、テラス席にあれだけのスペースが割かれているのが不思議だ。

 この人たちは、ずいぶん東にあるルーマニアのトランスシルヴァニア地方から、チャウセスク政権崩壊後に、ほとんど身一つでドイツにやってきたそうだ。それから30年弱。ドイツ経済は日本と違って、この間、東西ドイツ統合を克服し、右肩上がりで生産性をどんどん上げ、平均賃金を伸ばしていった。日本はほとんど横ばいだ。

 Nさんの義理の父は、『メルセデスベンツ』を製造するダイムラーの工場に入社して定年まで勤め上げ、60代の今は年金生活という、典型的な成功キャリアを築いた。母のほうは資格を取得し、薬局に勤務していたという。子供を大学まで行かせ(ドイツは完全無料だけど)、娘は公務員、息子は日系大手企業にエンジニアとして勤務で、ともに30代前半で年収900万円ほど。両親は豊かな年金暮らしで7年ほど前から家庭菜園を楽しみつつ、余生を送る日々。

 一人あたりGDP1万ドル前後を低迷するルーマニアに、もし留まったままだったら…と考えたら、十分な“ドイチェ・ドリーム”を体現しているのだった。

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デカい天然川魚を丸ごと煮こむ、チョルバ=ciorbă。
一番右が、ダイムラー工場を勤め上げたNさんの義理のパパさん。
 同じくルーマニア(首都ブカレスト出身)から来て、電気工事の仕事を今もしているという、腹の出たジャイアン(お隣のオッサン、推定50代)が、自分で釣り上げたというデカい魚を、ぐつぐつ煮込む。このルーマニア風のブイヤベース(チョルバ=ciorbăというらしい)をいただきつつ、強めの自家製ウォッカで乾杯。そしてビールでまた乾杯。陽気な人たちだ。気難しいドイツ人イメージとは全く違う、ラテン系のノリである。

 釣りをして、自家農園で野菜果物を作り、週末は友人家族たちに息子や孫を巻き込んでバーベキュー。隣人の息子が友人を連れて来たら歓迎し、自分で釣った魚を煮こんで飲ませ食わせ、乾杯。楽しいに決まっている。

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ワイン用ブドウの樹が木陰を作る。自家製ウォッカを2杯、ビールを2本。テラスで飲む酒はサイコーである。
 こういう豊かな生活を伝え聞いたら、大多数がまだ貧しい東欧諸国から豊かなドイツを目指すのも当然だな、と思った。

 スマホからブルーツゥースでスピーカーにつなぎ、ルーマニアの音楽を鳴らしつつ、ラテン系のダンスが始まった。ドイツが移民国家であることを実感する。見た目は「欧州白人系」で区別がつかないが、いろんな人たちが融合して、今のドイツがあるのだった。

 それというのも、この地域にポルシェやベンツといった、世界をリードする付加価値の高い自動車産業が繁栄し、雇用を創出しているからこそ、だ。周辺から労働力を取り込みつつ、日本のように長時間過重労働の犠牲を強いることもなく、皆を豊かにして成長してきたドイツ経済の、成果の一端を目の当たりにできた。

 一方で、日本とは明らかに異なるドイツ社会の在り方 (短時間労働や、グダグダな手抜きサービス、低レベルな建設や設備…)に、興味は深まる一方であった。

 ――すばらしく豊かな週末、豊かな引退生活で、羨ましいですね、ご実家は。ゲマインシャフトを体験できました。ありがとうございました。

「たまにならいいんですが、これが毎週のように、ですからねぇ。特に娘婿は立場が弱くて、断れないんです…」(Nさん)

 確かに、引退生活に毎週付き合わされたら、キツい。月1くらいがいい。

◇会社がゲマインシャフト化した日本
 社会学で出てくるゲマインシャフト (Gemeinschaft)とは、改めて調べてみると、ドイツ語だった。ドイツの社会学者テンニースが提唱した概念で、ゲゼルシャフトの反対語である。

・地縁や血縁などによって自然発生的にできあがった、全人格的に拘束を受ける集団がゲマインシャフト、

・人がある目的達成のために人為的に形成した集団がゲゼルシャフト、

である。(高橋俊介著『プロフェッショナルの働き方』より)

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 今日の日本人の仕事観がどのように形成されてきたのかは私の興味分野なので、同氏による10年前の講義資料も手元に保存していた(右記、BBTの番組より)。

■産業化によって、ゲマインシャフトから会社という利害関係に基づくゲゼルシャフトに移行すると考えられていたが、中央集権農本主義の幕府による農民システム重視と、明治維新の富国強兵を目指した庶民の武士化の時代を背景に、日本では戦後会社がある意味ゲマインシャフト化してきた

 戦後の日本企業はゲマインシャフトそのものだった。そしてこの考えは、ZOZO(『社員は家族』と言って21年間やってきた)のようなベンチャーから、京セラのようなゴリゴリの大企業まで、日本社会に浸透している。トヨタ自動車のように、工場対抗の駅伝大会(世界中から参加させる)やバーベキュー大会を会社ぐるみで開催しているような企業は、典型的なゲマインシャフト企業といえる。

 そして、ここが重要なことだが、おそらくドイツ企業は、テンニースの理論のとおり、企業はゲゼルシャフトなのであって、ゲマインシャフト化しなかった。その結果、このような「ルーマニア出身」という地縁に基づいて3家族が自然に週末に集うような、豊かな本当のゲマインシャフトの風景が、いま目の前にあって、私を歓迎してくれているのだった。

 この点について気になったので、後日、Nさんに、パパに聞いてもらった。

「ダイムラーでそういった会社ぐるみのグリルパーティとかマラソン大会みたいなのは、全くない。従業員で、トルコ系、ギリシャ系、ルーマニア系などのコミュニティーや集まりを作ることがあっても、会社で何かイベントをするってのは、まずない。会社組織がゲマインシャフト(Gemeinschaft)になることはまずない、会社はあくまで会社で、割り切っている」とのことだった。

 トヨタとダイムラーの180度違うところがよくわかったのは収穫だ。.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 
16:23 09/24 2019 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(11821)


09/15 2019
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「支払いのスムーズさ」でビリ。総合でも、「やや満足」「とても満足」と答えた比率が4位で、下位グループ
 PayPayはUI(ユーザーインターフェイス)、UX(ユーザーエクスペリエンス)がすこぶる悪い。MMD研究所の満足度調査(2019年7月)では、主要6社のうち「支払いのスムーズさ」でビリ(d払いと同率)。総合でも、「やや満足」「とても満足」と答えた比率が4位で、下位グループに沈んでいる(トップはいずれもメルペイ)。

 この、やや不人気なサービスを強引に広めるために組織された、PayPay株式会社のローラー営業部隊について、かなりディープな一次情報を得て取材し、働く側の視点、および、それを管理する人事(採用・評価・処遇)の視点から記事化した。

早くも5百人辞めた! PayPay営業職が語るソフトバンク式ローラー営業の惨状――突然引き上げられるノルマ、離職率5割、「社員の連れ去り防止」を理由にリアルタイムGPS監視導入

PayPay営業のショボすぎるインセンティブ設定――1件獲得あたり833円、魅力ない正社員登用、不正続出するコンプラ崩壊カルチャー

 取材に先立ち、リサーチのため外食店で実際にPayPayを利用し、オーナーに聞いてみた。

◇使えない理由が示されないストレス
 私自身、最近、小料理屋で利用してみたが、13,000円余りを払おうとしたところ、理由が表示されずに、払えず。コールセンターに電話すると、10分以上つながらず断念。店主によれば、「昨日も払えないお客さんがいたんです。理由もよくわからず困っています」

 たしか、「30日間でいくらまで」という上限規制があったが、1か月以上使っていないので問題はないはずだ。それにしても、支払いのスムーズさが最悪だ。半年ほど前にも、同じように払えなかったことがあって、クレカで払わざるをえなかった。なんと、全くUIが改善されていないとは…。

 PayPayは、①登録したクレカから直決済する方法と、②まず残高にチャージしてから払う方法の、2種類がある(これも、どこにもわかりやすい説明がないから試行錯誤しないと知ることができない)。そこで、残高を事前チャージしようとしたら、なぜかヤフーカードやヤフーIDにログインしろ、という画面しか選択できない。その説明も何もなく、リンクもない。なに、これ?

 セキュリティーで最初から問題を起こしている会社に個人情報を渡すと漏えいされるので、やるわけがない。なぜチャージできないのか、説明もなくイライラさせる。UI、UXが実に最悪だ。

 もう閉店間近である。「時間あるんで、ぜんぜんいいですよ」と店主。クレカだと3.5%巻き上げられるから、店主としては、できればPayPayで払ってほしい。だが、なぜか払えない。PayPayは実に迷惑だ。もう少し試行錯誤してみることに。直接決済(①)のほうで、クレジットを登録し直してみようと考え、やっと解決した。3Dセキュア認証済みだったはずのクレカが、先月、有効期限が延長されたため、認証し直さないといけないらしいことがわかった。だったら画面上でそう案内しろ、と言いたい。巨大企業が、その程度のプログラムも作れないとは。

 後でコールセンターに聞いてわかったのは、認証なしクレカだと「上限5,000円、過去30日で5,000円」しか使えない。認証済みだと「1日上限2万円、30日間で上限5万円」だという。なんだ、これじゃ高額の家電製品などいつまでたっても買えないじゃないか。クレカと比べて不便で使いもんにならん。

 甘いセキュリティー設計で見切り発車し、不正使用されまくった結果、ガチガチのセキュリティーに変えたのに説明がなく、使いにくくなってしまったパターン。「説明がない」のがポイントだ。ユーザーの時間を無為に浪費させる仕様になっていて、ブランド価値をどんどん下げている。PayPayはそこを理解していない。この程度の改善は、たいした手間でもないはずだ。

 事前チャージ(②)のほうは、やはりヤフーIDにログインして銀行口座登録する必要があり、クレカでチャージできるのは「Yahoo! JAPANカード」のみだという。PayPayのためだけにヤフーカードを作るはずがないのに、普及させるつもりがないのだろうか。そういう説明も、画面にリンクすら出てこないので、知るまでに一苦労だ。とにかく、ユーザエクスペリエンスが悪い。MMD研究所の調査結果通り、「支払いのスムーズさ」が確かにビリだよな、と実感した。

 一言、理由が表示されれば理解するのに、理由も示さず利用を止めるから、みんなが困ってコールセンターに電話する。本来なら必要がない架電が殺到するので、ぜんぜんつながらず、どんどんUXが悪化していく悪循環。PayPayはインドの「Paytm」の技術で、PayPayという名称もそこから由来しているそうだが、まあ納得である。カーストの国インドの顧客視点のなさは、一度、インドに行って長距離列車に乗ってみればわかる。(→二度と乗りたくないインドの“強制収容所”鉄道

◇オーナー「今のところ損なことが1つもないので」
 こういうインド系サービスは、サービス大国JAPANの消費者にとっては、慣れるまでが大変だ。一方、PayPayから見た本当のカスタマー(客)である、お店の側としては、どうなのか。オーナーに聞いた。

 ――PayPay、なんで導入したんですか?

 とりあえず 「営業許可証」さえあればOKと言われ、出しました。それだけです。契約は簡単でした。普段の支払いで、クレカが使えない場合がありまして、支払いでもめるので、別の支払い手段があったほうがいいかな、と思っていたところ、ウチにとって損なことが全くないので、導入しました。実際、今のところデメリットは特にないです。このQRコードのステッカーを表示するだけですから。

 支払いが済んだ確認は、自分のパッドからできるので、設備投資も維持管理費も一切かかりません。しかも、翌日か翌々日入金で、支払いサイトも短い。今だと、私はYahooIDと連携させてるんで、10,000円で300円キャッシュバックされますから、むしろプラス。ほら、これで300円ゲットしました。(と言って、自分のスマホで自分の店にPayPayで一万円を支払った…)。ちゃんと税金払ってますし、自分で食べた分を店の売上につけるのは問題ないです。

 手数料ゼロは2年間だけですが、その後、仮に3.5 %になっても、契約は続けると思います。うちはクレジットの手数料が、だいたい3.5 % ですから(リクルートのエアペイを使用、3.24~3.74%)。どうせ同じ手数料払うなら、支払い手段は複数あったほうが、お客さんともめなくて済みます。

 「クレジット使える?」って聞かれて、使えないと、お客さんがそもそも入ってくれない場合があって、そっちのほうが損なので、クレジットもやめることはないです。全体でいうと、ウチは現金決済が6割くらいで、残りがクレジット。PayPayはまだ導入して半年とかで、利用件数は月に一桁ですね。

 ――手数料分、上乗せしちゃえばいいのでは。プライスリストない店だと裏でできちゃいますよね。

 クレジット会社にばれたら利用停止されちゃうし、あと、お客さんでも内訳をぜんぶ教えろ、って言ってくる人がいるんですよ。2人で8千円とかなのに。だから、必ず裏でしっかり書き留めてあります。そういうときは、みんなに聞こえるように大声で読み上げてあげますね。

◇ユーザ視点が欠落したリクルート系モデル
 事実としては、記事で書いたとおり、営業許可証はアリペイの契約でのみ必要で、PayPayのみなら不要だが、ほとんど騙してセット売りしている様子がうかがえた。

 ただ、確かに店側にとっては、クレジット手数料がバカ高いために、それ以上とられないのなら(※まだ2年後からの手数料率は未定)、PayPayは何ら損にならないため、ユーザー(消費者)にとってはイマイチだが、カスタマー(お店)にとってはよいサービス、と言えるのだ。リクナビで「個人情報漏えいビジネス」を行っていたリクルートと全く同じモデルである。

 今後は、1つのQRコードから複数の事業者(PayPay、LINEペイ、ファミペイ…)につながり、同一店舗内で併存する可能性が高く、独占はできない。そうなると、ユーザーにとってよいサービス、UXがよいサービスが最終的に選ばれ、競争に勝ち残るだろう。対カスタマーと対ユーザーのバランスの悪さが、PayPayの課題である。

 
13:44 09/15 2019 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(5728)


01/09 2019
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自転車中心の都市交通
 都市の魅力・実力は、様々なインフラ(都市基盤)の充実度が尺度となる。外国を旅する際は、自国と比較することで理解が深まり、日本も見えてくる。今回の滞在では以下はじめ多岐にわたって報告してきた。(◎=オランダの優れた点 ⇔ ×=日本に比べ劣っている点)

キャッシュレス決済インフラ
健康な食生活インフラ
生産性も賃金も高い労働者インフラ
未熟な外食インフラ
×不便極まりないトイレインフラ

 今回は、書き残したことを忘れないうちに、まとめてメモしておく。

■ベネチアと異なるアムステルダムの成り立ち
 アムステルダムは、運河や並木道、窓が多く幅が狭いビル、そして路上のトラム網と、実によく整備された機能的な街で、美しい。由来が「アムステル川をせき止めたところ(アムステルのダム:Dam in de Amstel)」からもわかるとおり、大半は干拓地だという。13世紀までは小さな漁村だった土地を、人間が人工的に築き上げて現在の街になったのだから、人間の創造力・想像力の賜物。 “リアルZOZO(造・像)タウン”なのだ。

 以前にイスタンブル(ギリシア語で「町へ」を意味する「イス・ティン・ポリン」 に由来)について書いたことがあるが、アムステルダムも、人名ではなく、街の成り立ちを由来とした強力な名称である。ただのダムではなく、高度に管理された運河に水を流し、美しい街を造って、人が住む。古い街を沈めて水を貯める日本の絶望的なダムとは真逆の発想だ。

 ここに中国人が住んでいれば碁盤の目のような街を設計したかもしれないし、日本人なら八郎潟のように埋め立てて農地にしたかもしれず、または都内の多くの川がそうなったように、土建屋の餌食になってコンクリで固めて蓋をされていただろう。日本の都市には景観の概念が欠落しており、治水しか考えてない。発想が途上国だ。

 アムステルダムを流れる運河は水位が高く、人間が歩く地面からごく近いところを流れている。これで大雨のときに氾濫しない水量管理の技術には驚く。災害に見舞われやすい干拓地を、人間が生活しやすいように、住民たちが話し合い、改善し、合理的な意思決定を重ねた結果が、今の美しいアムステルダムの姿だ。その協力&改善の社会インフラは、「ポルダー(=干拓地コミュニティ)モデル」と呼ばれる。オランダ人の本質が見えてくるような街である。

災害国家であり、みずから国をつくったオランダ人の歴史。これが、オランダの奇跡を「ポルダーモデル」(あるいは「オランダ モデル」)と呼ぶ所以である。ポルダーとは干拓地を単位とするコミュニティであり、災害で失われた土地を回復し、埋立地を 拡げるにあたって、各地域がイニシアティブをとりながら干拓地住民に自発的協力を要請したことに由来する。
――『幸せな小国オランダの智慧 災害にも負けないイノベーション社会』(紺野登著、PHP新書)

 同じ「水の都」で世界遺産のベネチア(直前に訪れた)は、もともと干潟のなかにあった島で、大量の杭を打って固めて造成し運河を整備したため、新たに干拓したわけではない。柔らかい地盤に重い石造りの街を築いたため、今も水没の危機が言われ、私も2週間遅く訪れていたら直撃を受けていた。どちらも美意識の高さは感じるが、とりあえず直近で住めればいいや的な楽観的なイタリア人と、計画性の高い合理主義的なオランダ人の違いを感じたのだった。

■◎自転車中心の都市交通インフラ
 オランダの風景といえば、事前イメージは、チューリップ、パプリカなど戦略的な大規模農業、そして水車…である。だが、アムステルダム・ユトレヒト・ロッテルダムといった主要都市をちょろっと訪れた範囲では、移動の電車内からも、チューリップは1本も見なかったし、水車などどこにも現れなかった。少なくともこれらは、オランダの日常風景ではなく限定的だ。

 鉄道の車窓風景は、のどかな牛の放牧が延々と続いた。オランダの国土は九州ほどの狭い土地だが、日本のような険しい山地はなく、平坦で住みやすい土地が広がり、あり余っている印象だった。

 気温は札幌くらいで、東京より若干低め。それでも欧州全般で見られるように、カフェやレストラン前の路上テラス席が充実していた。道路のテラス席設置については、店の経営者が行政側に申請して、使用料を払って使う仕組みなのだという。これはイタリアでも感じたが、日本にも、開放的な路上テラス(税金で作った道路の一部を飲食店に貸し出し、自治体の収入も増えて一石二鳥)で飲食する文化は、ぜひ取り入れてほしい。

ほとんど、どこが境目なのかわからない歩道と自転車道も

 今回、街の風景として一番印象的だったのは、交通インフラだ。オランダは、決済の中心がPIN(デビット)なら、交通の中心は圧倒的に自転車だった。国民の自転車保有率が世界一(1人あたり1.1台)で、人口よりも自転車の数が多いというのも納得だ。

 街を歩けば、そのコンセプトは明確でわかりやすい。一番エラいのは自転車で、市内交通は「自転車道」を中心に設計されている。次が、縦横無尽に走り回るトラムと、バス。そのあとが歩行者で、自動車は一番最後で、肩身が狭い。

 私が外国に行ってタクシーに乗らなかったのは、国としてはオランダが初めてだ(都市としてはベネチアには車道が存在しないため『水上タクシー』のみ利用)。オランダは地下鉄、国鉄、トラム、バスと、公共交通が発達しており、タクシーの必要性を感じなかった。滞在中、タクシーの存在すら忘れていた。

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僕が気に入ったのは、これ。子ども2人が乗れる大きな荷台つき自転車。
 歩道と自転車道の境界線がわかりにくい道路もあって、うっかり自転車道に入って歩いていたら、自転車の人から、「オイッ!」と何度も叫ばれた。Heyじゃなかった。「おい!」は日本語かと思っていたがそうでもないようだ。

 日本にも自転車道はあるが、自転車に乗っている人が少ないので歩行者も侵入して歩いている。だが、自転車人口が多いオランダでは、その感覚だと確実に事故る。観光地であるアムステルダム駅周辺は、フラフラと私のような旅行者が侵入するため、現地人にとって特に危険だという。

 この自転車道には、自転車だけでなく、バイクもすごいスピードで普通に飛ばしていて、これは接触したら本格的に死ぬな、と思った。法改正があるようで、「来年から規制が強化され、バイクは自動車道のほうを走ることになりそう」だという話を現地の日本人から聞いた。

 自転車中心社会なので、様々なタイプの自転車が走っていた。なかでも、前に大きな荷台がついたタイプが目立つ。乳母車のように子どもを載せたり、運送業者が荷物を載せている。クネクネした細い道が多い日本では操縦が難しいかもしれないが、日本でも走らせても快適そうだ。

 自転車を、そのまま電車内に持ち込め、車両内中央で固定する柱まで用意されている。日本の電車では、たとえばJRだと、解体するか折りたたんで専用の袋に収納しない限り、そのまま持ち込むことはできないルール。オランダはとにかく自転車中心である。

自転車は、そのまま電車内へ
 一昔前の中国は、完全に自転車が交通の中心だった。ベトナムは既に20年前から原付バイク(二輪車=HONDA)中心で今に至る。今の中国は、すっかり四輪自動車中心になり、EV(電気自動車)へと移行しつつある。一般的には、自転車→バイク→自動車→EVと進化を遂げるわけだが、一周回ってまた自転車、というところがユニークだ。

 なにしろ、運河を中心とした街の骨格、道路の幅は、500年前の馬車の時代にできており、変えようがない。平坦な国土における効率的な交通インフラを考えたとき、自転車中心に再構築するのが合理的な結論なのだろう。

■△チップカードの使い勝手
 地下鉄(メトロ)と国鉄(NS)は、日本のSUICA・PASMO同様、非接触式の「チップカード」(OV-chipkaart=オーフェイ・チップカールト)で料金を支払う。絵柄には水車が描かれているが、前述のとおり見かけることはなく、日本でいう「ゲイシャ」「フジヤマ」みたいなシンボリックな存在だ。

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交通系の「OVチップカード」。チャージできる。
 このチップは、オランダ企業フィリップスの「MIFARE方式」を採用しているとのことで、普段、「フェリカ方式」SUICAの超速&確実反応に慣れているためか、使い勝手はイマイチ。反応が鈍く何度もやり直した。SUICAは「日本の朝の殺人的ラッシュ時に改札で人を止めることなく確実に料金を徴収する」が基準となってスタートしているだけあって、あの異常な数の人間をさばけるということは、世界一の反応速度に違いないのだ。

 オランダの鉄道は、そもそも支払いの仕組みがわかりにくい。同じプラットホーム上で、国鉄(NS)から私鉄に乗り換える際にチェックアウト&チェックイン作業のタッチを、乗客が自主的に行う必要アリ、というのは理解し難い。どちらかを忘れてしまったり、タッチしたつもりが実は反応していなかったり。トラブルが起きやすい仕組みなのだ。

 マスを相手にする事業でこの仕組みをやってしまうと、絶対わからない人、忘れる人、ミスする人が出てきてしまう。一見さんである旅行者フレンドリーでは全くない。ミスが発生しえない仕組みこそが優れた交通インフラなので、その点、日本は大量の人数をさばいてきた歴史があり(利用者数世界上位を日本の駅がほぼ独占し、新宿駅はギネス認定)、その環境が優れたインフラを生み出したのだと実感する。

 ガラパゴス進化を遂げた日本の交通系ICは、コンビニやスーパーなど街中の支払いでも使えるし、反応速度も圧倒的で、さらにはスマホにも搭載されて一体化し、カード形式ですらなくなった。交通系の支払い手段としては、間違いなく世界一優れた決済インフラといってよいだろう。(非交通系電子マネーはデビットのオランダPINが世界一だと思う)

 日本への旅行者視点では、カード式の交通系ICを滞在中に買って貰い、そこにクレジットカードからチャージする機械が駅にあれば問題ないが、なんと現状はそれができない。

 外国人旅行者にとっては、いったん現金をおろして再度SUICAにチャージ、という二度手間がかかってしまう。日本のガラパゴスな現金史上主義は世界中の旅行者にとって迷惑なのに、このままの状態で東京オリンピックを迎えようとしているのだから恥ずかしい。

◇オランダが優れている点
 その他、オランダが日本より優れている点として、以下が報道されている。

「健康な食事」ランキング1位(日本は21位)――オックスファム調査2014年

◎子どもの幸福度1位(日本は6位)――ユニセフ調査2013年

年金制度ランキング1位(日本は29位)――マーサー調査2018年

 後半では、日本の優れた点も書き留めておきたい。

■「衛生インフラ」と外食に優れる日本
 日本のほうが優れている点をあげると、衛生面と外食関係が多い。日本は、衛生と外食のインフラにおいて、ナンバー1の国だと思う。どこかの調査機関が、こういった指標で世界ランキングして世界に配信したらよいと思う。おそらく日本が1位だろう。

①△食事の「お手拭き」問題
 これはカルチャー問題なので優劣は難しいが、オランダでもイタリアでも同じだった。基本、レストランではパンが付け合わせで出てくるのに、それを素手でちぎって食べる。これは普通に不衛生である。

 オランダにすむ日本人女性に聞くと、「自転車のハンドルを握って移動するので、手は汗まみれになる。そのままというわけにはいかないので、ウェットティッシュを持ち歩いている」とのこと。現地の人は平気みたいで、特に不衛生とも感じていないようである。

 コンビニ弁当やカフェのサンドイッチにさえ小さなお手拭きをつけてくれる日本の文化のほうが、神経質で過剰なのだろうか?確かに、手についたゴミやばい菌が食物と一緒に胃に入ったところで、赤ん坊でもない限り、健康に異常はなさそうだし、欧州でそのような健康被害が出ている話も聞かない。気の持ち方の問題なのかもしれない。

 旅行中、日本人が運営する寿司屋に1回だけ訪れたが(『EN』)、そこではさすがにお手拭きが出てきた。イタリアでもオランダでも、本当に、この1店だけだった。

②×水洗インフラ(トイレ、手洗い・水飲み場)
 日本の街中には、公園はじめ無料トイレがたくさんあって、無料の水飲み&手洗い場がある。フィレンツェの街を歩いていて、同じ感覚で公園の手洗い・水飲み場と公衆トイレを探していたら、30分以上まっすぐ歩いても見つからず、困ったことがあった。公園はあって、遊具は置いてあっても、「水回り」が全く存在しないのだ。

 この“水洗インフラ”の整備は、実は日本の極めて優秀な特徴であることがわかった。鉄道駅のトイレも当然、無料だ(記事に書いた通り)。身近にある常識には、海外に出ない限り、なかなか気づかないものである。

③△街中のゴミステーション
 オランダは街中にゴミ収集所がたくさんあって、けっこうなスペースを占有している。これは家庭から出るゴミで、このボックスに入れると地中にどんどん溜まっていって、ゴミ収集車が機械でまとめて引き上げ、中のゴミを回収していく。スマートではある。日本のように、決められた曜日(燃えるゴミは水曜と土曜、とか)の朝8時までに出せ、みたいな決まりはない。

 住人にとって、家庭から出るゴミ捨ての作業はラクなのか、インフラとして優れているのか。神奈川県からオランダに移住した日本人に聞くと、「日本と同じか、便利です。いつでも出せるから。ゴミ当番のような仕事もありません」。日本だと、地域によっては、町内会で順番に役割を決め、カラスに食われないように生ごみにネットを張ったり、片づけしたり、といった煩わしい仕事もある。ゴミを出したくても指定の曜日まで出せないストレスもある。その点、いつでも気軽に出せるオランダ方式は住民視点では優れている。

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ゴミステーション
 一方で、事業で出る法人のゴミは、行政と契約してカネを払うと回収される仕組みだが、運営がいい加減で、契約通りの時間や頻度で回収にやって来ないことが多いという。道端に散乱しているゴミを時折みかけるのは、その結果だろう(画像下)。

 日本は、街中に行政が設置するゴミ箱がなく、ゴミ袋も常時、路上にないから、日常風景として綺麗ではある。ゴミは各自が勝手に自宅に持ち帰るか、コンビニや駅で捨てる。これが諸外国では機能しない。道に捨ててしまうからだ。だから、ゴミ箱をたくさん配置して、せめてそこに捨てるよう促す。「ゴミ箱がなければ捨てない」のが日本人。「ゴミ箱がなければそのへんに捨てちゃう」のが欧州人、である。社会人として、日本のほうが優れている。だからワールドカップサッカーのスタジアムでゴミを持ち帰っただけで称賛され、世界で報道される。

 私はこの現象を、義務教育の恐ろしさを示す事例だと認識している。生徒が掃除するのが当り前で、小学校・中学校と、業者は教室を掃除しない。公立でも私立でも同じだ。これが欧州では全く違うという。NHKが、フランスの街頭で、日本の小学校の掃除風景を動画で見せて感想を聞いていたが(『日仏友好160年 とことんフランス!』)、全員がしかめっ面で「そんなことを子どもにやらせるなんてありえない」という反応だった。日本と真逆で、ゴミ掃除は、行政や業者の仕事、という発想があるそうだ。日本の感覚にそれはない。教育で身についた常識は、一生、ついてまわる。教育は洗脳、なのである。

 日本の街中の綺麗さを考えると、この洗脳教育は悪くないし、「自分のことは自分でやる、自分が出すゴミは自分で片づける」といった当り前の道徳観は、日本が優れている点と言えるのではないか。

④×飲食店の水準
 今のオランダでは、日本食プレミアムがある――複数の現地の日本人がそう言っていた。いつまで続くかはわからないが、確かに、日本食の店は繁盛していた。アムステルダムのラーメン店は増殖中とはいえ、まだ15店ほどで、そのうち日本人が経営する店は数えるほどに過ぎない。

 日本人経営ラーメン店の走りである札幌ラーメン『SORA』(2016年オープン)に行ってみた。店員7~8人は全員が日本人(または中国系?)だった。日本人とみるや、日本語で対応してくれる。席は30席ほど、19時の時点で空いてるのはカウンター3席だけ。私が出るころには外で待っている人がいたくらい繁盛している。客は全員が白人系で、総じて若かった。女性グループか、カップルがメイン。見渡すと、性別では女性が若干多いくらいだった。

 店内の装飾が、「北海道の田舎のほうにありそうな地場ラーメン店」をそのまま持ってきた感じを演出しており田舎くさいが、その“ダサローカル”ぶりが、いかにも日本ぽくて、現地の人にウケているようだ。クールではないが、ダサいままのほうが儲かるから、戦略的にズブズブの札幌感、日本の田舎色を演出する。アムステルダムという国際最先端都市で、これはなかなかできるもんじゃないな、と思った。

 オーナーの藤田氏は、長男の名前を店名に冠し、麺は北海道から空輸と、気合十分。クラウドファンディングは苦戦してぜんぜん集まらなかったようだが、それでも「パリでフランス料理のお店の料理長として働いていた時、ヨーロッパにおけるラーメンブームを肌で感じ、独立を決意」という肌感覚は正しかったようで、開業2年あまりで、今や3号店ができる勢いだという。

 実際に現場を見て、「ビジネスとしては、大きなマーケットの流れ(=ラーメンブーム)に乗ることが圧倒的に正しいのだ」と、心底、実感した。僕は『どさん子ラーメン』ファンで、実家の近くにも大学の近く(湘南台)にも店があったので、ずっと食べて来た。SORAのラーメンは、味も内装も、ごく普通に札幌の郊外ロードサイドにありそうな、札幌味噌ラーメン店に仕上がっていた。

 『極上札幌黒味噌ラーメン』(17.5ユーロ=2,275円)を食べた。ラーメンを食べるのに水は必須だが、水200mlの2.5ユーロ(=325円)は納得性が低いので、キリンビールの小ボトル(3.2ユーロ)と、ウーロン茶(2.7ユーロ)を頼むことに。久しぶりに白米が食べたいということで、小ライス(2ユーロ)もオーダー。餃子(5.2ユーロ)も食べた。会計は34.8ユーロ(4,524円)だった。

 ビールとウーロン茶を飲み干し、最後に、水を一杯、飲みたくなった。でも、水に300円と考えると、バカバカしいのでやめた。水なんてタダで飲み放題だろう――というのが日本人の感覚だが、オランダでその常識は通用しない。4,500円払っても水さえ自由に飲めないストレス。それでも満足して帰ってくれるのがオランダ人の外食レベルである。

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日本人経営のラーメン店として先がけの『SORA』
 あ、これはボロ儲けできて笑いが止まらないやつだ!海外には、こんな世界があるんだな――と実感した。いくら材料の一部を空輸しているといっても、2~3倍の価格で売ってなお、行列ができる。マーケットの大きな流れには、誰も逆らえない。藤田氏の感覚は正しかったわけだし、ビジネスセンスがある人だと思う。味もサービスレベルも、日本の半分くらいあれば十分、ボロ儲けできそうな印象を持った。

 日本人の感覚では、味が同じか少し劣るくらい(現地の食材を使うので当然そうなる)で、価格は2~3倍、水一杯300円なのだから、不満を持って当然。だが、オランダ人客のマーケットでウケて、儲けを最大化すべく戦っているのだから、日本人など無視してよい。一番手で進出したメリットで、競合もいない。満足度が低水準なオランダ人にとっては、これがクールなのであって、繁盛しているわけである(グーグルの口コミは4.5、フェイスブック4.9)。どれだけオランダの外食文化が貧弱で低レベルなのか、いかに日本の外食産業が世界一か、を思い知ることができた。

 イタリアのローマでも、『Ramen Bar Akira』でトンコツラーメンを食べたのだが、こちらも同様に、女子会、カップル、ファミリー、8人ほどの宴会、で満席となっており、19時まででよければ、と時間制限つきでやっと入れたほど。味は、もっとも正統派なトンコツラーメンで、やはり価格は2倍だった。ヨーロッパでは、日本のラーメンがいま、大人気なのである。

 ようは、こういうことだ。日本人の内向き志向が言われて久しいが、とにかく(居心地のよい)国内から出たくない料理人が多すぎることで(他国に比べ)、人口が減少に転じている日本国内では、日々、消耗戦が繰り広げられている。海外は需要が高まっている成長市場であるが、中華系のオーナーがやると、どう頑張ってもニセモノにしかならない。だから、日本人が乗り込めば成功しやすい。単純な話だ。“ローリスク&ハイリターン”のチャンスがこれだけ転がっているのだから、若い人は、もっと欧州市場に挑戦したほうがよい。

 現在、リスクとして顕在化しつつあるのは、日本人スタッフの雇用確保問題だそうだ。個人事業主ビザで入国し、実際には飲食スタッフとして働いている、という実情は、現在は黙認されており、見たところ、『SORA』の店員も大半がそうだった。だが、「収入が飲食スタッフ1種類しかない人は、業務委託を受けている個人事業主としては認めない」という規制がかかりそうで、いつからそうなるかはわからないが、飲食経営者の間では、それが共通の話題なのだという。バイト労働者は日本でも個人事業主とは認められないので、本来の姿に戻るだけ、ではある。

 そうなると、日本人スタッフの大半は強制帰国となり、新たにオランダ人スタッフを雇う必要が生じて、一時的にオペレーションに支障がでる。外国人は、景気が悪くなると排斥にあう。行政の裁量次第で、グレーゾーンの日本人は帰国させられる。日本でも、かつてたくさん働いていた出稼ぎイラン人(上野公園でよくみかけた)は、バブル崩壊後の1992年に「ビザ免除」を終わらせ、帰国させている。

 いざとなれば自国民優先なのは万国共通。そういうリスクを背負っている以上、稼げるときに稼いでおかないと潰されてしまう。外国人はツラいのだ。

⑤×コールドチェーンインフラ
 飲食店の質を考えるうえで、切り離せないのが食材の調達ルートである。オランダやイタリアはどちらも海に面しているので、魚貝類はそれなりに旨いのかと思っていたが、現地に行ってみて、まったくそんなことはなかった。欧州は生牡蠣を食べる文化があるので期待していたが、高いだけで味は普通、サイズも全て小粒だった。日本の北海道(厚岸、昆布森)産と比べると明らかに大きさも質も劣る。養殖技術の問題だろう。2倍の価格で、量も質も半分。つまり、日本の牡蠣は欧州に比べ、4倍の付加価値はあるな、と思った。

 世界中から最良のものを仕入れる魚貝流通大国の日本に比べると、イタリアでもオランダでも、地場で獲れるものだけを食べる、という印象が強かった。したがって、飲食店で出てくるメニューが、地場の市場に並んでいるものと一緒なのだ。アイルランド産の本マグロは、距離が近い欧州では消費されず、高い値がつく築地(豊洲)を通って日本の和食店で出される。

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上:『EN』 下:『シーフードバー』
 だいたいどこでも置いてあるのが、北欧から全世界に輸出されている養殖サーモン、スペインなど欧州産の養殖マグロ、イカ、タコ、正体不明の何らかの白身(スズキ等)、手長エビ、ムール貝くらい、だった。

 前述の『EN』(2人で234ユーロだった)は、ホテルオークラアムステルダムの高級和食店出身の日本人2人が運営しているとあって、それなりの味であったが、仕入れだけはどうにもならないようだ。

 2人に話を聞くと、「ハマチだけ日本から輸入しています」「マグロは畜養。天然モノは規制があって地中海では獲っちゃいけない」などと言っていた。調理や盛り付けは一流だが、何分、食材が貧弱なのは致し方ない。

 前述のNHK番組『日仏友好160年 とことんフランス!』で、一流の料理人が、活〆(ikejime)のおいしさを伝えようと、漁師に生け捕りさせて生きたまま内陸のパリまで輸送し、神経ジメで死後硬直を遅らせて鮮度を保つ技術を現地の料理人たちに教えている場面があったが、漁師から飲食店までのコールドチェーンがない以上、末端の職人だけではどうにもならない。この魚貝インフラは、圧倒的な日本の強みと言ってよい。

 ここ数年で市内3店舗に増えたという人気の『The Seafood Bar』(2人で155ユーロだった)も訪れたが、見た目は派手ながら、中身(質)が残念な感じ。冷凍食品のように、旨味が消えている。盛り合せにザリガニが入っているのは欧州らしい(スウェーデンでは普通の食材だという)が、貝もエビも身が痩せていた。

 シーフード専門店自体が、ここ数年で出現し始めたばかりという草創期のステージなので、こんなものだろう。それでも、平日夜で、ほぼ満席状態なのだった。アムステルダムの外食文化は、日本の高度成長期の走り(1960年代)のごとく、まだまだこれから、という印象。オランダのシーフードおよび日本食事情がどう進化していくのか、楽しみである。

 
10:16 01/13 2019 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(7121)


11/14 2018
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アルバート・ハインのジュースコーナー。英innocentや米nakedなどの、無添加・オーガニック系ストレートジュース&スムージーが中心。これが全国どの街でも入手できるとは、天国のようだ。
 オランダでは今回、国内最大のスーパー「Albert Heijn(アルバート・ハイン)」(国内700店規模で、どこの街にもあるらしい)と、オーガニック系の「marqt(マルクト)」には、何度も足を運んだが、あまりに充実した品ぞろえに感動した。1960年代の日本人が米国のスーパーを見たときはこんな感じだったのではないか。全体として、“日本文化モノ”(お茶、コメ、海苔…)と、日本が断トツの世界一を誇る“魚貝類モノ”以外は、まさに勝負あった、という感じ。不毛な値引き競争に明け暮れる日本のスーパーが、いかにチープで残念なものか。農業先進国/途上国の違いを、まざまざと見せつけられ、考えさせられるものがあった。

 日蘭の1人あたりGDPは、

 日本=38,428 USD (2017年)
 オランダ=48,223 USD (2017年)

 となっており、オランダは日本よりも、かなり上を行く豊かな先進国である。正直、こんなに差がついていたとは知らなかった。

 ご存知のとおり、日本は政府による成長戦略が全て失敗し続け、20年以上も成長がストップしたまま、という世界有数の低迷国家だが、オランダは、EUの偉大な統合強化とともに、通貨ギルダー→ユーロ導入(1999年~)を経て生産性が上がり、過去20年で約8割もの成長を遂げた。気づいたら日本は、国民1人あたり1万ドルも差をつけられ、後塵を拝している。我々は上位の国から学ばなければいけない。

各国の1人あたりGDP推移
 魅力的な商品やサービスが生み出されるから、国内にカネを払って買う人が増え、貿易も盛んとなり、外国にも買う人がいて輸出額も増え、GDPが成長する。

 GDPの6割は個人消費だから、消費の末端であるスーパーを見れば自ずとわかるわけで、今回、まさに日蘭の違いを実感した。オランダは、農産物の輸出額で米国に次ぐ第2位という、農業大国であり、周辺に独仏といった農業大国もひしめき貿易が盛ん。食料品は豊かだ。

(→「健康な食事」世界ランキングで、日本は21位、1位はオランダ

■ジュースの種類は、質も量も日本の20~30倍
 「アルバート・ハイン」は、国内最大のスーパーで、主要ターミナル駅にも小型店が入っていた。九州ほどの国土に700店超も展開しているというから、日本でいう7&i(ヨーカドー、セブンイレブン)やイオン(GMS、まいばすけっと)のような、どこにでもある存在である。だが、日本のスーパーの基準で言うと、最高級の品揃えになっていた。

 さらにその上を行くのが、オーガニック系スーパーチェーンの「marqt」(アムステルダム中心に18店)で、アマゾンが買収した「ホールフーズ」と同じく、食うや食わずの層ではなく、《健康や環境に配慮して食生活を送りたい余裕のある層》がターゲットである。日本には、そのカテゴリのチェーン自体が存在していない。“消費者途上国”の証である。

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トップ画像の加工ジュース類とは別に、数十種に及ぶ大量の新鮮なスムージーコーナーがある(アルバート・ハイン)。特別な店ではなく、どの街にもあるスーパーで、これだ。
 アルバート・ハインには、英innocentや米nakedを中心とした、甘味料・香料・保存料などを一切使用しない100%ジュースコーナー(写真1枚目)の横に、さらに生鮮スムージーコーナー(左記写真)があり、これが豊かな国の証だ、といわんばかりに、数十種に及ぶスムージーボトルが陳列されていた。

 これら全体のジュース類で比較したら、店舗面積だけは大きいイオンやヨーカドーの、20倍以上の数がゆうにある。新鮮でクオリティーもピカイチ。僕は、大量に買い込んでホテルで飲んでいたが、保存料など入っていない証として、スムージーボトルは1日ですぐに味が変わってしまった。

 問題は量ではなく、質のほうだった。日本人はジュースが嫌いなわけでもないのに、果汁のストレートジュースについては、日本のどのスーパーに行っても、王道の「オレンジ」で、1種類あるかないか、というチープさだ。

 トロピカーナのピュアプレミアムが置いてあればラッキーで、9割超は「濃縮果汁還元」という、いわばカルピスの原液を水で薄めたのと同様、圧縮したジュースの素を水で薄めて戻した、志の低いニセモノ工業製品ばかり。

 味の素と同様、保存性や手軽さはあるが、ホンモノ志向の消費者にとってはフェイクでしかない。当然、風味もなく、添加物(香料や酸化防止剤)が添加され、水っぽくてまずい。“オレンジカルピス”みたいなものである。

 日本のセブンイレブンには、同じトロピカーナでも、この濃縮還元モノしか売っていないので、不愉快に思いながらも、他に選択肢がないから仕方なく、安かろう悪かろうの “昭和製品”を買って我慢している。消費者がこういう状態におかれている国の経済が、絶対に伸びないことは理解できるだろう。目の前にカネを出したい客がいるのに、商品が供給されていないのだから。

 単なる水で薄めたジュースなのに、表示は「果汁100%」。水で薄めておきながら何が100%だ、といつも思う。本来、100%とはストレートジュースのことを指すべきだが、消費者の視点ではなく業界にとって都合のよい制度になっている。

 消費者が気づけないので、企業も現状維持。これでは高付加価値品が作られないので、経済成長しない。薄めた偽果汁ジュースとストレートジュースの違いについて、もっと正直に、わかりやすく表示するルールを確立すべきだと思う。

 上記のトロピカーナ・ストレートジュースも、私の記憶では、かつては900mlパッケージで売られていた時期があった。だが現在は、720mlに量を減らして単価を下げ、なんとか流通を続けている、というお寒い状況だ。ストレートと濃縮還元の違いより、価格の違いのほうを優先してしまうくらい、味の違いがわからない国民が多いのも事実だろう。

 定番中の定番であるオレンジのストレートジュースでさえこれだから、そのさらに上を行く価格帯の「スムージー」(必要な栄養分に応じて新鮮な果物や野菜をミックスしたもので、当然、賞味期限は短い)どころの話ではない。日本人は、まだ入口にも立てていないわけだ。だから、財布に余裕がある人が行くような百貨店でも、ストレートジュースを置いていなかったりする。

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店内にある、自分でボトルに詰めるオレンジジュース自動絞り機。日本にあれば毎日、買う。日本のスーパーは搾りたてどころか、ストレートジュースすらほとんど手に入らない。
 「マルクト」は、さらに上をいっていて、その場で、自動でオレンジを絞って好きなだけボトルに詰める機械があったので、さっそく利用した。ボトルは3種類の大きさが用意されていた。全自動で、ボタンを押すだけ。自分で詰めて、カゴにいれて、レジへ。セルフサービス(無人)で、近くに人もいないので、生産性が高い。

 オレンジは、規制が甘い日米だと皮についた残留農薬が気になるところだが、人間中心・環境中心のEUは世界一厳しい基準なので、安心して飲める、というもの。僕は、ごくごく飲んだ。フレッシュでサイコーにうまい。

 ジュースのランクとしては、①搾りたてフレッシュ ②スムージー ③ストレート ④濃縮還元 で、価格も比例する。パッと見で、オランダのスーパーは、スムージー4割、ストレート3割、濃縮還元3割、といった比率であった。

 欧州の盟主・ドイツではどうなのか。現地在住者に調べてもらった。

自動オレンジ搾り機は、『Edeka』(※ドイツで店舗数シェア1位らしい)というスーパーにあって、そこはスムージー売り場もありますので写真を送ります(→画像)。ドイツのジュースは、防腐剤とか一切ないためか、早めに飲まないとすぐに痛み、捨てるはめになります。表記としては、ストレートが『Direkt』、濃縮還元オレンジが『aus Orangensaftkonzentrat』。妻からは、濃縮還元モノは買わないでほしい、と言われています。感覚ですが、ドイツのスーパー全体では、スムージー10%:ストレート45%:濃縮還元45%、ぐらいでしょうか。オーガニックスーパーはドイツ国内、どこでも見ます。『Alnatura』などが有名ですが、価格は高いです。

 搾りたて、スムージー、ストレート、濃縮還元とは別に、米欧では「オーガニック」(化学肥料を使わず育てたもの)、「ビーガン」(非肉食)といった切り口の商品があり、選択肢が広い。つまり、“濃縮還元で安いけどオーガニックのジュース”などがある。日本の主要スーパーのジュースは、9割がた濃縮還元で、残りがストレートとスムージー(それも名ばかりの偽者)といったところ。オーガニックもビーガンも、まず置いていない。日本にもたくさんいる健康志向の消費者にとって、あまりに選択肢がなさすぎる。小売業者は真面目に仕事をしろ、といいたい。

 オーガニック、ビーガン、ストレート、スムージー…これらのいずれかのジュースを2~3種類でよいから入手できるスーパーが、日本にどれだけあるだろうか。それを、1店舗あたり20~30種という単位で、当り前のようにパンパンに揃えているのが、オランダのスーパーなのであった。異次元の世界である。

■付加価値をつけて売らないとGDPは成長しない
 そもそもオレンジなんか日本で栽培してないんだから仕方ないじゃないか――というのも分からないではないが、みかんジュースだってリンゴジュースだって、ブドウだってナシだって、国内で大量に栽培しているものでよいのだ。たとえばポンジュースの「えひめ飲料」が、少し頑張って、ストレートジュース(POMこだわりの100%)をスーパーに置かせればいいし、スーパー側にやる気があればいいだけ。

 何一つないのが日本であり、水で薄めた添加物まみれの安くてまずい加工品ばかりを飲まされ、消費者には選択肢がない。私は、あれば2倍の価格を払おうと思っているのに、そういうマーケットをとらえられていない。これで、どうやってGDPが増えるというのか。

 付加価値をつけて、お客に買って貰う。より高い値段で売れるものを流通させる。GDPというのは、経済的な付加価値の総体であるから、イオンのように大手のくせに不毛な値引き競争を仕掛けるのではなく、余裕がある大手だからこそ、高くても消費者に買って貰える付加価値の高い商品を、自分の頭を使って仕入れたりPBの開発投資をしなくてはいけない。値引きなど、無能な人間でも、誰でも思いつく。人口が減っているなかで値引き競争をしても不毛で、国が沈むだけだ。

 付加価値をつけたうえで、自動オレンジ搾り機のように、無人化しなければ粗利はとれない。そういった見本は、海外にいくらでもある。オランダのジュースコーナーを見るだけで、日本が20年間停滞している理由が浮かび上がる、というものだ。

 米国「ホールフーズ」(アマゾンに買収されたオーガニック系スーパー)だけでなく、私が近年訪れた国でいうと、マレーシアやフィリピンなど東南アジアと比べても、日本のジュース事情は最底辺の途上国的だ。アルバート・ハインにあったいくつかのジュースブランド(たとえばトップ写真中・右上のNaked=米国企業でサステナビリティやヘルシーを売りにしているスムージーブランド)は、日本では見かけないが、東南アジアの新しいスーパーには普通に並んでいた。

 こうしたパッケージ商品はいくらでも輸入可能だが、日本人は意識も財布も貧しいので、価格が高めのオーガニック系飲料は高級品になってしまい、売れないと見られているのだろう。広尾から『自由が丘ガーデン』が撤退した時には驚いたが、日本は一億総中流と言われ、その中流のレンジがジリ貧で下がっている状況なので、広尾の真ん中でさえ高級スーパーが儲からない。買える場所がないから、売れるはずもない、という悪循環。日本のジュース水準は、OECD諸国で最悪の部類といってよい。アジアの主要都市(マニラ、クアラルンプル、バンコク)と比べても、著しく劣る。

 米国やオランダは、1人あたりGDPが高いから余裕のある層が多く、そういった《健康や環境を重視して消費する》クラスターが生まれているので、日本はまだ無理だ――というのも間違っていて、日本は人為的な日銀の円安政策さえなければオランダ・アメリカ・ドイツとほぼ互角で、国内における購買力としてはそちらのほうが実感に近い。

 実際、黒田東彦が日銀総裁に就任する前の2012年は、ドイツよりも上回っていた(独44,065ドル、日48,603ドル)。24時間スポーツジムがぼこぼこできていることからも、健康意識が高い層は確実に存在する。それでも、スムージーやオーガニック、ストレートが入手困難だ。

 通販では、何種類かのストレートジュースを「大地を守る会」などで入手できるが、受取にかかるコスト(時間)を考えると、生鮮品は、欧州のように、日々の街中での買い物で入手したい。たかがジュースごときで宅配など使う気にはとてもなれない。

■果物と野菜は引き分け――日欧で違う方向性
 果物についても、やはり米国ホールフーズやセーフウェイで見たものと同様、アルバート・ハインとマルクトでは、ベリー類の充実が目立った。僕はスーパーにいくと必ずブルーベリーを買って、ヨーグルトとハチミツを入れて食べる。実際に食べてみて、日本と比較した場合の、圧倒的な質と量に驚いた。

 こうした、粒が大きくて身がしっかりした、まともなブルーベリーを、なぜ日本のスーパーでは買えないのか?――。これは、ずっと疑問に思っている。国産品は大きくておいしいが、一時期しか流通しない。そこそこまともなものは、百貨店で、少量なのに1千円以上をふっかけられる。普通のスーパーで、通年で並んでいるのは、半分腐りかけたメキシコ産ばかりで、食べる前に、水で洗っている段階で身が崩れ、3分の1くらい捨てることもよくある。昨日も5粒捨てたばかりだ。

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アルバート・ハインのベリーコーナー。粒の大きいブルーベリー。もちろん買った。オランダのGDPに貢献。
 いつも不愉快に思いながらも、他に選択肢がないから、オレンジジュースと同様、仕方なく買っている。ホールフーズならオーガニックのブルーベリーが大量に安く手に入るのに、日本では絶対に入手不可。健康な食生活を送れないなんて、日本は残念な国だな、といつも思っている。

 日本の果物は、安全面ではEUどころか台湾にすら輸出できない代物なのだが(残留農薬=農家票と住友化学など農薬メーカーが自民のバックにいる)、一方で、日本の品種改良技術は明らかに優れていて、味の水準では世界トップクラスなのは間違いない。

 イチゴは、よく知られているように、日本が世界で一番おいしくて、甘さがある。「あまおう」「とちおとめ」などブランド品が、ごく普通の末端スーパーにまで並ぶ。なぜかブランド品ばかりが、ありとあらゆる末端のスーパーにまで流通している不思議な国は、日本だけだろう。

 ブドウも、「シャインマスカット」や「ピオーネ」など、圧倒的に食用は日本のブランド品が世界一だ。見た目も味もすばらしい品を、どのスーパーでも買える。同様に、柿、りんご、みかん等も群を抜いて優れており、2~3店まわれば好みのものを入手できる。

 野菜についても、高濃度トマト(いわゆるフルーツトマト)や京野菜など、日本は付加価値をつけた品種改良技術がすばらしい。それらと比べて、EUは高付加価値野菜・高付加価値果物の分野は弱いな、と思った。

 方向性が、「無農薬、オーガニック、NON-GMO(遺伝子組み換えでない)といった、安全・安心・健康・環境」のほうに向いているのが欧州の特徴で、日本のような、「甘さをセンサーで読み取り、味や見た目からのカイゼンを目指して品種改良しよう、ブランド化しよう」という、戦後ニッポン的な工業製品のカイゼン思想(世界最小・最軽量を目指す)は、欧州ではほとんど感じられない。

 欧州の消費者には、「野菜・果物をよりおいしく、見た目も美しく」というニーズよりも、むしろ逆に、「よりナチュラルなものこそ、よいものだ、人間は変に手を加えるべきじゃない」という自然志向があるように感じる。この哲学の違いは埋めがたいものがありそうだ。

 EUの通常の野菜(レタスや、普通のトマトなど)は、総じて、より自然に近い状態のままで、アクが強い印象。日本は食べやすいように品種改良されているのだと思うが、これは好みの問題だろう。サラダに関しては日欧、どちらでもよいと思った。

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アルバート・ハインの多種多様なパッケージサラダコーナー
 ただ、買いやすいように、様々な種類(ツナ、モッツアレラ、チリ、たまご…)とともにパッキングして売る努力は、日本も少しは見習ったほうがいい。サラダ1つとっても、こんなに種類があるのか!と、そのオペレーション努力に感心した。

 人種や宗教が異なる移民が多い欧州らしい、多様性が売り場に反映されている。僕はサラダが好きなので、日本にこのコーナーがあれば、毎日、どれかを買うだろう。

 一方、僕が日本でよく訪れるナチュラルローソンでは、いつも品切れのパッケージサラダやヨーグルトなど、空っぽになった棚を見て、ちょっとこの流通はありえないな、やる気なさすぎだろう、と残念に思っている。と同時に、それが三菱商事という就職人気ランク1位の会社が運営していることに、絶望感すら感じる。

 オランダのスーパーの、鮮度の高い商品でパンパンになった棚を見て、改めて日本の流通はイマイチなんだな、と気づかされた。セブンイレブンはかなりマシだと思うが、いかんせん商品のクオリティーレベルが欧州に比べると低すぎる。イオン系に至っては、行っても買いたいものが置いておらず、もはや行く気すら起きない。

■魚貝コーナーは当然、日本の勝ち
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マルクトの魚貝コーナー。かなり充実していて、欧州ではこれでマックス、という感じ。
 スーパーを比べるのは、食文化の違いがあるため、共通したカテゴリー(上述のジュースや果物・野菜、サラダ…)以外は、難しい。魚貝類は、北海に面しているオランダや地中海に面するイタリアでは充実しているかと思っていたが、全く期待外れで、煮ても焼いても食えぬようなものばかりだった。

 養殖モノのマグロ、サーモン、シーバス(スズキ)、タコ、イカ、手長エビで、以上おわり、という感じ。今の時期は、アイルランド産の天然マグロがはるばる日本へと輸出されて来るが、近場の欧州では消費されない。刺身を食べる文化がないので、これはもう仕方がない。

 ちょうど、沖縄のスーパーを見るような感覚に近く、買うものがないのだった。日本だと常に置いてあるシラスや、豊富な貝類(ハマグリ、アサリ、シジミ…)はなく、そもそも買いやすいようなパッケージ化もされていない。

上から、ハム、チーズ、ヨーグルト&牛乳(マルクト)
 僕は大学時代に築地市場でバイトしていて(実家が築地の鮪仲卸業である)、なぜ海外から観光客があんなに来るのか当時はわからなかったが、今ではよくわかる。日本の魚貝類の質と量は、十馬身以上引き離してのダントツ世界一なのである。

 そしてそれは、豊富な近海漁場に加え、漁師→市場→小売・外食、というコールドチェーン全体で質が担保されているので、どの国もマネできない。たとえば、船の上で漁師が神経締め(死後硬直を遅らせる)する技術は、日本の刺身文化ならでは、である。

 それ以外の、現地の文化に根付いているワイン、ハム、チーズ、牛乳&ヨーグルト、パン、コーヒー…は、それぞれの売り場が独立して、圧倒的な品ぞろえを持っており、これらはヨーロッパが本場なので、当然といえば当然。勝負にならない。とにかく種類が豊富である。(※パンについては、柔らかくて食べやすい日本のパンのほうが優れているとは思う)

 同様に、日本文化に根付く、コメ、日本茶、梅干し、海苔、餅、煎餅、味噌、醤油…といったものは一切、売っていない。リプトンの「グリーンティー」はあったが、日本の渋い煎茶とはまったくの別物だった。渋茶は味覚に合わないのだろう。

 ただ、これら日本文化モノは日持ちするものが多いので、現地の日本人によれば、日本から定期的に持ち帰れば問題ない、という。確かにそうだ。問題は生鮮品だけで、魚貝類で多少我慢すれば、移住生活も可能かもしれない。

■小売業にはチャンスが転がっている
 魅力的な商品があれば、GDPは伸びる。おそらく僕がオランダに住んだら、スーパーでジュース、果物、サラダ、ヨーグルト、ハム、チーズを購入する額は、日本にいるときの2~3倍に跳ね上がるだろうな、と思った。日本では毎日、買いたいものがなくて困っているからだ。

 日本のスーパーは、1人あたりGDPが世界一だった23年前と比べ、品揃えがほとんど代わり映えしていない。健康志向は顧客サイドでは確かに高まっているのに、スーパーが変わらない。オーガニック、無農薬、ビーガン…で付加価値をつける努力を怠り、鮮度で差別化する(搾りたてジュースやスムージー)こともない。イオンに並んでいる商品は、本当に劣悪で買うものがない。

 日本のスーパーがチープな原因の1つは、とにかく流通業や農業が、就職先として人気がなさすぎるため、優秀な人材が、これらの産業に少なすぎる、というのがあると思う。イオンにしても7&iにしても、就職人気ランキングでは下位の常連。EUからの輸入が難しいとも思えないので、あとはマーケティング力である。つまり、逆に言えば、国内の既存競合店は値引きしか能がないくらい発想力が欠落しているのだから、この業界にはチャンスがたくさん転がっている。

 日欧は2019年、世界で最大規模の自由貿易圏を形成しようとしている。

日欧EPA、19年初め発効へ 2018/7/17
 関税分野では農林水産品と鉱工業製品を合わせて日本側が約94%、EU側が約99%を撤廃する。世界の貿易の約4割を占める世界で最大規模の自由貿易圏になる。

 今でもできることをやっていないので期待はできないが、EPAを機に、欧州からの輸入(ブルーベリーや、加工ジュース類、ハム・チーズ・ワイン)、日本からの輸出(高付加価値のブランド果物&野菜)を、真剣に考えるべきだ。

 日本の消費者があんまり賢くない、濃縮還元とストレートで味の区別すらつけられない、総じて貧しくなっていて購買力が低い――といったマーケットの問題はあるにせよ、健康志向は間違いなく高まっている。日本のGDPの6割は個人消費だ。30年、40年と今後も停滞を続けてよいのか、現状のチープな消費の現場を放置してよいのか。流通・小売業の人たちには、目先の来月の利益ばかり考えず、全体観をもって、よく考えてもらいたい。

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キャッシュレス化・電子決済手数料「7円」「0.1%」…理想的なオランダ

「金は臭わない」――欧州有料トイレの起源

 
14:05 02/06 2021 | 固定リンク | コメント(3) | アクセス数(9234)


11/09 2018
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イタリア・カプリ島のトイレ
 どうも書いている本が煮詰まって進まなくなったので、10月にイタリアとオランダを訪れた。いくつか気づいた点を書き留めておこうと思う。

■支払い手段は変われども…
 「トイレもカネをとりたいなら、オイスターカードで『ピッ』と決済して入れるようにすればいい」――以前に、取材でロンドンを訪れた際、そう書いたことがあったが、同じ思いは今回、イタリアでも感じた。

 それは島であっても、入口に徴収員がいて0.5~1ユーロを払う。土産物屋の兄ちゃんが兼務しているパターン(カプリ島)もあった。失業率が高い欧州では雇用対策の意味もありそうだが、概ねクレジットカードが使える街中に対して、トイレだけのためにコインを持ち歩かなければならないのは面倒だ。

 今回、アムステルダムを案内して貰った石田敦士氏(ラーメン店オーナー)も、「普段はトイレ用に1ユーロコインを数枚、持ち歩くだけで、基本はキャッシュレスです」という。オランダはPIN(デビットカード)さえ持ち歩けば、ほとんど事足りる社会になっているが、トイレのキャッシュレス化は、まだまだだ。

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サレルノ駅のトイレ
 イタリア・サレルノ駅のホームにある有料トイレは自動化されていたが、コインを入れると自動ドアが開く仕組みで、料金は1ユーロ。

 旅行者が1ユーロコインを都合よく持ち合わせているとは限らず、持ち合わせていた2ユーロコインを入れたら開いたが、お釣りは出なかった。

 日本の感覚だと「え?」という感じだが、このあたりがイタリアらしさだろう。普段が無料なだけに、駅のトイレ260円は、「ボられた」感が強い。

 オランダでは、さらに自動化が進んでおり、駅や商業施設では、トイレの入り口に液晶タッチパネルまでつけて、決済手段を選択する仕組みになっているタイプも登場していた。ロッテルダム駅がそうなっていた。

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ロッテルダムの最新商業施設『マルクトハル』地下のトイレ(1ユーロ)。時代が変わろうが、トイレは絶対に有料なのだ、という強い意志が感じられる。コインまたはデビット払い。
 ロッテルダムでは、最新の商業施設『マルクトハル』地下のトイレも、1ユーロ硬貨のほか、デビット(PIN)カードが使えるようになっていた。オイスターカードと同様、非接触の「ピッ」で払えるから、7年前にロンドンで感じた通り、これならギリでアリだな、という感想である。

 支払い手段は進化させつつも、意地でも有料を貫きたいのはわかった。だが、欧州人が日本に来たら、その無料開放っぷりに感動するのではないか。利用するうえで余計な作業は一切いらず、そこそこ綺麗だ。この点においても、日本は旅先として優れている(働き先としては最悪)。

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仮設トイレ。男性用は1つで4人が同時に使えて効率的だが、丸見え。
 訪れた時期が、ちょうどアムステルダムマラソン(10月21日)に重なり、仮設トイレがところどころに設置されていた。これについては、「男性用(立ちション)ばかりで、女性が使えるトイレが少ないのはおかしい、差別だ、と問題になっている」という話を、現地で案内してくれた日本人女性から聞いた。

 ヨーロッパは、税金が高い割に、なぜトイレが有料なのか。空港を例外として、ほぼ有料で、価格もどんどん上がっている。130円(1ユーロ)は、ジュース1本並みだ。

■ローマ帝国時代からの風習説
 なかでも失業率が低いドイツなど、そこに人手を割くのは贅沢だろう。

 「ドイツでは、アフリカ系やトルコ系移民が見張りで50セントを徴収していますね」――。ドイツ在住の日本人が、現地で教育を受けたドイツ人(30代女性)から聞いた話によると、トイレのマネタイズは、「ローマ帝国時代から続く風習」なのだという。

 ヨーロッパにおけるラテン語は、日本人にとっての古文・漢文にあたる。ドイツ人は高校時代にラテン語を学ぶという。その授業で学ぶラテン語の名言が、ネロ帝の次に就任したウェスパシアヌス帝(西暦9~79年)の「Pecunia non olet(金は臭わない)」であり、これが現代に至るトイレ有料化の起源と関係がある、というのだ。

(ウェスパシアヌスは)強欲なほどの締まり屋だったから、公衆便所を設けて税を徴収することを思いつく。 当時、尿は染料 を塗った衣類を洗うのに効果があり、売り物でもあった。このため、トイレの汲み取り業者に課税して、 徴収したのだ。それにちなんで、現在でも街頭の公衆便所をイタリア語で「ウェスパシアノ[vespasiano]」と呼ぶほどである。(本村凌二著『ローマ帝国 人物列伝』より)

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ウェスパシアヌス帝(『ローマ帝国 人物列伝』より)
 現代のように、単純に利用者から金をとるのではなく、無料で使わせる代わりに、使用者が残していく尿を利用して課税する、というやり方だ。グーグルと同じビジネスモデル(無料で使わせる代わりに、使用者が残していくGPS位置データ等を利用してマネタイズする)を、2千年前に開発していたわけで、かなり賢い。

 ただ当時は、この課税が、あまりにセコいということで敵対者の嘲笑を受け、それに対する反論として皇帝が述べた言葉が、「Pecunia non olet(金は臭わない)」だった。よい意味で、金銭に貴賎がないことを示す格言として後世に伝えられている。

 利用者から徴収していないので、これが本当に有料トイレの起源となったのかは、2000年前のことでもあり、いろんな説がありそうだが(欧州は文化・宗教が異なる移民も多く格差・階層社会なので無料にするとトイレを清潔に保てない、等)、現在の有料公衆便所の語源にまでなったのだから、一定の説得力はある。

■メリハリのあったウェスパシアヌス帝
 さらに驚くべきことに、この皇帝は、未来世代に、半永久的な、打ち出の小槌のような収益源を残していた。

ウェスパシアヌス帝はとてつもない贅沢なプレゼントを与えた。古代ローマを代表する、あのコロッセオ(写真 20)である。締まり屋のウェスパシアヌスが巨大な円形闘技場を建設しようとしたのだから、おもしろい。(中略) ウェスパシアヌスは節約家だったが、出費すべきものがあれば惜しまず出した。地味な人物ではあったが、やはりひときわ大きな器量が備わっていたことを感じさせる話である。(同)

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コロッセオにて
 今回、ローマでは、この世界遺産「コロッセオ」の近くにも泊まったのだが、さすがイタリアを代表する史跡とあって、中国からの団体さんはじめ、連日、長蛇の列ができていた。当時は5万人収容ということで、東京ドーム並み。これが2千年前の話である。

 観光客のキャパは3千人で、オーバーすると入場制限が行われる。年間約400万人が訪れるというから、1人15ユーロとして、年78億円。

 ホテル、飲食、飛行機など経済効果を考えたら、この皇帝が後の世代に残した功績は、とてつもない規模だ。それも、これから未来永劫、永遠にカネを生み出す観光資源である。

 政治家の功績は、歴史が判断する。トイレのマネタイズは、結果的に、旅行者・生活者にとっては迷惑な政策となったが、一方で、国家財政にとっては先進的な徴税施策であり、現在も財政に貢献している。コロッセオの建設は、結果的に、偉業中の偉業となった。

 2千年を経たいま、ウェスパシアヌス帝は、国家にとって、史上まれにみる天才的なリーダーだったと言えるのは間違いない。

■現代で逆転した意味
 「金は臭わない」は事実であるし、実に現代的なテーマを含んだ名言である。現在では、ウェスパシアヌスの発言意図とは逆の、ネガティブな意味で使われることが多いだろう。映画『ハゲタカ』あたりで主人公が吐き捨てそうなセリフである。

 つまり、どんな稼ぎ方だろうが、倫理的に議論があろうが、結果としてのカネに色はついていない。信じられるのはカネだけだ。カネは人間を差別しない。同情するならカネをくれ――である。

 一方で、「綺麗に稼ぐのは難しいよね」――とは、ベンチャー界隈でよく議論するテーマである。メディアビジネスでいえば、広告収入は景気がよい時期ほどボロい稼ぎになるので、大企業のおべんちゃら記事を書いて広告を貰うほうがラクして儲かるわけだが、それは読者を騙していることになる。そういう汚い稼ぎ方をする人生は信念に反するから、僕は広告ゼロのニュースサイトを起業した。

 従業員を過労死させるようなブラック企業の経営者が稼いだ数十億円も、デイトレーダーが秒速で稼いだ1億円も、途上国の少年が汗水垂らした肉体労働で稼いだ100円も、結果としてのカネに色はついていないが、それぞれで背景が違う。

 「稼いだ金銭の多寡」と「労働が生み出す本質的な社会的価値」の間には、何らの相関もないばかりか、時に逆相関さえみられる、というのがこの世の本質だ。

 背景を知らぬままに、金をたくさん稼いでいるからエラい人だとか、価値が高い人物だ、ということには、全くならない。だから、金とは完全に切り離して、常に仕事そのものを見て価値を判断すること、どんな背景で稼ぎ出されたカネなのかを理解すること、が重要である。

 ウェスパシアヌス風に言うなら、「金の臭いをわかれ」「カネの臭いがわかる人間になれ」といったところだろうか。ヨーロッパの有料トイレを見るたびに思い出していただきたいテーマである。

#オランダ関係記事

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日本の貧弱なジュース事情はどうにかならないのか

 
08:54 11/18 2018 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(2847)


05/31 2018
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 いい売れ方をしている本だ、と思った。

 最近のベストセラービジネス書には、知名度の高い筆者を利用して意識高い系に売りさばくような自己啓発系の薄っぺらい本が多いが、あれはビジネスとしてはわかるが、情弱ターゲット本はみていて気持ちの良いものではない。それは30秒も立ち読みすれば判断できる。

 『AI VS 教科書が読めない子供たち』はその類とは反対に、買って読んでじっくり考えるのに最適な本だったので忘備録的に記しておこうと思う。

 テーマは、「テクノロジーの進化と教育・職業の変化」という、ちょうど私が興味を持つ領域で、熟読してしまった。ほかのAI関連本は、技術者の自己満足だったり外国の話や歴史上の話が多くて途中で眠くなるのだが、本書は主張が明快で日本人にとってイメージしやすい大学入試を扱っていることもあり、最後まで楽しめた。

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 多くの著名な本がそうであるように、大胆な仮説の提示が自信満々に述べられており、議論のテーマとして示唆に富むものだ。

 本書の内容は実にシンプルだ。MARCHクラスの試験はAIでも解けることが実証されたが、東大は無理であることがわかり断念した。それはコンピュータの能力の問題ではなく、性能がいくら向上しても無理。

 その主な原因は、AIは四則演算と論理・確率・統計の世界でしかなく、自然言語の読解力がAIには不可能な領域であるためで、そこが人間に最後まで残る強みであるはずだ。だが子どもたちの読解力を調査してみたら著しく低いことがわかった。人間がその強みを生かせないのなら、将来、仕事に就けなくなるのではないか、現行の義務教育の課題はそこにある――というもの。

ようは、

①AIは、自然言語を理解できない。
②本来できるはずの子どもたちも、国語の教科書を読解できない。
③子どもたちはAIに仕事を奪われ、職業に就けなくなる。

 という分かりやすい主張が展開されているのだが、僕は、事実と論理でゴリゴリに固める外資コンサル会社にいたので、この展開はすごく気になった。プロジェクトの成果物だったら、最終報告会でクライアントに引っくり返されてやり直しになりそうだ。

 まず②については、初めて行ったワンショットの調査で著者の予想を下回ったことをもって、あたかも読解力が下がっているかのような書き方になっているが、トレンドに関しては根拠が1つも示されていない。「昔からそんなもんじゃないのか?」というのが私の感想だが、いずれにせよトレンドに関するファクトはない。

 国語の教科書の文章はきわめて退屈で(宮沢賢治でも夏目漱石でもいいが、エラい人が書いた小難しい文章ばかりだ)現実社会から離れすぎているので、イメージしにくい。人間は、現実に目の前で起きていることは、必要に迫られてすっと頭に入ってくるので、実社会ではあまり問題にならないのだと思う。

 ③については、さらに怪しい。「読解力」と「社会に出て仕事を遂行する能力」は、現状でもあまり相関がないと思う。実際、入社試験で読解力問題を解かせる会社は、あまり聞いたことがない。近年、入社試験で一番みられるのは、面接における対人コミュニケーション力で、その比率は経済のサービス産業化が進んだことで、より高まりつつある。読解力はワンオブゼムであり、少なくとも最重要ではない。

 特に、AIが絶対にできない「感情労働」の類は、文章の読解力と関係ない。たとえばJR東日本の駅員さん(現業職)は40代で1千万円弱の年収を得られて定年まで盤石な、今後も安定した職業の代表であるが、窓口・改札・ホーム・内勤、そして酔客対応などイレギュラーな泥臭い仕事で、常に感情をすり減らす対人業務である。ロボットには永遠に代替されない。

 日本で一番労働人口が多い「営業職」は、特に外回り営業だと、顧客との対人コミュニケーションの積み重ねで信頼関係を築く仕事であり、頭でっかちな読解力を駆使した書類のやりとりでは成立しない。これもAIには永遠に代替されない。

 僕は日本企業、外資で働き、そして独立起業して800人ほどの職業人をじっくりインタビューしているので、アカデミックの研究者より現場で必要とする能力については深く理解しているつもりだ。

 センター試験と現実社会の一番の違いは、「センター試験には答えが必ずあり、多くの設問の答えは1つだけだが、現実社会(企業で働く社員が出すべきアウトプット)の課題には明確な答えはない」ということだ。

 そういった、答えは1つではないけど答えに限りなく近づいていく作業(たとえば株価や為替の予測、配送会社の最適な配達経路、営業マンの最適な訪問リスト抽出&提案内容選択…)は、AIの「強化学習」(ある目的を与えてAIに自己学習させる)の領域だと思うが、私が一番知りたい強化学習について3ページしか説明されておらず、そこが最後まで消化不良だった。

 スパコンの利用で天気予報の精度が極めて高まったという事例が紹介されているが、ならば同様の理屈で、株価予想や為替予想の精度も、スパコンの進化とともに上がり、ウォーレンバフェットを超える日が来るのではないか。森羅万象が変数であることはわかるが、その変数の重みづけを自己学習、強化学習で学んでいくことはできないのだろうか。フレーム問題やオントロジー問題と、強化学習の関係も不明瞭だった。

 つまり、AIの将来的な実力を、「明確な教師データアリ学習」の分野のみに限定することで、過少評価しているように読めたのだ。実際には、著者のいうとおり、コンピュータの能力が何億倍になっても絶対に解決しない領域なのかもしれないが、そのラインがどこなのか、説明がクリアではなく、明らかに不足していた。一番知りたいのは、そこだった。そこがはっきりすれば、職業としての『AI VS 人間』の答えが明確になるのだと思う。本書をヒントに、じっくり考えてみたい。

 
16:16 05/31 2018 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(5497)



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渡邉正裕(WATANABE Masahiro)
(株)MyNewsJapan代表取締役社長/編集長/ジャーナリスト。ほぼすべての主要企業内ホワイトカラーに情報源を持つ。現役社員への取材に基づき企業の働く環境を一定基準で評価する「企業ミシュラン」を主宰。日経新聞記者、IBMのコンサルタントを経てインターネット新聞を創業、3年目に単年度黒字化。
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