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11/14 2018
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アルバート・ハインのジュースコーナー。英innocentや米nakedなどの、無添加・オーガニック系ストレートジュース&スムージーが中心。これが全国どの街でも入手できるとは、天国のようだ。
 オランダでは今回、国内最大のスーパー「Albert Heijn(アルバート・ハイン)」(国内700店規模で、どこの街にもあるらしい)と、オーガニック系の「marqt(マルクト)」には、何度も足を運んだが、あまりに充実した品ぞろえに感動した。1960年代の日本人が米国のスーパーを見たときはこんな感じだったのではないか。全体として、“日本文化モノ”(お茶、コメ、海苔…)と、日本が断トツの世界一を誇る“魚貝類モノ”以外は、まさに勝負あった、という感じ。不毛な値引き競争に明け暮れる日本のスーパーが、いかにチープで残念なものか。農業先進国/途上国の違いを、まざまざと見せつけられ、考えさせられるものがあった。

 日蘭の1人あたりGDPは、

 日本=38,428 USD (2017年)
 オランダ=48,223 USD (2017年)

 となっており、オランダは日本よりも、かなり上を行く豊かな先進国である。正直、こんなに差がついていたとは知らなかった。

 ご存知のとおり、日本は政府による成長戦略が全て失敗し続け、20年以上も成長がストップしたまま、という世界有数の低迷国家だが、オランダは、EUの偉大な統合強化とともに、通貨ギルダー→ユーロ導入(1999年~)を経て生産性が上がり、過去20年で約8割もの成長を遂げた。気づいたら日本は、国民1人あたり1万ドルも差をつけられ、後塵を拝している。我々は上位の国から学ばなければいけない。

各国の1人あたりGDP推移
 魅力的な商品やサービスが生み出されるから、国内にカネを払って買う人が増え、貿易も盛んとなり、外国にも買う人がいて輸出額も増え、GDPが成長する。

 GDPの6割は個人消費だから、消費の末端であるスーパーを見れば自ずとわかるわけで、今回、まさに日蘭の違いを実感した。オランダは、農産物の輸出額で米国に次ぐ第2位という、農業大国であり、周辺に独仏といった農業大国もひしめき貿易が盛ん。食料品は豊かだ。

■ジュースの種類は、質も量も日本の20~30倍
 「アルバート・ハイン」は、国内最大のスーパーで、主要ターミナル駅にも小型店が入っていた。九州ほどの国土に700店超も展開しているというから、日本でいう7&i(ヨーカドー、セブンイレブン)やイオン(GMS、まいばすけっと)のような、どこにでもある存在である。だが、日本のスーパーの基準で言うと、最高級の品揃えになっていた。

 さらにその上を行くのが、オーガニック系スーパーチェーンの「marqt」(アムステルダム中心に18店)で、アマゾンが買収した「ホールフーズ」と同じく、食うや食わずの層ではなく、《健康や環境に配慮して食生活を送りたい余裕のある層》がターゲットである。日本には、そのカテゴリのチェーン自体が存在していない。“消費者途上国”の証である。

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トップ画像の加工ジュース類とは別に、数十種に及ぶ大量の新鮮なスムージーコーナーがある(アルバート・ハイン)。特別な店ではなく、どの街にもあるスーパーで、これだ。
 アルバート・ハインには、英innocentや米nakedを中心とした、甘味料・香料・保存料などを一切使用しない100%ジュースコーナー(写真1枚目)の横に、さらに生鮮スムージーコーナー(左記写真)があり、これが豊かな国の証だ、といわんばかりに、数十種に及ぶスムージーボトルが陳列されていた。

 これら全体のジュース類で比較したら、店舗面積だけは大きいイオンやヨーカドーの、20倍以上の数がゆうにある。新鮮でクオリティーもピカイチ。僕は、大量に買い込んでホテルで飲んでいたが、保存料など入っていない証として、スムージーボトルは1日ですぐに味が変わってしまった。

 問題は量ではなく、質のほうだった。日本人はジュースが嫌いなわけでもないのに、果汁のストレートジュースについては、日本のどのスーパーに行っても、王道の「オレンジ」で、1種類あるかないか、というチープさだ。

 トロピカーナのピュアプレミアムが置いてあればラッキーで、9割超は「濃縮果汁還元」という、いわばカルピスの原液を水で薄めたのと同様、圧縮したジュースの素を水で薄めて戻した、志の低いニセモノ工業製品ばかり。

 味の素と同様、保存性や手軽さはあるが、ホンモノ志向の消費者にとってはフェイクでしかない。当然、風味もなく、添加物(香料や酸化防止剤)が添加され、水っぽくてまずい。“オレンジカルピス”みたいなものである。

 日本のセブンイレブンには、同じトロピカーナでも、この濃縮還元モノしか売っていないので、不愉快に思いながらも、他に選択肢がないから仕方なく、安かろう悪かろうの “昭和製品”を買って我慢している。消費者がこういう状態におかれている国の経済が、絶対に伸びないことは理解できるだろう。目の前にカネを出したい客がいるのに、商品が供給されていないのだから。

 単なる水で薄めたジュースなのに、表示は「果汁100%」。水で薄めておきながら何が100%だ、といつも思う。本来、100%とはストレートジュースのことを指すべきだが、消費者の視点ではなく業界にとって都合のよい制度になっている。

 消費者が気づけないので、企業も現状維持。これでは高付加価値品が作られないので、経済成長しない。薄めた偽果汁ジュースとストレートジュースの違いについて、もっと正直に、わかりやすく表示するルールを確立すべきだと思う。

 上記のトロピカーナ・ストレートジュースも、私の記憶では、かつては900mlパッケージで売られていた時期があった。だが現在は、720mlに量を減らして単価を下げ、なんとか流通を続けている、というお寒い状況だ。ストレートと濃縮還元の違いより、価格の違いのほうを優先してしまうくらい、味の違いがわからない国民が多いのも事実だろう。

 定番中の定番であるオレンジのストレートジュースでさえこれだから、そのさらに上を行く価格帯の「スムージー」(必要な栄養分に応じて新鮮な果物や野菜をミックスしたもので、当然、賞味期限は短い)どころの話ではない。日本人は、まだ入口にも立てていないわけだ。だから、財布に余裕がある人が行くような百貨店でも、ストレートジュースを置いていなかったりする。

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店内にある、自分でボトルに詰めるオレンジジュース自動絞り機。日本にあれば毎日、買う。日本のスーパーは搾りたてどころか、ストレートジュースすらほとんど手に入らない。
 「マルクト」は、さらに上をいっていて、その場で、自動でオレンジを絞って好きなだけボトルに詰める機械があったので、さっそく利用した。ボトルは3種類の大きさが用意されていた。全自動で、ボタンを押すだけ。自分で詰めて、カゴにいれて、レジへ。セルフサービス(無人)で、近くに人もいないので、生産性が高い。

 オレンジは、規制が甘い日米だと皮についた残留農薬が気になるところだが、人間中心・環境中心のEUは世界一厳しい基準なので、安心して飲める、というもの。僕は、ごくごく飲んだ。フレッシュでサイコーにうまい。

 ジュースのランクとしては、①搾りたてフレッシュ ②スムージー ③ストレート ④濃縮還元 で、価格も比例する。パッと見で、オランダのスーパーは、スムージー4割、ストレート3割、濃縮還元3割、といった比率であった。

 欧州の盟主・ドイツではどうなのか。現地在住者に調べてもらった。

自動オレンジ搾り機は、『Edeka』(※ドイツで店舗数シェア1位らしい)というスーパーにあって、そこはスムージー売り場もありますので写真を送ります(→画像)。ドイツのジュースは、防腐剤とか一切ないためか、早めに飲まないとすぐに痛み、捨てるはめになります。表記としては、ストレートが『Direkt』、濃縮還元が『aus Orangensaftkonzentrat』。妻からは、濃縮還元モノは買わないでほしい、と言われています。感覚ですが、ドイツのスーパー全体では、スムージー10%:ストレート45%:濃縮還元45%、ぐらいでしょうか。オーガニックスーパーはドイツ国内、どこでも見ます。『Alnatur』などが有名ですが、価格は高いです。

 搾りたて、スムージー、ストレート、濃縮還元とは別に、米欧では「オーガニック」(化学肥料を使わず育てたもの)、「ビーガン」(非肉食)といった切り口の商品があり、選択肢が広い。つまり、“濃縮還元で安いけどオーガニックのジュース”などがある。日本の主要スーパーのジュースは、9割がた濃縮還元で、残りがストレートとスムージー(それも名ばかりの偽者)といったところ。オーガニックもビーガンも、まず置いていない。日本にもたくさんいる健康志向の消費者にとって、あまりに選択肢がなさすぎる。小売業者は真面目に仕事をしろ、といいたい。

 オーガニック、ビーガン、ストレート、スムージー…これらのいずれかのジュースを2~3種類でよいから入手できるスーパーが、日本にどれだけあるだろうか。それを、1店舗あたり20~30種という単位で、当り前のようにパンパンに揃えているのが、オランダのスーパーなのであった。異次元の世界である。

■付加価値をつけて売らないとGDPは成長しない
 そもそもオレンジなんか日本で栽培してないんだから仕方ないじゃないか――というのも分からないではないが、みかんジュースだってリンゴジュースだって、ブドウだってナシだって、国内で大量に栽培しているものでよいのだ。たとえばポンジュースの「えひめ飲料」が、少し頑張って、ストレートジュース(POMこだわりの100%)をスーパーに置かせればいいし、スーパー側にやる気があればいいだけ。

 何一つないのが日本であり、水で薄めた添加物まみれの安くてまずい加工品ばかりを飲まされ、消費者には選択肢がない。私は、あれば2倍の価格を払おうと思っているのに、そういうマーケットをとらえられていない。これで、どうやってGDPが増えるというのか。

 付加価値をつけて、お客に買って貰う。より高い値段で売れるものを流通させる。GDPというのは、経済的な付加価値の総体であるから、イオンのように大手のくせに不毛な値引き競争を仕掛けるのではなく、余裕がある大手だからこそ、高くても消費者に買って貰える付加価値の高い商品を、自分の頭を使って仕入れたりPBの開発投資をしなくてはいけない。値引きなど、無能な人間でも、誰でも思いつく。人口が減っているなかで値引き競争をしても不毛で、国が沈むだけだ。

 付加価値をつけたうえで、自動オレンジ搾り機のように、無人化しなければ粗利はとれない。そういった見本は、海外にいくらでもある。オランダのジュースコーナーを見るだけで、日本が20年間停滞している理由が浮かび上がる、というものだ。

 米国「ホールフーズ」(アマゾンに買収されたオーガニック系スーパー)だけでなく、私が近年訪れた国でいうと、マレーシアやフィリピンなど東南アジアと比べても、日本のジュース事情は最底辺の途上国的だ。アルバート・ハインにあったいくつかのジュースブランド(たとえばトップ写真中・右上のNaked=米国企業でサステナビリティやヘルシーを売りにしているスムージーブランド)は、日本では見かけないが、東南アジアの新しいスーパーには普通に並んでいた。

 こうしたパッケージ商品はいくらでも輸入可能だが、日本人は意識も財布も貧しいので、価格が高めのオーガニック系飲料は高級品になってしまい、売れないと見られているのだろう。広尾から『自由が丘ガーデン』が撤退した時には驚いたが、日本は一億総中流と言われ、その中流のレンジがジリ貧で下がっている状況なので、広尾の真ん中でさえ高級スーパーが儲からない。買える場所がないから、売れるはずもない、という悪循環。日本のジュース水準は、OECD諸国で最悪の部類といってよい。アジアの主要都市(マニラ、クアラルンプル、バンコク)と比べても、著しく劣る。

 米国やオランダは、1人あたりGDPが高いから余裕のある層が多く、そういった《健康や環境を重視して消費する》クラスターが生まれているので、日本はまだ無理だ――というのも間違っていて、日本は人為的な日銀の円安政策さえなければオランダ・アメリカ・ドイツとほぼ互角で、国内における購買力としてはそちらのほうが実感に近い。

 実際、黒田東彦が日銀総裁に就任する前の2012年は、ドイツよりも上回っていた(独44,065ドル、日48,603ドル)。24時間スポーツジムがぼこぼこできていることからも、健康意識が高い層は確実に存在する。それでも、スムージーやオーガニック、ストレートが入手困難だ。

 通販では、何種類かのストレートジュースを「大地を守る会」などで入手できるが、受取にかかるコスト(時間)を考えると、生鮮品は、欧州のように、日々の街中での買い物で入手したい。たかがジュースごときで宅配など使う気にはとてもなれない。

■果物と野菜は引き分け――日欧で違う方向性
 果物についても、やはり米国ホールフーズやセーフウェイで見たものと同様、アルバート・ハインとマルクトでは、ベリー類の充実が目立った。僕はスーパーにいくと必ずブルーベリーを買って、ヨーグルトとハチミツを入れて食べる。実際に食べてみて、日本と比較した場合の、圧倒的な質と量に驚いた。

 こうした、粒が大きくて身がしっかりした、まともなブルーベリーを、なぜ日本のスーパーでは買えないのか?――。これは、ずっと疑問に思っている。国産品は大きくておいしいが、一時期しか流通しない。そこそこまともなものは、百貨店で、少量なのに1千円以上をふっかけられる。普通のスーパーで、通年で並んでいるのは、半分腐りかけたメキシコ産ばかりで、食べる前に、水で洗っている段階で身が崩れ、3分の1くらい捨てることもよくある。昨日も5粒捨てたばかりだ。

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アルバート・ハインのベリーコーナー。粒の大きいブルーベリー。もちろん買った。オランダのGDPに貢献。
 いつも不愉快に思いながらも、他に選択肢がないから、オレンジジュースと同様、仕方なく買っている。ホールフーズならオーガニックのブルーベリーが大量に安く手に入るのに、日本では絶対に入手不可。健康な食生活を送れないなんて、日本は残念な国だな、といつも思っている。

 日本の果物は、安全面ではEUどころか台湾にすら輸出できない代物なのだが(残留農薬=農家票と住友化学など農薬メーカーが自民のバックにいる)、一方で、日本の品種改良技術は明らかに優れていて、味の水準では世界トップクラスなのは間違いない。

 イチゴは、よく知られているように、日本が世界で一番おいしくて、甘さがある。「あまおう」「とちおとめ」などブランド品が、ごく普通の末端スーパーにまで並ぶ。なぜかブランド品ばかりが、ありとあらゆる末端のスーパーにまで流通している不思議な国は、日本だけだろう。

 ブドウも、「シャインマスカット」や「ピオーネ」など、圧倒的に食用は日本のブランド品が世界一だ。見た目も味もすばらしい品を、どのスーパーでも買える。同様に、柿、りんご、みかん等も群を抜いて優れており、2~3店まわれば好みのものを入手できる。

 野菜についても、高濃度トマト(いわゆるフルーツトマト)や京野菜など、日本は付加価値をつけた品種改良技術がすばらしい。それらと比べて、EUは高付加価値野菜・高付加価値果物の分野は弱いな、と思った。

 方向性が、「無農薬、オーガニック、NON-GMO(遺伝子組み換えでない)といった、安全・安心・健康・環境」のほうに向いているのが欧州の特徴で、日本のような、「甘さをセンサーで読み取り、味や見た目からのカイゼンを目指して品種改良しよう、ブランド化しよう」という、戦後ニッポン的な工業製品のカイゼン思想(世界最小・最軽量を目指す)は、欧州ではほとんど感じられない。

 欧州の消費者には、「野菜・果物をよりおいしく、見た目も美しく」というニーズよりも、むしろ逆に、「よりナチュラルなものこそ、よいものだ、人間は変に手を加えるべきじゃない」という自然志向があるように感じる。この哲学の違いは埋めがたいものがありそうだ。

 EUの通常の野菜(レタスや、普通のトマトなど)は、総じて、より自然に近い状態のままで、アクが強い印象。日本は食べやすいように品種改良されているのだと思うが、これは好みの問題だろう。サラダに関しては日欧、どちらでもよいと思った。

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アルバート・ハインの多種多様なパッケージサラダコーナー
 ただ、買いやすいように、様々な種類(ツナ、モッツアレラ、チリ、たまご…)とともにパッキングして売る努力は、日本も少しは見習ったほうがいい。サラダ1つとっても、こんなに種類があるのか!と、そのオペレーション努力に感心した。

 人種や宗教が異なる移民が多い欧州らしい、多様性が売り場に反映されている。僕はサラダが好きなので、日本にこのコーナーがあれば、毎日、どれかを買うだろう。

 一方、僕が日本でよく訪れるナチュラルローソンでは、いつも品切れのパッケージサラダやヨーグルトなど、空っぽになった棚を見て、ちょっとこの流通はありえないな、やる気なさすぎだろう、と残念に思っている。と同時に、それが三菱商事という就職人気ランク1位の会社が運営していることに、絶望感すら感じる。

 オランダのスーパーの、鮮度の高い商品でパンパンになった棚を見て、改めて日本の流通はイマイチなんだな、と気づかされた。セブンイレブンはかなりマシだと思うが、いかんせん商品のクオリティーレベルが欧州に比べると低すぎる。イオン系に至っては、行っても買いたいものが置いておらず、もはや行く気すら起きない。

■魚貝コーナーは当然、日本の勝ち
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マルクトの魚貝コーナー。かなり充実していて、欧州ではこれでマックス、という感じ。
 スーパーを比べるのは、食文化の違いがあるため、共通したカテゴリー(上述のジュースや果物・野菜、サラダ…)以外は、難しい。魚貝類は、北海に面しているオランダや地中海に面するイタリアでは充実しているかと思っていたが、全く期待外れで、煮ても焼いても食えぬようなものばかりだった。

 養殖モノのマグロ、サーモン、シーバス(スズキ)、タコ、イカ、手長エビで、以上おわり、という感じ。今の時期は、アイルランド産の天然マグロがはるばる日本へと輸出されて来るが、近場の欧州では消費されない。刺身を食べる文化がないので、これはもう仕方がない。

 ちょうど、沖縄のスーパーを見るような感覚に近く、買うものがないのだった。日本だと常に置いてあるシラスや、豊富な貝類(ハマグリ、アサリ、シジミ…)はなく、そもそも買いやすいようなパッケージ化もされていない。

上から、ハム、チーズ、ヨーグルト&牛乳(マルクト)
 僕は大学時代に築地市場でバイトしていて(実家が築地の鮪仲卸業である)、なぜ海外から観光客があんなに来るのか当時はわからなかったが、今ではよくわかる。日本の魚貝類の質と量は、十馬身以上引き離してのダントツ世界一なのである。

 そしてそれは、豊富な近海漁場に加え、漁師→市場→小売・外食、というコールドチェーン全体で質が担保されているので、どの国もマネできない。たとえば、船の上で漁師が神経締め(死後硬直を遅らせる)する技術は、日本の刺身文化ならでは、である。

 それ以外の、現地の文化に根付いているワイン、ハム、チーズ、牛乳&ヨーグルト、パン、コーヒー…は、それぞれの売り場が独立して、圧倒的な品ぞろえを持っており、これらはヨーロッパが本場なので、当然といえば当然。勝負にならない。とにかく種類が豊富である。(※パンについては、柔らかくて食べやすい日本のパンのほうが優れているとは思う)

 同様に、日本文化に根付く、コメ、日本茶、梅干し、海苔、餅、煎餅、味噌、醤油…といったものは一切、売っていない。リプトンの「グリーンティー」はあったが、日本の渋い煎茶とはまったくの別物だった。渋茶は味覚に合わないのだろう。

 ただ、これら日本文化モノは日持ちするものが多いので、現地の日本人によれば、日本から定期的に持ち帰れば問題ない、という。確かにそうだ。問題は生鮮品だけで、魚貝類で多少我慢すれば、移住生活も可能かもしれない。

■小売業にはチャンスが転がっている
 魅力的な商品があれば、GDPは伸びる。おそらく僕がオランダに住んだら、スーパーでジュース、果物、サラダ、ヨーグルト、ハム、チーズを購入する額は、日本にいるときの2~3倍に跳ね上がるだろうな、と思った。日本では毎日、買いたいものがなくて困っているからだ。

 日本のスーパーは、1人あたりGDPが世界一だった23年前と比べ、品揃えがほとんど代わり映えしていない。健康志向は顧客サイドでは確かに高まっているのに、スーパーが変わらない。オーガニック、無農薬、ビーガン…で付加価値をつける努力を怠り、鮮度で差別化する(搾りたてジュースやスムージー)こともない。イオンに並んでいる商品は、本当に劣悪で買うものがない。

 日本のスーパーがチープな原因の1つは、とにかく流通業や農業が、就職先として人気がなさすぎるため、優秀な人材が、これらの産業に少なすぎる、というのがあると思う。イオンにしても7&iにしても、就職人気ランキングでは下位の常連。EUからの輸入が難しいとも思えないので、あとはマーケティング力である。つまり、逆に言えば、国内の既存競合店は値引きしか能がないくらい発想力が欠落しているのだから、この業界にはチャンスがたくさん転がっている。

 日欧は2019年、世界で最大規模の自由貿易圏を形成しようとしている。

日欧EPA、19年初め発効へ 2018/7/17
 関税分野では農林水産品と鉱工業製品を合わせて日本側が約94%、EU側が約99%を撤廃する。世界の貿易の約4割を占める世界で最大規模の自由貿易圏になる。

 今でもできることをやっていないので期待はできないが、EPAを機に、欧州からの輸入(ブルーベリーや、加工ジュース類、ハム・チーズ・ワイン)、日本からの輸出(高付加価値のブランド果物&野菜)を、真剣に考えるべきだ。

 日本の消費者があんまり賢くない、濃縮還元とストレートで味の区別すらつけられない、総じて貧しくなっていて購買力が低い――といったマーケットの問題はあるにせよ、健康志向は間違いなく高まっている。日本のGDPの6割は個人消費だ。30年、40年と今後も停滞を続けてよいのか、現状のチープな消費の現場を放置してよいのか。流通・小売業の人たちには、目先の来月の利益ばかり考えず、全体観をもって、よく考えてもらいたい。

#オランダ関係記事

キャッシュレス化・電子決済手数料「7円」「0.1%」…理想的なオランダ

「金は臭わない」――欧州有料トイレの起源

 
09:29 11/14 2018 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(301)


11/09 2018
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イタリア・カプリ島のトイレ
 どうも書いている本が煮詰まって進まなくなったので、10月にイタリアとオランダを訪れた。いくつか気づいた点を書き留めておこうと思う。

■支払い手段は変われども…
 「トイレもカネをとりたいなら、オイスターカードで『ピッ』と決済して入れるようにすればいい」――以前に、取材でロンドンを訪れた際、そう書いたことがあったが、同じ思いは今回、イタリアでも感じた。

 それは島であっても、入口に徴収員がいて0.5~1ユーロを払う。土産物屋の兄ちゃんが兼務しているパターン(カプリ島)もあった。失業率が高い欧州では雇用対策の意味もありそうだが、概ねクレジットカードが使える街中に対して、トイレだけのためにコインを持ち歩かなければならないのは面倒だ。

 今回、アムステルダムを案内して貰った石田敦士氏(ラーメン店オーナー)も、「普段はトイレ用に1ユーロコインを数枚、持ち歩くだけで、基本はキャッシュレスです」という。オランダはPIN(デビットカード)さえ持ち歩けば、ほとんど事足りる社会になっているが、トイレのキャッシュレス化は、まだまだだ。

キャッシュレス化・電子決済手数料「7円」「0.1%」…理想的なオランダ

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サレルノ駅のトイレ
 イタリア・サレルノ駅のホームにある有料トイレは自動化されていたが、コインを入れると自動ドアが開く仕組みで、料金は1ユーロ。

 旅行者が1ユーロコインを都合よく持ち合わせているとは限らず、持ち合わせていた2ユーロコインを入れたら開いたが、お釣りは出なかった。

 日本の感覚だと「え?」という感じだが、このあたりがイタリアらしさだろう。普段が無料なだけに、駅のトイレ260円は、「ボられた」感が強い。

 オランダでは、さらに自動化が進んでおり、駅や商業施設では、トイレの入り口に液晶タッチパネルまでつけて、決済手段を選択する仕組みになっているタイプも登場していた。ロッテルダム駅がそうなっていた。

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ロッテルダムの最新商業施設『マルクトハル』地下のトイレ(1ユーロ)。時代が変わろうが、トイレは絶対に有料なのだ、という強い意志が感じられる。コインまたはデビット払い。
 ロッテルダムでは、最新の商業施設『マルクトハル』地下のトイレも、1ユーロ硬貨のほか、デビット(PIN)カードが使えるようになっていた。オイスターカードと同様、非接触の「ピッ」で払えるから、7年前にロンドンで感じた通り、これならギリでアリだな、という感想である。

 支払い手段は進化させつつも、意地でも有料を貫きたいのはわかった。だが、欧州人が日本に来たら、その無料開放っぷりに感動するのではないか。利用するうえで余計な作業は一切いらず、そこそこ綺麗だ。この点においても、日本は旅先として優れている(働き先としては最悪)。

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仮設トイレ。男性用は1つで4人が同時に使えて効率的だが、丸見え。
 訪れた時期が、ちょうどアムステルダムマラソン(10月21日)に重なり、仮設トイレがところどころに設置されていた。これについては、「男性用(立ちション)ばかりで、女性が使えるトイレが少ないのはおかしい、差別だ、と問題になっている」という話を、現地で案内してくれた日本人女性から聞いた。

 ヨーロッパは、税金が高い割に、なぜトイレが有料なのか。空港を例外として、ほぼ有料で、価格もどんどん上がっている。130円(1ユーロ)は、ジュース1本並みだ。

■ローマ帝国時代からの風習説
 なかでも失業率が低いドイツなど、そこに人手を割くのは贅沢だろう。

 「ドイツでは、アフリカ系やトルコ系移民が見張りで50セントを徴収していますね」――。ドイツ在住の日本人が、現地で教育を受けたドイツ人(30代女性)から聞いた話によると、トイレのマネタイズは、「ローマ帝国時代から続く風習」なのだという。

 ヨーロッパにおけるラテン語は、日本人にとっての古文・漢文にあたる。ドイツ人は高校時代にラテン語を学ぶという。その授業で学ぶラテン語の名言が、ネロ帝の次に就任したウェスパシアヌス帝(西暦9~79年)の「Pecunia non olet(金は臭わない)」であり、これが現代に至るトイレ有料化の起源と関係がある、というのだ。

(ウェスパシアヌスは)強欲なほどの締まり屋だったから、公衆便所を設けて税を徴収することを思いつく。 当時、尿は染料 を塗った衣類を洗うのに効果があり、売り物でもあった。このため、トイレの汲み取り業者に課税して、 徴収したのだ。それにちなんで、現在でも街頭の公衆便所をイタリア語で「ウェスパシアノ[vespasiano]」と呼ぶほどである。(本村凌二著『ローマ帝国 人物列伝』より)

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ウェスパシアヌス帝(『ローマ帝国 人物列伝』より)
 現代のように、単純に利用者から金をとるのではなく、無料で使わせる代わりに、使用者が残していく尿を利用して課税する、というやり方だ。グーグルと同じビジネスモデル(無料で使わせる代わりに、使用者が残していくGPS位置データ等を利用してマネタイズする)を、2千年前に開発していたわけで、かなり賢い。

 ただ当時は、この課税が、あまりにセコいということで敵対者の嘲笑を受け、それに対する反論として皇帝が述べた言葉が、「Pecunia non olet(金は臭わない)」だった。よい意味で、金銭に貴賎がないことを示す格言として後世に伝えられている。

 利用者から徴収していないので、これが本当に有料トイレの起源となったのかは、2000年前のことでもあり、いろんな説がありそうだが(欧州は文化・宗教が異なる移民も多く格差・階層社会なので無料にするとトイレを清潔に保てない、等)、現在の有料公衆便所の語源にまでなったのだから、一定の説得力はある。

■メリハリのあったウェスパシアヌス帝
 さらに驚くべきことに、この皇帝は、未来世代に、半永久的な、打ち出の小槌のような収益源を残していた。

ウェスパシアヌス帝はとてつもない贅沢なプレゼントを与えた。古代ローマを代表する、あのコロッセオ(写真 20)である。締まり屋のウェスパシアヌスが巨大な円形闘技場を建設しようとしたのだから、おもしろい。(中略) ウェスパシアヌスは節約家だったが、出費すべきものがあれば惜しまず出した。地味な人物ではあったが、やはりひときわ大きな器量が備わっていたことを感じさせる話である。(同)

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コロッセオにて
 今回、ローマでは、この世界遺産「コロッセオ」の近くにも泊まったのだが、さすがイタリアを代表する史跡とあって、中国からの団体さんはじめ、連日、長蛇の列ができていた。当時は5万人収容ということで、東京ドーム並み。これが2千年前の話である。

 観光客のキャパは3千人で、オーバーすると入場制限が行われる。年間約400万人が訪れるというから、1人15ユーロとして、年78億円。

 ホテル、飲食、飛行機など経済効果を考えたら、この皇帝が後の世代に残した功績は、とてつもない規模だ。それも、これから未来永劫、永遠にカネを生み出す観光資源である。

 政治家の功績は、歴史が判断する。トイレのマネタイズは、結果的に、旅行者・生活者にとっては迷惑な政策となったが、一方で、国家財政にとっては先進的な徴税施策であり、現在も財政に貢献している。コロッセオの建設は、結果的に、偉業中の偉業となった。

 2千年を経たいま、ウェスパシアヌス帝は、国家にとって、史上まれにみる天才的なリーダーだったと言えるのは間違いない。

■現代で逆転した意味
 「金は臭わない」は事実であるし、実に現代的なテーマを含んだ名言である。現在では、ウェスパシアヌスの発言意図とは逆の、ネガティブな意味で使われることが多いだろう。映画『ハゲタカ』あたりで主人公が吐き捨てそうなセリフである。

 つまり、どんな稼ぎ方だろうが、倫理的に議論があろうが、結果としてのカネに色はついていない。信じられるのはカネだけだ。カネは人間を差別しない。同情するならカネをくれ――である。

 一方で、「綺麗に稼ぐのは難しいよね」――とは、ベンチャー界隈でよく議論するテーマである。メディアビジネスでいえば、広告収入は景気がよい時期ほどボロい稼ぎになるので、大企業のおべんちゃら記事を書いて広告を貰うほうがラクして儲かるわけだが、それは読者を騙していることになる。そういう汚い稼ぎ方をする人生は信念に反するから、僕は広告ゼロのニュースサイトを起業した。

 従業員を過労死させるようなブラック企業の経営者が稼いだ数十億円も、デイトレーダーが秒速で稼いだ1億円も、途上国の少年が汗水垂らした肉体労働で稼いだ100円も、結果としてのカネに色はついていないが、それぞれで背景が違う。

 「稼いだ金銭の多寡」と「労働が生み出す本質的な社会的価値」の間には、何らの相関もないばかりか、時に逆相関さえみられる、というのがこの世の本質だ。

 背景を知らぬままに、金をたくさん稼いでいるからエラい人だとか、価値が高い人物だ、ということには、全くならない。だから、金とは完全に切り離して、常に仕事そのものを見て価値を判断すること、どんな背景で稼ぎ出されたカネなのかを理解すること、が重要である。

 ウェスパシアヌス風に言うなら、「金の臭いをわかれ」「カネの臭いがわかる人間になれ」といったところだろうか。ヨーロッパの有料トイレを見るたびに思い出していただきたいテーマである。

 
09:55 11/09 2018 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(162)


05/31 2018
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 いい売れ方をしている本だ、と思った。

 最近のベストセラービジネス書には、知名度の高い筆者を利用して意識高い系に売りさばくような自己啓発系の薄っぺらい本が多いが、あれはビジネスとしてはわかるが、情弱ターゲット本はみていて気持ちの良いものではない。それは30秒も立ち読みすれば判断できる。

 『AI VS 教科書が読めない子供たち』はその類とは反対に、買って読んでじっくり考えるのに最適な本だったので忘備録的に記しておこうと思う。

 テーマは、「テクノロジーの進化と教育・職業の変化」という、ちょうど私が興味を持つ領域で、熟読してしまった。ほかのAI関連本は、技術者の自己満足だったり外国の話や歴史上の話が多くて途中で眠くなるのだが、本書は主張が明快で日本人にとってイメージしやすい大学入試を扱っていることもあり、最後まで楽しめた。

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 多くの著名な本がそうであるように、大胆な仮説の提示が自信満々に述べられており、議論のテーマとして示唆に富むものだ。

 本書の内容は実にシンプルだ。MARCHクラスの試験はAIでも解けることが実証されたが、東大は無理であることがわかり断念した。それはコンピュータの能力の問題ではなく、性能がいくら向上しても無理。

 その主な原因は、AIは四則演算と論理・確率・統計の世界でしかなく、自然言語の読解力がAIには不可能な領域であるためで、そこが人間に最後まで残る強みであるはずだ。だが子どもたちの読解力を調査してみたら著しく低いことがわかった。人間がその強みを生かせないのなら、将来、仕事に就けなくなるのではないか、現行の義務教育の課題はそこにある――というもの。

ようは、

①AIは、自然言語を理解できない。
②本来できるはずの子どもたちも、国語の教科書を読解できない。
③子どもたちはAIに仕事を奪われ、職業に就けなくなる。

 という分かりやすい主張が展開されているのだが、僕は、事実と論理でゴリゴリに固める外資コンサル会社にいたので、この展開はすごく気になった。プロジェクトの成果物だったら、最終報告会でクライアントに引っくり返されてやり直しになりそうだ。

 まず②については、初めて行ったワンショットの調査で著者の予想を下回ったことをもって、あたかも読解力が下がっているかのような書き方になっているが、トレンドに関しては根拠が1つも示されていない。「昔からそんなもんじゃないのか?」というのが私の感想だが、いずれにせよトレンドに関するファクトはない。

 国語の教科書の文章はきわめて退屈で(宮沢賢治でも夏目漱石でもいいが、エラい人が書いた小難しい文章ばかりだ)現実社会から離れすぎているので、イメージしにくい。人間は、現実に目の前で起きていることは、必要に迫られてすっと頭に入ってくるので、実社会ではあまり問題にならないのだと思う。

 ③については、さらに怪しい。「読解力」と「社会に出て仕事を遂行する能力」は、現状でもあまり相関がないと思う。実際、入社試験で読解力問題を解かせる会社は、あまり聞いたことがない。近年、入社試験で一番みられるのは、面接における対人コミュニケーション力で、その比率は経済のサービス産業化が進んだことで、より高まりつつある。読解力はワンオブゼムであり、少なくとも最重要ではない。

 特に、AIが絶対にできない「感情労働」の類は、文章の読解力と関係ない。たとえばJR東日本の駅員さん(現業職)は40代で1千万円弱の年収を得られて定年まで盤石な、今後も安定した職業の代表であるが、窓口・改札・ホーム・内勤、そして酔客対応などイレギュラーな泥臭い仕事で、常に感情をすり減らす対人業務である。ロボットには永遠に代替されない。

 日本で一番労働人口が多い「営業職」は、特に外回り営業だと、顧客との対人コミュニケーションの積み重ねで信頼関係を築く仕事であり、頭でっかちな読解力を駆使した書類のやりとりでは成立しない。これもAIには永遠に代替されない。

 僕は日本企業、外資で働き、そして独立起業して800人ほどの職業人をじっくりインタビューしているので、アカデミックの研究者より現場で必要とする能力については深く理解しているつもりだ。

 センター試験と現実社会の一番の違いは、「センター試験には答えが必ずあり、多くの設問の答えは1つだけだが、現実社会(企業で働く社員が出すべきアウトプット)の課題には明確な答えはない」ということだ。

 そういった、答えは1つではないけど答えに限りなく近づいていく作業(たとえば株価や為替の予測、配送会社の最適な配達経路、営業マンの最適な訪問リスト抽出&提案内容選択…)は、AIの「強化学習」(ある目的を与えてAIに自己学習させる)の領域だと思うが、私が一番知りたい強化学習について3ページしか説明されておらず、そこが最後まで消化不良だった。

 スパコンの利用で天気予報の精度が極めて高まったという事例が紹介されているが、ならば同様の理屈で、株価予想や為替予想の精度も、スパコンの進化とともに上がり、ウォーレンバフェットを超える日が来るのではないか。森羅万象が変数であることはわかるが、その変数の重みづけを自己学習、強化学習で学んでいくことはできないのだろうか。フレーム問題やオントロジー問題と、強化学習の関係も不明瞭だった。

 つまり、AIの将来的な実力を、「明確な教師データアリ学習」の分野のみに限定することで、過少評価しているように読めたのだ。実際には、著者のいうとおり、コンピュータの能力が何億倍になっても絶対に解決しない領域なのかもしれないが、そのラインがどこなのか、説明がクリアではなく、明らかに不足していた。一番知りたいのは、そこだった。そこがはっきりすれば、職業としての『AI VS 人間』の答えが明確になるのだと思う。本書をヒントに、じっくり考えてみたい。

 
16:16 05/31 2018 | 固定リンク | コメント(5) | アクセス数(3936)


06/27 2017
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 東進ハイスクール運営のナガセが言い掛かりとしか思えない名誉棄損訴訟を仕掛けてきて(2016年1月)、さらに2016年11月の地裁判決ではそれを容認するトンデモ判決(見出しを削除し、40万払え)が出て呆れていたのだが、2017年6月8日の高裁判決ですべて取り消されて逆転勝訴し、ナガセの要求は全面的に棄却された。(高裁判決の報告記事)

 正直、裁判は時間の無駄で興味がない。これまで大渕愛子事件をはじめ4件やってきたが、裁判官に、知識が不足し過ぎていたり、常識がなさすぎる人物が多すぎるのに、無能な裁判官が淘汰される仕組みが機能していないため、まともに相手にするのもバカバカしい。

 今回は、たまたまこの分野で常識を持ち合わせた裁判官(村田渉裁判長)が高裁で裁判長の椅子に座っていたというだけで、別の人物だったら、地裁判決を踏襲していたかもしれない。当たる確率が高いロシアンルーレットみたいなものである。

 ジャーナリズムは権力を監視するのが第一の使命であり、裁判所は権力そのもの。だから、裁判所の判断は、ジャーナリズムと一致している必要は全くない。参考程度に冷めた目で流しておけばよい。したがって高裁判決もどちらでもよかったのだが、まあ国家権力の間違った判断で40万円とられなくてよかった、くらいのものだ。

◇フランチャイズ本部の影響力が争点
 経緯を簡単にいうと、本裁判の対象となったのはこの記事で、事実関係の争いはなく、見出しが東進全体について言っていることに読めるから名誉棄損だ、賠償金3千万払え、というのがナガセの主張で、こちらからしたら、どうみても言い掛かりだった。

 しかし、フランチャイズビジネスにおける本部の支配力について全く無知だった地裁の裁判長が、トンデモ判決を出した。地裁の原克也裁判長は、基本的な経済や経営の知識がなかった。それでも裁判官は終身雇用なのだから、ずいぶん気楽な仕事だ。このレベルのミスをやらかしてもクビにならないのなら、緊張感を持って真面目に働くわけがない。

 高裁では特に新しい論点や証拠がでたわけでもなく、証人調べや陳述書すらもなく、たった一回で結審だったので、高裁としては判決に迷う箇所など何もなかったのだろう。

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 仮に、もし地裁判決が踏襲され、最高裁で確定してしまったら、今後、報道各社には、とんでもない制約が課されることになっていた。なにしろ、たとえばセブンイレブンの店舗で労務問題が発生したときに、いちいち見出しに「FC運営会社が」などと入れなければならないことになる。セブンはほとんどがFC企業による運営だからだ。

 左記朝日記事の例でいうと、見出しは「セブンイレブン、病欠のバイトに「罰」不当に減給」となっているが、これは無能な東京地裁の原克也裁判長によれば、名誉棄損になってしまうから見出しを削除して多額の賠償金を払わねばならないのだという。

 なぜなら、労務管理はFC企業の責任なのに、これではまるでセブンイレブン本部を含む全国のセブンイレブンが不当なことをしているかのように誤読させ、セブン本体の名誉を毀損するからだ、という。もう何を言ってるのかわからない。バカすぎて話にならないだろう。フランチャイズシステムの意味を何も理解していないのだ。それを本気で、判決として、東京地裁で出しているのである。普通の会社ならこんな奴はクビだ。

 地裁の裁判官があまりにも無知だったので、高裁には、やむをえず、たくさんの事例を追加で提出した(下記補充書)。これらは、証拠でもなんでもない、普通のマスコミ報道記事だ。こんなことまでしてあげないと分からないくらい、裁判長というのはレベルが低いのである。

控訴理由補充書

◇本部の社会的責任に言及
 高裁では、裁判長がフランチャイズビジネスにおけるフランチャイザーの権限や責任について理解し、そのうえで、本部の社会的責任を優先という、ごく常識的な見解を示した。

 「証拠によればフランチャイズシステムにより事業を運営する事業主 体において、フランチャイジーにおける労働環境についても配慮すべきであるとの見解は、法的責任の存否は措くとしても、少なくとも社会的責任の観点からは広く存在するものと認められ、そのような見解の根拠として、一般に、フランチャイジーの経営全体がフランチャイズ契約による制約を受け、その結果人件費が抑制されること等が指摘されているものと認められる。このような見解を前提とすれば、フランチャイジーにおける労働環境に関する事実の摘示は、それ自体がフランチャイザーの社会的責任に関する問題提起を含むとも解し得るものであり、この意味で、フランチャイザーに関する事実の摘示と認識されたとしても、閲覧者を誤導するものとは直ちには認めがたい。」(判決文より)

高裁判決

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言い掛かり訴訟を仕掛けて墓穴を掘っている永瀬昭幸社長
◇10倍返し報道が絶対的に必要
 この判決について、SLAPP被害経験が豊富な黒藪さんが「報道で反撃したのが、すべての勝因でしょう」と分析してくれたが、全くその通りだ。

 報道を続けたから、どんどん情報が集まった。善意ある内部告発者が協力してくれた。その結果、地裁に証拠として出した、「363時間分の仕事を260時間の人員でやれ」といった本部による研修文書も入手できた。高裁判決では、その内容を、わざわざ引用して事実認定している(判決文参照)。高裁の裁判長がフランチャイズビジネスにおけるフランチャイザーの責任について理解する助けになっただろう。

(※法曹家は経営について驚くほど無知であり、一切、学ぶ機会がないキャリアパスとなっているので、高校生に教えるつもりで材料を集め、手取り足取り教えてあげる必要がある、というのが今回の教訓だ)

 裁判中だから記事掲載を控えるというのは、絶対にやってはならないことがわかるだろう。これは、証拠を集めるという理由だけでなく、裁判を起こせば報道を止められると誤解させて次のSLAPPを誘発させるという、二重の理由からダメなのだ。文春が、おそらくは〝弁護士ブロック〟によって、裁判中はユニクロ記事をストップしていたが、あれは絶対にいけない。悪しき前例を作ってしまう。むしろ逆に、集中砲火的な報道が必要なのである。

 今回、弊社側についてもらった小園恵介弁護士(瑞慶山総合法律事務所)には、当初よりその方針で合意のうえ、進めてもらった。

 実際、今回のような言い掛かりとしか思えない理由で、記事削除と3千万円の賠償金を請求してくるブラック企業・ナガセ(永瀬昭幸社長)と、その顧問であるブラック弁護士・小原健氏については、かなりの暗部を抱えていることが容易に想像できたため、記者の皆さんと東進内部在籍者の皆さんの協力を得て調査報道を連発し、10倍返し、20倍返しをしていった。

東進ナガセ関連記事

主なものは、以下の通りだ。
「東進ビジネススクール」が二重価格表示
東進ハイスクールが組織ぐるみで著作権侵害
「東進」ナガセが組織的な労基法違反で学生バイト搾取
ナガセ元社員が、毎週強制サービス出勤のブラック企業ぶりを証言
東進「東大現役合格実績」はやっぱりインチキだった

 なぜこんな違法行為で成り立っているような会社が上場を維持しているのか、不思議なくらいである。

 今回の判決を、東進内部の情報提供者(現場社員)に報告したところ、総じて、以下のようなコメントが多かった。代表的なものを掲載する。

 ナガセの問題には労働、教育、受験産業、やりがい搾取、FCビジネス、虚偽表示、粉飾決算、パワハラ、クラッシャー上司など様々な日本の問題が凝縮しています。一筋縄では行かない問題だと思いますが、これ以上、従業員にも生徒・保護者にも東進の悪い部分による被害者が増えないためにも、これからもナガセ報道、応援しています。

 弊社は弁護士費用や機会費用をはじめ、ナガセのSLAPPによって、莫大な損失を強いられた。反訴で損害賠償を請求してはいるが、ナガセは高裁に断罪されてもなお謝罪する気配すらなく、最高裁に上告して争うのだという。

 永瀬昭幸というどうしようもない男の化けの皮を剥がして社会にさらすためにも、徹底的に報道を続けなければならない。うちとしては完全に赤字だが、これはジャーナリズムの使命として完遂する義務がある。

 東進グループによる被害者を減らすためにも、ナガセに反省させるためにも、二度とこのような言い掛かり訴訟ができないよう、この会社には、すべての膿を吐き出させる必要がある。FC企業「モアアンドモア」社の倒産とナガセによる支援に関しては、特に深い闇を抱えていることがわかってきている。

 善意ある方々からの、さらなる情報提供をお願いしたい。

情報提供フォーム

 
05:23 06/27 2017 | 固定リンク | コメント(26) | アクセス数(13121)


11/30 2016
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『週刊朝日』1997年5月2日号
 電通の懲戒処分について、記事を書いた。

電通、NHK取材に「自浄能力がない」と感想を述べた若手社員を「戒告」の懲戒処分にして自浄能力のなさを改めて示す

 僕は「実名で取材に答える権利は絶対にある」という点で一貫していて、20年前にサラリーマンだった頃(新聞記者の入社2年目)、『週刊朝日』の取材に、実名で答えている。朝日の記者は「匿名にしますか」と定石どおりに言ってきたが、あえて「実名でいいですよ、何1つやましいことはしてませんから」と電話で言った。

 その結果、ほかの人はAさん、Bさん…と匿名だったが、僕は実名で載って、部長に呼び出された。予想されたことだが、僕は、古い日本企業の体質がダメだと実感していたので、そういう状況は、むしろ望ましかった。

 だから、今回、処分された20代の社員には同情する。

 当時の記事を読み返すと、後半はこんな内容になっている。

「会社をやめようと思ったことはあるか」「慶応SFCの退職率が高いとすれば何が原因か」を電子メールで聞くと、<やめようと思ったことはない。(上司を)やめさせてやろうと思ったことは何度もある。大企業を1年でやめたら、社会人としての適性を疑われて当然だ。最低でもあと4、5年は勤めたい><SFCは「問題を発見して、解決する人材を育てる」という教育方針だから、積極性が求められる。これも、出る杭は打たれるという日本企業の風土になじまない。SFCの教育自体に問題はなく、むしろ「日本企業の体質が時代遅れ」というほうがより大きな問題ではない>との答えが返ってきた。
 呼び出したのは、この守屋部長である。本社のほうで見つけて、支社の部長に連絡が来たらしい。「取材を受けることは否定しないが……(少しおれの管理者としての立場も考えてくれよ、おまえ2年目だろ…という顔)」などと、ごにょごにょ、言っていた。

 会社は、もちろん懲戒処分など、できなかった。当然である。普段、新聞記者として取材している側の人間が、取材を受けただけのこと。これがダメとなったら、自己否定することになる。懲戒処分などしようものなら、ニュースだ。ざまあみろ、と思った。これが、古い日本企業の普通の対応だと思う。

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2ページ以降
 もちろん、「(上司を)やめさせてやろうと思ったことは何度もある」と本音で答えているので、人事部にはそういう奴だ、と記録されただろう。でも、もともと終身雇用のつもりで入社していなかったので、さっさと30才くらいまでに辞めればいい、言論の自由がないような窮屈で人権侵害的な組織にいるのは俺には合わないし、人生の無駄だ、人事で飛ばされたらちょうどいい辞めるきっかけになるさ――くらいに思っていた。

 僕はまだ生意気盛り、青臭い理想を語る24歳の若造で、若者特有の「根拠なき自信」にみなぎっていたし、先輩記者を見て「ジャーナリストとして全然たいしたことない奴らばかりだな」という感覚も入社直後から持っていた。

 結局、この記事をきっかけに、自由に意見表明していたブログ(そういう言葉は当時はなかったが)が会社に発見され、一方的な閉鎖命令を受けた。社内規定はなかった。やむなく従った。

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業務外のホームページ等に関する規定
 僕は、外部への意見表明は「言論の自由」だと信じていたので、1年後に再開する。それを発見した会社が懲戒処分をかけてきた。該当する社内規定はなかったので、「会社の経営方針・編集方針を害さないこと」みたいな、なんでも当てはまる規定が根拠とされた。

 そしてのちに、「業務外のホームページ等に関する規定」が新設された。

 部長の管理能力の拙速さもあって、2年半後に外資に転職することになり、この処分(2週間の出勤停止)取り消しを求めた訴訟では、やはりというか、裁判所は大企業の味方であった。

 20年たって、僕は、理不尽な懲戒経験者として、労働裁判経験者として、働く者の立場から物事を伝えるニュースサイトを経営している。20年前のブログの延長であり、僕がやることは一貫してブレない。

 今回、電通を取材してみて、やはり古い日本企業は何も変わっていないな、との思いを強くした。この事例でも、始末書を書かされ、サインさせられているため、処分の取り消しを求める裁判をやっても、勝てないはずだ。

 裁判所は、企業勤めをしたことがない純粋培養の法律バカ集団なので、罪を認める内容が書かれた始末書にサインしてあったら、「認めてるじゃないか」となるわけだ。しかし、力関係が全く違うなかで、会社側から強制的に書かされたものに証拠能力などないことは、サラリーマンなら誰でもわかる。

 構造としては、自白調書をとられた冤罪事件と同じだ。いつも述べているように、日本の重要な問題の多くが「裁判所ぐるみ」という1つの例である。.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 
12:55 12/02 2016 | 固定リンク | コメント(14) | アクセス数(8514)


04/30 2016
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ホーチミン中心地。後ろはGAPやリーバイスはじめ、下層階に欧米ブランドショップが入る「Vincom Center」。
 先月(2016年3月)、ホーチミンを久しぶりに訪れた。ベトナムには21年前の1995年夏に初めて旅して、初めてのアジアだったため、かなりのカルチャーショックを受け(ハノイとホーチミン)、ホーチミンには20代の後半に一度、ゼミの先輩を訪ねて友人と行った記憶があり、ハノイには2009年3月に10日間ほど訪れた。7年ぶり4回目のベトナムである。

@ホーチミン(ベトナム)2016.3

 シクロ(人力三輪車)は生活シーンから完全に消え、浅草の人力車みたいに観光用に一部が残されているだけになっていた。代わりにタクシーが目立つようになり、観光客を運んでいた。ウーバーもたくさんいて便利だ。

 とはいえ相変わらず自動車に対するバイク比率の高さ(見た感じ1:20とか)はそれほど変わっておらず、20年前よりは車が増えたが、7年前とは同じ印象。信号待ちの光景が、バイクレースのスタート風景みたいに映るのも変わっていない(一枚目写真)。

 7年間の変化は、意外に小さかった。市内に電車くらい走っているかと思ったが、まだ建設中だ。「ビンコムセンター」など商業ビルが中心部に建って欧米ブランドショップが入り、郊外にはイオンモールがオープンして日本の「丸亀うどん」等も出店していた。だが、ホーチミンの市街地はあまり変わっておらず、歩くのが楽しい街だった。

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約1千円の20万ドン札。1千ドン札(=5円相当)まである。
 物価は、7年間でドンの価値は15%ほど下がった。新興国通貨は、かつての円がそうであったように、経済成長とともに上がっていくものであるが、黒田円安政策のもとでもなお、「円高ドン安」となっていた。

 為替は「1ドン(VND)=0.0048円(JPY)、1円 = 206 VND」。ようは、200で割ればよい。20万ドン札が千円札だ。日本もたいがいだが、ベトナムこそデノミが必要である。マルの数を数えるのがタイヘンだ。しかも、20万ドン札と2万ドン札があって、どちらもホーチミン先生が刷ってある。これでは間違えないほうがおかしい。

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PHOは65000ドン(=314円)。チェーン店の2倍、屋台の3倍くらい。麺より多い香菜の量がポイント。好きなだけちぎって入れる。
 さて、ベトナムといえば、大好物のフォー、ヌックミア(さとうきびジュース)、ベトナムコーヒー、生春巻、である。

 僕はPHO(フォー)が大好きなので、毎日2食は食べていた。7年前と変わったのは、ネット上の情報が増え、間違いのない店を探しやすくなったことだ。青空屋台は情報がないので入らず、人気のある大衆食堂ばかりを食べ歩いた。遠くても1時間くらいは歩き、疲れたらタクシー(初乗り1万2千ドン=60円)である。

 ちゃんとした大衆食堂で人気店は、1杯=65000ドン(314円)と少々高い。どこも満席で、すごい熱気だ。「PHO24」などのチェーン店だと3万ドンくらいで、それでも屋台よりずいぶん高い。

 人気店は、どこも香彩類が充実している。3種類ほどの山盛り香菜類が使い放題で、日本でいうと、ほうれん草の束をほどいてドカっと置いたくらいの量がある。これが、客が入れ替わっても常時、机上に置きっぱなしとなっていて、減ると裏で足されたものを持ってくる。

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モヤシ、香菜、スダチ、唐辛子、3種類のソース、ニョクマム…が主人公にみえるほど。
 ほかに、モヤシ、すだち、ニョクマム(魚醤)、チリソースなどを組み合わせ、自分で好みの味に調整できるところがポイントだ。すべて使い放題で、なくなれば持ってきてくれる。切り端などのゴミは、各机の下にゴミ箱が1つずつ用意されていて、捨てていく。

 これらは、21年前から全く同じ。これこそ、食文化である。僕がハノイやホーチミンで食べてきたホンモノのフォーは、豊富な付け合わせを使い放題で、自由自在に自分の好みの味に、無限段階に調整しながら食べられる点にこそ、本質がある。そして僕は大量にこれらを使って、あらゆる味を試す。何を入れてもおいしい。

 東京でフォーを食べるときは、いつも「パクチー大盛りで」と頼むが、その「大盛」とは、本場のフォーについてくる香菜と比べると、10分の1にもならない。本質から外れているのだから話にならない。東京のフォーは完全な偽物である。

 今回思ったのは、そのうち余裕ができたら、本場のベトナム料理屋をやりたい、ということだ。都内で有名なベトナム料理屋にはずいぶん行ったが、ぜんぶカネ儲け主義でコストカットばかりしていて、ショボすぎる。ホンモノがない。

 単純に、コストの問題なのだと思う。香菜類は日本のスーパーだと、少量ワンパック200円といった相場なので、本場と同じようにドサっと置くと、その10倍の量は必要で、香菜だけで2千円也。スダチやモヤシも使い放題にすると、麺や肉の価格を入れると、1杯3~4千円にしなければペイしないだろう。麺類としては、一般大衆向けの価格設定にならない。

 それでも僕は食べたいし、ニーズはそこそこあるだろうから、趣味で店をやって自分で好きなだけ食べたいと思うのだ。

 ちなみに僕はイシャログというサイトを半分趣味で作ったが、400~500万円投資して、売り上げはまだほとんど立っていない。10年単位で回収できればよい。回収できなくても、必要なものは、存在しなければならない。そういうことである。どなたかベトナム人有志と一緒にやりたい。

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少なくとも東京でヌックミアを飲める場所は見当たらない。コーヒー店なんかよりもずっと健康的だし、市場競争力もあると思うんだけど。
◇まだ5千ドンだったヌックミア
 フォーと一緒に、好物の生春巻きがメニューにあれば食べる。そして飲み物は、ある店では、ビール(「333」「タイガー」)が2万ドン(100円)。フレッシュココナッツジュースも同額。そして、さとうきびジュース、食後にベトナムコーヒー。どれも1杯100円前後で完璧においしい。

 大好物のヌックミア(さとうきび生搾りジュース)は、街歩きをしながら、ゴクゴク飲んだ。インドでチャイやラッシーをゴクゴク飲んだように、飲み続けた。主に露店で飲むが、意外にも腹を壊すことはなかった。

 観光客が多い市場だと1万ドン(50円)だが、少し外れると8千ドン。さらに地元民しか行かない路地に入っていくと、移動屋台で、5千ドン(25円)。それより安いところは見つからなかった。5千ドンというのは7年前と同じ価格で、急成長するベトナムのはずが、ぜんぜん値上がりしていなかった(21年前は1500ドンだった)。

◇加工品のほうが値段は高い
 面白いのは、加工食品のほうが高いということだ。「ハイランズコーヒー」というスタバみたいなベトナムコーヒーの店がいたるところにできているが、ここで紅茶系飲料を頼んだら49000ドン(240円)であった。

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ハイランズコーヒーは、だいたい1杯200円くらい。バカ高い。これは49000ドン。添加物入りの不健康なモノのほうが途上国人にはウケるらしい。
 店を出てすぐ隣にある商店でさとうきびジュースを搾ってもらうと(上記映像)、8千ドン(40円)。実に6分の1である。さらに歩けば5千ドンと、10分の1になる。

 先進国では、生ジュースのほうが加工品よりも高いのが相場だ。スタバで座って飲むコーヒーよりも、生搾りジューススタンドで立ち飲みするほうが値段が高い。無駄な添加物がなく自然でおいしい生ジュースのほうが価値が高いのは、我々にとっては当然である。

 ところがベトナムだと、一番安いのが天然の搾りたて生ジュース。日本でさとうきびジュースといえば、沖縄の市場でギリギリ飲めるかもしれない程度だが、東京で飲める場所は見当たらない。実現させるなら、500円以上になるだろう。

 このあたりの、旨くて安くて健康的なもの(ヌックミア)が、よりまずくて高くて不健康な先進国の加工品(ハイランズコーヒーとかコーラとか)にどんどん駆逐されていく様は、文明による文化の侵略であって、どうにかならないものか(文化の進化などではなく、文化帝国主義である)、文化と文明はトレードオフなのか――というのが21年前からの問題意識であった。資本主義自由経済とグローバル化の負の側面、いくつもある「市場の失敗」のなかでは語られることがない側面である。

 21年たってみて、その間、グローバル化をテーマにした本も書いて、今、あらためてベトナムを定点観測してどう思うのかといえば、缶コーラのような保存がきいて安価に大量生産できる「マーケットフレンドリーな商品」と、そうでない商品は確かにあって、後者は確かに不利な戦いを強いられているものの、意外に駆逐されることもなく、容認できる範囲内のバランスを維持しているように見えたことだ。

 この21年でヌックミアやフォーが、その姿を消していたら、または、姿をその本質から変えすぎていたら、残念だった。だが、経済成長とともに物価は上がるものの、大きく消えていくことはなかった。

 ただ、今後さらに十年、二十年をへて、経済成長を遂げたあとにどうなるか、だ。今回、サイゴン川を上るツアーにも参加したが、サイゴン川に面するスラム街はとんでもなく大量に存在している(まさにこれ)。この国の貧困は、厳然として残っている。まだ日本の昭和30年代、といったところだろう。

 ベトナムが日本のような経済成長を遂げたとき、ヌックミアは街中から消えているのだろうか?また、フォーは日本のそば屋のようにチェーン化が進み、日本のフォーの店のように偽物になってしまうのか?

◇保存が利かないモノ
 本で書いたとおり、グローバル化が進む際に、影響を受ける度合には差がある。①一番速く影響を受けるのは、情報・カネ。これは瞬時に国境を越えるからだ。②次が、モノ。少し時間をかけて、最終的に1物1価になる。

 ③モノのなかでも、保存が利かない生鮮食品は、国境を越えにくい。たとえば、日本のコンビニの惣菜工場が中国に移転することはない。保存が利かないからだ。1日3回、中国から都度、輸送していたらコスト高でペイしない。新鮮であることに価値があるのだ。したがって、国内にその工場での作業員の仕事と雇用は、残り続ける。

 ④次に国境を越えにくいのが、ヒト。その地に生まれ育った人間は、簡単に移動できない。だから失業率が高い国と低い国が生まれる。⑤もっとも国境を超えないのは土地だ。国境線が変わらない限り、動かせない。よって不動産は常にローカルビジネスになりやすい。

◇マーケットフレンドリーの逆説
 日本に帰って、似ているな、と思ったのが、日本のイチゴである。日本のイチゴは世界的にみて圧倒的においしい。値段も高くない。冬から春にかけては、日本中で毎日、スーパーに並ぶ。数日で腐るので、輸出はしにくい。鮮度に価値があるからだ。低コストで全く鮮度が落ちない技術が開発されれば別だが、今のところはない。タイなどごく一部への輸出が精いっぱいで、車や電化製品のように地球の裏側では売れない。

 同様に、ヌックミアも、鮮度に価値がある。加工されパックされたジュースも販売されているが、買って飲んでみたところ、マズすぎて捨てた。別モノにしかならないのである。バングラデシュなど世界中に同様の飲み物はあるが、どこも同様に輸出はできない事情には変わりはない。

 そう考えると、「ベトナムのヌックミア」は、「日本のイチゴ」化するのではないか、というのが私の仮説である。同様に、香菜も鮮度が重要なので、大量の香菜にこそ本質があるホンモノのフォーも、今の形のまま、残り続けるかもしれない。

 逆説的だが、マーケットフレンドリーではないからこそ、そのオリジンである地域には、残るのだ。世界化できないからこそ、外からの侵攻も受けないのである。イチゴも、何か別の理由があるのかもしれないが、韓国産のイチゴはマレーシアなどにはふつうに並んでいるが、日本では見たことがない。マズいし鮮度も落ちるし輸送費分がコスト高だからだろう。

 一方、マーケットフレンドリー(市場への親和性が高い)な文化とは、たとえばコーヒーだ。保存が利く。大量生産できる。コーラと同じだ。ベトナムコーヒーはおいしいが、マーケットフレンドリーであるがゆえに、あの独特のカップに入れて飲む文化は、廃れつつあった。21年前はどこでも見かけたが、手軽な自動焙煎器にとって代わられ、チェーン店では、スタバ等と変わらぬ姿で提供されていて、残念である。文化帝国主義だな、と感じる。

 グローバル化が進み、文明化が進んでも、マーケットフレンドリーでない文化は、外部からの侵略を受けることなく、そのままの形で、むしろ市場に残りやすい――これが現状の私の結論であるが、今後も、フォーやコーヒーやヌックミアについて、定点観測を続けていきたい。

 
00:23 05/01 2016 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(4083)


04/20 2016
 就活生への「若者雇用促進法」に基づく情報開示についての記事は、はっきりと企業側の態度が二分され、なかなか興味深い結果だった。

 ようは、相変わらずの「努力」義務で罰則もないため、「正直者がバカを見る社会を促進する」という悪法になっていることがわかったのだ。

 この5社はいずれも、いわゆるブラック報道で有名な会社なので、離職率も高い。働く人を選ぶ会社だ。体が弱い人が間違って入ると、過労死リスクが高い。だが、企業側としては、新入社員の3年内離職率を開示してしまうとマトモな人が入ってこなくなるから、開示したくないのだ。

 それでも、ワタミ、ゼンショー、ドンキは、ブラック企業報道で批判を浴び、この法律が、まさに自分たちみたいな会社のために作られた法律だということを自覚しているから、やむなくも、きっちり応じた。ここで応じないと、どこでどう叩かれるかわからないからだ。既に痛い目にあっているから、これ以上は避けたい。

 ところが、ユニクロとナガセは、情報開示を求めても、まったく応じない。今のところ、莫大な広告宣伝費によってマスコミを抑え込むのになんとか成功しているし、業績への影響もないからだろう。不利な情報は隠したまま、学生を騙して入社させてしまったほうがトクだ、入社後に洗脳して、数年で辞める奴がいても、使い捨てて、また次を採用すればよい、と考えているのである。

 厚労省の担当者は「離職率が開示される世の中を目指す」と取材で答えている。たぶん現場の役人は、本当にそう思っている。政権与党の自民党も、共産党がブラック企業批判などで躍進した前回衆院選(2014年12月)結果をふまえ、何かしらの対策を打ち出しておきたい。でも、支持母体である経団連はじめ経済界は、余計な情報提供を義務付けられるのは絶対反対だ。

 その結果、すっかり骨抜きされた「やったふり」法案になり、相変わらず、国がブラック企業をかくまっている構図が続く。正直に情報を開示したら若者を採用できなくなった、隠しておいたほうがよかった、という結果を招きかねない、「正直者がバカを見る」という構図になっている。

 民主党政権時に、役員報酬額の公開(有価証券報告書)が義務付けられたが、連合の支持を受ける民主党も、労働環境に関する情報開示はやる気がない。なぜなら、ユニクロやナガセをはじめ、ブラック企業には労組なんか最初からないからだ。

 連合は、カネと雇用には興味があるが、労働時間や離職率には興味がない。大企業労組の年寄り集団である連合にとって、若者の労働環境など優先順位の一番下のほうだ。

 この法律に対する姿勢をみれば、その政党が主に誰の利益を代弁するのか、がはっきりわかる。一番ダメなのは、やったふりすらしなかった民進党。自民はやったふり法案を施行しただけマシだが、経団連の利益を優先し、「努力義務」以上には改善されそうにない。現状、若者の利益を代弁する政党が、共産党以外にないのは問題だ。おおさか維新あたりは、ぜひこの問題に取り組んでほしい。

 答えはわかっている。「努力義務」ではなく、以下情報を「重い罰則つきの開示義務」とし、上場企業については有価証券報告書への掲載を義務付ける。そのように変えるだけで、この法案は、ブラック企業問題の解決におおいに役立つものとなる。

【開示を義務付けるべき情報】
・新卒採用数とその3年後までの離職者数を過去3年分
・過去1年の残業時間の分布と全体平均
・過去1年の有給休暇消化数と消化率の分布と全体平均
・過去1年の育休、育児短縮時間勤務の取得者数
・過去10年の労災認定事項すべて

 
08:54 04/20 2016 | 固定リンク | コメント(4) | アクセス数(4207)


01/24 2016
 私は働き手の立場で取材して12年になるが、全職種をカバーするうえで、介護は欠かせない職種だ。親兄弟も含め、いずれ多くの人に関係してくる介護問題。じっくり取材して計2万3千字にまとめた。

介護福祉士&ケアマネ 「芸能人呼ぶカネあるなら給料上げて!」非効率事業者が淘汰されない、官製低賃金労働者

介護福祉士&ケアマネ 整形外科通いも当り前、低ストレス・重労働でキャリアパス見えず…

 介護職がかなり足りなくなる(既に足りない)という話は、厚労省の“予算獲得ポジショントーク”を加味したとしても、たぶん本当で、今後、大きな社会問題になりうる。足りなくなる理由は、重労働&低賃金でなり手がどんどん増える状況にないから。これは厚労省も半ば認めている。

 記事の最後に解決策を書いたので、再掲しておこう。
 ようは、こういうことだ。

①介護保険制度という法律によってサービスの売値が決められてしまっている

②経営側としては、コストをいかにカットするかを考えるしかない

③一番大きなコストは人件費だ

④介護労働者の賃金をカットして私腹を肥やそう&さらに大きく儲けるための設備投資資金に充てるため内部留保にしておこう

 つまり、売値だけを規制している以上、このサイクルが回り続けて、介護職の賃金が上がるわけがなく、低位安定が続く構造なのである。これが、特養の社福が平均3.1億円の内部留保を持っている背景でもある。

 サービスの売値を規制する以上は、人件費の下限(最賃)も規制しなければいけない(A案)。または、歯医者でやっているように「混合診療も可」(保険以外のサービスも可=混合介護の解禁)として、売値に自由度を持たせる(B案)。この2つの、どちらかしか方向性はない。

 後者(B案)の「混合介護」については現在、八代尚宏教授が書いているとおり、事実上、禁止されている。ただ、顧客が弱ったお年寄りということで、解禁するとトラブルが増える可能性がある。中期的にはやるべきだと私も思うが、即効性の高い解決策としては、A案を先にやるべきだと思う。

 たとえば1時間の生活支援サービスだと、3千円が介護保険から事業者に出て、半分の1500円が訪問介護員に時給として支払われる、というのが現状だが、この3千円のほうを上げても事業者の内部留保と放漫経営に使われるだけだから、絶対にダメである。1500円のほうを「最低賃金1600円」と上方向に規制するのだ。

 そうなると、3千円-1600円=1400円のなかを、いかに効率化してコストダウンするか、という競争になる。IT投資をする、機械化する、M&Aで規模の利益を追求する、といった、介護の効率化が進む。1600円を払えない事業者は倒産して貰い、もっと払っても良質なサービスを維持できる事業者だけに生き残ってもらわなければいけない。

 その健全な競争を進めるために、サービスレベルの透明化が不可欠となる。顧客フィードバックの仕組みと、その開示制度がない限り、外から評価しようがないからだ。以下、そういう要旨で解決策を提示した。

◇解決策として
 介護市場は、書籍の定価販売を義務付けた再販規制のある書籍市場と似ている。本は、再販で末端価格を統制できてしまうために値引き競争がなく、中小零細出版社でも多数、生き残りやすい。民主国家において、多様な言論を確保するという目的に適った仕組みだ。その一方で、講談社・小学館・集英社のような大手総合出版社が過剰な利益を得やすくなっている。この3社は従業員の賃金が異常に高く、平均年収1300万円以上はある。

 介護も同様に、介護保険制度でサービスの販売価格が予め決められ、価格競争はない。国が必ず支払ってくれるため、とりっぱぐれもない。この手の市場では、大手のみが規模の利益を得やすく、儲かり過ぎてしまう歪みが生じる。

 介護の場合、出版における「多様な言論」にあたる「多様なサービス」が必要かというと、そもそもサービス内容まで行政に細かく決められており、むしろ多様性のない一律なサービス提供が求められている。

 運営主体への給付額をアップしたところで、労せずして、「内部留保」と「社福や医療法人の理事長(経営者)ら」に利益が回ってしまうだけ。したがって、現場介護職の平均年収を100万円上げたいなら、制度設計を改革する必要がある。

 1案として、以下を提示する。簡単に言うと、もっと「介護事業者」に厳しくし、「利用者」と「介護労働者」に利益を配分すべき、ということだ。

①各資格ごとに最低賃金を設定

 たとえば、初任者研修修了者1200円、介護福祉士1400円、認定介護福祉士(国が現在、構想中でまだ存在しない)1600円、ケアマネ1800円、主任ケアマネ2000円、などと、民間よりもかなり高めに最賃を決める。

 ただしその分、事業者に支給される介護給付費の総額を増やす余裕は国の財政としてないため、よりメリハリのついた使い方に変える。たとえば、生活支援で「買い物」が認められているが、これは月1回などに制限をつける。ほとんどの場合は買うものが決まっており、通販や、スーパーの配達サービスで事足りるからである。

 「買い物支援には、疑問を感じています。昔からやっていたから、通販を使ったことがないから、という理由で、おばあさんが言ってもきかない。雨でも台風でも、車いすで買い物に行く、と言い張る。4千円分の食料品を買うために。それで、ヘルパーは1時間、1520円の時給を貰い、その2倍強が介護予算から出ています」(Aさん)

 予算がじゃぶじゃぶにあるわけでもない、産油国でもない日本で、この使い方はぜいたくというほかない。もっと命にかかわる、本当に必要不可欠なサービスにのみ、使われるべきだろう。

②利用者によるフィードバック(顧客満足度調査)を厳格に運営

 最低賃金を上げるだけでは、その最低賃金水準に張り付き、介護の質も上がらないため、事業者間の競争原理が、確実に働くようにしなければならない。現状は、だまっていても利用者(顧客)が増え続ける成長市場を背景に「ぬるま湯」となっており、非効率が温存されている。

 解決策として、利用者が選択する際の役に立つ「顧客評価結果」を公表する。アマゾンの出品者への評価やウーバーの利用者評価結果は、いずれも5点満点で表示されているが、あれに近いものである。

 この適正な運営を、行政の最重要業務の1つに位置付ける。現状では、訪問介護の場合、「地域包括支援センター」からの紹介で事業者に申し込みが来るケースが多いというが、これは、利用者がどこの事業者に頼めばよいかわからず、選択するにせよ「近所の噂」程度しかなく、確たる情報がないからだ。

 ここで1つ障害となるのが、利用者からどうフィードバックを得るか、である。たとえばBさんが所属する大手医療法人では、利用者に満足度調査をしても、ちゃんと書かないのだという。

 「利用者さんの声が一番なのに、『ちょうどいい』ばかりで、差が付かないんです。日本人は本音を言わないし、悪い評価をしたら、バレて報復されるんじゃないか、と恐れている。アンケート箱みたいにして持って行って『絶対匿名だから』といくら言っても、信用してもらえないんです」

 顧客評価制度は、このように、運用が難しい。しかしこれがないと、介護職の人手はずっと足りない状態が続くため、やる気のない人(事業者)やダメな人(事業者)が淘汰されず、健全な介護職の労働市場が育たない。乗り越えねばならない課題である。

 最賃で底上げを図ったうえで、徹底した利用者ベースの競争を促進し、評価の高い介護サービスを提供する法人には、より多くの利用者が集まり、給与水準も上がる。競争に敗れた法人は潰れるか、優秀な法人に経営統合される。そして全体の効率が高まり、給与水準が上がり、利用者満足度が高まる。このサイクルを作らねばならない。

 現状で、訪問介護事業で「粗利5割」(Cさん)というビジネスは、まともな経営者にとっては十分に魅力的で、利益をあげられるはずだ。経営センスがなく無駄なコストを放置してしまう零細事業者は、淘汰されたほうが国民のためである。

 競争が続くと、最終的には統合が進み、少数の大規模法人が生き残るはずだ。介護というのは、コンサル会社のように、独創性や独自性が競争力の源泉になる仕事ではなく、同じ内容のサービスを均質に確実に提供する仕事だからである。その場合、IT化、機械化投資を行い、無駄なコストを省いた会社が、より高い給与を支払え、よりよいサービスを提供できるようになる。

 極端に言えば、全部統合してしまって同じ情報システムで、同じ会計システム、同じ給与管理システム、同じ介護保険点数申請システムにしてしまえば、間接業務の無駄を省け、その分を現場の給与に還元できるわけだが、それでは独占の弊害で競争がなくなる。この分野での適切な競争を促す公取の役割は大きい。

 現状の、乱立した多数の法人の経営者給料や間接部門のコストは、本来、介護サービスを全国に効率的に提供するという目的に照らして、全く必要がない。そのうえ、さらに平均3.1億円も貯め込まれた内部留保は、元は我々国民が納めた介護保険料や税金である。最賃の設定と顧客評価を軸とした介護事業者に対する競争政策で、事業者側の立場に偏った介護政策を転換しなければならない。

 
20:13 01/24 2016 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(3140)


09/30 2015
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金融事業がエレキを補填する形になっているソニーの業績
 先月までの一連の取材で記事を4本書いたが、ソニーはどこに向かうべきなのか、という話も、社員・元社員に毎回、聞いていた。今回、私なりのソニーが目指すべき戦略について、意見をまとめておこうと思う。ソニーは、古い日本企業の縮図(バブル期入社組の40代後半以上が多い、年功序列型賃金、終身雇用、コモディティー化、新興国企業との戦い)ともいえる会社で、他社にとっても、その答えは応用がきくであろうからだ。なお、インタビュイーは全員、いわゆる有名私大卒のエレキ事業に属する男性で、多様性のなさも日本企業らしい(20代~40代)。

1:職務給「ジョブグレード制」採用で、ほとんど全員年収カットへ
2:ヒット商品が出ないワケ――バラバラ組織、あきらめの早さ、尖ったモノを出せないプロセス…
3:「久夛良木さんに社長をやって貰いたかった」TV時代の部下が語る失敗の原因、リストラの窮状
4:早期退職した社歴15年超の技術者が感じた 「この会社、社長に権限ないんじゃない?」の現場

 ソニーの2015年3月期決算は1259億円の最終赤字で、無配だ。傾向としては、金融分野が安定的に収益を稼いでいるが、エレクトロニクス(エレキ)分野が赤字続きであるため補填しきれず最終赤字になる、という構造が、ここ10年で定着した感がある。

 「今のソニーは、ジャックウェルチが就任した当時のGE。20年くらいかけて痛みを伴う構造改革を続けるしかない。フィリップスが『医療』『照明』『白物家電』の3つに絞る構造改革をしたように、大きなイノベーションがなくても稼げる市場を、確実に抑えていくべき」。数年前に話を聞いた中堅社員は、「でも、それはソニーには無理」ということで、ほどなくソニーを辞めた。

 今のソニーに、「選択と集中」による構造改革が必要だという点は、誰も異論はないだろう。問題は、この10年、社員を減らすことに苦心してきたものの、いまだ7割超の社員が赤字体質なエレキに所属しており(連結社員数14万人のうち約10万人がエレキ、利益が出ている金融は8500人)、そこが胴体であり創業の事業であるから、エレキ中心に考えざるを得ない点にある。

 業績拡大期はともかく、苦しい時期は、本業に立ち返り、本業に全リソースを集中するのがセオリーだ。ブラック批判で赤字転落したワタミは、本業の外食で生き残るため、介護事業の売却を決めた。真っ当な戦略である。

 もちろん、何を選択するかが重要だ。シャープは「選択と集中」を誤って、コモディティー化の宿命を背負っていた『液晶事業』を選択して集中投資してしまい、現在、その液晶事業を売却せざるを得ない方針に追い込まれ、決定的な苦境に至っている。

◇グループ内に金融・音楽・映画会社は要らない
 まず、迷う必要なく真っ先に判断可能なのは、非エレキ部門だ。金融・映画・音楽は完全に切り離し、売却すべきだと思う。エレキとのシナジーがないどころか、逆に足かせになっているからだ。

 iPodでアップルに先行を許した際に議論になったが、特定の音楽レーベル(ソニーミュージック)や映画会社(ソニーピクチャーズ)を連結グループ内に持ってしまっていると、本業のエレキ製品で“等距離外交”ができず、消費者からもそう見られてしまい(アンフェアな品ぞろえだろう…)、さらに利害相反(iPodが普及するとソニーミュージックのCDが売れなくなる、著作権が侵害される…)を生み、不利なことばかりだ。

 実際にソニーのスマホ「エクスぺリア」を使ってみても感じるが、消費者はソニーグループのコンテンツだけを見たいわけでは全くない。特定のレーベルに所属するアーティストや作品だけを見たい・聴きたいという消費者などほとんど存在せず、自分の好みに合った作品を横断的にすべて鑑賞したいのである。従ってソニーは、絶対に、どの音楽・映画会社とも等距離でなければいけない。

 金融についても、これまでのソニーは、エレキの赤字を金融の黒字で埋め合わせることができたため、エレキの改革が放置されてきた面がある。消費者や株主はともかく、「社員共同体」としては、それが望ましかった。自分が在籍している間に、雇用と報酬が保たれれば、それでよいからだ。それがこの10年である。

 「サラリーマンの会社なので、行くところまで行って“ゴーン”が来ないと。でも、金融とイメージセンサーがあるだけに、中途半端な状態なんです」(昨年、早期退職で辞めた元社員)

 つまりソニーは、本業のイメージセンサーはともかく、金融事業を抱えているために、背水の陣を敷く必要がなかった。資金的な余裕があるので、サラリーマンあがりで内部昇格した経営陣が、あえて同僚たちを露頭に迷わせる「コストカッター」を、次の社長に迎え入れる理由がないのだ。

 当時の日産のような、または今のシャープのような、危機的な状況に追い込まれれば可能だが、安定的に儲かる金融事業やシェアトップのイメージセンサーを持っているため、そうならないまま、中途半端な状態でジリ貧が続いてしまった。

 さらに、映画や音楽でも利益が出ていたために、コングロマリットの宿命として、当然、黒字事業からCEOが輩出され、したがって、社員の7割超がエレキに属する会社なのに、エレキ出身者が経営トップに就けず、エレキ中心の戦略が立てられず、ズルズルと赤字が垂れ流され、ますますエレキから意思決定者を送り込めない、という悪循環が、2005年のストリンガーから、10年以上続いている。

 ソニー生命・ソニー損保・ソニー銀行の客は、ソニーブランドに惹かれて加入しているのか?ゼロとは言わないが、もはや全く別モノだと考えられていると思う。それぞれ独自ブランドとして成長した金融事業は、高く売れる。映画・音楽も含め、「背水の陣を敷けない」「CEOを輩出できない」「シナジーがないどころか新事業の障害になる」という“エレキ再生の足かせ”は、早々に切り離してカネに換え、エレキ再生の資金とするのが、賢明な選択である。

◇GEの構造改革は米国ならでは
 グローバルメーカーを例にソニーが目指すべき方向をあげるとすると、いくつかの選択肢があるわけだが、先例から、大きく以下の4つがある。

① GE:業界横断的な「選択と集中」。一時は金融を儲け頭に。
② フィリップス:メーカーという括りの中での選択と集中。
③ IBM:モノづくり→関連サービス業への業態転換。
④ BMW:同じ製品のなかでの高付加価値品へのこだわり、特化。

 GEは、「選択と集中」によって、一時、金融事業が営業利益の過半を占めるまでになり、今また、製造業に回帰しようとしている。

 ソニーは既に金融に手を出して儲かっているから、カルロス・ゴーンのような経営者を招聘して、「ゲーム」「イメージセンサー」「金融」に特化して残りは順次売却、みたいなGE方式をやれば、短期的には利益が出るだろうし株価も上がり、稼ぎ頭が不明なシャープに比べると、生き延びやすい。

 だが、事業を従業員つきで、短期間に売ったり買ったりできる環境は、企業別労組が強い日本のメーカーにはなく、労使交渉をやっている間に事業環境が変わってしまう。

 今回の取材でよくわかったのは、「大胆なリストラ」と対外的に言ってはいるものの、辞める人にも減給する人にも、配慮に配慮を重ねまくるという、「社員共同体」としてのソニーの姿だ。降格になる人でも、初年度最大2%減まで、次年度で5%減まで、など、超温情的な激変緩和措置が設けられていた。

 ソニーは、ただでさえ日本で一番給料が高いモノ作りメーカーなのだから.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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画面が曲面になっている、LG電子のcurvedTV。セブの電器店にて。ソニーは目新しい新製品を出せていない。
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ソニーのヒット商品が生まれない「負のサイクル」

 
18:18 09/30 2015 | 固定リンク | コメント(2) | アクセス数(7863)


05/22 2015
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これは嘘。本音は掲載されなかった。本音どころか、旅行者にとって決定的に重要なファクトが、ホテルや旅行業者にとって都合が悪いからといって掲載されず。口コミサイトとしては終わってますね、これは。
 『イシャログ』を本格運用するにあたって他の口コミサイトをいろいろ使ってみているわけだが、ダメな例として『トリップアドバイザー』をあげておこう。米国のNASDAQ上場企業なので短期的な金儲け主義に走るのはわかるのだが、利用者としては残念というか、もはや理念もへったくれもない。あそこに載っている口コミ情報は総体として嘘だから、信用しないほうがよい。

 今年のGWはマニラやセブにいた。取材拠点として、以下のビジネスホテルを予約したところ、なんと宿泊の前日になって、「オーバーブッキングで部屋がないから他を紹介したい」というホテル側の意向を伝えるメールが、ホテルズドットコムから来た(下記画像参照)。既にクレジットで料金支払い済みだった。

 ホテル業界に詳しい人に聞くと、予約を受付ける情報システムがすべてつながっているわけではないため、たとえば部屋数100のホテルで、楽天に40、エクスペディアに40、JTBに40…と、部屋を満室にしたいがために、まず120を出してしまって、予約状況に応じて途中で絞っていくようなこともあるそうだ。

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ホテルズドットコムからのメール
 ところが、タイムラグがあるために、100を超えて予約を受けてしまうことも起こる。しかし、仮にそうなっても、前日まで客に知らせないというのはかなり宿泊者をバカにした金儲け主義のダメなホテルであり、貴重な口コミとして、ネット上で情報を共有し、そういう経営体質を持ったホテルであることを、他の旅行者に伝え、注意喚起しなければならない。それが口コミサイトの存在価値だ。

 そもそも、前日でも空いてるホテルというのは、人気のない、ダメなホテルだけだから、勝手にキャンセルされたら、旅行者は困ってしまう。特に、今回のような取材の予定が入っているときにこれをやられたら、たまったものではない。

 そこで私は、取材して以下の口コミを書いた。
施設名(名称): ハロルズ
都市名(市区町村): セブシティー, セブ島, ヴィサヤ, フィリピン, アジア
タイトル: オーバーブッキング被害
ID#: 270291451

トリップアドバイザーからホテルズドットコム経由で予約したところ、予約して支払い済なのにオーバーブッキングで部屋がないと前日に連絡してきました。絶対に誰にも勧められません。客を金儲けの手段としか考えてないホテル。結局、当日になって用意させたが、私は他のホテルを探したりで一日潰してるのに、5月6日現在、一言の謝罪もなし。もはや人間として終わってますね。

ホテルの問題でもありますが、代理店の問題でもあります。「ホテルズドットコムは、自らも代理店だが、さらに代理店経由であるため、オーバーブッキングの際にオミットするターゲットになりやすい」(日本語版責任者の沼田氏)。タイの会社なので日本には営業所もなく、日本の法律も適用されない。もちろん違法。優良誤認で、存在しない部屋を予約させ、事前決済までさせてる。

トリップアドバイザーも、こういう悪質なホテル&代理店を表示している責任は重いので、説明を求めたい。

 トリップアドバイザーは、利用者からはカネをとらず、代理店・仲介業者(楽天やエクスペディアその他もろもろの宿泊予約サイト)に送客することによって、仲介業者からアフィリエイト収入を得て儲けている。ホテルズドットコムもその1つだ。もちろんホテルからの広告収入もある。

 したがって、旅行代理店やホテルにとって都合の悪い情報を載せると、利害相反となる。今回の口コミでは、トリップアドバイザーの「本当の客」である代理店やホテルのネガティブ情報であっても、ちゃんと載せられるのか?が問われたわけだが、ある程度予想はしていたものの、見事に載せなかった。

 何の留保もなく、丸ごとはねてきた。「ここだけ載せてよいですか?」「ここだけ修正いただけますか?」とすら、聞かれなかった。すがすがしいまでの金儲け主義で、もはや口コミサイトとして失格といえるクズっぷりである。

 私はトリップアドバイザー経由でホテルズドットコムから予約して決済したので、トリップアドバイザーはアフィリエイト収入で一儲けしているわけだが、私の口コミのほうは載せない。それで「中立的な立場で口コミを掲載しています」などと堂々と嘘をつく。皆さんは、このような詐欺的商法に騙されないよう、注意していただきたい。

 この口コミが載らないことによって、ホテル側は反省もせず、今後も同じダブルブッキングを繰り返すだろう。口コミが載らないことによって、旅行者が、その被害から逃れる手段も失われた。トリップアドバイザーの口コミは、総体として操作されている嘘、ということだ。

 このような、中立を装って消費者の利益を害する口コミサイトは、悪質である。私は、徹底的に消費者(患者)の側に立ち、消費者(患者)の利益を最優先に考えた口コミサイトにする。提供者側(医者)にとってネガティブな口コミを載せない、ということは絶対にしないので、安心してご投稿いただきたい。

 
17:14 05/22 2015 | 固定リンク | コメント(7) | アクセス数(15613)



ココで働け! “企業ミシュラン”

渡邉正裕(WATANABE Masahiro)
(株)MyNewsJapan代表取締役社長/編集長/ジャーナリスト。ほぼすべての主要企業内ホワイトカラーに情報源を持つ。現役社員への取材に基づき企業の働く環境を一定基準で評価する「企業ミシュラン」を主宰。日経新聞記者、IBMのコンサルタントを経てインターネット新聞を創業、3年目に単年度黒字化。
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