人間に残る仕事は、読解力が必要なのか――『AI VS 教科書が読めない子どもたち』
いい売れ方をしている本だ、と思った。
最近のベストセラービジネス書には、知名度の高い筆者を利用して意識高い系に売りさばくような自己啓発系の薄っぺらい本が多いが、あれはビジネスとしてはわかるが、情弱ターゲット本はみていて気持ちの良いものではない。それは30秒も立ち読みすれば判断できる。
『AI VS 教科書が読めない子供たち』はその類とは反対に、買って読んでじっくり考えるのに最適な本だったので忘備録的に記しておこうと思う。
テーマは、「テクノロジーの進化と教育・職業の変化」という、ちょうど私が興味を持つ領域で、熟読してしまった。ほかのAI関連本は、技術者の自己満足だったり外国の話や歴史上の話が多くて途中で眠くなるのだが、本書は主張が明快で日本人にとってイメージしやすい大学入試を扱っていることもあり、最後まで楽しめた。
多くの著名な本がそうであるように、大胆な仮説の提示が自信満々に述べられており、議論のテーマとして示唆に富むものだ。
本書の内容は実にシンプルだ。MARCHクラスの試験はAIでも解けることが実証されたが、東大は無理であることがわかり断念した。それはコンピュータの能力の問題ではなく、性能がいくら向上しても無理。
その主な原因は、AIは四則演算と論理・確率・統計の世界でしかなく、自然言語の読解力がAIには不可能な領域であるためで、そこが人間に最後まで残る強みであるはずだ。だが子どもたちの読解力を調査してみたら著しく低いことがわかった。人間がその強みを生かせないのなら、将来、仕事に就けなくなるのではないか、現行の義務教育の課題はそこにある――というもの。
ようは、②本来できるはずの子どもたちも、国語の教科書を読解できない。
③子どもたちはAIに仕事を奪われ、職業に就けなくなる。
という分かりやすい主張が展開されているのだが、僕は、事実と論理でゴリゴリに固める外資コンサル会社にいたので、この展開はすごく気になった。プロジェクトの成果物だったら、最終報告会でクライアントに引っくり返されてやり直しになりそうだ。
まず②については、初めて行ったワンショットの調査で著者の予想を下回ったことをもって、あたかも読解力が下がっているかのような書き方になっているが、トレンドに関しては根拠が1つも示されていない。「昔からそんなもんじゃないのか?」というのが私の感想だが、いずれにせよトレンドに関するファクトはない。
国語の教科書の文章はきわめて退屈で(宮沢賢治でも夏目漱石でもいいが、エラい人が書いた小難しい文章ばかりだ)現実社会から離れすぎているので、イメージしにくい。人間は、現実に目の前で起きていることは、必要に迫られてすっと頭に入ってくるので、実社会ではあまり問題にならないのだと思う。
③については、さらに怪しい。「読解力」と「社会に出て仕事を遂行する能力」は、現状でもあまり相関がないと思う。実際、入社試験で読解力問題を解かせる会社は、あまり聞いたことがない。近年、入社試験で一番みられるのは、面接における対人コミュニケーション力で、その比率は経済のサービス産業化が進んだことで、より高まりつつある。読解力はワンオブゼムであり、少なくとも最重要ではない。
特に、AIが絶対にできない「感情労働」の類は、文章の読解力と関係ない。たとえばJR東日本の駅員さん(現業職)は40代で1千万円弱の年収を得られて定年まで盤石な、今後も安定した職業の代表であるが、窓口・改札・ホーム・内勤、そして酔客対応などイレギュラーな泥臭い仕事で、常に感情をすり減らす対人業務である。ロボットには永遠に代替されない。
日本で一番労働人口が多い「営業職」は、特に外回り営業だと、顧客との対人コミュニケーションの積み重ねで信頼関係を築く仕事であり、頭でっかちな読解力を駆使した書類のやりとりでは成立しない。これもAIには永遠に代替されない。
僕は日本企業、外資で働き、そして独立起業して800人ほどの職業人をじっくりインタビューしているので、アカデミックの研究者より現場で必要とする能力については深く理解しているつもりだ。
センター試験と現実社会の一番の違いは、「センター試験には答えが必ずあり、多くの設問の答えは1つだけだが、現実社会(企業で働く社員が出すべきアウトプット)の課題には明確な答えはない」ということだ。
そういった、答えは1つではないけど答えに限りなく近づいていく作業(たとえば株価や為替の予測、配送会社の最適な配達経路、営業マンの最適な訪問リスト抽出&提案内容選択…)は、AIの「強化学習」(ある目的を与えてAIに自己学習させる)の領域だと思うが、私が一番知りたい強化学習について3ページしか説明されておらず、そこが最後まで消化不良だった。
スパコンの利用で天気予報の精度が極めて高まったという事例が紹介されているが、ならば同様の理屈で、株価予想や為替予想の精度も、スパコンの進化とともに上がり、ウォーレンバフェットを超える日が来るのではないか。森羅万象が変数であることはわかるが、その変数の重みづけを自己学習、強化学習で学んでいくことはできないのだろうか。フレーム問題やオントロジー問題と、強化学習の関係も不明瞭だった。
つまり、AIの将来的な実力を、「明確な教師データアリ学習」の分野のみに限定することで、過少評価しているように読めたのだ。実際には、著者のいうとおり、コンピュータの能力が何億倍になっても絶対に解決しない領域なのかもしれないが、そのラインがどこなのか、説明がクリアではなく、明らかに不足していた。一番知りたいのは、そこだった。そこがはっきりすれば、職業としての『AI VS 人間』の答えが明確になるのだと思う。本書をヒントに、じっくり考えてみたい。
Twitterコメント
はてなブックマークコメント
facebookコメント
読者コメント
他社メディアの記事で、高度プロ制度に関する”労働者の声”は企業側が選んだ人物を厚労省の職員が訪問して意見交換したとの報道があった。更に企業側が同席していたこともあったとのことだが、こんなことすら報道しないメディアの存在価値とは何だろうか。こんなことならオープンソースという形でAIメディアを創った方が、よっぽど伝える情報、事実、真実の質が向上するのではないかと思ってしまった。
記者からの追加情報