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『朝生』出演で見えた討論番組の未来
老舗番組らしく昭和の香り満点。もはやノスタルジックな雰囲気も漂わせるオープニングタイトル

 月末最終金曜日の老舗番組『朝まで生テレビ』に出演した(2008年4月25日)。討論コンテンツにかかわる仕事は、私の念願であった。実際に参加してみて感じた、朝生式の討論番組で必要なスキル(ずうずうしさや瞬発力)、および現状の構成・進行の課題(議論の拡散、「もう別の話にいっちゃうの」感)、今後の討論番組のあるべき構成(論点別の主任論者制)について述べる。

【Digest】
◇計画的に起こった偶然
◇百家争鳴、「自己愛性人格障害者の群れ」
◇0時30分、局へ
◇パネラー入場
◇席順の問題
◇黙られるほうがやりづらい
◇「経営者の性格が悪い」どうにもならぬ森永氏
◇ずうずうしさと瞬発力が必要
◇基本的な歴史的経緯などは抑える
◇環境に左右されず発言するスキル
◇自己採点は65点だが…
◇各自の役割明確化、論点ごとの構成に
◇もう別の話にいっちゃうの?感がストレスに


 私の『朝生』に対する思い入れはすこぶる強い。

 私は、総合政策学部で政治学・政策過程論、およびディベートを学び、民主主義が必然的に抱える「衆愚性」というデメリットを縮小するには、無理のない形で政策に関する多面的な情報が主権者たる国民一般に行き渡らなければならない、そのためにはテレビの討論番組はもっとも有効な手段であり、発展・普及させねばならない、と真剣に考えていた。

 要するに、有権者が政策について知らなすぎる、それはそもそも知る機会がないからだ、だから選挙が知名度だけの勝負になって、何も政策がない青島幸男氏が都知事になってしまう、なんと不幸な国だろうか--。政策を知る場がディベートであり、その機能を果たせるメディアはテレビしか考えられなかった。

 そこで就活では、討論番組の発展によって幅広い有権者を啓蒙することで民主主義を成熟させたい、との思いからテレビ局を第一志望とした。もちろん『朝生』『サンプロ』のテレ朝が第一志望だ。だが、企業広告収入に圧倒的に依存し、視聴率に縛られるというテレビ局の絶望的なビジネスモデルについて無知だった私は、現実性に乏しかったためか、2次面接であっけなく落ちたのだった。

 大学院試験の研究テーマ申請でも、テレビメディアが世論形成にどのような影響を与えるか、といった内容を提出した。だが政治系以外の成績がよくないせいか(Aの数は12個ほどだったし)院試は落ち、第2志望業界だった新聞社で、記者としてのキャリアをスタートした。

 その当時、12年後に自分がパネリストとして出られるとは、よもや想像しなかった。そもそも、バブル期に始まっているこの番組自体が、何のリニューアルもなく、そのままの形で22年間も続いているだけでもすごいことだ。そこに出演できるとは、夢のようである。

◇計画的に起こった偶然
 そもそもの起点は、編集者の山中さんが揖斐編集長と知り合いだったこともあって『サイゾー』が私を紹介し、それを読んだ『BigTomorrow』が田原氏との対談をセット し、それを読んだ『朝生』プロデューサーが私に声をかけてくれて打合せし、田原氏が出演を承認、一週間前の土曜日に決まった。このイモづる式のきっかけを作った山中さんのプロモーションには感謝すべきだろう。

 私にとっては、この歳で朝生に出られるのは、重要なキャリアステップである。キャリアは、このように人との出会いから底流に流れる志が連鎖して、自律的に形成されていく。まさに計画的に偶然が起こった(クルンボルツ博士のプランド・ハップンスタンス・セオリー)といえる。

 かくして第253弾「激論!“新しい貧困”とニッポン」 に出ることになったが、私は貧困自体を一度も取材したことがない。専門分野である大企業の正社員の置かれている状況や企業経営、人事の視点から発言できるよう、準備することにした。

 友人にも情報収集で協力してもらい、本番までの1週間はワーキングプア関連の本を読んだり、最近の政府のフリーター対策を調べたり、最低限の基礎知識を身につけた。問題の所在と解決の方向性は明らかで、政治の怠慢だ。政府から「若者の貧困問題」を解決するよう依頼されたコンサルタントならどうするか、という視点で作った解決策が、これである。

◇百家争鳴、「自己愛性人格障害者の群れ」
 せっかくだから昔からの友人らにお知らせすると、「あまりに非現実的なメールに驚いた」といった驚きの反応がほとんどだった。『朝生』といえば、特に我々の世代では知らない人はいないほどの老舗有名番組であり、身近な人間がそこに出るのは、まさに非現実的なことに違いなかった。

 当時は、NHK出身の宮崎緑が今の長野智子のポジションにいて、大島渚や野坂昭如が、どこまでが演技か分からないような激しい論戦を繰り広げていた。朝方、議論が停滞してくると、大島渚氏に「そろそろ怒ってください」というカンペが出るらしい、といった噂もあった(真偽は不明)。演出がどうなっているのかも興味があった。

 「時間の無駄としか思えない昔から大嫌いな番組」だという医者の友人は、「人の言う事は聞けない、自己中心的で他罰的な自己愛性人格障害者の群れに食い尽くされないように頑張ってください」と珍しく連絡をくれた。

 確かに朝生の構成は、百家争鳴で、あまり建設的でないと私も昔から感じていた。「声が大きい人が勝つ」「結論がない」などという批判は常にあり、人格障害の気がない限り、なかなかあの場では活躍しにくい。全共闘的なガス抜きの機能を担いつつ、「社会の方向性が決まっており、答えを出さなくてよい時代」だった昭和だからこそ、ダラダラと不毛な議論を楽しめた、ともいえる。

 発言のしやすさは、議論の面子にも左右される。冷静な人たちが多ければいいな、と思った。自民・大村議員のようなパフォーマンスと大声が取り柄みたいなキャラは困る。出演者はいろいろ名前を聞いていたが、3日前にやっと確定 。『ルポ貧困大国アメリカ』がなぜか売れている堤未果氏は調整がつかなかったようだ。世耕・山井の議員2名は、去年、『週刊東洋経済』の企画で取材したばかりで、悪い印象はなかった。

 前日、「お車はいかがいたしましょうか」との連絡が。私はテレ朝まで徒歩十数分のところに住んでいるので不要だったが、遠方からでは、3時間討論の前に交通で疲れてしまっては元も子もないので、当然の計らいだろう。

◇0時30分、局へ
左から席順、討論の段取り、台本。段取りはかなり実際とは違う適当なものだった
 当日、局入りは午前0時30分。学生バイトが大量に動員されていた。局の入り口で緑色の台本のようなもの、進行と席順の紙を貰い、会議室に案内される。緑の台本によると、全国24局への放送で、学生スタッフは20時集合、電ギャル(視聴者から電話を受ける女性スタッフらしい)は22時集合。観覧者のスタジオ3(討論の会場)入りは、24時15分。スタジオの技術スタッフだけで28名もいる。いかに多くの人が関わっているのかがわかる。

 会議室は、戦闘モードを駆り立てるべく、個室か、または貧困支援側と経営側で部屋が分かれているかと思いきや、全然そんなことはない。広めの会議室が出演者共通の待合室になっていた(50人の観客やアルバイトの人たちはもちろん別の部屋だ)。

 政治家2名(世耕、山井)はさすがに動きすばやく、名刺交換が異様に手馴れている。私も皆さんにご挨拶。私から見て親父世代の、朝生歴20年の大ベテラン、堀紘一氏などは、もはや主のような雰囲気を醸し出していた。

 事前に作成をお願いしていた図表のパネルが、机の上にある。パワーポイント資料で提出したものだが、かなり綺麗に仕上がっていて安心した。

 0時50分ごろ(本番30分前)、打ち合わせが始まる。田原氏がパネリスト11名を紹介し、進行を説明する。といっても、「貧困の実態」「原因」「解決策」の3部構成です、という程度。出演者同士、お知り合いの方々が多いようで、和やかな雰囲気である。

 『中央公論』4月号の佐藤優と雨宮処凛の対談を読んで、今回のテーマでやることを決めたこと。タブーはいっさいなく、企業名もどんどん出していい、ということ。「えっ、いいんですか?」と雨宮氏。このあたりは、さすが田原氏はジャーナリストである。

 15分前くらいになって、みながスタジオ3に移動する。途中、「今日はどんな話でいきますか」と山井議員。「民主党が立場上言いにくい連合の既得権について言おうと思います」と答える。1つしか言えないとしても、貰いすぎ中高年正社員の問題は指摘したかった。問題の本質は、企業の人件費の配分の歪みにこそあるからだ。

 スタジオでは、アルバイトの人たちがパネラーの席に座って、カメラ映りなどのリハーサルをやっている最中だった。スタジオには既に50人の観客が座っていて、ブース内には電ギャルがずらりとスタンバイしている。ご苦労様である。人が多いためか、スタジオは意外にこじんまりしているように感じた。

◇パネラー入場
 本番直前のスタジオ裏手は、熱気がつまっていて、汗が噴き出す。もう10分後には、確実に始まるのだ。独特の、ものすごい緊張感がある。暑さもあって意識が朦朧としてきた。みんな慣れているから、おしゃべりしている。

 5分前くらいになって、「だいたい登場順に並んでくださ~い」というディレクターらしき人の指示が出る。

 田原氏が「トヨタの本、面白かったから、週刊朝日に書いておきましたから」と声をかけてくれた。

 渡邉「ぜんぜん、気づきませんでした。予想どおり、マスコミはまったく書評を書かないんですよ」

 「だから!僕が書いたんだ。こんど、送っときます!」と微笑みつつ語気を強める田原氏。

『週刊朝日』2007年11月30日号、田原総一朗のギロン堂

 

 こういった、「マスコミがやらないから自分がやるのだ」という姿勢が、私と共通するところである。ジャーナリズムにタブーがあってはいけない。それは当然のことだが、影響力は大きいが商業主義の権化のようなテレビを主な舞台としつつ、それを貫くのは大変なことであり、コマーシャリズムとジャーナリズムを高度なレベルで両立できているのは、テレビ界では田原氏しか見当たらない。

 記事を読むと、まったくそのとおりだと思った(左記)。MyNewsJapanの存在意義はまさにここにあるのであって、理解してもらえたことは素直に嬉しい。

 「本番30秒前で~す」といった掛け声がかかり、カウントダウンが始まる。

 0時20分、あっけなく本番がスタートし、CMから切り替わって、長野・渡辺の司会コンビがしゃべり始める姿が、舞台裏のモニターに映った。すごい臨場感である.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。



自分がしゃべるときにどう映っているのかを見るのはもちろん初めて。麻生太郎のように、口の右上が上がるクセがあることが判明した。なんかヤな感じだ。
「マイニュースジャパン代表」の肩書きが何度も表示されたが、サイトのアクセス数に影響は見られなかった。

 

 

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クリスチャーノ  16:34 09/23 2008
この討論会で、紀子さんの議論がありました。出演者があまりかみ合わず、意見も少なくつまらなかった。皇室のことになるとこうなってしますのが残念。
大阪府民  12:57 08/05 2008
渡邉正裕氏の民主主義に対する捉え方に大変共鳴しました.テレビ局は斯様な姿勢で互いに切磋琢磨し国民にとって相応しい長寿番組を創出してほしいと痛感しました.渡邉氏の様な方が数多くメディアに登場して一大勢力を形成し発言力を高めてほしいと想います.どうか頑張って下さい.一国民として応援します.
司郎さん  18:51 05/08 2008
み、見逃しました! ただ、城繁幸さんのブログで、頑張ってらっしゃったんだということだけは確認できました。大変 お疲れ様でした。