トヨタ系の大手自動車部品メーカー「アイシン・エィ・ダブリュ株式会社」。自動変速機(AT)やカーナビを製造している。年間売り上げは8,764億円(単独、2008年3月期。同社HP公表データ)にのぼる
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自動車の自動変速機(AT)やカーナビを製造するトヨタグループ系製造会社「アイシン・エィ・ダブルリュ株式会社」(愛知県安城市、石川勉社長)の社員Aさん(23歳、病気休職中)が、先輩社員から集団いじめに遭い心的外傷を受けたとして先月、労働災害を申し立てた。だが会社は「労災に該当しない」と否定。Aさんは「嘘を言う理由などありません。いじめた当人たちが一番よく知っているはず」と訴える。トヨタ車は、社員の人権より効率を優先するカルチャーのもとで生産されている。
【Digest】
◇安定した会社と思って入社したが…
◇初日から「こいつは使えん」
◇40秒、30秒、20秒…現代版「モダンタイムス」
◇新人に金せびる古参社員。断ると集団イジメ
◇わが身かわいさに周囲は見てみぬフリ
◇トイレに「臭い、キモイ、バカ、空気読めない」
◇労災申請に会社側「パワハラなかった」
◇足元の人権より世界の人権が大事?の「世界のトヨタ」
◇安定した会社と思って入社したが…
専門学校を卒業後、建材会社に勤めていたAさんが、アイシン・エィ・ダブルリュ社(AW社)の入社試験を受けたのは2005年のことだ。「募集広告が出ているよ」と職場の先輩が勧めてくれたのがきっかけだった。
AW社はトヨタグループ・アイシン精機の子会社で、地元では年間の売上高が8,764億円に達する大企業である。
「大きい会社だから、収入が安定している。休みもちゃんと取れる。いい会社だと信じていたんです」
Aさんは言う。
地元の人気企業である。簡単ではない。受験する決心をしたのは、商売を細々と営む両親を何とか支えたい、という思いがあったからだ。
受験会場には大勢の人が受けに来ていた。難関だけに、採用が決まったときは家族で喜んだという。希望はあっても不安はなかった。
仕事が始まってみると、当初の印象は予想どおり「いい会社」だった。最初に配属されたのは「ギヤノイズ」という欠陥品の修理部門。ライン(ベルトコンベアー)で量産しているオートマチック(AT)ミッションのなかに、たまに組み付け不良のものが出てくる。それを抜き出して、工具を持って個別に直す部署である。
同期入社の仲間も一緒で、心強かった。Aさんははじめこそ戸惑ったが、すぐに技術を習得した。一年もするとひとりでたいていの作業はできるようになっていた。
「頑張っているね」
上司の言葉がうれしかったという。
◇初日から「こいつは使えん」
そんなある日、Aさんは製造ラインに異動することになった。「第二工場 J6ライン」というところだった。「いい会社」は、この日を境に一変する。
製造ラインの仕事は初めてだった。コの字型に配置されたラインに10人ほどの作業員が取り付いて、上流から流れてくるATに次々と部品を取り付けていく。
Aさんに与えられた持ち場はラインの最後のほうだった。
新しい職場に出勤した初日から、Aさんは戸惑う。
ライン作業は初めてだった。次々に流れてくるATの機械に部品を取り付けていく。傍目にはゆっくり見えても、実際にやってみるととても追いつかなかった。
だが、「流れが速い」ということよりも、職場の雰囲気がまったく違うことに戸惑った。
初日のこと。Aさんがラインの流れに追いつこうと懸命に仕事をしていると、Sという職長補佐が近づいてきた。目つきの悪い40歳くらいの男だった。次の瞬間、Aさんは耳を疑った。
「だめだこいつは。使えんな!」
Sはそう怒鳴ったのだ。周囲で作業をしていた社員が振り返るほどの声だった。
手伝ってくれればよさそうなものなのに――そんな思いもよぎったが、飲み込んだ。新人だからという配慮は微塵もなし。慣れない仕事に戸惑うAさんを前に、Sはただ冷淡な表情を見せていた。
職場にいるのは全部で10数人。その中に職場同期の友人はひとりもおらず、Aさんがもっとも格下だった。
◇40秒、30秒、20秒…現代版「モダンタイムス」
ライン作業というのは単調で忙しい。
ラインのスピードは可変式になっており、もっとも遅いときでAT1台あたりの持ち時間が40秒ほど。これはかなりゆっくりのスピードだ。
その間にAさんは距離3~4メートルの持ち場を移動しながら10以上の工程をこなさなければならない。
○ラインの上流からATが流れてくる
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○外観をモニターテレビでチェックする
↓
○問題がなければ“OK”ボタンを押す
↓
○ラインを操作する棒を払う(手払い)
↓
○止まっていたATが少し前に移動する
↓
○ATと一緒に歩いて移動、機種に適合する部品(ストラップ)を箱から取り出す
↓
○ 適合するボルトを部品箱から取り出す
↓
○「手払い」をしてATを前に進め、自分も移動する
↓
○ トルクレンチでボルトをしめる
↓
○「手払い」をして先に流す
これだけの作業が40秒ほどの間にこなせないと、ATが持ち場に渋滞してたまってしまう。最悪「あんどん」というボタンを押してラインを止めることになる。作業にミスがあっても「NG」の警報音が鳴ってラインが止まる。
チャップリン主演映画『モダンタイムス』を彷彿させる光景である。
ラインが止まると「ライン外」と呼ばれるライン付きでない社員がやってきて、手伝ったり様子をみてからリセットボタンを押す。すると再びラインが動き出す。ラインを止めた後は、効率を上げるためしばしばスピードを上げる。
「いろんな車種のATが混ざって流れてきて、それぞれボルトの種類も違うんです。部品箱から正しいボルトや部品を探す、それから組み付けるんですが、穴がうまく合わなかったり。追いつけなくて何度か止まりました」
朝8時20分に始まり夜8時まで同じことの繰り返し
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夜を徹して稼動するアイシン・エィ・ダブリュ社。1万人を超える従業員が働いている。「安定した大会社」だと、地元では人気なのだが |
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刈谷労働基準監督署に労働災害の申し立てを行うAさんの関係者(2008年7月7日)。Aさんはいまでも職場のことを思い出すと苦痛を感じて体に変調をきたすという。 |
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アイシン・エィ・ダブリュ社が掲げる企業行動憲章。児童労働など人権問題に関心が高いようにみえるが…。(同社HPより) |
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