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菅直人元総理から見た3・11原発事故対応の現実 (上) 住民避難命令に必要な情報が指揮官に届かない仕組み
菅直人=元首相。2011年3月11日の東日本大震災時、日本国総理・原子力対策本部本部長の最高権力者として指揮を執った。(この写真は2016年5月20日、1回目のインタビュー時、衆議院第一会館にて)

 世界最悪級の原発事故発生から5年たった2016年に至っても、いまだ解明されていない闇は多い。福島第一原発事故は、現場が「東日本に人が住めなくなる事態」を覚悟し、運よく格納容器の破壊をまぬがれたためにそこに至らなかったものの、国を滅ぼしかねない危機だった。にもかかわらず、国民にとって最重要ともいえる「住民の安全」については、事故発生時のファクトとそれに基づく政策決定プロセスの解明、反省・改善がなされないまま、全国で原発の再稼働が進行中だ。「どこで、どのように情報伝達が滞った結果、住民避難が遅れ、被曝と汚染を招いたのか」について事実を追いかけてきたジャーナリストの烏賀陽弘道氏が、当時、住民避難を命じる権限者だった菅直人元首相にインタビューし、数々の謎に迫った。

【Digest】
◇住民避難に必要な事実は私に伝わらなかった
◇なぜヘリで現地入りする必要があったのか
◇いまだ全公開されていないテレビ会議
◇5年たって、新潟の検証委員会資料でやっとわかったこと
◇保安院のナンバー1と2が原子力の専門家でなかった
◇安倍首相を名誉棄損で訴えた海水注入問題
◇政治家でない武黒氏が勝手に止める指示を出した

 「福島第一原発 メルトダウンまでの50年」(明石書店)を今年3月に出版したとき「取材したかったが、実現しなかった」一人が3・11当時の総理大臣だった菅直人・衆議院議員である。本の冒頭「3・11当日のロスタイム」という章で、2011年3月11日の地震発生から、翌12日の福島第一原発1号機の水素爆発までの約25時間に絞って、政府内(原子力安全・保安院、経産省、首相官邸など)の情報伝達で、どれくらいのロスタイムが生じ、それが周辺住民避難の遅れにつながったかを検証した。

烏賀陽弘道=1963年、京都府生まれ。京都大学経済学部を卒業後、朝日新聞社に入社。5年間の新聞記者生活を経て、91年~2001年は「AERA」編集部。米コロンビア大学の国際公共政策大学院に自費留学し、国際政治と核戦略を学ぶ。03年に朝日新聞社を退社し、フリーランスのジャーナリスト兼写真家に。11年3月の東日本大震災以降は、被災地を回って“原発災害”の実態を調査・記録し続ける。著書・共著に『「朝日」ともあろうものが。』『俺たち訴えられました!』『報道の脳死』『原発事故 未完の収支報告書 フクシマ2046』など多数。
 一度目の水素爆発(3月12日15時36分)では、30分差で双葉町の住民約300人の避難が間に合わず、原発から3キロの地点で降下物を浴びるに至ったことが取材でわかったからだ。そのロスタイムが発生したいくつかのポイントに菅総理がいたことが、その場に居合わせた関係者の証言でわかっていた。

 「菅総理から見た3・11の現実」はどうだったのか、話を聞こうと、5年の間に何度か菅氏の事務所に連絡したが、返事をもらえなかった。

 そのうちに本の締め切りを迎えてしまった。非常に心残りだったので、出版後、本を一冊菅氏の事務所に送った。「出版後も取材は続けているので、お目にかかってお話を伺いたい」という趣旨の手紙を添えておいた。

 「誰をも非難・糾弾する意思はない」「原発否定派でも推進でもない」「後世の歴史のために記録を残したい」「事故原因の真相はまだ究明されていないと考えている」などを、こちらの意図として書いておいた。

 すると5月初旬、私の携帯電話に、知らない電話番号から何度も着信があった。返信してみると「菅ですが」と3・11当時の会見中継で聞き慣れた声がした。びっくりした。政治家、それも総理まで務めた人が、未知の記者に、秘書を介さず直接電話をかけてくるのはまれだ。それまで返事すらもらえなかったのに、である。

 菅氏は私の取材の要請に返事をしなかったことを詫びた。そして用件を言った。私の取材の意図を知りたい、ということがひとつ。そして、もう1つは、それに先立つ2016年4月19日の衆議院環境委員会で菅氏が東電社長や原子力規制委員長らにした質問のことだった。それは、3・11当日の夕方には、福島第一原発が危機的な状況にある情報があったのに、総理に届かなかった、という話だった。


 この話は、ほとんど報道されていない。なるほど菅氏にも「まだ言いたいこと」があり、当時の権力の中枢にいた総理大臣にさえ「事故から5年たってやっとわかったこと」があるのだな、と思った。

 インタビューして新たにわかった部分を要約しておく。(1)(2)は「メルトダウンまでの50年」で菅氏に話が聞けないまま残った「3・11初期25時間のロスタイム」の一部である。

(1)菅氏は、自分が「原子力緊急事態宣言」にサインをしなければ、原発周辺住民の避難が始められないことを知らなかった。そして総理のそばにいて、助言すべきだった原子力安全委員長や原子力安全・保安院長も、それを総理に教えなかった。その結果、避難開始が1時間以上遅れた。

(2)一度済ませた緊急閣僚会議をテレビ用に「やらせ」で繰り返し、約30分を無駄にした件について、菅総理は「自分が言い出したのではない」「誰が言い出したのかはよく覚えていない」と話した。

(3)原発では地震から2時間半後の午後5時15分には「燃料棒露出まで1時間」の情報があったのに総理の元には届かなかった。反対に同日夜「水位は燃料棒のうえ45センチ」という情報が伝わった。

 補足して説明しておく。

(1)総理大臣は原発事故の際、住民避難を命じる権限者として「原子力災害対策特別措置法」に定められている。総理がハンコをつかなければ、住民避難は始まらない。その「総理がハンコをつく場面」で菅氏が決済をしないまま与野党党首会談に席を外してしまったのはなぜか、という理由が不明のままだった。その理由を菅氏が語るのは初めてである。

(2)のテレビ用やらせ閣僚会議の話は、テレビ新聞報道でも、各種の事故調査委員会に報告にも出てこない。海江田万里経産大臣(当時)の回顧録「海江田ノート」(講談社)に出てくるのみだ。よって菅氏にこのやらせ会議のことを尋ねた報告も今回が初めてのことになる。

(3)総理に情報が届くまでには「原発→原子力安全・保安院→経産大臣→総理大臣」と複数のプレイヤーが介在している。そのどこで、なぜ、どのように情報のパイプが詰まったのか、一つ一つ精査しなくてはいけない。私が取材を続けている「どこで、どのように情報伝達が滞って、住民避難が遅れ、被曝と汚染を招いたのか」というパズルの、ピースの一つが(3)である。保安院や東電本店に届く前に、原発内部で死蔵されてしまった重要な情報がある、ということがわかった。

 菅氏のインタビューは、上下二回に分けて報告する。インタビューの流れにしたがい、「上」で(3)について、「下」で(1)(2)について、という順番になった。私が聞いた菅氏の話は史料として価値が高いと考えるので、音声から文字に書き起こし、できるだけ編集を加えずに伝える。背景などの解説が必要な場合は、文意を乱さない範囲で、私が「注釈」を加えた。

 インタビューは2016年5月20日と同6月20日の2回、東京・永田町の衆議院第一会館にある菅氏の事務所で行った。合計時間は約2時間半である。2回めは1回めの内容の確認や補足に近かった。特に注釈がない限りは1回めのインタビューを軸に書いていく。


◇住民避難に必要な事実は私に伝わらなかった
『福島第一原発 メルトダウンまでの50年』(明石書店、2016年3月出版)。海江田万里(当時の経産大臣)、福山哲郎(当時の官房副長官)など政策決定の関係者を取材、住民軽視の実態に迫る。
 菅「こうした本をお書きになっているので、相当状況はおわかりになっていると思いますが、特に(原発事故の)初期の段階で正確な情報が、私や国民や、色々な人に伝わらなかった原因として、三種類あると私は考えています。

 一つは、福島第一原発の免震棟に置かれた発電所対策本部。そして、現場にある直接メーターとかが入っているオペレーションする所を合わせた『現場』の判断が間違っていたケースです」

―――(烏賀陽、以下同)「東京の東電本店と福島第一原発」ではなく「福島第一原発内部の免震重要棟内の対策本部と、原子炉の計器を読む部屋」ですね?

各種資料をもとに当時の状況を振り返る
 「原発そのものですよ。一号機と二号機の間にあって(全電源を喪失して)真っ暗になったという話がありましたね。名称は何と言ったかな?(烏賀陽注:中央制御室)。直接原子炉の水位とかの表示を見るのはそこなんですよ。免震棟はそこから少し離れた高い所にある。本店はもちろん東京です。ですから原発事故の生のデータというのは、福島第一原発にしかないわけです。そしてF1で直接メーターを見ている人と、吉田所長を本部長とする発電所対策本部。この二つを合わせて現場と呼ぶとするなら、現場自身がこうだと思ったが、そうではなかった、というのが第一のケースです」

 ―――なるほど。

 「一番わかりやすく言うと、(2011年3月)11日の22時に『一号機(の原子炉内)にはまだ水(=冷却水)がある』という報告が私のところに来ているんですよ」(編集注:これが事実でなかったことは現在では確定している)

 ―――「水位はTAF(注:『有効燃料頂部』。燃料棒のてっぺんのこと。冷却水の水位がここから下になると燃料棒が露出して空焚き状態になる)から上45センチ」という報告ですね。これが夜10時に総理のところに届いた。

実際のメルトダウン開始は19時29分だったと後に解析された(NHK『原発メルトダウン危機の88時間』より)。東電は17時15分に「あと1時間でメルトダウン」の情報を持っていたが総理には報告せず、住民避難命令の判断を下すことができなかった。この政策プロセスは検証も反省もないまま、いまだに国会(衆議院環境委員会、2016年4月19日)で質疑がなされている状況。
 「それは正式なルートでも来てるんですよ。書類にも残っています。ところが実際には、その時点でもうすでに(1号機では)メルトダウンが始まっていた事が、今ではわかっています。17時15分にいったん『あと1時間でTAFまで(水位が)下がる』と(原発の中央制御室では)言っていた。実際の動きもそうなったんですよ。

 それなのに、(福島第一原発の)本部の中で情報が共有化されなくて、あとになってまだ水があるという報告が来て、そちらが採用された。だから私の方には、22時の時点で『まだ水がある』という報告だけが来た」

 ―――なるほど。1号機は津波到達からわずか1時間45分後の午後5時15分に「燃料棒頭部に冷却水が下がるまであと1時間」という危険な状態だった。現場はそう把握していた。しかし、総理のところに報告が来なかったということですね。

 「ここに、こういう当時の報告の書類が色々があるんです(紙の束を示す)。例えば、同じ3月11日の22時ごろに『原子炉水位が判明してTAF+450ミリ』とか、そういう内容ならある。つまり、福島第一原発の現場でメーターが壊れたり、壊れたことがわからなかったり、吉田(昌郎・福島第一原発)所長でさえ17時15分の報告を認識していなかったり、現場がそもそも正確に判断出来ていないケースがある。これがひとつ目です」

 ―――なるほど。

 「ですから原発の現場が間違った情報、例えば22時に『燃料棒頭頂部のうえ450ミリ』と誤って判断したら、当然それが一般的には(東電)本店を通して、とか、あるいは(原子力安全)保安院を通して私のところに来る。まあどのルートから来ようとも、元々事実関係の情報があるのは全部現場ですから。だから現場がメーターの誤動作に気付かず、水がないのに水があると判断すれば、当然報告される情報も間違っているわけです」

 ―――要するに、福島第一原発という発信源から情報が間違っているわけですね。

 「それがひとつ目です」

 ―――わかります。

◇なぜヘリで現地入りする必要があったのか
 「二つ目のケースは、現場はわかっていたのに、間に入った人が正確にそれを伝えなかったという事です。例えば初日(3月11日)のベントです。『ベントをやりたい』と東電が言って来た.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。



産経と朝日で真逆の報道になった海水注入の経緯
「ここが一番問題だと思っているんです。武黒氏は原子炉のプロですよ。それなのに『官邸がまだグジグジ言っているから止めろ、止めろ』と吉田所長に言うわけです。政治家が吉田所長に言ったのではなく、武黒氏が言ったんですよ」

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   00:22 07/18 2016
「誰をも非難・糾弾する意思はない」「原発否定派でも推進でもない」「後世の歴史のために記録を残したい」「事故原因の真相はまだ究明されていないと考えている」これが大事だ。意識して残さないとWeb上でも残らないものだ情報は。烏賀陽弘道さんの記事は本当に久しぶり。事実に基づききちんと裏付けとった良記事をこれからもMyNewsJapanに連載して頂きたい。