衛星予備校の元社員体験記を削除せよ――業界3位「東進」運営会社ナガセが「訴訟テロ」予告①
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東進衛星予備校を経営するFC会社の元社員の体験記に対して、運営会社のナガセ社からMNJに送られた7月19日付の「通知書」。「虚偽」であるとして記事削除を求めている。 |
- Digest
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- 記事を削除せよと1通目の内容証明
- 虚偽だというが意味不明
- 東進の「全体もしくはその多く」でって?…
- ゆがめられた原文の文意
- 「元社員の体験記」から「東進全体の話」に
記事を削除せよと1通目の内容証明
「東進」の件で筆者がマイニュースジャパンの渡邊正裕編集長から連絡をもらったのは8月末のことだった。東進運営会社の株式会社ナガセ代理人弁護士から、「通知書」と題して、記事削除を求める内容証明郵便が送られてきたという。法的措置も辞さない旨書いてある。名誉棄損で訴えるぞ、ことによれば刑事告訴も辞さないぞ――という警告だと筆者は理解した。
通知書は7月29日付で、ナガセ社代理人という小原健氏と齋藤雄司両弁護士から送られた。小原氏は、かつてロス疑惑でマスコミにさんざん名誉棄損をされた三浦和義氏(故人)がスポーツニッポンを訴えた際、スポニチ側の代理人をやった人物だ。また、殺人事件に絡んだ生中継をする際、肖像権を侵害された清掃業者の男性がTBS、東京放送ホールディングス、みのもんた氏の3者を名誉棄損で訴えた裁判では、TBS側の代理人をしている。個人に対して大メディアが名誉棄損をやる構図のなかでは大メディア側について「賠償責任はない」とやった弁護士が、今は上場企業ナガセの代理人としてマイニュースジャパンという零細メディアを相手に、同社の批判記事が「名誉棄損」であると、提訴も辞さない姿勢で迫ってきている。いささか節操がないという印象がぬぐえない。
なお上の裁判で三浦氏の代理人を務めたのは、のちに武富士代理人として筆者と闘うことになる弘中惇一郎弁護士だ。
参考までに付け加えると、小原氏の事務所(みのり総合法律事務所)の所属弁護士を確認したところ、元文部科学事務次官の清水潔氏が新人弁護士として登録していることがわかった。天下りとみられる。それほど大人数の事務所ではなさそうだが、どういうわけか今回の通知書に清水氏の名前はなかった。
いまから12年前の2003年3月、『週刊金曜日』に連載した武富士批判記事が原因で筆者は、弘中弁護士率いる同社から1億1000万円の損害賠償を求める訴訟を起こされ、勝訴した。不当提訴だと反撃訴訟を起こし、そちらも完勝した。それゆえ、大企業が個人や零細メディアを訴える種類の名誉棄損訴訟(いわゆる「訴訟テロ」「恫喝訴訟」「SLAPP」)については多少詳しくなった。編集部より助言を求められたのは、それゆえのことだった。
さて、通知書によれば、ナガセ社が問題としているのは、2014年10月15日に配信された「『東進』はワタミのような職場でした――ある新卒社員が半年で鬱病を発症、退職後1年半で公務員として社会復帰するまで」という記事だった。
記事は、関西地方のフランチャイズ(FC)会社に就職し、「東進衛星予備校」で働いていた元社員の過酷な体験を、別の記者が聞き取ってまとめた、いわゆる「聞き書き」と呼ばれるルポルタージュである。元社員本人を「私」という語り手とする手法で記事は構成されている。
この記事が問題だとナガセはいう。通知書は分量が多いうえに表現が難解で、一読しただけではよく理解できない。慎重に意味を読み解く必要性を感じた。
筆者は取り急ぎ目を通した。5ヶ所の記述を問題にしていることが確認できた。「本件記述①」~「本件記述④」と書かれている。本件記述④は2ヶ所出てくるが、そのうちのひとつは「本件記述⑤」の誤りだろう。
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「東進ハイスクール」はナガセ社の直営校で、フランチャイズ経営のものが「東進衛星予備校」だ。記事は東進衛星予備校を運営するFC会社で働いた経験のある元社員の体験を一人称で紹介した聞き書きだが、ナガセ社は、東進全体かその多くに問題があるという記事内容だとして削除を求めている。![]() |
虚偽だというが意味不明
まず、「本件記述①」について詳しくみることにしたい。通知書によれば、「本件記述①」とは、記事の本文に入る前段階のリード(前文)部分らしい。該当箇所についてはこう書かれている。
【通知書における「本件記述①」(その1)】
〈…少子化で苦しい予備校業界において、「勝ち組」の東進ハイスクールが、スター講師の授業を全国にデジタル横展開することで躍進してきたこと、その授業は、ほぼすべてが人気講師によるDVDやネット配信によるオンデマンド講義で、首都圏の直営校だけでなく、同じ内容が全国に約900あるフランチャイズ校でも提供されていること…〉
記述を問題にするからには、当然原文から忠実に引用をしているに違いない。そう思っていた筆者は、読み始めてすぐに、そうではないことに気がついた。原文と照らし合わせると微妙に表現が違う。
原文はこうだ。
【通知書における「本件記述①」(その1)に対応する原文】
…少子化で苦しい予備校業界において、「勝ち組」の東進ハイスクールは、「今でしょ」の林修先生に代表されるスター講師の授業を全国にデジタル横展開することで躍進してきた。その授業は、ほぼ全てが人気講師によるDVDやネット配信によるオンデマン講義が、首都圏の直営校だけでなく、同じ内容が全国に約900あるフランチャイズ校でも提供する。
※赤字が相違している部分
筆者は違和感を覚えた。記事が「虚偽」だと批判する以上、どこの記述のことなのか正確に特定してくれないと話が進まない。議論が不毛になる恐れもある。弁護士の文章にしては雑にすぎないかと、筆者はすこしうんざりした。
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香川県高松市内にある東進衛星予備校。フランチャイズ会社が運営している。(記事とは直接関係ありません)![]() |
◇「普通の読み方」って?
通知書の「本件記述①」の続きを読み進め、違和感はさらに強くなった。こんな書き方をしている。
【通知書における「本件記述①」(その2)】
〈…その現場は、教育分野の持つ理性的なイメージとは裏腹に、社員に過酷な労働環境を強いて本来支払うべき残業代を利益に付け換える“ブラック企業”が支えている面もあること、その職場は新卒で、ある東進衛星予備校に入社した元社員が入社後、連日深夜に及ぶサービス残業でタクシー代も自腹で負担し、給料が額面20万円未満という環境のなか、半年で鬱病と診断され退職を余儀なくされ、自身の体験を振り返り、「まるでニュースで聞く居酒屋チェーン店(※ワタミのこと)の様な職場だった」と感想を述べていることが記述されています(以下、「本件記述①」といいます。〉
原文と突き合わせてみると、さらに多くの相違点が出てきた。原文の表現は次のとおりである。
【通知書における「本件記述①」(その2)に対応する原文】
一見合理的なチェーン展開にも見えるが、その現場は、教育分野の持つ理性的なイメージとは裏腹に、社員に過酷な労働環境を強いて本来支払うべき残業代を利益に換える“ブラック企業”が支えている面もある。まるでニュースで聞く居酒屋チェーン店(※ワタミのこと)の様な現場だった――新卒で、ある東進衛星予備校に入社後、連日深夜に及ぶサービス残業でタクシー代も自腹、給料が額面20万円未満という環境のなか、半年で鬱病と診断され退職を余儀なくされた元社員が、自身の体験を振り返り、病に至る経緯とその対処法を語った。
ところどころ文言や文章を削除したり、入れかえた部分もある。こうなるともはや「本件記述」の引用というより要約というべきだろう。そしてこのナガセの要約には、原文の趣旨を大きく損なっている部分があった。 記事が元FC社員の聞き書きという一人称のスタイルで書かれているのに対し、「要約」では、記者を書き手としたうえに、東進全体で起きている話であるかのような表現になっている。「話者」が入れ替わり、話題も、いちFC会社の話から東進全体の話に広がっている。
筆者のなかで膨らんできた違和感は、続くナガセによる「本件記述①」の「解釈」を読むに至り、決定的となった。
もはや「聞き書き」であることを完全に無視していることがはっきりした。「東進ハイスクールや東進衛星予備校全体もしくはその多くが」ブラック企業のようなことをやっているという趣旨の記事だ――と決めつけ、虚偽だと難じている。【通知書における「本件記述①」の解釈】
〈本件記述①は、他の記述部分と同じく、普通の読者の、普通の読み方によれば、上記記事には、あたかも通知会社(ナガセ社)が運営する東進ハイスクールや東進衛星予備校全体もしくはその多くがいわゆるブラック企業と称されている「ワタミ」と同じような企業であり、「ワタミ」と同じように残業代を支払わず、社員を低賃金で長時間労働させる違法行為を敢行する企業で、その過酷さのため新卒社員も半年でうつ病を発症するほどであることの事実が適示されています。〉
〈上記事実は、虚偽であり、本件記事は、通知会社の信用をいちじるしく棄損しております。〉
もしかしてナガセの経営者も代理人弁護士たちも、「聞き書き」というスタイルの記事があることを知らないのだろうか。筆者はいぶかしく思った。
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マイニュースジャパンに対して記事削除と謝罪を求める内容証明を送ってきた株式会社ナガセ本社(東京都武蔵野市吉祥寺)。![]() |
東進の「全体もしくはその多く」でって?…
ナガセによれば、「本件記述①」を「普通の読み方」で読めば、東進ハイスクールや東進衛星予備校全体もしくはその多くで長時間労働やサービス残業がなされているとの内容が書かれていると読めるのだという。
本当にそうなのか。先に引用した【通知書における「本件記述①」(その2)に対応する原文】を振り返り、確かめた。
一見合理的なチェーン展開にも見えるが、その現場は、教育分野の持つ理性的なイメージとは裏腹に、社員に過酷な労働環境を強いて本来支払うべき残業代を利益に換える“ブラック企業”が支えている面もある。まるでニュースで聞く居酒屋チェーン店(※ワタミのこと)の様な現場だった――新卒で、ある東進衛星予備校に入社後、連日深夜に及ぶサービス残業でタクシー代も自腹、給料が額面20万円未満という環境のなか、半年で鬱病と診断され退職を余儀なくされた元社員が、自身の体験を振り返り、病に至る経緯とその対処法を語った。
たしかに、東進の労働環境が劣悪だったという趣旨のことは書かれてる。だが、あくまで特定の東進衛星予備校――すなわちナガセではないFC会社――で働いたことのある元社員の経験談であるとはっきりわかるように記述している。誤読の余地はないのではないか。東進全体の話であるという読み方など、それこそ普通に読む限り、できない。
記事が「虚偽」だというナガセの論理は、前提事実に無理があると筆者は思う。論理思考は奇妙ですらある。
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東進ハイスクールに掲げられたポスター。人気講師のビデオ講義が「売り」のひとつだという。![]() |
◇本件記述②――ナガセの解釈とは
続いて、通知書に従って「本件記述②」をみてみよう
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受講者を募集する東進ハイスクールののぼり旗。
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"なお上の裁判で三浦氏の代理人を務めたのは、のちに武富士代理人として筆者と闘うことになる弘中惇一郎弁護士だ。"
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読者コメント
1戦→1銭の誤りです。
元文部科学事務次官の清水潔氏が退官後弁護士登録をしてナガセ代理人である小原健弁護士の事務所に所属した件に関して「天下りとみられる」との観測を述べた記述について小原弁護士側から「『天下り』の何たるかも知らない低レベルの批判です」などという反論がきた。「当事務所は、文科省とは何の関係もなく、同省から人員を一方的に押し付けられる関係にはないうえ、そもそも当事務所は同弁護士に1戦も給料を支払っているわけではありません」とのことである。
もし、ナガセが恫喝訴訟を仕掛けてきた場合は報復措置として、MNJは虚偽告訴の罪でナガセを逆に告訴してやれ。
ワタミも狂った感じの会社だ。東進もやはりそうなんだろう。前回の記事の題名はまことにふさわしかったとしか言えないな。
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