「このままでは大学院入試が崩壊する」と神戸大元准教授が警鐘〝出題者が特定の受験生相手に直前課外授業事件〟――を不問に付した大学のコンプライアンスを問う
大学院入試の直前であるにもかかわらず、出題者の准教授が特定の受験生を相手に「課外講義」を繰り返し行うという「異常事態」の現場を目撃した神鳥安啓・元神戸大学准教授。「問題なし」とした大学の調査のあり方についても疑問を呈する。 |
入試の出題者が、試験直前に、自分がよく知る特定の受験生に対してのみ講義を行う――。そんな、誰が聞いても驚くことが平然と行われていた。2015年、神戸大学大学院入試の出題者だった准教授が、試験直前にもかかわらず、受験を予定していた特定の学生を相手に、繰り返し「課外講義」を行ったのである。背景には、教員側からみて使い易い内部進学生を院に受からせたい事情があったとみられ、フェアな入試とは言い難い。この課外講義をなんども目撃した証人は多数いるが、そのなかの1人が、元神戸大学大学院工学研究科准教授(応用化学専攻)の神鳥安啓さんだ。神鳥さんは、37年間に及ぶ神戸大の教員生活で、自身が出題を含む入試業務を何度も担当した経験を踏まえ、「この課外講義はきわめて異常で、特定の受験生に便宜をはかったと疑われても止むを得ない」と指摘する。実名で陳述書を裁判所に提出する決心をした神鳥さんに、入試の流れと事件の詳細を聞いた。
- Digest
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- 入試直前の課外講義は「ありえない」
- 神鳥准教授は見た
- 課外講義で扱ったテーマが出題された
- 出題ミス防止目的の「読み合わせ会」
- 教授の権力の前にモノ言えぬ
- 自浄作用が欠如している
- 自殺者が出る研究室
「判決でもし記事取り消しとなったら、他の研究室や他大学も『うちもやろうか』となるでしょう。学生を使い潰す、自殺者が出るくらいきつい研究室もある。科研費など外部資金をとってくるには成果が必要で、学生の労働力が必要だからです」(神鳥さん)
勝手知ったる、使い潰せそうな内部の学部生をアンフェアな形で院に上げ、成果がなければ修論書かせないぞ――というアカハラの原因にもなる、というのだ。一般常識では不正と批判されてもやむを得ない出題者の行動だが、神戸大はこれを追認。当該准教授を今年、教授に昇任させた。大学のガバナンスとコンプライアンス不全は絶望的だ。(→『腐った大学』情報提供はこちら)
入試直前の課外講義は「ありえない」
2015年8月に実施された神戸大学大学院入試の出題を担当した准教授が、試験直前の時期にもかかわらず特定の受験予定者(学部生)数人を相手に繰り返し「課外講義」を行った。課外講義の「現場」である研究室棟の共有スペース。何人もの目撃者がいた。 |
この事実を批判的に報じたMNJの記事に対して、当該准教授がMNJを名誉毀損で提訴、一審東京地裁は110万円の損害賠償と記事削除を命じる完全敗訴を言い渡した(令和元年〈ワ〉34892。杜下弘記裁判長)。MNJ側は判決を不服として控訴し、現在東京高裁で審理が続いている(令和5年ネ4662)。一審判決は、大学が内部調査で「問題なし」と結論づけた(結論部分しか明らかにされておらず理由は不明)ことに全面的に寄りかかった判断だが、記事が前提とした基本的事実は正確で、これが報道できないのであればもはや大学の発表を垂れ流す記事以外は存在できず、この国の言論の自由は死滅したに等しい。これが日本の司法の惨状である。
神鳥さんは、現在は定年退職したが、当時は現職だった。裁判所がことの重大さを見誤っている点や、大学がおざなりな調査で不問に付した点について、「このままでは大学院入試が崩壊する」と警鐘を鳴らす。
インタビューに先立って、事実経過の概要を列記しておきたい。
・2015年4月、A准教授が神戸大に着任。所属は応用化学のM研究室(M教授)。
・2015年4月〜8月 A准教授が大学院受験を予定している学部生数人に対して、数回にわたり課外講義を行った。A准教授は出題者だった。A准教授の課外授業は研究室棟の共用部分(廊下)で行われ、神鳥准教授ら複数の目撃者がいた。出題者が試験直前に課外授業をするのは異例であり、何人もの教員が違和感を抱いた。
・2015年8月、大学院入試。大学院生を含む学生が受験した。試験には、課外講義で扱われたテーマ(スペクトル関連)も出題された(なお、訴訟における事実認定では、この問題の出題者はA氏ではなかったとされる)。
・2015年9月 大学が内部調査を実施、問題はなかったとの結論(情報公開請求で開示された報告書はほぼ完全に黒塗り)。
・2019年4月 MNJに記事掲載。
・2019年6月 神戸大が調査を実施、問題なしとの結論(情報公開請求で開示された報告書は、結論部分を除きほぼ完全に黒塗り)。
・2019年12月、A准教授が名誉毀損でMNJを提訴。
・2023年8月、一審判決。110万円の賠償と記事削除を命じるMNJ敗訴判決。MNJは控訴(審理中)。
・2024年4月、A氏が准教授から教授に昇任。
入試直前に、出題者であるAに准教授が特定の受験生を対象に繰り返し課外講義を行ったこと、その講義で取り扱ったテーマがじっさいに試験に出たこと、入試直前に教員が受験生相手に講義を行うのは出題者ならずとも控えるのが当時の常識だったこと、A准教授の行動はきわめて異常だと多くの教員が感じたこと――これらの基本的な事実を問題のMNJの記事は正確に踏まえている。しかし、東京地裁は、「漏洩」という表現にこだわり、漏洩があったとは認められないとして記事削除を命じた。大学が「問題なし」と言っているのだから問題はないのだ。そう言わんばかりの乱暴な判決だ。
だれの目にもA准教授の課外講義が不適切であることは明らかであり、かつ大学がどのような調査をしてどういう理由で「問題なし」としたのかも不明となれば批判を浴びるのは当然である。これを批判できないのであれば、もはやジャーナリズムは成立しない。神鳥元准教授が実名を出してインタビューに応じる決心をしたのも、健全な大学の運営のためには批判すべきを批判する必要がある、との危機感からだった。
神鳥准教授は見た
(三宅)――A准教授の課外授業を目撃したんですね? 神鳥 はい。4E棟2階、応用化学科の教員居室が集まっているフロア中程の「コモンスペース」と呼ばれている共有部分です。AさんのいるM研究室のM教授室のすぐ前です。私の居室からもそう遠くないところです。そこでA准教授は大きな声で講義をやっていました。ふつうは、業者との打ち合わせとか、先生同士の懇談、小さな会議に使う場所です。講義をするのは聞いたことがありません。ホワイトボードがあって、Aさんはそこに映写して講義していました。コモンスペースの奥には流し台があるんですが、私たち教員はそこにお茶をくみにいったりするのでしょっちゅう横を通るのですが、意に介さず堂々とやっていました。――いつごろのことですか?
神鳥 講義自体は(2015年の)4月ごろからやっていましたね。はじめは気にしていませんでした。しかし7月以降になってもやっていたので驚いた。7月というのは試験問題の作成にとりかかる時期だからです。結局、8月に実施された試験の6日前までやっていた。「ええの? そんなんで?」という感じです。試験問題を作成した本人が受験生相手に講義をする。しかも試験の6日前まで。そんなのは見たことなかった。あり得ない。絶対にだめだと思った。――何回くらい目撃したのですか?
神鳥 私が見たのは5回くらいです。
受験生相手の課外講義で使用されたとみられる参考書のひとつ。大学の授業で一般に使われているものとは異なる。 |
――神鳥先生は1980年に神戸大学に入られた。長年の教員生活でそういう光景を見たのははじめてですか。
神鳥 はい。だいたい7月以降、あそこで講義するなんていうのは常識では考えられない。講義をやること自体が問題です。やったらあかんことです。――「やったらあかん」というのは教員の間で常識だった?
神鳥 そうです。出題者(出題委員)には試験問題の内容がわかっています。自分が作成した問題だけでなく、ほかの問題のことも知り得る立場です。試験問題のことを知っているのは出題者だけではありません。検討委員や教科委員というのもいて、それらの先生も問題を見ている。つまり、問題を見ている人が教員の中にたくさんいる。だから試験前に教員が受験生に講義をするというのはだめなんです。――A准教授が出題するというのは、当時どのくらいの人が知っていたんですか。
神鳥 はっきり知っているのは検討委員や教科委員と呼ばれる試験担当の一部教員だけです。しかし、出題できる教員が限られているので容易に推測がつくんです。A准教授が担当したのは有機化学ですが、これを出題できるのは、ほぼM教授、A准教授、神鳥、B准教授―の4名に絞られます。何年かに1度は出題役が回ってくる。――今年はAさんだろうというのはだいたいわかる。
神鳥 はい。例年、試験の出題者が遅くとも7月の最初には決まる。A准教授はそれ以降もずっと講義を続けていた。異常だと思いました。――課外講義は、神鳥さんの居室のドアからそう遠くないところでやっていた?
神鳥 ええ、声が聞こえました。――試験の時期に入ると教員は緊張するものですか?
神鳥 それはあります。受験生に対しては極力接触しないように気をつかいます。――どの学生が大学院を受験するというのはわかるんですか。
神鳥 自分の受け持った学生についてはわかります。
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問題の課外授業が行われた現場付近の見取り図。
神鳥元准教授が現職時代に使っていた名刺。長年神戸大学に在籍し、入試の仕事にも何度も携わってきた。その経験から、「課外講義」は看過できない異常な出来事だと言う。
「課外講義」が行われた「共有スペース」(中央奥の衝立で囲んだ部分)付近は教員が頻繁に往来しており、目撃者が何人もいた。
問題の記事がMNJに掲載されたのは2017年4月だが、その直後に大学は調査委員会を立ち上げて調査を実施、同年6月に「試験問題漏洩はなかった」とする報告書をまとめる。情報公開請求に対し、大学が明らかにしたのは結論部分のみで、事実経過や理由はおろか、調査委員の氏名にいたるまですべて黒塗りにしている。
黒塗りにされた調査報告書。問題のMNJの記事が掲載された後に行われた。
問題の試験があった直後の2015年9月にも調査が行われ、問題なしと結論づけた。匿名の内部告発がきっかけだった。情報公開請求で開示された報告書は1枚もののごく簡単なものだった。ほぼ完全に黒塗りで内容をうかがい知ることはできない。東京地裁の裁判官は、この「調査」に寄りかかって「記事は名誉毀損である」との判断をくだした。
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