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過労死発生企業名の情報公開訴訟、松丸正弁護士に聞く「過労死は労使合意から生まれる」

情報提供
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松丸正弁護士(堺法律事務所)。 1946年生まれ。1980年代から労働問題の裁判を続け、過労死・過労自殺を中心とした労災認定、企業賠償責任について、被害者側の立場で事件に取り組む。「過労死弁護団全国連絡会議」代表幹事。
 「過労死を発生させた企業名が分かる文書」を東京労働局に開示請求したところ、「個人が特定されるおそれがある」という意味不明な理由で企業名がスミ塗りにされたことを、昨年4月にマイニュースジャパンで報告した。同じ時期、過労自殺で夫を亡くした寺西笑子さんが大阪労働局に対して同様の開示請求を出したが、結果は同じ。寺西さんは2009年11月、長妻厚生労働大臣に対し、過労死・過労自殺のあった企業名を公表するよう文書で要請するとともに、企業名の開示を求める情報公開請求訴訟を大阪地裁に提訴し、審議が始まった。(訴状ほか関係4文書は末尾でPDFダウンロード可)

長妻大臣は、前政権と同様、役人と企業の立場で生活者の命にかかわる必要な情報を隠し続け、過労死が発生し続ける社会を放置するつもりなのか。過労死を発生させた企業名が開示されれば、社会的なインパクトは大きく歯止めになる。この裁判の「実質的な弁護団長」(訴訟関係者)である松丸正弁護士(堺法律事務所)に、この訴訟の意義を聞いた。

松丸弁護士は「全国展開する大企業については、従業員1万人以上や東証1部上場といった客観的な基準を作り、各地の労働局ではなく厚労省で過労死・過労自殺を把握し、対策を考えさせる必要がある。厚労省レベルでまとめられた文書を、情報公開という形で迫っていくことも必要」との考え。全国レベルで集計し数値処理したものを公開すれば、各地の労働局が不開示理由とする「個人が特定されるおそれ」も回避できる。

インタビューでは「過労死の問題は感覚的に認定件数の10倍から15倍くらいはある」とし、その原因として、パナソニックなど大企業でも過労死ライン(月80時間以上)を超える36協定が堂々と結ばれていたり、過労死裁判中の居酒屋チェーン「日本海庄や」(新入社員が入社4カ月後に心臓発作で亡くなった)では正社員が最低賃金水準で働かされている実態など、驚くべき実態をお話いただいた。

裁判所の判断としても労災を認定する方向にあり、過労死・過労自殺の労災認定を求める裁判では「半数近くは勝っている」。実際、厚労省が各地の労働局労災補償課長に宛てた平成20年4月10日付けの事務連絡では「平成13年12月の脳・心臓疾患の認定基準の策定以降、本認定基準の考え方を踏まえて判断されたと考えられる判決は、本年1月31日現在、59事案であり、そのうち敗訴判決は24事案である」として注意を促した。別途、過労自殺を含む精神障害のケースでも、国は22件中、14件で敗訴しているという。

本件の情報提供をお待ちしています。また、過労死110番全国ネットワーク(電03-3813-6999)では過労死・過労自殺に関する相談を受け付けています。

◇厚労省は大企業の過労死を把握すべき

大阪労働局が開示した処理経過簿。「事業場名」のほか「生死」「職種」すらスミ塗りされている。処理経過簿には労災申請への対応状況がまとめられている。松丸弁護士提供(記事末尾でPDFダウンロード可)。

 

 

--今回の訴訟の経緯は?

大阪では労働問題に昔から取り組んでいて、最初に36協定をやりました。36協定の現状がどうなっているか開示請求したら出てこなかったので裁判をして勝ったことで、今では情報公開されるようになりました。

具体的には、日本経団連の会長と副会長の出身企業の16社の本社のうち13社の36協定に、過労死ラインを超えた残業時間を定めた「特別条項」があることが分かった。

 特別な場合に、残業が月80時間や90時間、120時間を超える協定が結ばれていることがわかってきた。大阪ではそういう成果を上げています。

 今回は過労死です。多くの過労死事件はご遺族が声を上げないままひっそりと解決されている。企業は社会的な非難を浴びず、金で解決して、職場は全然かわっていない。本来だったら労働組合や職場の中で、労使間の交渉の中で、健全な労働時間が作られていくべきなのでしょうけれど、残念ながら労使合意から生まれてくる36協定がむしろ過労死ラインを超えている。

ということになってくると、もっと社会的な批判の中で、過労死が起きた企業についての公表制度が必要なのではないか、ということで始めました。

過労死を生み出す原因というのは、職場の中で労働時間の意識が失われているということでしょう。労働時間の意識をつくるための1つのチェック機能は、36協定なんです。これは労使間で対等に結べるのだから、労働組合なり労働者の代表がノーと言えば、法定労働時間以上働かせることができない。

 そういう点では、36協定のチェックというのはすごい大事です。だけれども、職場の労使合意の中では、チェック機能が働いていない。ということになると、過労死の問題を通じて、内側から解決できないのならば、外側から声を上げたい。現実に、夫や子供の過労死を経験し、声を上げている人が原告になっている。

 今回の裁判の争点は、個人情報の問題です。企業名を開示することが、個人の識別や個人の利益を害する情報にあたるのか当たらないのか、仮に当たったとしても、公表するだけの公益性があるかどうか、その2つが争点だと思います。

--私が東京で開示請求をした際に、職場の名前が出ると、親族にも知られたくないのに知られてしまうおそれがあるから、という説明を受けました。

 裁判をやっていくなかでこの問題をクリアしていくためには、労働局単位での把握ではなく、本省レベルで把握して文書をつくり、その文書を情報公開という形で迫っていくのも必要なのかな、と感じています。全国展開している大企業に限定して考えていけば個人情報の問題は出てきませんから。労働局単位だと、大きい企業が少ししかない地域とかでは分かってしまうというリスクは当然あるわけです。

 本省レベルで把握していないのはおかしいのですね。全国的に展開している大企業については、一定の基準をつけて、たとえば従業員1万人以上とか東証1部上場とか客観的な基準を作って本省レベルで把握して対策を考えさせる必要がある。そういうことも睨み合わせながら、この裁判は進めようと思っています。

 それからもう1つ。大阪労働局レベルの問題で見ますと、刑事責任を問われて送検された事案については、企業名を発表しているんです。労働基準法違反でこの企業を送検しました、という。聞いてみたら、過労死が発生した企業名を出して発表したとしても、公益性が十分あるから発表したのだ、と言っています。刑事処分を受けるようなところで過労死が発生した、と。

 刑事処分を受けたことと過労死が発生したことは直接つながることではないのですが、公益性という点から配慮して発表に至った、と言っていました。やはり、過労死を出した企業は圧倒的に是正勧告を受けているんです。(ただ、過労死が発生してもほとんどの場合、刑事処分に至らない)

 大阪労働局のウェブサイトで、「過重労働による健康障害を発生させた事業場に対する監督指導の結果について」というところで見ますと、「違反なし」はわずか9%にとどまっています。客観的に違反があるわけです。

 違反に対しては、是正勧告にとどまっていて、送検まではしない。「38事案のうち過重労働が原因である33事業所について監督指導を実施した」ということです。こうなってくると、圧倒的に、過労死が生まれた事業場の9割以上に労基法違反、労働安全衛生法違反があるわけです。

 労基法等への違反を背景として過労死問題が生まれてくるわけで、企業のマイナス情報としても、やはり過労死の情報には、公益性はあると思う。プラス情報は企業自身が公表しますが、マイナス情報も、新入社員であるとか社内の人たちにとって重要な情報になってくるはずです。過労死が出たということは積極的に公開されるべきです。そうでないと企業の中で労働時間等の対策が進んでいかないと思うのです。

--訴状には「複数の過労自殺、過労死が存在するとすれば」という書き方がありますが、1つの企業で1年間に複数あったとか、あるいは5年間に2件あったといった情報も出てこないのですか。

 出てきません。私たちが手がけている事件でも、ご遺族が公表したくなければ、こちらから積極的に公表できません。だいたい7割は、ひっそりとやっているのです。過労死も過労自殺も含めて。だから、声を上げるのは2割から3割の方です。闇に葬られていくということは、それだけ職場の中の労働環境が、結局、改善されないということ。

◇パナソニックも過労死ラインを超える36協定を締結

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パナソニック(株)生産革新本部の平成21年3月24日付け36協定。「労使間協議により100時間を限度」とある。松丸弁護士提供。

たとえば松下電器を見ても、あそこには過労死があるんですね。過労死ラインを超える36協定があって、その改善について2009年6月に申し入れに行ったのですね、会社と労働組合に。会いもしませんからね。門の前のところで受け取るだけです。

ですから、過労死は労使合意から生まれてくる、と確信を持って言えます。36協定は労使合意です。

 ではなぜ過労死ラインを超えるような36協定が生まれてしまうのか

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厚労省が都道府県労働局に宛てた事務連絡「当面の訴訟追行に当たって留意すべき事項について」。「国側に厳しい判決内容が少なくない」と懸念を伝えている。松丸弁護士提供。

「過労死企業名の情報公開請求訴訟(記者レク用)」の説明文書。訴訟の目的や主張の要点などがまとめられている。弁護団作成。

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2010/02/13 08:41
@@2010/02/11 22:13
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