告発に踏み切った小勝朝美さん。新聞業界の斜陽が顕著になる中、新聞奨学生の酷使が明らかになった。配達部数が約400部という異常な実態や、日経の奨学生が朝日新聞を中心に配達していた事実をめぐり、今後、さまざまな議論が起こる可能性もある。
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新聞配達と学業の両立を謳い文句にした新聞奨学生制度。だが日本経済新聞の販売店は、ベテラン配達員でも300部が限度と言われるなか、固定給の制度を悪用し、奨学生になりたての女性に400部近くも配達させた。1年以内に辞めれば奨学金を返済しなければならない弱みに付け込んだ格好だ。バイクの積載重量オーバーで坂道の多い配達区を無理に回らされた結果、女性は交通事故で負傷。なかなか労災すら認めない日経側の態度に、内部告発に踏み切った。
【Digest】
◇新聞奨学生制度
◇事故現場を検証する
◇上村過労死事件からまもなく20年
◇配達部数を検証する
◇積載重量をオーバー
◇長時間労働
◇奴隷の賃金
◇日経の奨学生が朝日新聞を配達
◇労災拒否
東京都北区赤羽の喫茶店で、新聞奨学生の小勝朝美さん(26歳)が事故の様子をみずから語る。
「日経新聞の新聞奨学生として、朝刊を配達しているときに交通事故にあいました。救急車で搬送されてそのまま入院しました。わたしを跳ね飛ばしたのは自営業者の普通乗用車で、制限速度が30キロの道路を、50キロから60キロぐらいで走っていたと思います。とにかくものすごいスピードでした。わたしは宙を飛んで臀部を地面に叩きつけられました」
話を聞いたのは8月25日。本来であれば夕刊を配達している時間帯であるが、小勝さんは後遺症で休職中の身だ。
事故が発生したのは、今年の3月26日、午前5時45分ごろである。事故現場は東京都北区赤羽西1丁目27番の路上。下り坂の路地と大通りがまじわる地点である。幸いに命に別状はなかったが、仙骨不全骨折と診断された。入院中に、カテーテルを3日間も消毒せずにつけっぱなしにされ、膀胱炎も併発した。退院までの10日間を、小勝さんはもがき苦しんだのである。
この交通事故を教訓とし、新聞奨学生制度が抱えているさまざまな問題点に気づいた。みずからの体験を通じて、小勝さんは、
「奨学生制度は、一種のだましですよ」
と、話す。
◇新聞奨学生制度 親から経済的に自立して大学や専門学校で学びたい若者にとって、新聞を配達することで奨学金が得られる新聞奨学生制度は魅力がある。しかし、小勝さんが新聞奨学生になるまでは、若干の回り道があった。
小勝さんは、高校を卒業すると、働きながら声優をめざした。仲間と一緒に、DC(ドラマ)を制作したり、DCを制作するための事務所を立ち上げたりもした。
「そのうちに何をするにも、基礎的な学力が必要だと気づいたのです」
この時、初めて大学で学びたいと思った。
しかし、親に経済的な負担をかけるわけにはいかない。そんなときに知ったのが新聞奨学生制度だった。
産経新聞と日経新聞の奨学生制度の説明会に参加した。他の新聞社の奨学生制度についてもネットで情報を得た。そして最終的に日経新聞の奨学生制度を選んだのである。小勝さんが入手した日経育英会のパンフレットには、小島信仁理事長の挨拶が掲載されていた。そこにはこんなことが書かれていた。
「日経育英会は奨学生のみなさんが安心して学業と仕事の両立ができるよう、『環境』『時間』『経済』という3つの視点でゆとりの確保に全力を尽くしてまいりました。さらに今後も引き続き精いっぱい努力する所存です」
12月に面接を受けて、すぐに採用になった。本来であれば4月の新学期から仕事をスタートするが、1月から新聞配達を始めた。配属された販売店は、東京都北区にある日経新聞の専売店、日経・赤羽西部だった。
給料が約9万円で、それ以外に年間60万円の奨学金を受けることができる。(ただし、事故当時は就学前だったので、奨学金の代わりに約15万円の給料を受けていた。)1年以内に奨学生を辞めると、奨学金を返済しなければならない。
新聞を配達しながら学業に励むという小勝さんの挑戦は始まったが、新学期に入る前に、交通事故によって暗礁に乗り上げたのである。
◇事故現場を検証する
わたしは小勝さんの案内で、配達区域の地形を検証した。小勝さんが担当していたのは6区と呼ばれる配達区域である。まず、わたしが驚いたのは、都会の真ん中にもかかわらず坂が多いことだった。北区の赤羽一帯は起伏の多い丘陵地帯に街が広がっているために、道路も登りになったり下りになったりする。
さらに驚いたことに本来であれば左右が水平であるはずの道路が、かなり傾いている箇所があった。新聞を積んだ重いバイクでこのようにバランスが悪い道路を走ると、自然にバイクの走路が中央線からずれてしまう。つまり危険な上に体力を要する配達地域であると言える。
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小勝さんの配達区。極端に坂道(写真上・中)が多い。路地も多く、あちこちに死角(写真下)がある。
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「急な坂道では、バイクが止められないこともありました。転倒したことも1度や2度ではありません。わたしの前に6区を担当していた新聞奨学生もやはり事故を起こしています」
2月13日に、小勝さんは、最初の事故に遭遇する。夕刊を配達しているとき、T字路で郵便配達のバイクと衝突したのだ。幸いに大きな怪我はなかったが、新聞配達が危険な仕事であることを思い知らされたのである。
「6区は住宅街で路地が多く、死角があちこちにあります。そこを新聞を満載した重いバイクで走るわけですから危険がいっぱいです」
◇上村過労死事件からまもなく20年
新聞奨学生の事故は、過去にも起きている。有名なものとしては、1989年の12月に東京都調布市にある読売新聞販売店で起きた、新聞奨学生の「過労死事件」がある。
当時、新聞奨学生として働きながら、専門学校でスキューバーダイビングのインストラクターを目指していた上村修一さんが、勤務中に小脳出血を起こして、搬送先の病院で亡くなったのである。
上村さんの両親は、修一さんの死が過労死だとして裁判を起こした。
修一さんのお父さんは、息子さんが新人だったにもかかわらず、非常に坂の多い配達地域を割り当てられていたことに憤りを感じておられた。お父さんは、修一さんの死後、自分の足で何度も修一さんが担当していた配達地域を歩いてみたという。
わたしもその現場へ足を運んだが、自転車ではとても登り切れない急坂が続いていた。
ただ、小勝さんが所属していた販売店の場合、6区だけが坂道が多いというわけではない。しかし、全体的に坂の多い地域であれば、担当させる配達部数を減らして、配達員の数を増やすなどの配慮も必要だったのではないか。
小勝さんが配達していた新聞の部数は、新人にとって適切なものだったのだろうか。
◇配達部数を検証する
小勝さんが配達していた新聞の部数は、日経新聞が約100部、朝日新聞が約220部、さらに毎日新聞が約30部だった。これら3紙にスポーツ紙などを加えると400部近くになっていたという。
坂の多い地域での約400部という配達部数をどう見るべきなのだろうか。3人の販売店主、あるいは元店主に問い合わせてみた。最初は、山陽新聞の元店主である。
「わたしの店の場合、平均すると一人の配達部数は200部ぐらいでした。アルバイトの人の報酬は、100部を配って3万円ですが、月に3万では取り分が少なすぎるので、たいていの人は200部ぐらい配ります。多い人でも300部までです。400部近い部数は明らかに異常です。事故の原因になります。店主が新人を悪用したとしか考えられません.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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育英奨学会へ提出した質問状。再三にわたり回答を催促したが、「お答えできない」とのことだった。
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