文化帝国主義論ふたたび
あっけなく発見。かつてなかったデカい冷蔵庫が…。 |
フォーもサトウキビジュースも、確かに、とてもおいしかった。だから、もし店が今でもあるなら、もう一度訪れてみるか、と思ったのである。
巨大な冷蔵庫の裏にすっかりしまいこまれた機械と、店内で揚げ物を売るオヤジ |
さすがに長い月日は、店構えから変えていた。入り口の両サイドには缶ジュース、缶ビールの冷蔵庫がところ狭しと置かれていた。このあたりは人通りも多いから、手っ取り早く儲けようということか。
問題は、店内だった。
両サイドの缶ジュース冷蔵庫の裏に2台、さとうきびジュース製造機が、さびれた姿で置かれており、まったく使われていない様子だった。
「ヌック・ミアは飲めないのか?」
「ヌックミーア?オー!××××。」
私は身振り手振りで尋ねたが、店主は英語を解さないし、私はベトナム語を理解できない。その見た感じからして、「最近は売れないから、やってないんだ」「この時期はやってないんだ」とでも言っているようであった。
数日前にシクロの運転手にもさとうきびジュースの店について聞いたところ、「ないね。まだ暑くないからだ。私は3軒しか知らないよ」と言っていた。確かに気温は25度程度で蒸し暑さはないが、扇風機は回っている程度に暑い。
真夏になれば稼働しはじめるのかもしれないが、私には、派手に表で売られるようになった缶ジュース類と、その真裏でさびれて埃をかぶっているジュース製造機のコントラストが、この国の「文明化」を象徴しているようで興味深かった。
私は14年前、内定していた新聞社に提出した自主課題文「文化と文明のトレードオフ」のなかで、こう書いた。
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ようは、質の高い文化であっても、市場に馴染まないものは駆逐され、姿を消してしまう。私の当時の問題意識は、より強まった。私は今回、コカコーラのおかげでヌック・ミアが飲めなかったのだ。「文化帝国主義」の被害をまともにくらってしまった。
旅行者にとっては残念きわまりない話だ。コーラなど世界中のどこでも飲めるが、さとうきびジュースのほうは、いわゆる先進国では飲めない。日本でやろうとしたら、かさばるために、輸送費や原材料代などで1杯1千円以上でないとペイしないだろうし、1杯1千円は相場に比べ高いから成立しない。このビジネスは成立しないのだ。
日本では、そもそも絞りたてジュースというのは高級品だ。だから、提供される場も、デパ地下などに限られるうえ、伊勢丹や大丸のデパ地下では、果物に砂糖や牛乳など“添加物”を混ぜられてやっと1杯500円前後に収まる。それでも缶コーラ120円の4倍である。
だが、ハノイではコーラのほうが高級品なのだ。この店の前で売っているコーラは1缶1万ドン(56円)で、さとうきびジュースは街中のどこでも1杯5千ドン。コーラのほうが2倍もする。それでもハノイではコーラが売れるし、売る側も保存が効くから売りやすい。こうしてコーラは、シェアを獲得して行く。
放っておけば、このようにして、固有の文化はどんどん消えていってしまう。コカコーラのような巨大資本による「文化帝国主義」によって。まるでブラックバスが在来種を駆逐してしまうように。しかも、現地の人もそれを望んでいる。便利でラクだからだ。軽いアヘンや麻薬のように、一度使ったら逃れられない。何らかのルールがない限り、世界中が均質な文化に統一されてしまうのではないか。改めて、そう思った。
5倍に値上がり |
コカコーラ社は、投資家として大成功を収めているウォーレン・バフェット氏が投資していることでも知られる。バフェット氏は、コーラの強さをよく分かっているのだ。世界中で文明化が進めば進むほど、コーラは世界中に浸透し、伝統的な飲み物からシェアを奪っていくのだから、世界で経済発展が進む間は、コカコーラの株価は上がりやすい。
14年という年月は、「PHO BO」(牛肉入りフォー)を、1杯2万5千ドンに値上がりさせていた。かつては5千ドンだったから、5倍になった。壁にかけられた価格表を見ると、次々と価格改定をしてきた痕が生生しく残っていた。味のほうは、やや肉が硬く、記憶よりもやや落ちていたが、2杯たいらげ、コーラも頼んだ。
さとうきびジュース製造工程 |
意地でもヌックミアを飲みたい気持ちになり、店を出た。連日5時間におよぶ街歩きで、私は2箇所のヌックミア屋を探し出していた。1つは屋台で、もう1つは普通の店舗だ。かつては簡単に見つかったものだが、探さないと見つからないほどに減ってしまっていた。
100%絞りたて、氷を入れるだけ。1杯28円の、実に贅沢な飲み物である。目の前で作るので怪しい添加物を入れる余地もない。50センチくらいに切ったさとうきびを2~3個使うから、なにしろかさばる。輸送も保管も大変で、絞るのにも人手がかかる。生ゴミもでる。東京では無理だ。
一方で、ハノイでもポピュラーな焼き飯など御飯モノの類は、日本でも普通に食べられる。独特の臭いのするインディカ米は普通に入手できるし、アジア系のレストランに行けば、おいしい料理が安価で提供される。こっちの文化は、市場にしっかり馴染むのだ。
文化には、市場に馴染むものと馴染まないものがある。だから旅先では、「市場に馴染まない」、かつ「質の高い」文化を重視すべきである。それは、文化帝国主義ともいえる欧米巨大資本の進出によって、質の高いものであっても、徐々に駆逐されて消え行く運命にあるからだ。まさにこの、サトウキビジュースのように。ベトナム社会主義共和国
人口:8520万人
首都:ハノイ(340万人)
民族:キン族90%+50超の少数民族
宗教:約80%が仏教徒
言語:ベトナム語。文字はクォックグー
通貨:ドン。1ドン=0.0056円
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