三井不動産化する世界
VincomCityTower内 |
何の特徴もない商業ビルで、もう少しベトナム風にアレンジできないものか、と思ってしまう(たとえば博多のキャナルシティは運河をモチーフに真ん中に実際の川から取り入れた水を流し、博多らしかった)。
町中に突然、出現するデカい近代的なデパート。50メートルも離れていない場所に、1杯28円のさとうきびジュース専門店が普通にあって、ギャップが激しい。谷中(台東区)の下町の真ん中に高島屋、みたいな感じである。途上国で見られる典型的な二重経済だ。
スタバを研究しすぎと思われるコーヒーチェーン「ハイランドカフェ」 |
1Fにブランド化粧品売り場や、カフェの高級チェーン「ハイランドカフェHighland Cafe」(再開発地区にはだいたいある)、4Fに福岡の「ベスト電器」が、テナントとしていっていた。5Fがレストラン街で、フォーのチェーン店「PHO24」などが入っていた。このチェーンはホアンキエム湖畔にも出来ていて、外国人客で繁盛していた。確かに味はいい。街中では当たり外れがあるが、「ハズレなしの高品質」という安心感がある。
日本でチェーン店というと安いイメージがあるが、このPHO24、チェーン店のくせに高い。かなり利益率がよさそうだ。「Pho Bo」が35000ドン(約200円)と、市内相場の2倍以上。だが、清潔で冷房が効いた店内でおいしいPHOを食べられる。ビジネスマンや外国人向けだ。
『PHO24』は、味も確かで清潔、涼しい。もちろんプラスチックのママゴトイスではない。 |
高いといっても、いわゆる先進国から来ている人にとっては安いから、ベトナム投資ブームの現在、出店場所を間違わなければ繁盛するだろう。いかにもMBA帰りのベトナム人ビジネスマンが始めそうな、セオリーどおりのビジネスだと思った。
24時間やってる訳ではもちろんなく、24種のスパイスだからPHO24なのだとか。ウェブで調べると、ベンチャーキャピタルもしっかり入っていて、2009年3月時点で、創業6年で70店舗を展開、カンボジアにも2店舗を進出している。
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だという。ビジョンとかミッションとか作るあたり、しかも当たり障りのないものを作るあたり、いかにも教科書どおりだな、と思って調べていたら、やはりこの会社、Ly Qui Trungさんという43歳のCEO(ベトナム戦争真っ最中にサイゴンで生まれている)による設立で、Trung氏はhospitality managementでオーストラリアの大学でマスターをとり、MBAプログラムの講師をやり、アメリカの大学では経営学の博士号までとっている。
英語併記のメニュー。価格は大衆食堂の倍以上 |
一見してユニークなところは1つもないと思うが、私が見た限り、内装、メニュー、店員教育と、堅実そのもの。先行者利益で、確実に一定の成功を収めるパターンである。投資家にとっては、もっとも安心して投資できる会社だろう。なぜ成功するかというと、資本主義自由経済の国において経済発展の段階が進めば「規模の経済」が働くので、大規模化したほうが安くて高品質なものを顧客に提供できるからだ。
だから、ハイランズコーヒーといい、PHO24といい、コーヒーとフォーという、市場規模の大きいベトナムの2大名産品が、いち早くチェーン展開されているハノイを見るにつけ、ビジネスはセオリー通りに進むのだな、と感じる。
Trung氏が選んだフォーは、間違いなくグローバル規模で市場性が高い。日本にも進出してくれるとありがたい。その際はビアハノイと、使い放題のすだち、追加オーダーできる香草を用意していただきたい。
■チェーン化、テナント化、サラリーマン化
さて、問題は、その負の側面である。競争に必然的に負けることになる地場の商店主や、その後を継ぐ予定だった子供は、チェーン店舗の店長や従業員へと置き換わっていかざるを得ず、1ヶ月いくら、の給与を貰うようになっていく。オーナーのサラリーマン化である。
こうしたチェーン化、ショッピングモールのテナント化の行き着く先は、現在の日本を見ればわかる。街中の商店街は、チェーン店を除いて、シャッター通りとなるのだ。
町の電器屋は、ベスト電器に勝てないから、淘汰されていく。日本でヤマダ電機やコジマ電器の最安値保証に町の電気屋が勝てるはずがないのと同じだ。
町の小さいカフェは、ハイランドカフェのようなチェーン店に置き換わっていく。東京の喫茶店が、ドトールやスタバにどんどん置き換わっていき、もはや非チェーン店は、見つけるのも難しくなったように。
消費者が安くて高品質なものを求める結果なので、これは消費者にとっては望ましいことだ。もはや日本では、商店街に行っても、若い人ほど買うものが見つからない。商店街の小規模オーナーには、時代のニーズに合った商品を提供するマーケティング能力も、新商品開発のための資本もないのだ。
■大型複合施設の功罪
三井不動産が手掛けた「ラゾーナ川崎」や各種「ららぽーと」、東京建物が手掛けた錦糸町の「オリナス」、そして森ビルの「六本木ヒルズ」。いずれも、映画館があり、飲食店があり、衣服やケータイなどすべてがワンストップで揃う大規模複合施設だ。1つの街だから、何でも揃う。つまり排他的でもあり、もはや街中の商店街に出向く必要はなくなる。
客が来なければ仕事にならないから、旧商店主は、三井不動産という「胴元」にテナント料を払って参戦するか、チェーン店のフランチャイズに組み込まれるか、チェーン店の社員にでもなるか、という選択を迫られる。私はこれを、最大手を称して、社会の「三井不動産化」と呼んでいる。
ハノイのヴィンコムタワーも、シネコンつきで、ゲームセンターまである。家電もケータイも化粧品も食料品も、何でも揃う。この地でも「三井不動産化」は、急速に進んでいるのだ。
世界中の貧しい国で資本が投下され、チェーン店と近代的なショッピングモールが必然的に競争に勝ち、地元の商店街がさびれていく。この「資本帝国主義」的な発展は消費者にとってよいことが多いが、労働者にとってみると、雇う側に回るか、雇われる側に入るか、という重大な選択を迫られることになる。
つまり、「pho24の経営に乗り出す一部の起業家」と、「競争に負けて既存のphoの店をたたんでチェーン店の雇われ店長やスタッフに収まる大多数の者」に分かれる、ということだ。
親から代々継いできた自分の店ならば、プライドをもって、オーナーシップを持って経営できる。だが、サラリーマン店長にはオーナーシップはない。両者には、働くうえで、決定的な意識の差が生じる。そうなったとき、働く喜び、仕事のやりがいは、社会全体の総量としては、減ってしまうのではないか。
■資本と経営を分離するデメリット
さらにいえば、pho24にしても、オーナー経営者がいるうちはよいが、上場を果たし、株式や会社を売却し、「経営」と「資本」が分離したらどうなるか。
著名な投資家、ウォーレン・バフェットは、自身の会社の株主向けレターのなかで、「レンタカーを洗車する人なんているでしょうか?」と疑問を投げかけた。自分の車なら洗車をするが、レンタカーの洗車はしない。オーナー意識を持って経営されている会社がよい会社で、よい投資先なのだ、ということを示唆した。
株主は短期的な利益だけを求め、雇われ経営者は短期的な結果を求められる。経営者=株主なら抵抗できるが(ユニクロやサントリー)、経営者≠株主なら、経営者は短期的な利益をあげるためには、長期的な利益その他を、すべて犠牲にする。マクドナルドの「なんちゃって管理職」問題の根っこは、まさにここにある。
2004年2月に日本マクドナルドCEOに就任した雇われ社長の原田永幸氏は、店長の健康を犠牲にした強引なコストカットが奏功し、就任1年目から黒字化に成功した。マックの直営店長だった高野廣志さんは、その年、月100時間を超える残業が恒常化し、脳梗塞寸前に。2004年11月24日から翌年1月25日までは63日間連続出勤だった。
命の危険を感じた高野さんが未払い賃金を求め起こした訴訟では、会社側が店長を「管理監督者」とみなし残業代を払わないのは違法だと認定され、東京地裁は2008年1月、過去2年分の未払い残業代など約750万円の支払いを命じている。
これが、資本と経営が分離した株式会社のなれの果てだ。原田氏の評価は、マックの株主からは高い。だが、現場の店長は脳梗塞寸前なのだ。原田氏がマックのオーナー経営者だったら、そこまでして利益を上げるモチベーションはなかったろう。店長が過労死するような会社にはよい人材が集まらず、中長期的な自分の利益に反するからだ。
■オーナーシップ社会を維持するには
ベトナムは、まだまだ伝統的な商店主中心の経済で、ベンチャー企業もまだ上場前の会社ばかり。当然、オーナーシップが強い。いわば、「オーナーシップ社会」だ。
だが、たとえばpho24が上場企業になり、創業者が株を手放すと、顔の見えない世界中の投資家が、短期的なカネ儲け目当てで株主になり、雇われ経営者に配当を出せ、すぐに結果を出せ、とプレッシャーをかける。雇われ経営者は1~2年で結果を出さねばならないから、中長期的なブランディングなど無視して、コストカット、給与カットに走る。
ベトナムが日本のように経済成長が止まる頃、商店街は大手資本に負けてシャッター通りと化し、大手企業はどんどん上場して資本と経営が分離し、「オーナーはどこかの外国人になってベトナム社会がどうなろうと知るか」的な大会社が支配するようになったとき、気がついたら、「消費生活は豊かだけれど、仕事はつまらない」という、意外に不幸な社会になってしまうかもしれない。
帰りのベトナム航空の機内で、日本を紹介するビデオが流れていた。お決まりの秋葉原や京都のほかに、かなりの時間を割いて説明されていたのが、意外にもチェーン店だった。
「吉野家」「てんや」「カレーハウスCoCo壱番屋」「かっぱ寿司」…。ああ、そうか、こんなのも日本の見所なんだな、と再認識した。確かに、安くて、価格も味も手ごろで、初めて見る外国人にとっては「グレイト!」なのもうなづける。
だが、町の寿司屋が回転寿司チェーンの浸透によって年々、駆逐されているように、チェーン店は規模の経済を武器とするために、「安価な大量供給」を売りにすることが多く、ホンモノの味は提供されにくい。それは消費者にとっては選択の幅が広がってよいことだとしても、働く人のオーナーシップは、確実に奪われていく。自分の店を持つオーナー寿司職人と、チェーン店で雇われるサラリーマン寿司職人では、オーナーシップや「やりがい」が違って当然なのだ。
「チェーン化」「テナント化」「サラリーマン化」といった不可逆的な流れが急速に進むベトナム。その先にある、三井不動産化された社会。そんな社会のなかで、資本主義の暴走--つまり、短期的な利益を求める顔の見えない投資家と雇われ経営者による労働搾取--を抑え、より多くの人々がオーナーシップを持ち、やりがいと強い責任感ある仕事を続けられるようにするには、どうしたらよいのか。
これは資本主義の未来を考えるうえで、あまりにも重要な命題である。少なくとも、経営者の意思決定に労働者代表が加わったり(ドイツとオーストリアは、法律で従業員代表を取締役会に入れるよう義務付けている)、経営者が長期的なコミットメントを持って仕事をせざるを得ないほど後からでも責任を追及できる法律を整備するなど、グローバル共通のルール作りが必須となるだろう。
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これ2009年の記事か。今はさらに三井不動産化してきてる。しかし元祖ららぽーとのある南船橋駅の前の空き地は昔からずっと変わってない…
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