ついにアデランス潜入開始である。アートネイチャーよりはるかに泥臭い会社だと評判だが、果たして真相は……?
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ああ、丸山さん、今から思えば、やはりあなたは紳士だった。仏頂面のカウンセラー・木村の言動にいちいちキレかける私。私は四十代前半で早くも完全サムライ頭になるのか?戦闘態勢に入る私と木村カウンセラー!
○アデランス潜入開始
アートネイチャーのヘアチェックから、まる一週間。
本日の潜入は、早くも業界最大手の
アデランス
である。場所は新宿本社。新宿三丁目駅からすぐの年季の入ったビルディング「ADビル」に店舗がある。
育毛用サービスとしては、「ヘアサポートアクア」という名称の施術を行うとのこと。酸素濃度が通常の水道水のおよそ2倍という「高濃度酸素水・髪育水(はついくすい)」なる代物を使うため、「アクア」の名称がついているようだ。
ホームページを見る限り、無料サロン体験はない。どうやら自腹を切らねばならなくなるらしい。残念!
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アデランスのADビル外観。一回はジーンズメイトだ。アートネイチャーのビルの一階はベネトンだから、完全に敗北している。業界最大手としては、ジーンズメイトを追い出して、ディオールの路面店でも入れたらどうか。無理か。 |
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相談室は2階だ。アートネイチャー本社よりも全体的にこじんまりとしている印象を受ける。受付の中年女性がカウンセリングルームへと案内してくれる。
部屋の中には、おなじみのテレビやヘアチェック用スコープなどの機材。また、カツラ商品のポスターなどにまじって、アデランスとアートネイチャーが設立した
日本毛髪業協会
発行の賞状が壁に並んでいる。
○木村さん登場
受付の女性に渡された問診表を埋めていると、「どうも」と、かすれた低い声。茶髪の男が部屋に入ってきた。白衣を着ているからカウンセラーだろう。目つきが悪く、むくんだような顔つき。機嫌が悪そうで、なんだか威圧感がある。二日酔いか? 誰かに似ているな……と頭をめぐらしているうち、ピンときた。
木村だ。
ダウンタウンファミリーの木村祐一にそっくりだ。
アートネイチャーの時みたいに、このカウンセラーもカツラなのだろうか? 注意して観察すると、毛にどこか張りがないような気がする。褪せたような茶色の髪はミディアムロング。しかも軽くパーマがかかっている。カツラだろうが自毛だろうが、それ以前の問題だ。顔にまったく似合ってない。
「それでは、相談内容など、質問させてもらいます」と、木村さんは問診票に目を通しはじめる。
「あら、アートネイチャーに行かれた?」
--ええ。頭皮が堅いって言われました。とりたてて脂性というわけではないらしいんですが、育毛剤を浸透させるには、脂は取った方がいいとも言われましたね。
木村さんは仏頂面でうなずくのみだ。
--アートネイチャーでは、髪が生えてくるというのはなくて、頭皮が健康になって抜け毛が減るぐらいって言ってましたけど、ここの施術はどうなんですか?
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2階相談室へとのびる階段。アートネイチャーのときもそうだが、受付に行くまでが異様に緊張する。誰にも見られたくないのだ。カツラをカットしに毎月来なければならない人はさぞかし苦痛だろう……。 |
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「……まあ、かなり進行の進んだ人をふさふさにするのは、難しいですが。えー、アデランスの場合、毛穴が毛穴としてちゃんと残っている人なら、毛は必ずまた生えてきます」
おっと、かなり積極的な発言が飛びだしたぞ。
予想が覆された。アデランスは自ら先導して作った毛髪業協会の
ガイドライン
を遵守すべく、アートネイチャー以上に、誇大表現や断定的表現には気を使っていると思っていたのだが……。(これら業界の自主規制問題や、東京都生活文化局による育毛業界の調査・指導の件についてはアートネイチャー第三話の「アートネイチャーは調査・勧告を受けたのか」の章を参照されたし)
○話が噛み合ない!
「簡単に言うと、ハゲてきますと、だんだん髪が細くなってくる。これを、ちゃんと、もとと同じような髪が生えるような、健康な毛胞組織に戻してあげれば、立派な毛がちゃんと生えてきます。毛穴があれば生える。けれども、急速な速度で毛穴はなくなっていきますから、早く手を打たないといけない」
私はすかさず反論する。
--いや、アートネイチャーでは、毛穴はそんな簡単になくならないと言っていましたよ。かなり禿げてても、産毛は残っているとも言ってました。
「……それじゃあ、アートネイチャーでは毛穴の奥のほうの説明を受けられましたか?」
--いや、そんなには。
「でしょうねえ。簡単に申し上げるとですね、禿げてる人は、毛穴が浅くなってるんです。浅くなると、育毛剤が届きにくい」
単純に考えると浅い方が育毛剤が入ると思うんだが……。いや、そもそも話が全然噛みあっていない。なぜ唐突に育毛剤が出てくる? ほんとにこの人、二日酔いじゃないのか。顔色悪いし。
「つまり薄毛が増えた原因というのは、昔とは食べているものが違っていること。あと、生活サイクルが違ってきているからです。例えば、脂っこいものを食べたり、夜中まで起きているなんてことは、昔はなかったじゃないですか。それで、脂の分泌量が多くなっている」
今度は薄毛の原因に話が飛んだ。大丈夫か、この人。ついていくのが難しいぞ。
--あのう、僕はどちらかというと肉はあまり食べないし、仕事は朝早いから、ちゃんと夜は寝てましたが。
「まあ、人の感じ方で、脂が出ているのにわからなかったりするんで。ちょっと双田さんの頭皮を見ましょう。アートネイチャーにごちゃごちゃ言われたんで頭が混乱してるんでしょう」
いや、あなたとの会話で混乱気味なんですが……。
なんだか、カウンセリングになっていないような気がする。一方的におしすすめられているような感じだ。
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真夜中にこんなものを描くべきでない。変な
夢を見そうだ。とにかく、木村さん……なぜ顔に似合わぬ茶髪風ミドルパーマなんだ?
オリジナルの木村さんをみならって、坊主に口ひげを生やせばいいのに。 |
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○一番まずいのは脂なんです
早くも行われるヘアチェック。画面に映し出された頭皮は……アートネイチャーの時と変わらないようだ。
毛穴はやはり窪んでない。薄い膜が張ったように見える。髪の根元に白い皮脂がついているのもところどころ見えた。
アートネイチャーからもらった
「皮脂を作らなくする」ローション
を使っていたのだが、まだ改善のしるしは見られないようだ。頭皮改善には最低3ヶ月かかるということだし、仕方ないのだろうが。
ひととおり画像をキャプチャーすると、木村さんは写真をプリントし、ファイルの中の様々な毛穴の写真が比較されているページと並べて置く。
「これ(ファイルの毛穴がくぼんでいる写真)と比べて頂くと……双田さんの毛穴はほとんど空いてない。詰まってます。もともと太い毛だったのに、細くなってるんですよ。すごく毛穴が浅くなっています」
--毛穴の中のこと、スコープだけでわかるんですか?
「そう。結局、一番まずいのは、脂ですから。えー、双田さんは、いろいろなこと、どーのこーの、考えてますけど、脂で抜けてます。毛穴が変形していますから」
どーのこーの、とは失礼な。毛穴が変形しているかどうかも、勝手に決めないで欲しい。
あと、「一番まずいのは、脂」と言うが、
男性ホルモンはどこに
いったのか。何故、触れないのか。
木村さんは、ファイルをめくり毛髪の構造図が描かれたページを開き、その「一番まずい」脱毛原因となる脂についての説明を始める。
「(皮膚表面に近いぶどうのサヤ状の組織を指差しながら)これが皮脂腺といって、脂を作る工場。これが双田さんの場合どんどん大きくなってしまって、ものすごく脂が出るようになってしまっている。この皮脂腺が肥大しすぎて、毛の毛母細胞を奪い取ってしまっている。毛穴自体も変形して、浅くなっている。で、抜けている」
私はそんなものすごい脂性なのか。アートネイチャーではさほどでもないと言っていた。
木村さん……、あなたかなりオーバーじゃないか?
もしも脱毛の原因がそのような症状のもとに起こっているならば、それは立派な病気だ。
脂漏性
皮膚炎による脱毛、あるいは
粃糠性脱毛
。病院で保険適用のうえ
抗生物質
が処方される。
このカウンセラーが、アデランスの謳うような「髪のプロ」なら、ここに来ないで病院へ行けと客に言うべきだろう。
○アートネイチャーと同じ?
木村さんは、毛の構造を紙に描き始めながら、早くもアデランスの育毛施術の概要を説明しだした。
「いいですか、ここ(頭皮上)に皮脂膜という膜がもうできてしまってるんですが、この皮脂膜はすぐに酸化されてしまうので、先に皮脂膜を取る。さらに(毛穴に)詰まっている、この脂とフケが混ざったケラチンリング(と、毛穴の入り口を詰まらせる物体の絵を書き)を毛穴から根こそぎ取る。開いた穴に、皮脂腺の肥大化を防ぐ薬をつける。毛穴を深くしていって、毛胞組織が元に戻ったら毛球を太くする薬をつける」
これを聞く限り、アデランスの施術はアートネイチャーと似たような……というよりも、ほとんど同じコンセプトのものだということがわかる。
相手の断定口調にいささか気圧されていた私だが、気を取りなおして、質問をぶつけてみた。相手の論の強度を確かめないといけない。
--皮脂膜ってある程度は必要なものですよね。頻繁に根こそぎ取って大丈夫ですかね。その毛胞組織とやらに悪影響じゃないですか?
木村さんは、あからさまに首をかしげ、やれやれと言った様子で、
「皮脂はね、取らなきゃいけないんですよ。酸化して固まったら、シャンプーではもう取れない。定期的にアデランスで根こそぎ取る。そして、脂が出たら、その日のうちにアデランスのシャンプーで全部とっておけば、クリーンな状態と小さな皮脂腺を維持できる。この毛穴の掃除は、アデランスでないと難しい。アデランスでないとできない」
まるでアデランスに通わなければ禿げざるを得ないとでもいわんばかりだ。
仮に
彼の言ってることが正しいにしても
、丸山さんと比べてあまりにも断定的な物言いが多い。多すぎる。
それに、なんだ、そのダルそうでいながら威丈高な態度は。声も低くて覇気が感じられない。私のポケットのICレコーダーは感度がそんなに良くない。もっと大きな声で話してくれ!
……しかし、なんというストレスの溜まるカウンセリングだ。疲れてきた……。
○40代前半で侍頭に?
--そのケラチンリングとやらは洗浄力の強いシャンプーでも、取れないんですか? 台所洗剤みたいにゴツいのもあるでしょ、フケ取り用とか。
「いや。アデランスで溶かさないと取れない。こういうふうに詰まらしていると、次の髪の毛が育たなくなっているのは間違いがない」
……溶かす?
ちょっと待て。まさかここでもフルーツ酸なのか? それだけは、勘弁してくれ……。
と頭を抱える私をさしおいて、木村さんはさらに話をすすめていく。
「双田さんね、いろいろな情報で混乱していると思いますが、今日からちゃんとやっていかないと、今日から。どんどん若ハゲが進行していきますから。まずはここを溶かしてあげて、一度頭の脂を出してあげないといけないと、もうどんどんそのハゲが進んでいきます」
--え? ちょっと待ってくださいよ。今日から?
深刻な顔で木村さんはうなづく。当然だとでも言わんばかりに。
なんだこの展開の早さは? そのハゲってどういうことだ? 私は予防に来ただけだぞ。思わず頭に手をやる。俺はそんなハゲているか? やっぱりかなりヤバいのか? 今も、透けまくってるのか? 蛍光灯のせいか? 何ワットだ?
と、パニくる私に、木村さんは、とどめの一撃を食らわせる。
「えー、あのですねぇ、双田さん、男性の髪は、5~6年で生え変わるんですが、今の髪の状態は昔と比べてどうですか?」
--そ、そりゃあ、抜け毛は気になりますよ。額もいくらか後退したかな。
「漠然とでいいんですけどね、24歳頃の髪の量とか髪の質を10とすると、今は、どのくらいです?」
--どうかな。まあ……8か。8割くらい、かな……。
「それが、5年後には、34歳にはですね、今の全部の髪はモデルチェンジしているんですよ、今の8割。その後はその8割。8割ですめばいいですけどね。そうすると、このままだろうか、ってことなんですがね。まあ、考えてみればわかると思うんですけどね」
つまり、5年ごとに8割で抜けていったら、10年後には6割弱、15年で半分……。
母さん、私は四十代前半で早くも完全にサムライ頭になります。今七三風にわけているので、きれいなバーコードになるでしょう。
木村。見事な揚げ足取りだ。こんな脅迫は未だかつて知らない。
木村。俺は今まで禿げてもかまわないとどこかで思っていたが、そんな殊勝な気持ちは今やふっとんだ。俺は、絶対に禿げない。そう、直木賞作家の五木寛之のように。御年72歳にしてふさふさの五木氏のように。
私は復讐を誓った。アデランス、噂に違わぬ傍若無人。
木村。おそらくカツラの木村よ。五木流の驚異のヘアケア術を知って驚くなよ……。
(つづく)
