JR東日本が出した監視カメラ映像。階段下で事件は起きた。ここに表示された時刻よりも前に事件は起きたはずである。本当はこれより前の時間帯の映像を検証しなければならない。
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09年12月、JR新宿駅で痴漢と間違えられて女性の連れの学生から暴行を受けた原田信助さん(当時25歳)は、110番通報した。ところが、暴行の被害者としてではなく痴漢の被疑者として調べられ、結局「痴漢の事実なし」と110番情報メモに記されて釈放された。嫌疑が晴れたことを警察が伝えなかったため、疑がわれたままだと思った信助さんはその日のうちに自殺してしまった。新宿署は急遽「特命捜査本部」を立ち上げて書類作成し検察へ送致、被疑者死亡で不起訴という結末に。母親の尚美さんが11年4月に国賠訴訟を提起したが、あたかも信助さんが生きているかのような供述調書をはじめ、不審な点が続出している。13年10月、弁護団は事件のカギを握る15人の証人申請をしていた。ようやく今年2月2日、被告の東京都が激しく抵抗した新宿警察署長の証人尋問を裁判所が認めた。証人尋問の第1回は3月9日に実施される。
【Digest】
◇疑惑が疑惑を呼ぶ警察調書類
◇取り調べIC録音の法廷公開は却下
◇主役(自称被害女性)を法廷に呼ばないことに決定
◇立延哲夫・新宿署長の尋問を請求
◇警察は新宿署長の証人尋問に激しく抵抗
◇疑惑が疑惑を呼ぶ警察調書類
「痴漢の事実なし」(事件当日の110番情報メモ)と原田信助さんに警察が告げさえすれば、何事もなく終わった事件である。
痴漢の疑いをかけられたままだと思い込んだ息子が自殺した翌日から、母親の原田尚美さんが真相をさぐろうと警察関係者やJR関係者に積極的に働き始めた。
「この様子を見て、警察は国家賠償請求される恐れがあると判断し、対応策を練った」これが事件を複雑化・深刻化・重大化させた原因だと原田さんの弁護人らは見ているのだ。
国賠対策のために、痴漢(迷惑防止条例違反)事件で「特命捜査本部」を新宿署は設置したというのである。
取り調べ直後に当事者が自殺した案件を受けた場合は、たんに一警察署の新宿署の判断でなく、本部(警視庁あるいはその上の警察庁)の指揮で推進するのが、こうした特命捜査本部に類する体制の設置だという。
その「特命捜査本部」は、急遽現場再現検証を実施、痴漢被害を受けたという女性の連れで故信助さんに暴行したと思われる男子大学生2人、JR職員、関連した警察官たちの供述調書、事件直後の関係者の撮影写真報告書、などを作成。新宿警察署は東京地検に送致した。結果は被疑者死亡で不起訴になることはわかりきっていた。
裁判が始まってから、疑問点が続出している。たとえば、信助さんが死んでだいぶ経ってから作成された複数の供述調書では、信助さんが生きているようになっている。
また、駅階段でもみ合った男子学生は「鼻骨骨折し鼻血を出した」のに直後に撮影された写真は、血痕はまったくなくすっきりとした姿で写っている。
忘年会シーズンの夜11頃の新宿駅階段で起きた事件なので複数の目撃者もおり、彼らの語る男子学生は茶髪。ところが警察が作成した写真報告書では風貌が違う。
このように、疑惑が疑惑をよぶ展開だからこそ、原告側は15人の関係者の証人尋問を申請したわけだ。決定された証人について語る前に「新宿事件」そのものを簡潔に振り返っておこう。
新宿署 痴漢冤罪・暴行・自殺事件
2009年12月10日午後11時ごろ、念願かなって転職した職場の歓迎会からの帰宅途中、原田信助さんがJR新宿駅の階段を登り始めたところ、直前にすれ違った女子大生が「いまお腹を触られた」と言い、連れの男子大学生2人は信助さんを背後から突き落とし暴行した。
信助さんは携帯で110番通報し、かけつけた警察官によって交番に連れて行かれ1時間半聴取、さらに新宿警察署に任意同行された。暴行事件の被害者として話を聞いて貰えると思ったら、痴漢事件の被疑者としての取り調べが数時間に渡って行われたのである。
女子大生の証言と信助さんの服装が違うことなどから、「痴漢の事実がなく相互暴行として後日呼び出しとした」「乙が現認した被疑者の服装と甲の服装が別であると判明」と新宿署は「110番情報メモ」を記録し帰宅を許した。
信助さんは、新宿署を出て地下鉄東西線の早稲田駅に向かい、列車に飛び込み死亡した。その時点では、被害者とされる女性の被害届も供述調書もなく、信助さん本人の自白調書もなかったのに、警察は急遽調書を作り、彼の死後の2010年1月29日、痴漢容疑(東京都迷惑防止条例違反)で検察庁へ書類送検(本人死亡のため不起訴)した。
母親の原田尚美さんは2011年4月26日、東京都(警視庁)を相手取り、1000万円の国家賠償請求訴訟を提起した。
新宿署が検察に送った膨大な証拠類が裁判所に提出されたが、供述内容が変遷していたり、あたかも信助さんが生きているかのような供述内容になっている。また、男子学生の一人は鼻骨骨折し鼻血が出たというが、服装の乱れも血痕もない事件直後のカラー写真も提出されている。複数の事件目撃者が語る人物とまったく違う風貌でもある。
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亡くなった信助さんが書いた確約証。新宿駅で学生と揉みあいになった事件ついて後日呼び出し等に応じる旨がかかれている。 |
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◇取り調べIC録音の法廷公開は却下
原田尚美さんの5名の弁護士が関係者15人の証人を申請したあと、14年3月4日の口頭弁論を最後に、公開の法廷は開かれず、原告・被告・裁判官の三者が事務室で話し合う「進行協議」に変わり、約1年間法廷は開かれてこなかった。
行政相手の裁判での「進行協議」は不吉な兆しともいえる。すなわち行政側に有利になる兆候ということだ。傍聴人が裁判を見られず関係者だけで進められる進行協議では、さまざまなことが協議された。
主に誰を出廷させて証人尋問するかが焦点だったが、加えて信助さんが110番通報したときの記録開示(音声録音含む)も大切なポイントだった。110番通報関連の記録は一応出されたが、信助さんが残したICレコーダによる説明と食い違っているところもあり、疑問は解けていない。
さらに事件当夜、西口交番⇒新宿警察署と任意同行を求められた信助さんが録音していたICレコーダーの音声を公開の法廷で流すか否かも協議された。
騒ぎを聞きつけて駅員が現場に駆けつけて以降、約6時間にわたり録音されている。新宿駅西口交番と新宿署における警察官らの言動や状況を検証するために法廷で音声を流したいと原告は請求していたのだ。
《故原田は(略)東京都迷惑違反条例違反の被疑者として扱われた直後に自殺していることから、そのときの状況を法廷で証言することが全くできない。それぞれの場に居合わせた者たちは、故原田と利害対立する部分があることが明白な者であるから、それらの者の証言によって故原田が証言したい内容を代替することはできない》(原告の検証申立書)
これが法廷で録音を検証する必要がある理由だが、裁判長は却下した。
◇主役(自称被害女性)を法廷に呼ばないことに決定
誰を証人として法廷に呼ぶかの最大のポイントは、痴漢を受けたと言う被害女性である。初期の警察資料やその後の証拠類から判断し、原田さんと代理人たちは「自称被害女性」と称している。
当事者であり、事件の“主役”だからぜひ尋問が必要だという一般論からだけではなく、警察が作成し裁判所に提出されている調書類は疑惑の山だから、本人を尋問しなければ事実が解明できないのである。
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特命捜査本部が設置された09年12月14日より前の複数の警察作成文書では、痴漢の事実なし、服装の違いに触れたものがある。画像は捜査本部設置前日の09年12月13日付「取扱い状況報告」。女性が供述したのと違う服装だと記載され、痴漢事件では立件が難しいと示されている。 |
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原告が出した「立証計画」(誰を証人尋問し、どのようなことを立証したいのか)の冒頭部分。「不可解、異常な点が多く、本来あるべき真相を解明する捜査とは正反対の真相を隠ぺいするための工作であった」と警察の対応を追及している。 |
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特命捜査本部の現場責任者を務めた松浦克弘警部の陳述書の一部。自分が判断、立案したことを強調し、新宿署長は実質的な仕事を担っていなかったとしている。これをもとに被告(東京都≒警視庁)は新宿署長の証人尋問に反対していた。 |
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原告代理人が立延哲夫・元新宿警察署長に行なう尋問予定項目(原告提出の「立証計画」より) |
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