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滋賀医科大学医学部付属病院で発覚した患者モルモット未遂事件――患者を守るために体を張ったスーパードクターに対する組織的報復

情報提供
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岡本圭生医師。前立腺癌に対する小線源治療で、卓越した治療成績を誇る。5年後の非再発率は、高リスクの癌でも96%を超えている。
 滋賀医科大病院で、前立腺癌に対する小線源治療の手術経験がまったくない泌尿器科の医師が、患者を手術訓練に利用しようとした事件が発覚した。同病院では、2015年1月から独立した小線源治療学講座を開き、それに併設する外来で、小線源治療の世界的なパイオニア・岡本圭生医師が小線源治療を行ってきた。しかし、泌尿器科の教授らが、岡本医師とはまったく別に「泌尿器科独自の小線源治療」を計画。本来は、岡本医師が担当すべき患者ら23人を、その泌尿器科に誘導した。が、岡本医師は“素人”による手術を実施寸前で止めた。泌尿器科の計画は学長命令で中止になり、岡本医師が23人を引き受けた。そして診察した結果、そもそも小線源治療の適応がない患者や、術前の不要な医療処置で小線源だけの単独治療ができなくなった患者の存在が判明した。被害患者らは病院に謝罪を求めた。追い詰められた病院は2019年末で岡本医師による講座と外来の閉鎖を決定。患者らは年内限りで岡本医師による術後の経過観察が受けられなくなる。また、小線源治療を希望している癌患者の手術スケジュールも組めない状態になっている。岡本医師も年内で解雇され、事件がもみ消されようとしている。大学病院を舞台に交錯する「白い巨塔」の光と闇をレポートする。
Digest
  • 国際的な医師倫理
  • 手術技術習得のための患者モルモット事件
  • 小線源治療学講座
  • 高島市立病院でホルモン療法を開始
  • 小線源治療が未経験の成田准教授
  • 患者に真実を伝える義務
  • 塩田学長の決断
  • ホルモン治療による後遺症
  • 患者の怒りが頂点へ
  • 謎の2週間
  • 寄付講座の終了
  • 患者らによる抗議活動
(井戸謙一弁護士の滋賀医大事件会見要旨はPDFダウンロード可)

国際的な医師倫理

ジュネーブ宣言とは、1948年に開かれた第2回世界医師会総会で決議された医師の国際的な倫理綱領である。これまで改訂を重ね、最新のものは2006年5月に公布された。「私は」ではじまる医師としての誓いが11項目に渡って宣言され、その中に人体実験などを禁止する誓いもある。

私は、たとえ脅迫の下であっても、人権や国民の自由を犯すために、自分の医学的知識を利用することはしない

前立腺癌患者を対象とした小線源治療のパイオニア・岡本圭生医師が、職場で発覚した傷害未遂事件について口を開いた。小線源治療の経験がまったくない医師による手術実施を寸前で止めたというのである。医療事故という最悪の事態だけは回避されたが、事件の舞台となっている滋賀医科大医学部付属病院(以下、滋賀医科大病院)は事件のもみ消しに奔走し、真相を知る岡本医師を病院から追放しようとしている。岡本医師が言う。

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滋賀医科大学医学部附属病院。大津市にある同病院は、大小のビルや民家が林立する都会から隔離されているかのように、おびただしい樹木に覆われた丘陵地帯の中に病舎を置いている。

「わたしにはなんのバックも派閥もありません。ジュネーブ宣言に代表される医師の国際倫理綱領では、医師はどんな時にも、患者のために行動せよと謳っています。そのためには、国家権力や組織の圧力にも屈してはいけないと宣言しています。医師は、兵隊と別の用途で戦争や人権侵害などに悪用されることがあり、そうした大戦の反省に立って、倫理綱領ができたのです。わたしはそれを忠実に実行しただけです」

日本は、この宣言に批准している。

手術技術習得のための患者モルモット事件

京都駅をあとに、滋賀県のびわこ西岸に沿って北へ延びるJR湖西線を1時間ばかり進むと、近江高島駅に到着する。あたりには都会の色彩に乏しい平坦な住宅街が広がっている。

高島市立病院は駅と隣接するかたちで建っている。駅のプラットホームから白い病舎が見える。

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あやうくモルモットにされかけた沢田雅夫(仮名)さん。自宅でみずからの体験を語る。

滋賀医科大病院で、危うく手術の技術訓練モルモットにされかけた沢田雅夫(仮名)さんは、滋賀県高島市に在住している。2015年5月、高島市立病院で人間ドックを受診して、腎臓癌と前立腺癌の疑いを告げられた。その後、再検査の結果、異なる2つの臓器の癌の診断を受けた。幸いに転移はなかった。

このうち前立腺癌の治療方針については、主治医の富田圭司医師と看護士から3つの選択肢を提示された。前立腺を摘出するダビンチ手術、外部から癌細胞に放射線を照射する外部放射線治療、それに放射線を放つ小さなシード線源を前立腺に埋め込んで、そこから癌細胞を破壊する小線源治療(厳密には、永久挿入密封小線源療法)である。

沢田さんは小線源治療を希望した。その理由を次のように話す。

「小線源治療の場合、3泊4日の入院で治療が完了するという説明を受けたからです。わたしは電気主任技術者としてスーパーなどの電気設備を管理する仕事をしている関係で、仕事への影響が極力少ない治療を選ぶ必要がありました。そこで3泊4日の小線源治療がいいのではないかと考え、その場でこの治療をお願いすることを即断したのです。看護士さんは、『この手術をすると、1年ぐらいは子供さんがだけませんよ』と念を押されましたが、それでもわたしは、小線源治療をお願いしました」

ひと口に小線源治療といってもいくつかのタイプがある。沢田さんが提示された小線源治療は、滋賀医科大病院で実施されている高水準なものである。それは岡本医師が長年かけて開発・発展させたものである。これは、米国のマウンドサイナイ医科大学のストーン教授によるメソッドをさらに改良したもので、“岡本メソッド”と呼ばれている。

高い線量で癌細胞を完全に死滅させながらも、前立腺周辺の臓器は放射線被ばくを回避する革命的なものである。海外でも高い評価を受けている。ラジオ日経というラジオ番組でも詳しく紹介された。癌が転移さえしていなければ、悪性度の高い癌でも、浸潤した癌でもほぼ100%完治させることができる。

前立腺癌は低リスク、中間リスク、高リスクに分類されるのだが、岡本メソッドでは、5年後の非再発率が、低リスクで98.3%、中間リスクで96.9%、それに高リスクでも、96.3%である。ただし高リスクの場合は、ホルモン治療や外部放射も併用する場合があり、この方法はトリモダリティ治療とも呼ばれる。一般的な前立腺癌治療の代表である全摘手術や外部照射治療では、非再発率は40%から70%にとどまる。このことからも岡本メソッドの治療成績は際立っている。

滋賀医科大病院も、“岡本メソッド”を病院の看板にして、ウェブサイトでも紹介していた。“岡本メソッド”を希望する患者は、滋賀県内はいうまでもなく、北海道や沖縄など全国からやってきた。岡本医師は、毎週火曜日に3件の手術を行い、年間で約140件の手術をこなしてきた。これまでに岡本医師の手術を受けた患者は、1100人を超えている。

小線源治療学講座

この岡本メソッドに注目した企業があった。放射性医薬品開発販売会社・NMP社(日本メジフィジックス社)である。2014年にNMP社は、滋賀医科大病院に対して、年間2000万円の寄付を申し出て、岡本医師の小線源治療を売り物にしたい滋賀医科大学の小線源治療学講座(以下、寄付講座)開設の求めに応じた。岡本メソッドのさらなる発展と普及を目的としたものだった。

岡本医師は、1998年に滋賀医科大に助手として採用され、2005年に泌尿器科の講師となった。専門は小線源治療で、みずから開発した岡本メソッドにより著しい治療成果を上げてきた。

NMP社は、寄付講座を泌尿器科から完全に独立させた形で運営することを条件に寄付を申し出た。と、言うのも泌尿器科に小線源治療を実施できる医師は、岡本医師のほかにいなかったうえに、研究という寄付講座の性質上、学閥や縦の人間関係がもたらしがちな束縛など、「外野」の声は有害無益だったからだ。スポンサー企業としては、泌尿器科から独立した講座の設置は当然の要求である。岡本医師の行う高度な小線源治療の普及だけを希望したのである。この独立運営という方針については滋賀医科大の塩田浩平学長も賛同していた。

ところが泌尿器科のトップ・河内明宏教授がこれに反発した。河内医師は寄付講座を自分の支配下におき、泌尿器科の下部組織にしたかったのである。

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滋賀医科大の泌尿器科学講座のスタッフ紹介(ウェブサイト)。河内教授と成田准教授に小線源治療の経験がないことを物語っている。

こうした情況の下で、塩田学長は

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滋賀県高島市の高島市民病院。沢田さんがホルモン治療を受けた病院。主治医は、滋賀医科大病院の泌尿器科から派遣されていた。

2月7日、岡本医師と小線源治療の順番を待つ7人の患者が、治療の継続を求めて大津地裁に仮処分を申し立てた。申し立てに先立ってJR大津駅前で集会が開かれた。(写真:田所敏夫)

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