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消えた“殺人横断歩道”半年放置し脳挫傷の重症事故に 神奈川県警交通規制課は「運転手の責任」と言い逃れ――県の過失670万円

情報提供
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現在の事故現場。被害者の男性は、信号機のない横断歩道を、写真手前から奥に向かって横断、中央線(路面標示なし)を超えた付近で写真左手(南)から右手(北)向きに時速約40キロで県道を走ってきた大型石油タンクローリーにはねられ、脳挫傷などの重傷を負った。横断歩道の路面標示は中央付近からはげしく摩耗し、事故車が走行していた車線上は完全に消滅していた。

JFEスチール扇島正門前(川崎市)の摩耗した横断歩道上で2018年10月に起きた重大な人身事故をめぐり、所轄の神奈川県警川崎臨港署が、事故の半年前に補修要請を受けながら、「確認可能」だとして放置していたことがわかった。被害者が、加害運転手側と神奈川県を訴えた民事訴訟で、先日、運転手が6030万円、県が670万円を支払う内容の和解が成立した。3年に及ぶ裁判で県側は、「脇見運転」(運転手側は事実無根と主張)が事故の原因だとして運転手にすべての責任を転嫁する主張を続けたものの、責任を認めざるを得なくなった末に、裁判官から勧告を受けて和解。事故から5年を経て、県はようやく県内各所の道路標示の補修を積極的に着手したが、事故現場近くの「ダイヤマーク」(「この先横断歩道」のひし形標示)はいまも消えたままで、県警の安全意識の低さを物語る。今回の和解では、運転者の賠償責任を「運転手9対県1」の割合で認めており、いったん事故を起こせば、道路管理の不備が原因でも運転手側が重い責任を負うので注意が必要だ。訴訟記録から報告する。

Digest
  • 「天下りリスト」裁判は控訴審で和解
  • 議案81号
  • 事故発生
  • 過失運転致傷罪は無罪
  • 半年前に修復要請があった
  • 警部補が強制わいせつ未遂事件を起こした交通規制課
  • 県は「脇見運転」強調、見苦しい反論
  • 教訓
  • 人命よりもカネの「LCC」
途中から100%消える「殺人横断歩道」を放置した神奈川県の行政責任が670万円認定された(2018年7月=事故の3か月前@google street view)

本来ならば不要だった公金670万円を浪費した神奈川県であるが、道路管理を担当する県警本部・交通規制課では今年5月にも課員である警部補が強制わいせつ未遂罪で有罪になる不祥事が発生。組織のコンプライアンスに疑問が生じている。

「天下りリスト」裁判は控訴審で和解

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議案80号、81号が審議された神奈川県議会の庁舎。

摩耗した横断歩道上で起きた交通事故について管理者・神奈川県の責任を問う裁判が起こされ、県が一定の責任を認めた――これが本稿の主題だが、本論に入る前にこの事件の存在を筆者が知った経緯について触れておきたい。

”消えた横断歩道事件”の存在に筆者が気づいたのは神奈川県警「天下りリスト」裁判がきっかけだった。

神奈川県警「天下り先」リスト5年分1140件判明 不正融資のスルガ銀、巨額窃盗のアルソック…問題企業に続々再就職 訴訟1年がかりで「全面黒塗り」撤回に成功

神奈川県警「天下りリスト」企業名の全面黒塗り+大量手続きミスを国賠訴訟で免罪した横浜地裁・岡田伸太裁判長 違法判断うやむやでデタラメ増長、県警と裁判所の癒着か

県警退職者の再就職先が記載された「求人票」(天下りリスト)を情報公開請求したところ、法人名まで黒塗りにしてきた。それはおかしいと考えて、黒塗りの撤回と慰謝料10万円を求めた国賠訴訟を横浜地裁に起こしたのが2021年。県は裁判官の勧告に従って黒塗りを取り消して開示し、裁判の主要部分は判決前に決着がついた。以後、国賠請求と訴訟費用の請求のみを争点として訴訟は続く――。

筆者があえて国賠請求をしたのは次のような懸念からである。

情報公開の黒塗り(非開示処分)の違法性を問う手段として、処分取り消し訴訟が制度としてはある。だが、じっさいに裁判で争うのは簡単ではない。費用と労力、時間がかかる。そして往々にして行政側は、負けそうになると裁判中に黒塗り処分を変更して敗訴を回避する。違法な黒塗りを撤回させることができれば成功だが、訴訟に要した費用や労力は報われない。結果として行政側に「とりあえず黒塗りにして、裁判で負けそうになったら変更すればよい」という安易な発想が生まれる。次第に黒塗りの範囲が広がっていきかねないではないか。

違法な黒塗り処分をしたことについて神奈川県警にわずかなりとも責任を取らせて、「黒塗りやり放題」を抑止したいと考えたのである。

従来の判例に照らして、筆者は次のような判決を期待した。

1 国賠法上違法であり賠償を認める。

2 国賠法上違法である。しかし賠償するまでの損害はない。

3 1または2で、かつ訴訟費用は被告(県)の負担とする。

はたして、いずれの予想もはずれた。「仮に国賠法上違法であったとしても損害はない」「訴訟費用は原告(筆者)の負担とする」の繰り返しで、県警の落ち度についてなにひとつ触れていない。

「1」は判例の流れからみて難しいかもしれないが、「2」あるいは「3」はあってもいいんじゃないか。そう疑問に感じて控訴したところ、意外な展開となった。東京高裁は、解決金3万円を県が原告・筆者に支払うという内容の和解を勧告したのだ。実施的には原告側勝訴であることから、提訴に要した印紙代などの実費相当額を県が負担すべきだと裁判官は考えたようだ。県警側とすれば和解を蹴ったとしても敗訴することはないが、裁判所の勧告を素直に受け入れた。

81号議案
摩耗した横断歩道上でおきた交通事故をめぐって県の責任が問われた民事訴訟で、県が和解金の支払いに応じる提案内容が記載された「議案81号」(神奈川県議会ホームページより)。

かくして今年9月、原告筆者に県が解決金3万円を支払う旨の議案が、第3定例県議会に議案80号として上程され、可決された。

「とりあえず黒塗りにしておいて、裁判で負けそうになったら処分変更して敗訴を回避する」――というやり方に対して一定の歯止めとなり得る意義深い和解である。

議案81号

前置きが長くなったが、本論に入る。この天下りリスト裁判をめぐる和解は「議案80号」だが、議案書を見ると「議案81号」というものがあることに気がついた。

定県第81号議案 和解について

民事訴訟法第89条に基づく和解をするものとする。

1 件名 川崎市川崎区水江町6番1号先道路上において発生した交通事故に伴う損害賠償請求事件に係る和解

2 和解の相手方(以下「原告相手方」という)

(1)原告である相手方(以下「原告相手方」という。)

■■■■

■■■■

(2)被告である相手方((以下「被告相手方」という。)

千葉県市川市×× ビューテックローリー株式会社

3 和解内容 県から原告相手方に対する和解金670万円。被告相手方から原告相手方に対する和解金6030万円。

令和5年9月7日提出 神奈川県知事 黒岩祐治

(提案理由) 川崎市川崎区水江町6番1号先道路上において発生した交通事故に伴う損害賠償請求事件について、民事訴訟法第89条により横浜地方裁判所川崎支部から和解勧告があり、これに応じたいので提案するものであります。

これだけでは情報不足だが、9月27日の防災警察常任委員会の質疑で詳しい内容がわかった。荻原英人・県警監察室長が次のように答弁している。

本件は平成30年10月、川崎臨港警察署管内で発生した、タンクローリーが歩行者、歩行中の被害者に衝突しまして、脳挫傷等重傷を負わせた交通事故の事件でございます。本件について被害者側が、タンクローリーを運営する会社と神奈川県に対して、事故を発生させた過失があるものとして、損害賠償請求訴訟を提起したものでございます。本件交通事故に関して原告らは、被告神奈川県に対し、事故発生場所に設置されている横断歩道の道路標示が摩耗・消滅していたことで、被告会社の従業員は横断歩道の手前で一時停止をすることなく走行し、本件事故を引き起こした。道路標示の消滅は神奈川県の管理に落ち度があったというべきであるから、国家賠償法に基づき賠償責任を負うべきなどと主張しまして、被告会社と連帯して賠償金約1億4000万円の支払いを求める訴訟を提起したというものでございます。

県が和解に応じたのは、横断歩道標示の摩耗を争点とした裁判であることがこの答弁で判明した。和解金を払うとは、すなわち道路管理の落ち度を認めたということじゃないか、と筆者は興味を抱き、横浜地裁川崎支部にでかけて事件記録を調査した。

事故発生

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過失運転致傷罪で起訴されたタンクローリーの運転手の刑事公判が行われた横浜地裁川崎支部。横断歩道の消滅により予見可能性と衝突回避性がなかったとして無罪判決がくだされた。その後、被害者による民事訴訟が加害者の所属企業と県に対して起こされた。

裁判の記録は、分厚いファイル10冊に及んだ。提訴は2020年。和解まで3年を要している。

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事故の概要図。

現在(2023年11月)の事故現場。写真左手(南)から右手に向かってタンクローリーは追い越し車線(片側2車線の中央より車線)を時速約40キロで走行していた。事故当時、対向する追い越し車線には、横断歩道(写真のトラックの後方)の前後をはさむ格好で大型トラック2台が右折待ちで停車しており、見通しが悪かった。

神奈川県警川崎臨港署。事故の半年前に現場の横断歩道の摩耗について指摘を受けながら、危険なしと判断して放置、事故を招いた。事故後も、運転手の脇見運転が原因だとして責任転嫁しようとした形跡がある。

現在(2023年11月)の事故現場。タンクローリーは写真奥から手前に向かって走っていた。横断歩道の手前55メートル、75メートル付近に、横断歩道を予告するダイヤマーク(♢印)があるが、事故当時は横断歩道の路面標示とともにほぼ完全に消えていた。その後横断歩道の標示は修復されたが、ダイヤマークは消滅したままになっている。

横断歩道消滅を争点とした民事裁判で県が一定の責任を認めざるを得なくなったことを受けて、神奈川県内各地で路面標示の修復が行われている(川崎市内)。

現在の事故現場、横断歩道の手前に、追い越し車線2か所、走行車線に2か所あるはずのダイヤマークは、事故当時と同様に完全に消えたままだ。事故を起こしたタンクローリーは写真手前から奥に向かって走っていた(2023年11月)。

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