“リッチな北朝鮮”キーエンス王国(下):ブロイラー社員を3倍働かせる「カルト密教」の仕組み
120%やり切らせる採用&「刷り込み洗脳」の威力
運用の徹底ぶりがスゴい。外部に堂々と公表するとマズいことになる仕掛けも多い。 |
「北朝鮮からアメリカに移住した気分ですよ」――プルデンシャル生命に転職した元キーエンス社員の感想だ。筆者の20年の社員取材のなかで、勤務先を「北朝鮮みたいだ」と例えた会社は、トヨタとキーエンスだけ。一糸乱れぬ社員の動きは、実にマスゲーム的で、自由はない。個性を許さずロボット化する点は、日本の規律重視な義務教育の延長だ。両社とも、人権はとりあえず脇に置いて、機械のように正確に指示どおり動け——という会社。その働き方は、旧共産圏オリンピック選手のように生活環境や栄養管理にまで及び、内勤日は昼食後の13~21時過ぎまでカロリーメイト(またはSOYJOY)のみで8時間連続稼働。外勤日も1分単位の「外報」で管理され虚偽報告は降格対象という、人間ばなれした厳しさだ。
- Digest
-
- とにかく「やり切る」会社
- 「秘密結社」的で閉鎖的なカルト
- 女性の平均年収も1千万円超
- 意外に多かった中途採用者
- 営業、販促、商品企画、開発、製造、物流…組織全体像
- 採用方法の秘密
- 学閥ナシ、大学無関係、コミュ力お化け
- 会社指定の物件で全員一人暮らしスタート
- 内勤日は12時間労働でテレアポ獲得10件以上
- 外勤日は1分単位の外報「8:30と13:00は必ず入れろ」
- 刑務所を超えた拘束ぶり
- 機責で営業利益1千万円/1人の月ノルマ
- 機責→海外・販促・監査がエリートコース
- キーエンスを辞める3つのパターン
- 市場原理主義の“資本主義国”へと移住する転職
- ドライでトップダウン、グーグルと正反対な社風
- トヨタとキーエンスの深い関係、共通点
- トヨタ・キーエンスこそ日本の勝ち筋
- 「刷り込み」と新卒一括採用の関係
- キーエンスこそ正統派メガベンチャー
- 「国家百年の計」で振り切るもよし
とにかく「やり切る」会社
「キーエンスのいろんな制度や社内ルールを導入するだけなら、難しくないと思います。でも、制度だけパクっても、同じ成果は出ません。社員に120%やりきらせる『運用』の徹底ぶりに、最大の強みがあるからです。徹底的にやり切ってるのがスゴいところで、とてもマネできないと思います」(別の元社員)
制度の緻密さもさることながら、緻密であればあるほど、それを実行に移すのは難しい。整理整頓にせよダイエットにせよ、難しいのは計画ではなく、その計画を日々100%運用する「実行」のほうだ。その実行っぷりを徹底している点に、キーエンスの特徴があるという。
「たとえば、本社の事業推進部から営業所に、定期的に『監査』が入って、外報(外出報告書)の正確さをはじめ、社内ルールどおり運用しているかチェックされるのですが、オフィスの気温や照度(明るさ)まで測るんです、年収2千万円オーバーの、大の大人が、大まじめに。同じオフィス環境、同じ条件で競争させるのが目的だそうですが、ここまで運用を徹底している会社は他にないのでは…」(同)
オフィス環境データを収集、分析し、もっとも労働効率がよい環境を全員に提供しつつ、同じ土俵で競争させることで、組織として最大限の付加価値を生み出す――。
「Key of Science」を略して「キーエンス」という自社製品ブランドが生まれ、それを社名にした。その名のとおり、科学的にデータを分析・活用して意思決定するカルチャーが、キーエンスでは各所に染み付いている。
「秘密結社」的で閉鎖的なカルト
キーエンスはあらゆるデータ収集と分析を徹底している会社であるが、社外に対する情報開示には最大限に消極的な会社であり、その閉鎖性が「秘密結社」感を醸し出している。
もう少し他社並みに開示して社会とコミュニケーションをとったほうがブランディング上もプラスだろうが、外からどう見られようとおかまいなし、我が道を行く姿勢が、実にカルトっぽい。実際に、とてつもない利益を叩き出しているので、「密教」のごとく、《秘密に説かれた深遠な教え》が隠されているかのように見えてしまう。
上場企業としては珍しく、いまどき社員の平均残業時間すら開示しない徹底ぶり。これは、とても開示できない長時間労働をさせるのが当たり前の会社で、そこはブラック間違いナシなので覚悟してください――という人事部からのメッセージと捉えるべきだろう。
日本政府は、経団連を忖度し、「働き方改革」に反して、企業にこうした基本的な労働環境情報(平均残業時間、平均有休取得日数、平均年収、平均年齢、男女比率、社員数、平均勤続年数、離職率…)の開示義務を課していない。上場している持ち株会社については一部が曖昧な定義(母数に出向者を入れたり非正規を入れたりできるので情報操作可能)で開示されているが、実際に大半の社員が勤務する「事業会社」の情報でなければ意味がない。全社が同じ条件で開示しないとフェアな競争にはならないので、キーエンス以前に、政府・厚労省による不作為の責任が圧倒的に一番重い。
現在、大企業に開示義務が課されているのは、「男性100に対しての女性賃金比率」と「年間採用者に占める中途採用者比率」の2点だけだ。さすがに、この2点についてはキーエンスも従った。
女性の平均年収も1千万円超
秘密結社キーエンスは、基本的な組織図はおろか、人数もすべて非公表の謎組織。平均残業時間すら開示しない。 |
昨年から開示が義務化された女性賃金比率は、「44%」。筆者は社員から聞いていたので4割切るくらいと思っていたが、正社員どうしで比べて、男性100に対して女性44%は、なかなかに差別的だ。厚労省の女性活躍データベースによると、従業員1千人以上の全3830社のなかで下位42位にあたり、国内でワースト1.1%に入る。何かと飛び抜けた会社なので、女性は覚悟が必要である。
予想外だったのは同時に開示された女性社員数の比率で、全体の「7.4%」、つまり、206人と、かなり少なかった。コース別の内訳は相変わらず非開示なので詳細は不明ながら、社員によれば、そのほとんどが給料の安い内勤事務職(S職)である。
ただ、「給料が安い」というと、少々語弊がある。全体の平均が年収2279万円という賃金ナンバーワン企業なので、女性社員の平均年収をはじき出すと意外に高く、「1046万円」で、大台に乗っていた。この事務部隊は、意外なほど少数精鋭だ。
キーエンスは女性正社員の賃金も高い。三菱商事との比較データ。 |
ベンチマークとして、同じように算出した三菱商事の女性社員の平均年収は「1374万円」。こちらは男性同様に働く総合職の女性を1039人も含む、というよりむしろ、総合職のほうが多く、一般職は391人しかいない。この両者の平均だから高くなって当然である。一方、キーエンスのほうは、女性のほとんどがS職(内勤事務)なので、商事の女性社員と比べたら328万円も差がついて当然ではある。どちらも高い (右記参照)。
キーエンスの女性総合職の採用と活用は、はっきりいって今に至るまで、一度もうまくいっていない。かつて2009年に取材した際に聞いたのは、「営業1千人超の体制で、女性はそのうち1人だけ」というものだった。1人だけとなると社内でも話題になるから、これは確かな情報だろう。
その後、少数ながら採用しても、やはりほとんどがすぐに辞めてしまう。やはり、「数年置きに転勤」「長時間残業」「工場に機材を持ち込んでのデモ営業」といった男性を前提とした各種ハードルは、女性には高いのだ。子育てとの両立は、まずできない。反SDGs、反サステナビリティな会社であることは間違いないので、政府が罰金を払わせるなどの対策がないと変わることはないだろう。
女性にとってハードルが多すぎるキーエンスの働き方 |
最近の取材で聞いたのが、通常の営業職とは別の、女性のみで構成する“アマゾネス営業部隊”の存在だった。通常のフロント営業とは別に、大手企業の工場を攻略する際の営業支援部隊が存在するというのだ。
「お客さん側のキーマンが、『女性が行ったほうがうまく話が進むオジサン』という場合などに投入されます。接待とはまた違うんですが、商談の場を盛り上げる役割などで、確かにニーズがあるんです。デモの荷物を運ぶといった力仕事もありません。単独で営業に行って数値責任を持つことはなくて、評価指標も、通常の営業職とは違って、間接成果がつく仕組み。人事評価も、女性だけの集団のなかで評価していました。大規模な拠点だけに3~5人いて、全国で20人もいないと思います」(元社員)
確かに、決裁権者が男ばかりという工場の現場を考えると、ニーズはありそうだが、何やらウーマンリブ運動家から批判されそうな組織ではある。だからこそ表立って、存在を認めないことにしているのだろう。採用ページなどにも一切、記されていない。いずれにせよ、女性労働力の活用については、いろいろ試行錯誤をしているようである。
「コース別の実質的な性別採用」「長い残業時間」「少ない有休消化日数」「出勤日は漏れなく13時間拘束&フレックス勤務ナシ」「転勤族でブロック制度ナシ」…といったところが、日本企業で女性が総合職として出世して高賃金を稼げない理由である。キーエンスは、これら全ての要素をパーフェクトに持ち合わせているため、営業職に女性が適応するには、ボトルネックを3つも4つも解消しなければならず、ギブアップ宣言したほうがよいのではないか、とも思える。
現状、多様性やサステナビリティといった世の中のSDGsムーブについて、キーエンスは全く関心を示していない。そこに踏み込んだ改革を行うと、キーエンスの強みを、まるごと失ってしまう可能性が高いからかもしれない。
意外に多かった中途採用者
もう1つの義務項目である中途採用者比率は、「21%」(2022年度)と開示した。これとて、聞かないと教えないのがキーエンス流である。ギリギリまで法律は守りたくない、アウトローな姿勢を見せる。このあたりもカルトな秘密結社っぽい。
就職四季報アンケートには、採用数382人(2023年)と答えているので、21%をかけると80人。一方でマイナビには新卒280人採用(2022年度、うち女性20人)と開示しており、こちらを79%として中途を計算すると74人だ。微妙にずれているが、そもそも実数の開示を義務付けていない日本政府が悪い。ここでは、74人としよう。
キーエンスは急成長を続けている割に、中途採用をほとんどしてこなかったが、近年は、新規事業(得意のデータ分析システムを経営幹部向けにサブスクで提供)のために技術営業職のエンジニア採用を行っている。また、開発職についても中途採用を活発に募集するようになってきた。全社員に占める割合は、まだ5%未満とみられる。
平均年齢が35.8歳と若いことについては、「30歳で家が建つ、40歳で墓が立つ」というひと昔前の噂を人事部が気にしているようで、キーエンスは、あえてマイナビ上で以下のように説明している。
「直近5年間の離職率は5%前後で推移しています。キーエンスの平均年齢が他の大手企業より若干若いのは、事業規模の拡大とともに積極採用をしてきた結果、直近10年以内に採用した人の比率が40%を超えているからです」
キーエンス社員の平均年齢は、いわゆるJTCに比べ約10歳若い。同じ大阪のパナソニックは45.7歳(2020年3月、翌年から持ち株会社に移行し非公表)だから、「若干」どころではない。10年前の2013年3月期は2029人だったので、確かに10年で759人(37%)も増えている。
社員の4割超、つまり1115人以上が、社歴10年以内。毎年、定年退職以外で、2788人の5%にあたる139人ほどが辞めていく。離職率は低すぎれば膿が溜まるし、高すぎるとカルチャーが壊れる。5~10%くらいは健全な範囲内である。
元社員の感覚値としては、この数字は、実態よりも若干低いくらいで、それほど違和感はない。「営業の総合職は、最初の5年で同期の3割くらいが辞めました。女性は3人中2人辞めています」(元社員)。営業職、開発職、事務職のうち、やはり営業が一番辞めるので、最初から採用数も多く、営業3:開発1くらいの比率で採用している。
キーエンスが外部に公式に開示している情報は、以上だけだ。これだけでも、キーエンスが、まだ「政府の言うことなんか聞くか」「何がSDGsだ」といった、唯我独尊で活きの良いベンチャー企業であることが伝わってくるだろう。では、“秘密結社”キーエンスは、内側で実際のところ、何をしているのか。以下、入社前後のギャップがないよう、具体的に報告する。
営業、販促、商品企画、開発、製造、物流…組織全体像
組織俯瞰図と人員配置 |
まずは、全体像である。キーエンスは、カルト密教のような秘密結社なので、上場企業であるにもかかわらず、組織図すら開示していない。右記が、その組織全体の俯瞰図と、全体の人員数配置を取材に基づいて示したものである
この先は会員限定です。
会員の方は下記よりログインいただくとお読みいただけます。
ログインすると画像が拡大可能です。
- ・本文文字数:残り18,422字/全文23,338字
14時間拘束される外勤日と内勤日の1日スケジュール表
ブロイラー労働者は、カロリーメイトだけで8時間働く
外報に1分単位で記録する
キーエンスとユニクロは同じ「スーパーアンドロイド集団」の典型的企業
辞めるパターンと転職先の特徴
コンゴ投資詐欺で2023年に逮捕されたキーエンス出身の船越洋平容疑者(34歳、FBより)
社風マップからわかるキーエンスとグーグルの違い
同じデータ分析企業のグーグルとは真逆のカルチャー
日本の時価総額トップ10企業
本当の秘密「刷り込み学習効果」
働くステージ論で「パラダイスステージ」にいるキーエンス
Twitterコメント
はてなブックマークコメント
“筆者の20年の社員取材のなかで、勤務先を「北朝鮮みたいだ」と例えた会社は、トヨタとキーエンス”
facebookコメント
読者コメント
※. コメントは会員ユーザのみ受け付けております。記者からの追加情報
本企画趣旨に賛同いただき、取材協力いただけるかたは、こちらよりご連絡下さい(永久会員ID進呈)
新着記事のEメールお知らせはこちらよりご登録ください。