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セールスフォース ダイバーシティ&インクルージョンの嘘 12年も未達の障害者雇用率、「合理的配慮」訴訟起こされかん口令…

情報提供
サムネ
「障害を持つ労働者が裁判しなくても問題解決できる社会に」と裁判の意図を話すY氏(40代)。精神障害者保健福祉手帳3級。発達障害のADHD (注意欠陥障害)とASD (自閉症スペクトラム)、ニ次障害として、うつ病を抱える。

少子化で労働者が減り続ける日本では、D&I(ダイバーシティー&インクルージョン)を進め、多様な人たちがフェアに働ける環境を整えた企業が生き残る。ユニクロや資生堂は障がい者雇用率4%台後半を誇り、国も罰則つきの法定雇用率を2.5%(2024年)、2.7%(2026年)と徐々に引き上げている。今後は、マネージャーの重要スキルとして「障害者を適切に管理して成果につなげられること」が必須になっていくはずだ。そんななか、積極的にD&Iをアピールしてきたセールスフォースが、障害者手帳3級を持つY氏(40代)を雇用しながら活用できず「合理的配慮」違反の民事訴訟を起こされ、昨年10月に数百万円の解決金で和解に追い込まれていたことがわかった。同社は法定雇用率すら過去15年のうち12年も未達で、ブランディングと職場実態がかけ離れている。

Digest
  • 15年のうち12年間も未達
  • 争点は「合理的配慮」
  • 過呼吸おこし救急車で運ばれる
  • コロナ禍で「通勤訓練」を強要
  • 団交開始で退職勧奨が始まる
  • 雇用期間満了の雇止め通知書
  • 離職から8か月後「地位確認」など求め提訴
  • 3年再就職できず…和解額は約200万円
  • 社内では箝口令
  • 健常者は完全雇用、障害者は6割失業

この裁判で争点となった「合理的配慮の提供」は、障害者差別解消法の改正によって、今年4月から企業に義務化されたばかりの、比較的、新しい概念。

今年から義務化された合理的配慮
2024年4月1日から義務化された「合理的配慮」の提供

Y氏は、発達障害のASD、ADHD、うつ病を持ち、職場での合理的配慮を、繰り返し求めていた。だが溝は埋まらず、職場で過呼吸を起こし、救急車で運ばれる事態に発展、2年で雇止めとなった。

本件のトラブル発生時はまだ「努力義務」だったが、「義務」となった現在、企業はこうした事態を防止するため、本格的に受け入れ態勢を整え、職場環境に投資しなければならない。

そのケーススタディとしても、本件は学ぶべきことの多い、貴重な失敗事例となっている。

15年のうち12年間も未達

セールスフォースは「平等」(イクオリティ)を、同社が重視する5つの価値(信頼、顧客の成功、革新、平等、持続可能性)のうちの1つに定め、グローバルのブランディングに利用している。

よりインクルーシブな職場
平等(イクオリティ)を5つの価値の1つに定めているセールスフォース

ジェンダー(性別)、LGBTQ(性的指向)、障害、年齢、国籍といった多様性(ダイバーシティ)を包摂(インクルージョン)することによって、イクオリティを実現するという。だが日本法人では、この価値がほとんど無視されている。

なかでも「障害」の包摂について、セールスフォースジャパンは、日本に進出して24年目にもなる割に、ぜんぜんうまく運用できていない。

障がい者雇用について、特例子会社(障がい者雇用専門の会社)ではなく、通常の各部門・チームで就業する形をとっていること自体はよいのであるが、最低限の法定雇用率すら満たさず、直近15年間のうち12年間が未達だったことが、筆者の情報開示請求で分かった(右記参照)。

障がい者雇用率推移
セールスフォースの障がい者雇用率推移

イクオリティをアピールするからには、法定の2倍くらい(4%超)の積極的な雇用をしているかと思いきや、全国平均以下が続き、達成したのは2022年と、ごく最近のことだ。

障害者雇用促進法では、従業員数40人以上の企業に障害者を2.5%(2024年4月以降)の割合で雇用することが義務付けられ、雇用率を満たさない企業は不足数に応じて納付金(事実上の罰金)を支払う。

不足数1人当たり、月額5万円。2026年には2.7%に引き上げられる。セールスフォースは、過去15年のうち12年でこの〝罰金〟を払った。日本の企業社会のなかでも、平均を下回る「悪い見本」である。

訴状1枚目合理的配慮訴訟
2021年7月20日付け訴状(末尾よりPDFダウンロード可)

争点は「合理的配慮」

「量」の面で、一般的な日本企業より劣っているだけでなく、「質」の面でも全く優れていないことが明らかになったのが、Y氏をめぐる「合理的配慮」訴訟だった。争点は、職場が障害者とともに働くうえで求められる「合理的な配慮」を行ったと言えるのか、だった。

朝日新聞が、巨大スポンサーへの忖度から匿名(都内のIT企業)で記事にした本件について、和解前のY氏へのインタビュー、および被告側(セールスフォース)準備書面など訴訟記録をもとに、その現場実態と結末について全貌を報告する。

ウェブデザイナーであるY氏(当時40代前半)がセールスフォースジャパンに入社したのは、2018年12月。発達障害のASDとADHDおよびうつ病を持ち、障害者雇用枠で入社した。雇用契約書によると、条件は左記画像のとおりで、固定給が月額35万円、6ヶ月契約の有期雇用で、双方合意のもとで契約更新する、というものだった。

労働契約内容
Y氏の労働契約内容(筆者が訴訟記録を書き写したもの)

セールスフォース入社前は、障害者枠ではなく一般雇用で働いてきた。通信会社、人材派遣会社、キッズアパレル会社など4社でキャリアを積み、キッズアパレル会社に在籍していた時、ウェブマーケティングとウェブデザインの分野で実績をあげた。

キッズアパレル会社を退職後、就労移行支援事業所(障害者の職業訓練施設)に1年ほど通い、発達障害当事者の雇用実績があったセールスフォースジャパンに入社した。

Y氏が配属された部署は、セールスフォース製品のライセンス販売や導入開発を行うパートナー企業とともに戦略を実行する部門。

そこで、ウェブマーケティングに付随したウェブコンテンツ、メールマガジン、販促グッズの作成などを行うのがY氏の業務だった。これらは、それまで派遣社員が担当していた業務であり、「営業組織内のバックオフィス職」である。

関氏2
関氏は2017年入社。Y氏を管理できずトラブルになり、Y氏による提訴が行われた後、シニアマネージャーに昇格している(社内slackより)

この部門に障害者が配属されるのは、初めてのことだった。雇用契約書によると、Hiring Manager(採用権者)は当時執行役員だった宮本義敬氏(2019年2月に退職)、その部下である関芳美氏が、チームリーダーとしてY氏の直属の上司となった。

「新人研修の最終日に、初めて会社で、配属先のチームリーダーである関さんと会って、『本当は障害者のあなたの面倒をみるのは私の役割じゃないんだけど、今日になって急に行け、って上から言われたから来た』と⾔われてしまったことを覚えています」(Y氏)

長年にわたって法定雇用率を下回っていたセールスフォースが、十分に時間があったにもかかわらず、ろくに受け入れ準備すら行わないまま、あわててY氏を受け入れた様子がうかがえる。職場での合意がないまま現場に押し込まれたことが、Y氏にとっても会社にとっても、不幸の始まりだった。

裁判では、発達障害のある労働者に対する「合理的配慮」が争点となった。障害者差別解消法の改正により、2024年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されたが、訴訟時点では「努力義務」だった。

合理的配慮:2016年に日本に正式に導入された、障害者への配慮方法を示す比較的新しい概念。リーズナブル・アコモデーション(reasonable accommodation)の日本語訳。障害者から事業主に配慮の希望があった場合、事業主は負担が重すぎない、断る合理的な理由がない限りは配慮をしなければならない。

合理的配慮は、一度話し合えばそれで終わりではなく、本人の症状や職場の状況は常に変化するため、配慮内容が変わる必要が生じる場合もあり、本人も会社も継続的に話し合う必要がある。人事異動があれば、新たに来た人に配慮内容を引き継ぐ。話し合いで納得せず問題が解決しない場合は、労働局やハローワークで苦情・紛争を解決する手続きも定められている。だが事業主への助言件数・指導件数・勧告件数は毎年一桁程度と低調である。

※なお筆者は、「合理的配慮」という文言は誤解のもとであるから、「合理的調整」と呼ぶべきと考えている。

「関さん以外のメンバーからの合理的配慮は十分に受けられていたのに、肝⼼のチームリーダーである関さんが、理解する気がないままでは、私の扱いも変わりようがありませんでした。関さん自身も、数少ない女性幹部候補として上から過大な期待をかけられ、長時間の残業などでいつも精神的・体力的にギリギリでした。関さんは関さんで、大変そうでした」(Y氏)

会社は、受け入れ体制に必要な時間や教育といった投資をしたのか。

具体的には、仕事上で関係が生じる職場のメンバー全員に対して、障害者とともに働く際に必要となる教育研修を施し、障害者を管理するだけの高度なマネジメントスキルを持ったリーダーのもとに配属したのか。

何の準備もなく、何のハンディやサポートもないまま、付け焼き刃の研修程度で障害者を現場に投入してしまったら、業務が回らず、確実に失敗する。

障害者は、通常の健常者と同等の戦力ではない。パラリンピックとオリンピックは土俵が分けられ、同じ基準で競争することはない。この、必要なハンディやサポートにあたるものが、「合理的配慮」である。

合理的配慮文書
Y氏が合理的配慮を求めた文書。これは現場に十分に伝わる内容で、事前にどこまで双方すり合わせがあったのか。

上司や周囲のメンバーが、健常者との違いを理解し、配慮することで、業務の円滑な遂行を目指す。右記が、Y氏が入社時、入社後3ヶ月後、6ヶ月後に提出した文書である。(PDFダウンロード可)

たとえば、以下のような記述がある。

・会社やコミュニティ独特の習慣(有給をもらった後は必ずお菓子を配る、 新人はエレベーターを使ってはいけない等)に気づかないことがあります。

・過集中を起こすと作業時に、思考を言葉に出すことがあります。

・聴覚認知が弱いため、会話上で複雑な内容を瞬時に理解できないことがあります。

・曖昧な指示「それ」「あれ」や、「この間」「今度」などを誤解して受け取ってしまうことが多いため、 新しく仕事が加わる際には具体的に文書(メールやchatter、ハングアウトなど)で指示をいただけると助かります。

・物事を0か1、白か黒、と極端に認識するため、グレーな表現を受容することに時間がかかります。

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2020年2月25日のプレスリリース。Y氏が通勤訓練を命じられた2020年3月、セールスフォースではオフィスが閉鎖され、障害者社員も含めて全社員がコロナ感染防止のためにリモートワークに切り替えられていた。

Y氏のサイト「原告からのご報告」で、2023年9月に和解成立したことが発表。

社内slackに投稿された”箝口令”(筆者撮影)

障害者雇用について語る資格者とは到底思えない鈴木雅則・人事本部長

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