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熊本県警巡査の過労死裁判が浮き彫りにした「絶望の刑事職」

❝当直は断続的労働❞隠れみのに月180時間超の殺人的長時間残業が常態化

情報提供
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国賠訴訟で勝訴が確定した後、息子・崇寿さんの墓前に手を合わせる母親の渡邊美智代さん(熊本県内の自宅にて)。

刑事になって社会のために働きたい――小さい頃からの夢を追い熊本県警に入った巡査が、採用されて5年目、念願の刑事課に異動となり、そのわずか半年後に遺書を残して自殺するという事件が2017年に起きた。県警は「原因はわからない」とうそぶいていたが、遺族が地道な調査や訴訟を通じて暴いたのは、殺人的な長時間労働だった。県警が認めた表向きの残業だけで月100~140時間、これに〝裏の勤務時間〟にあたる当直勤務を加えると、実に185時間に達した。事件発生から7年、ひたすら責任逃れを続けた県警の姿に、母親は言う。

「不信感しかありません」

Digest
  •  突然の訃報
  • 「つかれたので休みます」
  • 親しい先輩警察官の支援
  • 隠された報告書
  • 当直日誌
  • 公務災害認定
  • 証人尋問
  • 自暴自棄のメッセージ
  • 責任先送りの文化
  • 警視庁、埼玉県警は取材拒否

当直勤務の実態は、一晩に何度も事件や事故で現場に行き、所定の仮眠も取ることができない激務であったにもかかわらず、県警は労働密度の低い「断続的労働」として労働時間に算入していなかった。

遺族は県を相手取って国家賠償請求訴訟を起こし、昨年12月、全面勝訴して確定した。自殺は長時間労働による過労自殺と認定、遺族に対し総額6千万円あまりの賠償が県に命じられた。

県警本部長
責任から逃げるように2025年3月末で離任していった熊本県警のトップ、宮内彰久本部長。無責任な人物である。

県警は、責任の所在を明らかにして必要な懲戒処分を行い県民に開示し反省の意を示す――という当り前のことを未だしておらず、宮内彰久・熊本県警本部長は3月末で離任。遺族にすら関係者の処分について一切、説明しなかったという。いったい誰がこのような人命軽視の絶望的な組織で働こうと思うのか。

【※当直の取り扱い変更に関する熊本県警情報公開資料(153頁)は末尾にてPDFダウンロード可】

突然の訃報

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熊本県警巡査だった故・渡邊崇寿さん。熊本県警に採用されて5年半、玉名署刑事課に異動になって半年後の2017年9月11日、24歳の若さで自死した。月185時間に及ぶ殺人的な長時間労働を強いられていた。

「忙しいんじゃないかという思いがあって、遠慮して、電話やラインで頻繁に連絡しなかった。当直してて疲れて寝てるんじゃないか、負担かけたくないなと気を回した。あとになって後悔しています」

熊本県警の巡査だった渡邊崇寿さん(享年24)の位牌の前で母の美智代さんが静かに話す。仏壇に飾られた記念写真の中で、ありし日の崇寿さんが笑っている。警察学校を卒業したときにあわただしく撮ったものだという。

崇寿さんは高校卒業後の2012年に熊本県警に就職し、玉名署地域課を経て2017年3月31日付で同署刑事課に配属になった。担当は捜査1係。母親によると、刑事になるのが子どものころからの夢だったという。

警察官になるために遠方の高校を選び、約10キロの峠道を自転車で通い、試験勉強に励んだ。採用後はプライベートな時間も使って刑事課に足を運び、進んで雑用を引き受けた。刑事課への異動は、そうした熱意が評価された結果だった。

刑事課に異動になった当時を振り返り、美智代さんが言う。

「刑事課になってよかったね。念願かなってよかったね。そう言ったら、『うん頑張る』と答えました」

以後しばらくの間、美智代さんは崇寿さんの顔を見ることがなかった。異動直前の2017年の正月は、鳥インフルエンザで多忙となり帰省できなかった。8月のお盆は、短時間日帰りしたものの美智代さんは仕事で家におらず、すれ違いとなった。好きな仕事をやっているだろうと心配はしていなかった。「連絡がないのは元気な証拠だ」と崇寿さんも言っていた。

出勤しない

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熊本県警巡査だった渡邊崇寿さんが勤務していた玉名警察署。刑事になるのが子どものころからの夢だった。

美智代さんの職場に、夫から急を告げる電話がかかってきたのは9月11日の午前だ。

「崇寿がいなくなった。玉名署の人が2人来ている。いっしょに話をしたい…」

まもなく、署員2人と夫が、職場に来た。署員が状況を説明する。

「出勤時間になっても出勤してこない。携帯電話にかけても応答がない。寮にもいない。車がない」

ほどなくして、崇寿さんが発見されたという情報が入った。

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崇寿さんが生活していた官舎。遺族によれば、きれいずきだった本人の部屋とは思えないほど乱れていたという。

熊本県警本部庁舎。崇寿さんの自殺の要因として長時間の時間外労働が要因のとして考えうるとの調査報告を早期に得ていたが、遺族には知らされなかった。県警上層部が隠蔽を指示した可能性は否定できない。

玉名署長が県警本部長にあてた調査報告書。事件直前5ヶ月間の刑事課捜査1係の職員の平均時間外労働時間は約81時間と、他部署に比べて突出して長く、その中でも崇寿さんは同96時間ともっとも長いとの記載がある。

刑事課の当直日誌。変死や事件、事故、火災の対応などで一晩で何度も現場に行っていた。

熊本県警旗。当直を含む長時間の時間外労働による過労自殺だとする公務災害認定がなされた。だが県は全面的に争う姿勢を続けた。

熊本地裁。崇寿さんの当直の実情を詳細に審理し、すべての当直時間を労働時間に含めるとの事実認定のもと、遺族側の全面勝訴判決を言い渡した。

勝訴判決後、記者会見に臨む遺族と代理人の光永享央弁護士(奥)。

従来「断続的労働」と位置づけていた当直勤務をすべて正規の労働時間として取り扱うよう指示した熊本県警の内部文書。崇寿さんが亡くなった2年半後の2020年4月に本部長通達として出された。

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記者からの追加情報

遺族取材を終えた後の今年3月28日、熊本県警本部の宇野晃警務部長と玉名署の上司らが遺族方を訪れ、事件後はじめて謝罪した。なぜ報告書を隠したのか、なぜ解決がこれほど長引いたのか、という問いに対して、県警側は「熟慮していた」「今考えればもっと早く解決できたかもしれない」などと釈明したという。美智代さんは筆者の電話取材に次のように語った。 「謝罪してもらったことで一区切りつけようと思う。ただ納得はしていない。私たちが声をあげなければ、なかったことになっていた。崇寿がしたことは県警にとって迷惑なことだとされていただろう。不信感は今も残ります」
なお、懲戒処分の有無について警務部長らは明らかにしなかったという。

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