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11/13 2012
 プロと考える仕事の未来という対談の連載が始まった。これは『10年後に食える仕事とは何か』をさらに徹底的に突き詰めて考えていくという目的があり、ミッションは明確。また、私がやるということは、すなわち「ぶっちゃけ本音対談シリーズ」にしかならないわけで、編集長インタビューにありがちな、うだうだしゃべくったものを文字にしてみました、というなぁなぁの対談モノとは全く違ったものにするので、ご期待いただきたい。

 1回目は、藤原和博さん。65冊も本を書いているので全てではないが、主要な本の大半を読んだうえで臨んだ。それでも、今回出てきた話は本に書いていないことばかりで、情報編集アップデート力の高さを実感した。

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藤原和博(ふじはら・かずひろ) 杉並区立和田中学校・前校長  東京学芸大学客員教授 1955年東京生まれ。78年東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任後、93年よりヨーロッパ駐在、96年同社フェローとなる。
2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務める。
08~11年、橋下大阪府知事ならびに府教委の教育政策特別顧問。

 

 

 今後、グローバル化が進んでいくと、グローバルエリート:コミュニティ貢献者が1:99になる――という藤原さんの見通しは、方向として、その通りだと思う。去年、「We are 99%」デモが日本以外の先進各国では盛んだったが、日本にも当然、やってくる。藤原さんの言うグローバルエリートとは、すなわち無国籍ジャングルで戦う人たちだ。

 僕は『35歳までに読むキャリアの教科書』では、それでも親世代の生活水準を維持するために個人としてどうすべきか、という往生際の悪い話を展開したのだが、国民の大半にとって重要なのは、むしろどうやって普通の99%の人たちが仕事を得て食べていくのか、という話であろう。

 いま、急速にグローバル化を進めるユニクロは、「1:99の世界」の象徴といえる。トップの柳井社長はもちろんグローバルエリートであるが、106億ドル(8400億円)の資産家で、被災地にポンと10億円寄付できる余裕がある。その一方、ナンバー2以下の雇われ役員たちはその1千分の1の資産もなく、明日クビにされるかもわからない。

 末端の店長や社員たちは年収400~500万円で入社2年後には半分が激務から辞めざるをえないほど働きづくめ。その下の年収200~300万円のパート社員も含め、人間の使い捨て状態にある。そしてトップだけがますます潤っていく。1:99どころか、1:9999の世界が、ユニクロの現実である。似たようなことが楽天でもグリーでも進んでいる。10年後は、そういう労働社会が加速する。

 問題は、「死ぬほど働かされて500万円」くらいの人たちが精神を病んでドロップアウトしても、日本国内には「次の仕事」がなくなっていくことだ。現在7割を占める左下の「重力の世界」の仕事群は、中国・インド・ミャンマーといった国外に出て行かざるを得ないからだ。今後、失業率は徐々に上がっていく。

 ではどうするか、ということだが、藤原さんはコミュニティー(地域社会)で吸収する仕組みを作るしかない、という。それは何かというと、たとえば藤原さんが実践してきた学校を中心とする地域本部(学校支援本部)での仕事。ドテラ(土曜寺子屋)は、地域の大学生や社会人がナナメの関係で中学生を教えるかわりに、1回数千円のフィーを得る。また、その事務局業務を行う。年収300万円くらいの準教員、準公務員を増やしていくのだ。

 民間でも、ネットインフラを活用して、ある専門領域(たとえばネット上の花屋)で200万くらい稼ぎつつ、あとは有償ボランティアで被災地コミュニティーに貢献する、といったコントリビューターを増やす。そのために、有償ボランティアを根付かせる。これら地域貢献に寄する仕事は年収200万円くらいで、ワークシェアのようなものだ。

 今後、住居費が、ある段階でガクっと下がり、200万×夫婦でも生活が成り立つ社会の前提条件が揃ってくる。あとは、それでも必要となるであろう、国が出す原資だ。

 僕は柳井社長などの資産家に資産課税をかけるべきだと考えているが、藤原さんも、1500兆円の個人金融資産の1%でもとること、さらに宗教法人の活動と課税を変えること、など様々なアイデアを持っている。それらは、連載の次回以降で、議論される。

 これから顕在化してくる現象は、1:99の社会になっていくスピードに比して、既存の制度の変革が追い付かないことから来る社会の様々な軋みであろう。既得権者(既存の公務員など)の抵抗は計り知れず、変革は進まない。

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競争と分配のポジショニングマップ(これは古いバージョンなのでマップの軸だけみてほしい)。残念なことに、右上を志向する政治団体が存在していない(現在では維新の会が近いと思われる)
 政治に必要なのは、懐古趣味で「3丁目の夕日よ、もう一度」と、東京スカイツリーを作るのではなく、ファンタジーから抜け出し、まずは現状を認識し、確度の高い未来予想図に合ったヴィジョンと制度を提供することだ。

 野田首相が「分厚い中間層の復活」を掲げてきたのは、無知な国民を相手にする選挙戦術としてはわかるのだが、実際にはそんなものは既になく、一部の勝ち組を除いて、全体が下がりつつある。

 そういう身も蓋もない現実を認識し、我々はどこを目指すのかを明確に国民に提示する時期にきている。藤原さんは、私と同様、左記図の右上を目指すべきだ、という考え(競争はさせる、資産家からはとる)である。

 
06:56 11/13 2012 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(5700)


10/11 2012
 忘備録代わりに最近読んで良かったと思う本を紹介しておこう。僕は、異常に忙しいなかでも食事中はだいたい本を読んでいるので、自動消化されていく。特に、自分と経歴や年代が近い人や、目標とすべき人が書いてる本は、だいたい買って読んでいる。

■『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(東野圭吾)
 「黙祷はビートルズで」の章では、ビートルズの曲(今回はLet it be)をモチーフにして、手紙のやりとりを通して、「同じ光景でも、人の心の状態如何で違って感じられる」といった答えのない問題(カ・ド・コンシャス=あれも正しい、こちらも正しい…)を描き、考えさせる。東野作品のなかの超名作『手紙 (文春文庫)』と、ウリ2つの手法だ。

 この“三題話”(①モチーフとなる何か、②訴えたいテーマ、③手紙を通した心情表現)は、空手の「型」みたいなもので、僕が理想とする小説の教科書として認定させて貰った。

 こういう得意な型をいくつ持っているか、が小説家の実力なんだと思う。ほかの作品も、きっとパターン化された型が頭の中に無数にあって、そのワザの組合せなんだと思うが、素人の僕には気づけない。型を知れば、複数のワザを組合せ、仕事をショートカットできる。東野氏が作品を量産できる秘訣はそこにあるに違いない。

■『「一生食べていける力」がつく 大前家の子育て』(大前研一)
 これは編集者の企画力の勝利。読みどころは、大前研一氏が書いた前半の「きれいごと」ではなく、後ろのほうの、長男・次男へのインタビューだ。

 寝ている長男を夜遅く帰ってきて叩き起こし殴り倒すというDV親父ぶりや、休日なのに家族旅行にも猛烈に細かいスケジュールをこなすことに巻き込むため疲れてしまい、「(大前研一抜きで)家族だけでもう一度旅行しようか」と言わしめる異常なエネルギー親父ぶり。

 ミスをするレストランのスタッフやCAを所かまわず大声で叱りだしたりするロジカルなカイゼン親父ぶり。友人に海外旅行に行くなどと言えばイジメられるから本音はあまり行きたくないし、子供にも用事があるのに、「俺は世界で一番忙しいんだから俺に合わせろ」と無理やり夏休みの家族全員の予定を決めてしまうリーダーシップ親父ぶり。

 そして、長男も次男も学校をドロップアウトして紆余曲折のキャリアへ…。当然、親父の本なので子供らも編集者もすごく気を使ってセーブしてるはずなのに、それでもこれだから、実際はスゴかったんだろうな、と。この兄弟と同世代の私としては、かなり楽しめた。「子供たちのことを本気で考えてくれていたのは確かだと思う」という最後のほうのコメントは本音だろうし、ホントだと思う。まあ羨ましいものである。

■一連の『武器』本×3冊(瀧本哲史)
僕は君たちに武器を配りたい
武器としての決断思考
武器としての交渉思考
 いずれも主張に一貫性、論理性があって、典型的なコンサル系著者の本だな、と思った。「武器」というインパクトのあるブランディングとマーケティング力も含め、読後に、なるほど感が異様に強く残る。外資系コンサルの上位層はこういうタイプであるべきだし、また、そうでないとやっていけない世界だと思う。

 『僕は君たちに武器を配りたい』では、投資家的な考え方と、そのために必要となる一般教養(リベラル・アーツ)の重要性を説いている。

 リベラル・アーツが人間を自由にするための学問であるならば、その逆に、本書で述べた「英語・IT・会計知識」の勉強というのは、あくまで「人に使われるための知識」であり、きつい言葉でいえば、「奴隷の学問」なのである。

 これは全くその通りだ。英語という手段を使って何を成し遂げたいのか(目的)、その目的は、投資家的にみて、リターンを見込める正しいリスクといえるのか。安定などありえない時代になったからこそ、本書の主張はますます正しいと思うのである。

■『なぜマッキンゼーの人は年俸1億円でも辞めるのか?』(田中裕輔)
 ベールに包まれていたプロジェクトの内容や、入社試験からの一連の流れがリアルに分かる。これはマッキンゼー的にはまずい。「見えないもの」をいかにも高いかのように装って売っている会社だけに、隠しておくことによって、ミステリアスな幻想によって付加価値(すごい訓練を受けた天才ぞろいに違いない、みたいな)をつけて、高いフィーを吹っかけているところが多分にあるからだ。

 BCGでは快く協力してくれる人もいるのに、マッキンゼーの人たちには、もう4~5人取材を断られていて、その理由として「社外に給料の話をするとマズい、(仕事内容に比して?)高すぎることがクライアントにバレてしまう」という輩もいて、その後ろめたい気持ちはよくわかるとはいえ、もっと正々堂々と開示したらどうか、人に言えない汚いカネなのか?と思うわけである。

 実際、本書を読むと、業界内では噂でよく聞くとおりだった。コンサル業界では、同じクライアントから過去のMckの成果物を見せて貰うことがよくあるが、フィーがバカ高い割に全然たいしたことないよね、というのが定説で、さすがだ、バリュー出てる、とても真似できない、などという話は一度たりとも聞いたことがない。

 それだけに、その点において、著者の意図とは異なるであろうが、期せずして、この本はなかなかのバリューが出ている。クライアント企業担当者というより、コンサル志望者の若者は、特に読んだほうがいい。

■『ライフ・イズ・ベジタブル―オイシックス創業で学んだ仕事に夢中になる8つのヒント』(高島宏平)
 モノ売りの商売って資金繰りが大変なんだな、と改めて思った。それでもやり遂げようとする動機は、いったいどこから湧いてくるのか?この種のタイプの起業家は、僕にとっては非常に不思議な存在である。

 特段、野菜をやらなければならない経歴はなく(たとえば僕は既存の新聞社を批判して辞めて自分が考えるジャーナリズムを貫いている)、とにかく独立したい、何かを成し遂げたい、という達成動機のようなものを持つタイプ。実際、そういう人が成功を収めるパターンが多い。

 楽天の三木谷氏も、サイバーの藤田晋氏、ライフネット岩瀬大輔氏も、事業を始める5年前から沸々とした芽があったわけではさらさらなく、「さて、事業内容は何でもいいが、何をやってやろうか、なんでもいいから自分のリーダーシップで何かを成し遂げて成功してやる、ビックになるのだ」という、“ビック動機”からスタートしている。この場合、「こだわり」がない分、柔軟に事業運営できるため成功しやすい。だから、やりたいことがない人は、こういう人を参考にすればよい。

 高島氏のオイシックスは、そこそこ成功を収めた今でも、五反田駅前の築40年のオンボロビルでやってるあたりが、好感を持てる。また、競合他社の社名を一文字として出さず、批判も賛意も示さないあたり、狭い業界内で気を遣って大変そうだな、と思った。

■『社長のテスト』(山崎将志)
 残念な人シリーズで大ヒットを飛ばした山崎氏の企業小説。内容はかなり面白くて読ませる。それぞれの立場で章立てし主語も変わる構成は、物語を重層的に見せる手法として、参考になる。だが、版元(日経)が新聞社の盲腸的存在である出版部門が独立した組織なので、プロの編集ではまったくないのが致命的だ。この内容で380ページは無駄に長い。3~4割カットできる。

 おそらく新聞記者出身で「一丁あがり」の編集者が担当しているのだと思う。本来、本の編集者と新聞記者は全く異なるスキルセットが必要なのであって、雇用対策で編集局に飛ばされたような元記者集団に良い本が作れるはずがない、と言っておこう。中身が十分イケてるし、もっと読まれるはずだっただけに、もったいない。他社から出す次回作に大いに期待したい。

■『坂の上の坂』(藤原和博)
 これまでは坂を上れば、50代以降、下るしかなかった。だが、「坂の上の雲」の時代に比べ、日本人の寿命は劇的に伸びた。だから、30代には3つ、40代には4つ、50代には5つの、プチ専門領域を持ち、次の坂を登ることで人生を充実させよ、ということ。このコンセプトは、成熟社会&人生80年時代に、重要度がどんどん増していくと思う。著者は、元橋下氏の顧問だが、5年後には民間から文部科学大臣として入閣し、辣腕を振るってほしい。

■『さびない生き方』(藤原和博)
 藤原さんと『10年後に食える仕事、食えない仕事』をテーマに対談することになったので、これまで読んでなかった本を片端から読んだのであるが、これは一番、藤原流のキャリア論が凝縮されていておススメである。

 ようは、20代のうちに5年間は腰を落ち着け、1万時間を費やし、勝負スキルを身につけよ。それは競争が激しくない特定のニッチ分野が望ましく、そのなかで一番といえるレベルにまで磨き、マーケットバリューを上げよ、ということ。

 20代、30代では、どんな練習を1万時間積むのか、これをはっきりさせたほうがいいでしょう。…わたしの場合で言えば、それは「営業」と「プレゼン」でした。…一流の人々の中ではもちろんですが、二流の一番を目指す場合でも、現在そうしたポジションでユニークな仕事をしているビジネスパーソンに、20代、30代でポンポン転職を繰り返した人は見当たりません。…20代の後半までに、「ここで勝負!」と見切りをつけて、5年間やってみること。

■『私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日』(安田佳生)
 一時はメディアでもてはやされた、ワイキューブの創業社長にして自己破産した安田氏。この人の魅力は、すがすがしいまでの正直さだろう。リスクをとって、自分の人生を生きるとは、こういうことなのではないか。

 創業の動機のくだりが面白い。「これこそが『できるビジネスマン』の象徴だと思った。シャンパンを飲むときにはイチゴをかじる。私もよく真似したものだ。…とにかく私はリチャード・ギアのようになりたくて、将来は社長になると決めたのだ。…のちに東京・市谷のワイキューブ本社の5階に、福利厚生のためにバーをつくったときには、そのバーで『プリティーウーマン』をみんなで観る会というのもした。私と小川さんにとっては起業の原点でもあり、思い入れのある映画だ。」

 仕事をする、会社を作る、その動機なんて、このくらい単純でいいんだと思う。若い人には、もっと気楽に「サラリーマン道」からそれてほしい。

 
03:29 10/12 2012 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(7549)


06/09 2012
 来週(6/16土)、資格の学校「TAC」で講演をすることになった。対象は大学1,2年生と、その保護者(親)である。日本では子が職に就かないからといって家から放り出すことが社会的に容認されていないため、子がニート化すると、親のスネをかじられ続け、破産しかねない。つまり、子の就職は親自身の問題でもある。

実社会で通用する「強み」の見つけ方 育て方 世界の中で考える日本の若者のキャリア

キャリア(仕事人生)の成功ルールが変わる!右肩上がりの経済成長が止まった日本。企業には『成果主義』が導入され、昇格・昇給が絞られる。さらにグローバル化・IT化の波は、雇用の場を襲う。今、親御さんの時代の就活とは、事情が全く違っています。お子さんを『就活』難民にしないために必要な事、それは親子で『キャリア』を考えることから始まります。ジャーナリストであり、キャリア・雇用・労働問題をテーマに執筆を行っている渡邉正裕氏が、日本の若者のこれからのキャリア形成について講演を行います。
 資格だけでは食えない時代となり、その結果として、その支援を生業とするTAC自身も生き残りをかけて構造改革(リストラ)に着手している。

 すべての資格がコモディティー化するなか、資格取得のための勉強は相対的に効率の悪い投資先になった。これは国の政策としては正しいが、個人にとってはしんどい時代になった。

 コモディティー化とは、近年の薄型テレビや半導体を思い浮かべていただければわかりやすい。ソニーもシャープも、みんな現場は懸命に努力はしているわけだが、韓国勢に圧倒的に負けて赤字続き、リストラを余儀なくされている。デジタル製品は差別化が難しく価格の叩き合いになる運命にある。

 資格の取得も同様で、すべての資格には色がついておらず、同じ資格を持つ者同士での叩き合いになる。みんな懸命に努力をして資格を目指してきたわけだが、報われない。ロースクールに通って弁護士になってもスクール代すら回収できない。借金だけ抱えたワーキングプア歯科医も多い。


 確かに、「学歴」と同様、シグナリングの機能は残る。採用活動において、山ほどいる候補者のなかから、限られた時間のなかで選別しなければならない際に、「わかりやすさ」は重要だ。

 「コミュニケーション能力がある」ことを伝えるのは難しいが、「英語を聞く能力がある」ことはTOEICの点数でそれなりに伝えることができる。また、「ある基準に向かって努力し、習得し、ラインをクリアする」という目標達成能力の証明にはなる。

 ただ、それ以上のものにはならない。自分は何をしたいのか、という「コア動機」という根幹がまずあって、その動機を満たす仕事を見つけて、その仕事に就くために必要な能力がたとえば3つあって、そのうちの1つが資格の取得であったりする。

 しかもその仕事は、コモディティー(たとえばコンビニのレジ打ち)であってはならず、他者ができる仕事とは差別化されていなければならない。そのためには、「コア能力」、すなわち才能にひもづいていない限り勝ち目はない。

 「薄型テレビ」みたいな<努力しても報われない>人材にならないために、学生時代から何をしなければならないのか?親には何ができるのか?

 申し込みはこちらから。

 
16:05 06/09 2012 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(6328)


05/11 2012
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『週刊朝日』1997年5月2日号より

 

 

 

 「新型うつ」や「入社3年以内で精神疾患で労災認定、過労自殺」などNHKが連日、若者の労働問題を特集している。僕は、なんでも社会(親や会社を含む)が悪いと考える派だ。自分自身を振り返っても、ずっとそう思ってきた。政治や政策を大学で学ぼうと思ったのも、社会が悪いから自分が変えたいと思ったのである。

 <やめようと思ったことはない。(上司を)やめさせてやろうと思ったことは何度もある>

 「会社をやめようと思ったことはあるか」という質問に対して、私は入社2年目に、こう答えている。そして、そのまま実名入りで『週刊朝日』に掲載された(左下)。朝日の市川裕一という記者が「匿名にしましょうか」と電話で弱気なことを言ってきたので、「実名で構わないですよ、何も後ろめたいことはないですから」と告げたためである。

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これは大学の講演で「SFC生はどう見られているのか」という事前リクエストがあったので作成した資料である
 実際、何が悪いのだ。新聞記者が寄って立つところの言論の自由とは、堂々と皆の前で実名で意見を表明できることにある。そういう社会がよい社会だと今でも思っている。この記事では社名すら出ていないので会社に不利益は一切ない。

 ところが、本社から連絡を受けた部長は、記事に出ていた私のHPの閉鎖を命じ、この問題の処理を誤った結果(私にウェブ利用の規定を作ると言っておきながら作らなかった)、2年後に再び発見して、裁判闘争になった。会社に僕の才能を活かそうという発想がないことが分かったので、活かすためにさっさと転職した。会社に残っていたら、ベストセラー作家どころか、本の一冊も出せなかっただろう。

 僕は自分のサイトを閉鎖するつもりは当時から毛頭なかったので更新を続け、今ではこのMyNewsJapanで自由に書きたいことを書き、日経の役員よりもずっと稼いでいる。もし会社の言いなりになって社畜になっていたら、今の私はない。信念を曲げてはならず、会社の言うことを聞いてはいけない、というよい見本である。

 ところが最近報道される新入社員は、精神的に参ってしまうらしい。NHKなどを見ていて思うのは、社会が、親が、会社が、正社員という型にはめこもうとし過ぎ、若者の側も、それをまに受けてしまっている、ということだ。

 会社の言うことが正しい、上司が正しい、正社員として働き続けるのが正しい、それに従えない人、付いて来れない人は間違っている…。そんなわけが、ないのである。ワタミも、ユニクロも、労基法を守れない違法企業であることは考えればすぐわかる。

 自分の頭で考える教育が日本の義務教育にはないので、優等生的な日本人は、答えは1つしかないと洗脳されている。だが、今でも僕は、会社(日経)は時代遅れで間違っていたと思っているし、上司の対応は間違っていたと思うし、それに盲目的に従おうとした親はバカそのものだと思っているし、正社員などというポジションに居座るのも間違っていると思っている。だからぜんぶ逆のことをやって、今の自分がある。

 ぜんぶ、社会が悪いのだ。でも、だからと言って何もしなくていい理由にはならない。思考停止してはいけない。自分のほうが正しいのだから、間違ったことをしてる奴らより成功して当然だ、と考える。お天道様は必ず見ている。悪い奴らには天罰が下る。そう思って反対の道で頑張ればいい。

 「自分が間違っている、会社についていけない自分が悪い」などと思うから鬱になるのである。まずは正しいのは自分だ、という信念を持とう。日本の教育も、親も、会社も、正社員の既得権を守る国も、間違いなくぜんぶ間違っているのだから、そんな間違ったものに自分を合わせようとしたら、まともな人間である限り、精神的におかしくなって当然なのだ。

 自分の頭で考えて、自分のほうが正しい、社会が間違っている、と思えばラクになる。そして、正しいことを実践する。社会のせいにして、他人のせいにして、怠けろ、と言っているのではない。

 若いうちは失敗してもやり直しが利くのだから、試行錯誤を続けるのだ。豊かな社会になって食うに困ることはない。若者はもっと、社会的洗脳から解き放たれて、「なんとなく正しいことだと思わされている嘘」とは反対の道を突き進んでほしい。

 
08:58 05/11 2012 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(8134)


05/09 2012
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『21世紀のキャリア論』(高橋俊介著)

 

 

 最近、熟読した一冊。この分野の第一人者である高橋俊介氏のキャリア論は異論がなく、もっとも参考になるのでコンプリートしている。ここ数年は軽い本が連発されていたが、今回は内容が濃かった。

 アカデミックな世界から出ず、鉛筆一本売ったことがない人のキャリア論は想像の世界に過ぎず、地に足が付いていないが、第一線で稼いできた高橋氏は説得力が違う(外資エグジット組の1人)。

 面白いのは、キャリパーの調査結果だ。中国、インド、日本、アメリカの動機調査結果が比較されている(左下図参照)。

 ややもすると、「主張力」は弱いが「感応力」が強い日本人が中国に行って、「主張力」は強いが「感応力」が弱い中国人に指示命令をしなければいけないという場面がビジネスでは出てくるわけで、これは非常に厳しい状況になってしまう。中国人には何度もいわないと伝わらない。相手のことを理解するより、自分が主張したいのだから。
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 これは実際に中国・インドを旅したり現地の人と働いたりした人には納得の結果だと思う。歴史的背景から、日本人とは「動機」が違う人たちなのだ。
 日本人が中国人より圧倒的に強い動機要因は、「感謝欲」と「徹底性」である。人に感謝されたいという「感謝欲」はおもてなしに、手を抜かないという「徹底性」はものづくりに向いた特性である。これを海外でどう伝え、どう再現するのか。日本人とは違う動機要因の環境でうまく再現するには、派遣されるリーダーに十分な支援が必要だろう。
 僕は『10年後に食える仕事食えない仕事』のなかで、インド・中国の特徴として以下5点を挙げた。
・日本など全く話にならないほどの「超・格差社会」の容認。

・人材の流動性が異常なほど高く半年~数年で転職するのが当り前の「短視眼的キャリア」。

・男女の差なく向上心もハングリー精神も旺盛な「超キャリアアップ志向」。

・チームワークが苦手でチームワークに意義を見出さない「超・個人主義」。

・顧客サービスの概念がほぼ存在しない「身分&階層社会」(中国の共産党支配や戸籍制度、インドのカースト制度)。

 そのうえで、
 したがって、インド人・中国人に共通する「弱み」の部分で、かつ日本人にとっての「強み」の部分にフォーカスをあてて伸ばせば、それがすなわち、「日本人メリット」になる。上記のなかでそれを見出すと、最後の2つ、すなわち、「チームワーク力」と、「顧客サービス力」である。

としたが、それを裏付けるような調査結果と言える。チームワーク力=ものづくり(徹底性)、顧客サービス力=おもてなし(感謝欲)、である。

 このように、中国インドとは違うわけだが、本書によると、実は、日本と欧米とは、歴史的な背景や原因は違えど「仕事観」が似ているのだという。

 文明の生態史観からいうと、日本と欧米はむしろ「仕事観」は似通っていて、その間にある新興国が異質世界である。キャリパーの四か国比較のグラフを見ても、実は日本とアメリカは近く、中国やインドとの違いのほうが目立つ。日本と欧米という見方をよくするが、新興国に出ていくときに重要なのは、日本や欧米のいわゆる旧大陸の両側の価値観でできあがった社会と、新興国の社会は違うという認識である。
 この仕事観についての論考はかなり面白かった。原因の違いは、ヨーロッパではカルバニズム(死後の世界で神に救われるには、神から与えられた仕事を一生懸命やって勤勉と貯蓄に励め)であり、日本では儒教(儒教のなかの朱子学が江戸時代に政治主導で導入され、「孝」=家庭より「忠」=会社という本来の儒教とは逆転した価値観が根付いた)だったことだ。

 ヨーロッパと日本はこの仕事観において近く、インド中国の新興国の人たちは日本から遠い。この仕事観の違いは、今後の労働市場グローバル化の流れを考える際に、インド中国インパクトから我々日本人がどうやって参入障壁を築くか、「彼らの弱みで、かつ日本人の強みは何なのか」を考える際に参考になるので、私の本と併せて是非お読みいただきたい。

 
06:59 05/09 2012 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(3145)


05/07 2012
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SFCの「Ω」教室にて
 先月(4/23)SFCで行った学生向け講演では、事前にリクエストがあったため、外資で働くことについても話した。90年代に外資で働くというと、かなりの「変わり者」であったが、今では以下のような外資が人気の就職希望先になっている。

【IT】アップル、マイクロソフト、IBM、グーグル、アマゾン…
【コンサル】マッキンゼー、BCG、アクセンチュア…
【金融】ゴールドマン、モルガン、メリル、シティバンク…
 それぞれ個別企業でのキャリアについては企業ミシュランを見ていただくとして、ここでは、日本人が外資で働くことの意味について、改めて述べておこう。

 私自身は、IBMのコンサル時代、コンサルタントというのは仕事がら、際限なく仕事ができてしまうので(仕事内容を定型化できず、際限なく品質を高められる)、報告会の前などは徹夜になるわけだが、

「こんなに仕事をして、クライアントの評価が高くなって、継続プロジェクトになって、バカ高いチャージレートでフィーを貰ったところで、そのカネはどこにいくんだろう?」
と考えると、バカらしかった。

 外資の100%子会社だから、利益は、第一に外国の株主、第二に外国人経営者、そして第三に米国の法人税収となって米国の道路や福祉や軍事兵器の財源となる。残り(税引き後利益)も結局、株主のものだ。

 コストのほうの人件費の配分も、米国本体の社員がそもそも高く、優先される。日本企業がリストラする際に海外の子会社の人たちから切っていって本体社員が(人件費が高いにもかかわらず)最後になるのと同じだ。ぜい肉や手足から削いでいくのは当然で、頭脳の部分は、最後まで残るわけである。

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外資で働く意味

 

 グローバル企業の「頭脳」部分は、もちろん、本体の本社にある。

 左記図でいえば、左上の「無国籍ジャングル」が頭脳にあたり、戦略、企画、開発、設計など、バリューチェーンの上流工程を担当する。ここに日本人は、ほとんどいない。

 日本法人(子会社)の出番は、その次の工程にあたる、サービスの執行や製品の販売だ。これらはすなわち、グローバル企業における「日本支店業務」である。サービスや製品の日本語化を行い、日本市場向けに日本語で売り込む。右上の「グローカル」業務である。

 日本支店業務のなかでも、より単純労働となる日本語で日本人に販売する店員(アップルストアなどに勤務)が右下「ジャパンプレミアム」にあたり、製品の製造は左下「重力の世界」業務でホンハイ中国工場の中国人などが担当する。


 お気づきのとおり、給料は、上流へ行くほど高い。一番高い、おいしいところ(左上の頭脳部分)は、すべて外国人がもっていくわけだ。

 外資で働くということは、外国の税収、外国人経営者、本体の外国人社員、外国の株主に、せっせと仕送りをする行為に等しい。

 当時、マネージャーのチャージレートは月400万円(定価)だったが、私の年俸は900万円台だったから、8割がピンはねされるわけだ。コンサルの仕事に物理的な設備投資はいらず、PC1つだけ。オフィスには決まった机もなく(フリーアドレス)、ロッカー1つだけ与えられる。僕は中途入社なので、新入社員が行っているような海外研修などのコストもかからない。このままでは、外国人に搾取されているだけではないか。

 「眼を覚ませ、僕は日本人だ」--そういう思いが強まり、まず辞めることを決め、会社を設立し、「疲れたのでキャリアを考える時間が欲しい」として半年間の休暇を貰い、今の仕事を進め、出版企画を通して、半年後に有休を使いはたして退職した。今年のMyNewsJapanの売上は5千万円を超えるので、IBM時代の月400万×12と同じ水準になっている。

 TVでちやほやされている原田泳幸氏(アップルの日本法人代表などを務めた)など、外資をわたり歩くことを本業としている人たちは、どういうモチベーションで働いているのだろうか。「日本支店長としてたっぷりアメリカに貢献しました」というのが実態であるが、それは日本人として誇れることなのか。

 仮に1億円年収をとれたって、本社には、その10倍は儲けさせている。それを超えるだけの日本人消費者利益があると思えるから?自分さえ稼げればいい?そもそも、「人類みな兄弟」で、国籍意識など消し去っているのか?だったら、どうやって消した?

 外資というのは、私のように、スキルアップの手段として限定された期間在籍するのは有効であるが、そこから先、本業やライフワークにしてしまう人の本心について、ぜひ聞いてみたいものである。


(2014年12月追記)最近の動きを取材して、さらに外資の意味を実感した。

日本IBM(コンサル&SE職) 住宅補助廃止、下がる給料、遅れる昇進、若手でも当日解雇…「本当の外資になってしまった」

日本IBM(営業)、マーティン体制下で強まる「アングロサクソンの手下」感

 
15:10 12/17 2014 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(9354)


04/12 2012
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官報複合体』(牧野洋)。少々ぶ厚いが熟読した。

 

 日米の新聞の記者の違いが明快に分かる名著である。ずっと言われ続けてきたことではあるが、最近の具体的な事例を交え、分かりやすく、本来のジャーナリズムとは何か、その理想と現実が記されている。

 牧野さんは日経の先輩記者だが、面識はない。編集委員までやって辞めたということで、日経社内を取材した際に間接的に話は聞いていた。まともな記者がいずらい組織風土は相変わらずだな、と驚きもなかった。

 僕も日経で新聞記者を始めた当時、なんだこの旧態依然とした無意味な世界は、と驚愕して以来、『週刊文春』記者出身の立花隆が書いた『アメリカジャーナリズム報告』などを読み、日本の新聞業界がジャーナリズムとしては絶望的であることや、アメリカのほうが明らかにマシだということを理解し、さまざまな抵抗を試みた末、経営方面のスキルを身につけ、調査報道主体のこのニュースサイトを立ち上げるに至った。

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政官業の反対の立場から報じるのがジャーナリズム
 その理念は「経営方針」でも図で示して明確にしている。政官業の「癒着の三角形」(供給者・組織)が発する情報を、新聞テレビが記者クラブを通じて受益者・個人に対して垂れ流すという現状の「情報流」を、逆流させねばならない、というものだ。

 MyNewsJapanは、権力サイドのPR機関として組み込まれている『官報複合体』を全否定し、日本の新聞報道とは真逆の、本来のジャーナリズムを純粋に追究する機能体として設立したのである。

  牧野氏はこう述べる。

 Jスクールに在学していた私は、「政府ではなく納税者」「大企業ではなく消費者」「経営者ではなく労働者」「政治家ではなく有権者」の目線で取材するよう教え込まれた。

 サイトを見ていただければ一目瞭然だが、MyNewsJapanも「生活者/消費者/有権者」と「マスコミ」(=大メディアをウォッチする立場)というカテゴリ分けを採用し、立場別編集を行う。どの立場、どの視点で記事を書くのかを明確にするためだ。

 労働者については、日本の場合、労働者は連合という巨大な既得権団体とダブるため、弊社は労働問題も、中小零細企業社員や非正規も含めた、働く「生活者」の立場で積極的に報道している。

 日本の官報複合体においては、記事が、官僚や企業や政治家の立場を代弁する形で報じられる。お役所からのリーク、企業の提灯記事、政局記事。それらはジャーナリズムではなく、僕はそんな仕事に意義を見出さない。

■日本にサンドラーはいない
 本書では、『プロパブリカ』はじめ、米国各地での新しいオンラインジャーナリズムメディアの動きも記されている。その多くはNPOの形態であり、慈善財団からの助成金、個人からの寄付、ベンチャーキャピタリストの支援などが資金源だ。

 プロパブリカの主な資金源は、銀行経営で巨富を築いた慈善事業家ハーバート・サンドラーだ。彼が毎年運営費として寄付する金額は1000万ドル(1ドル=80円で8億円以上)に上る。スタイガーの「ウォッチドッグジャーナリズムを守りたい」という信念に共鳴したという。

 寄付税制など制度が異なり、かつ成功した大金持ちの事業家が公共のためにカネを出さない日本では、無理なビジネスモデルである。日本には残念ながら、サンドラーはいない。今、うなるほどのカネを持っているDeNA、グリー、ソフトバンク、ユニクロなどの創業者は、自分らのことだけに忙しいどころか、柳井氏は逆に、自社批判の著者にSLAPPをかけるお粗末さだ。日米の決定的な違いが、そこにはある。

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僕はメモ書きしながら本を読み、そのページはデジタル保存する。本書のメモ入りは30枚に。もっとシンプルな構成にしたほうが読まれたと思う。
 この日米の風土や背景の違いが埋まることを期待していても、何も変わらない。だから、企業として市場原理のなかで実現するしかないので、MyNewsJapanは株式会社として運営している。日本人も捨てたものではなく、志の高い人たちをはじめ、会員からの収入で、ビジネスとして成立している。

 本書は新たなファクトの発掘というより、オピニオン色の強い分析、評論だ。それ自体は優れたものだが、ここから先は、牧野さんのような至極真っ当で優秀なジャーナリストが、新たなファクトの発掘という調査報道を中心としたジャーナリズムを実現するために行動に移す、実践することでしか、日本の現状は変わらない。次のアクションに強く期待したい。

 
16:31 04/12 2012 | 固定リンク | コメント(1) | アクセス数(2615)


02/26 2012
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 1週間かけて熟読した。佐野眞一氏の著作は『東電OL殺人事件』も『カリスマ』も最高だったが、今回のあんぽん 孫正義伝は、老いてなお健在(今年65歳)、まったく手を抜かないプロの職人魂が作品に滲み出ている上に、さらに進化を続けている印象すら持った。抜群の面白さは、もはや保護すべき老舗の伝統職人芸である。

 佐野作品への批判としては「著者の思い入れ、思い込み、先入観が強すぎる」というのが昔からあって、『カリスマ』では確かに意味づけが強引と感じられる箇所もあった。すなわち、「中内=戦後日本の縮図」として描きたい当初の仮説に事実をあてはめすぎ、ファクトに語らせるのではなく、著者自ら過剰な解説を始めてしまうようなところだ。

 ただそれも、中内本人とダイエーから2億円の損害賠償を請求される訴訟に発展したほどに、プライバシーを完全無視して斬り込み、必要な取材はすべて行ったうえでの筆致なので、ノンフィクションをものする1つの手法としては大いにアリだし、「評論」としては、なお問題はない。そもそも、強い思い入れや動機がなければできない仕事だし、中立な視点というものもありえない。

 その手法や理念は、『ノンフィクションは小文字の文芸』との名言が記された『私の体験的ノンフィクション術』(2001年、集英社新書)で開陳されているように、立花隆氏のような座学系ではなく、フィールドワークをベースとした徹底的な現場主義だ。興味の対象はあくまで人とその時代背景で、かつ小文字=細部の描写にこだわるため、プライバシーとの相克が不可避となる。

 今回、進化したと思ったのは、3日間通い詰めて大森氏(元ソフトバンク社長)から話を聞きだすなど、必要な取材を全て地道に行う点は60代になっても一切手を抜かない上で、さらに上記のような批判や訴訟に備えた伏線、老獪さ(なぜこの取材が必要なのか文中でいちいち断っていたり、連載のなかで取材を続けるために褒める点を過剰に褒めているように感じられたり)が、随所に見られた点である。

■御用ライターには書けない迫真の物語
 本書でもっとも強調されているのは、孫正義の父親・三憲の存在だ。日本に密航後、15歳から養豚と密造酒づくりで生計をたて、金貸しを経て、やがて九州一のパチンコチェーン経営者となった父親のすごい事業欲は、まさに子に受け継がれていることは、よくわかった。普通の高校生は、正義のように在学中に塾を経営しようと企てたりしない。サラリーマン家庭に育っていたら孫正義の今の成功はなかったな、と実感した。

 佐野氏は、御用ライターによる独立自尊のストーリーではなく、父親を中心とする血と骨のストーリーとして、徹底取材によって得た事実をもとに描く。そして、御用ライターが蔓延するなか(既存の孫正義伝は佐野氏の言うとおり全てそうだし、企業・経営者モノを書いた既刊本の9割超がそう)、佐野氏のノンフィクションライターとしての矜持はますます強くなっているようで、そこかしこに違いが強調されている。この点、強く同意したい。

 彼がアメリカで大きく羽ばたけたのは、肝臓病から復帰した父親・三憲からの潤沢な仕送りがあったからである。父親からのこうした協力に関しては、すべての「孫正義伝」が無視している。「孫正義伝」のストーリーでは、孫が何から何まで独立独歩でやっていかなければならなかったのだろう。それではまるで一時代前の熱血少年マンガである。(P91)

 祖母は残飯を集め豚を飼って一家を支え、父は密造酒とパチンコとサラ金で稼いだ金をたっぷり息子に注いで立派な教育をつけさせた。孫一家にとって、在日三世の正義は何よりの誇りだった。そのことにふれず、孫をコンピュータ世代が生んだ世界的成功者と持ち上げるだけ持ち上げた物語が、これまでどれほど多く書かれてきたことか。それはいくら切っても血が出ないお子様相手のサクセスストーリーでしかない。(P229)

 なぜ御用ライターばかりなのかというと、ラクな取材で手間もかからず、ヨイショした企業が大人買いしてくれて、簡単に儲かるからだ。一方で、取材に莫大なコストがかかる一方の「食えない職業」となった本物のノンフィクションライターには、なり手すらいなくなってしまった。

 僕は佐野本についての10年前の感想として「絶滅寸前の貴重な人種と言えよう」と書いた。10年たって絶滅していなくてよかったが、佐野氏は、もう他に見当たらないくらい、ノンフィクション界における「死ぬ前のジョブズ」のような存在になってしまった。

 ゆうに1年超をかけた取材なので、ビジネスとしてのノンフィクション作家は、1600円の本なら最低20万部(印税3200万円)は売れないと成立しない。今回は『週刊ポスト』連載という形で継続的に大資本(小学館)からカネもヒトも出ているため十万部で全員が元をとれた成功プロジェクトと言ってよいが(現在、12万部突破)、こういう本物の作品は、ぜひ30万部以上は売れて、次の作品へとつながってほしい。

 
16:35 02/26 2012 | 固定リンク | コメント(5) | アクセス数(5114)


02/22 2012
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パチンコ店「スーパーハリウッド品川」

 

 

 昨年、イギリスやスペインを旅して、「日本人メリット」についての本を書いてから特に思うのだが、品川はいろんな意味で日本的だ。

 駅前の一等地にあった、昭和5年建築のレトロな「京品ホテル」が取り壊されたのは、一昨年のことだった。その理由が、バブル期のリゾートホテル経営などの失敗による多額の債務にあり、債権はリーマンブラザーズ証券の子会社に売却されたとのことだった。

 その跡地には、なんとパチンコ店が今年1月にオープンした。武富士など消費者金融亡きあと、グレーゾーン業界の王者として君臨する「パチンコ」である。当局のお目こぼしにより、ニッポンにしか存在していない巨大な産業だ。

 カジノが違法なのに、パチンコはグレーで一応合法、という歪んだ市場競争のなかで、駅前の一等地は当然のように「市場の歪み」から儲かってしまうパチンコ屋に買われた(武富士がボロ儲けしてたのと同じ理屈と考えていい)。

 ロンドンやマドリッドの駅前一等地は伝統や歴史的風景を徹底的に守るので、こうはいかないだろう。昭和5年から戦争をへて戦後の高度成長を見てきた歴史ある建物を、何の変哲もない真っ白で味気ないパチンコ屋にしてしまった。なにか大事なものが失われたのではないか。

 これは、同じく品川区内にある旧正田邸の取り壊しの際にも感じた。結局、「ねむの木の庭」なる何の変哲もない公園にしている。公園内に保存すれば価値が上がって人も呼べるのだから、破壊する必要はなかっただろう。われわれは、日本の歴史的風景の破壊に寛容すぎる。こういうときに買い取ると言い出す財団や、カネ持ちもいない(そういう人が、本当のヒーローなのに)。

 しかも、件のパチンコ屋の名前は、「スーパーハリウッド品川」(岡山の会社らしい)である。恥ずかしい。何がハリウッドだ。ここは日本だ。欧米への憧れと、その裏返しのコンプレックスが、日本人の深層心理に根強くある。いかにも開発途上国らしい。去年、マカオのカジノホテルがベネチアをモチーフにしていたり、フィッシャーマンズワーフがローマ風だったりしたのを見た際には笑ってしまったが、日本も全く同じなのだ。

 しかも、品川駅の「アトレ品川」が2004年に開業した際のコンセプトは「ニューヨークスタイル」で、レストランなど、ニューヨークのまねごとをしている。ここは日本だ。恥ずかしい。日本ははやく「戦後」を終わらせて、次のステップに進まねばならない。経済成長という役割を終えた「団塊の世代」には引っ込んで貰って、団塊ジュニア世代以降が、世界から尊敬される新しい日本を作らねばならない。

 いい加減、欧米崇拝はもうやめて、日本の歴史や日本人としての強みを活かした街づくりを考えたらどうか。このままでは、永遠に欧米へのキャッチアップ過程から抜けられず、負け犬根性のまま、いつまでも日本は成熟国家になれない。日本国憲法の前文には「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」とある。このような街づくりに名誉など感じる日本人はおらず、逆に、精神的な隷従、圧迫と偏狭の見本、というほかない。

 
03:25 02/22 2012 | 固定リンク | コメント(9) | アクセス数(15517)


02/12 2012
 今回発売となった新刊は、前回までの反省(ターゲット読者がエリート層に限定されて市場が小さすぎ)のもと、対象マーケットを日本語が読める労働者全員と就職を意識した学生、つまり約7千万人くらいに定め、総務省統計局の職業分類をもとに主だった職業をすべて図のなかにプロットし、かつ判定チャート図まで入れて、あらゆる職業の人に役立つものとする、という超親切な設計とした。

 対象マーケットの広さに加え、切り口の新規性(類書なし&新たなコンセプトの提示)、カラ―図版によるわかりやすさ、それらを凝縮したタイトル&装丁…と、著者の知名度以外は、売れる要素をすべて満たしている。

 昨日からアマゾンは「一時的に在庫切れ 入荷時期は未定です」になってしまった。楽天も「入荷予約」。セブンネットも売り切れ。アマゾンには800冊くらいは卸したようだが、1日平均100冊以上売れて、発売1週間ではけてしまった。初版1万部に加え7千部増刷中で、増刷には2週間はかかる(イマドキ、技術革新で5日くらいに短縮できないのか?)。

 売れずに在庫が積み上がっているよりは好ましいが、買おうと思った人の手に届かない、という申し訳ない状況である。地方で小さな書店しかない地域など、ネットに頼っている人も多いだろう。僕は、必要としている人にだけ届けばいい、必要以上に売れる必要はないと思っているが、必要と感じた人でも「入荷未定」では注文できない。

 一方で、リアル書店はというと、紀伊国屋はさすがに新刊コーナーに積まれているが、昨日、大手のジュンク堂を2店舗(西日本地区)まわって見たところ、どちらも転職コーナーの棚にひっそりと飾られ、そのエンドにもなく、全体の新刊コーナーにもなかった。店内の検索機で調べたら、その店には在庫が31冊もあった。

 ネットで買いたいと思った人には在庫切れで届かず、リアル店舗には在庫が有り余っていて新刊コーナーにも並ばず、回収するわけにもいかない。このギャップは許容すべき範囲なのか?元コンサルの私には、このチグハグで不合理な現状が放置されているのが不思議でならない。

■2つの「はやさ」
 問題は、ここ数年のソーシャルメディアの浸透を含むネット販売に対応できる体制になっていないことだ。ネット上(ツイッターやフェイスブック)の、いわゆるソーシャルフィルタリング(あの人がこう薦めたものは間違いない…)を参考に読む本や観る映画を選択する人は、確実に増えている。

 その、リアルと比べたネットの特性は、取り上げるのが早く(時間)、伝播も速い(速度)、という、2つの「はやさ」にある。たとえば今回でいえば、ビジネス書系の著名な書評ブロガー(僕は面識もなければメルアドも知らない)が、まだリアル書店に並ぶ前におそらくネット経由で購入して書評を載せ、すぐにはてブに800超のユーザーがブックマークし、勝間氏の言う「はてブトルネード」現象として伝播し、アマゾン配送センター在庫は2日で切れ、出版社在庫も1週間と持たず消えた(書店には大量の在庫がある)。

 こうなると、楽天&アマゾンのアフィリエイタ―の動きにブレーキがかかる。紹介しても数字がカウントされないからだ。書評ブロガーは、主に自分の「目利き力」(文章表現力や分析力、伝える切り口)による社会への影響力をカウントしたい動機で動いている。必ずしもカネ儲けのためにやっているわけではない。そもそも、書評アフィリエイト収入で生計を立てている人はおらず、主な収入になるほど儲かる仕組みになっていない。せいぜい、こづかい程度である。どれだけ自分のブログ経由で売れたかを見るのが楽しみでやっているのだ。

 だから、今回もそうだったように、誰よりも早く、いち早く発売と同時に入手し、書評を書く。スピードは優れたアンテナの張り方を示す「目利き」の重要な要素である。そして、数字で返ってくる反応に喜びを感じる。だから、注文が減って数字にカウントされなくなる「品切れ」は最悪なのだ。そこからの波及も減る。紹介をやめる人も増える。

 自発的に仮想営業マンとして動いてくれるアフィリエイタ―は、極めて健全だし(読者にとって役立たずの書評家は売れないから淘汰される)、著者・出版社・読者の誰しもにとって、ありがたい存在といえる。また、ネットの世界は圧倒的にレバレッジが利くので、人によっては、営業マン数十人分の仕事と同じくらいのバリューを発揮する。その邪魔をしないことが、どれほど重要か。

 もちろん、販売の予測は難しいので、今回のアフィリエイト対応書店(アマゾン・楽天)の在庫切れは、そんなものだと思う。むしろ初期としては十分だったくらいだ。それ自体は、特に問題ではない。問題は、在庫切れの際の、出版社からの補充体制のほうである。

■正しい販売戦略
 答えを言うと、初版1万部を刷る場合には、4千部くらいはネット向け在庫として、当初2週間だけ、いつでもアマゾン市川などの配送センターに数日で補充できるよう、出版社在庫を確保しておくことだ。はてブトルネードは、起きるかもしれないし、起きないかもしれない。それでも、起きることを想定しておき、起きなかったことを確認してからリアル店に在庫を流すほうが、戦略としては正しい。なぜなら、リアル店舗は2週間遅らせてもダメージは少ないが、ソーシャルメディア上では致命的となるからだ。

 リアル向けには、当初6千部あれば、主要書店で平積みにはなる。リアル書店については、ネットの様子を見てから、実質的に2~3週間、発売を遅らせることになっても、何ら問題はない。リアル書店に足を運ぶ習慣がある人は定期的に店頭に行くので、それが今だろうが、3週間後スタートであろうが、買うものは買うからだ。リアルはいい意味でのろい。

 ところが、ネットは全く違う。瞬発力勝負だ。前述のように、2つの「はやさ」がキーワードなので、発売直後にしかチャンスはない。書評ブロガーは3週間も遅れて書評を書くなどプライドが許さないし(紙の書評やリアル書店の店頭PRでは3週間後でも普通だ)、最初の1週間でブログやツイッターなどで瞬間的に伝播して興味喚起した際にクリック1つで注文できないと、2度とそのツイートやフェイスブックフィードは読まれない。流れていってしまうからだ。だから、初期のアフィリエイト対応在庫は、決定的に重要なのである。

 「品揃えが取り柄です」(=コンシェルジュ的センスではなく)をうたい文句にするジュンク堂のような図書館系書店に、発売当初から各店30冊以上も入れる意味があるのかというと、答えは明らかにノーだ。三省堂などのように、事前の目利き店員との交渉で興味を示し、新刊コーナーに置いてくれる商談がまとまった店には、もちろん入れる。だが、もはや出版点数の増加から倉庫業者のように品さばきに忙しくて目利きにまで手が回らない大多数の書店には、2冊ずつでも、2週間後の納入でもよい。誰も困らない。機械的に発売日に30冊入れても、1週間後になっても新刊コーナーに並ばず大半は書店裏の倉庫に眠っているのだから、急ぐ必要は全くない。

 もちろんこれは、すべての書籍にあてはまるものではない。誰も注目していない御用ライターや、ネットと隔離されて生きている学者などが著者の場合は別だ。はてブトルネード発生の可能性が低いからだ。それなりにSNSを日常的に利用している私のような著者の場合の話である(僕はネット新聞のオーナーだから、ニュースサイト上で告知でき、ツイッターでも告知できるから、ネットから注文が入るのは当然だ)。

 書籍販売における発売直後(数週間)のKSF(Key Success Factors)は、「アマゾン楽天の在庫をなるべく切らさないこと、その補充体制を万全にすること」である。ソーシャルメディア時代に入ったのはここ数年のことなので、出版社もなかなか追いつけないだろう。ゼロベースで販売・マーケ戦略を再構築すべき時期だと思う。

 というわけで、本書に興味を持たれたかたは、ウェブ上の書評(はてブ、アマゾン…)などソーシャルフィルタリングを活用のうえ内容を吟味し、リアル書店に足を運んでいただくか、アフィリエイトはないがリアル系通販をご利用いただきたい。

紀伊国屋ウェブ

丸善ジュンク堂ウェブ

 
08:04 02/12 2012 | 固定リンク | コメント(0) | アクセス数(1752)



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渡邉正裕(WATANABE Masahiro)
(株)MyNewsJapan代表取締役社長/編集長/ジャーナリスト。ほぼすべての主要企業内ホワイトカラーに情報源を持つ。現役社員への取材に基づき企業の働く環境を一定基準で評価する「企業ミシュラン」を主宰。日経新聞記者、IBMのコンサルタントを経てインターネット新聞を創業、3年目に単年度黒字化。
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