林田力さん。「アルス東陽町」のエントランスで09年8月に撮影。
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林田力さん(33)は2003年6月、東急不動産の新築マンション3階の一室を2,870万円で購入した。物件のセールスポイントは採光・通風・眺望の良さだった。だが入居から1年も経たない翌年夏、隣地を3階建てに建て替える工事にともない採光・通風・眺望はすべて失われ価値が凋落。東急はその計画を知っていたが、影響を受ける林田さんらに説明しなかった。騙し売りに気付き提訴した林田さんは、日本初となる消費者契約法によるマンション購入の解約と代金全額を取り戻すことに成功。東急グループを「悪質リフォーム業者と同種」と言い切る林田さんに、1消費者として東急グループの正体を見抜くまでの経緯を聞いた。
【Digest】
◇東急ブランドが決め手だった
◇入居1年もせず「屑物件」に
◇「知らない」「分からない」でたらい回しに
◇電話に出ない「担当者」
◇「弁護士でも都庁でも裁判所でもマスコミでも行ってください」
◇ワナに落ちた者をグループで襲う
◇裁判中に買い替えを勧誘する東急リバブル
◇マンションは業者で選べ

林田力さん(1976年生まれ)は2003年6月下旬、東急不動産が東京都江東区に建てた新築マンション「アルス東陽町」の301号室を35年ローンで買った。その購入価格は、2,870万円。林田さんがそれまでに買った品でもっとも高価だったのは、ウィンドウズ98が搭載された20〜30万円のパソコンだった。
301号室の間取りは57平米の2LDKで、日中は日差しが安定する北向きの角部屋。8階建て27戸の「アルス東陽町」はすべて角部屋で、採光、通風、眺望の良さがセールスポイントだった。
販売のパンフレットやチラシでは「風通しや日差しに配慮した二面採光で心地よい空間を演出します」「緑道に隣接するため、眺望・採光が良好!」と謳っていた。1階エントランスの外壁は黒っぽいタイル張り、照明は暖色系で、外観には落ち着きがある。
◇東急ブランドが決め手だった
林田さんの勤務先は東京都中央区にあり、最寄り駅は東京メトロ東西線の茅場町駅。「アルス東陽町」は、同じ東西線の木場駅と東陽町駅の中間に位置し、2駅とも徒歩7分ほどで行ける。301号室から勤務先まで30分もかからない。ラッシュ時の混雑は国内最悪クラスと言われる東西線だが、木場駅から茅場町駅まで2駅、乗車時間にして5〜6分だから、通勤の便は非常に良い。
「アルス東陽町」の北側は箱庭のようなたたずまいの洲崎川緑道公園に面していて夜桜を楽しむことができ、新緑の季節には並木がトンネルのようになる。この公園とその1区画の向こうは片側3車線の大通り(永代通り)だが、アルスには騒音も届かず、周囲は静かな住宅街だ。スーパーやショッピングセンターも徒歩で行ける範囲に複数あり、幼稚園から中学校に加えて図書館もすぐ近くにある。
アルスに移る前は、同じ東西線の隣駅、門前仲町で一室を借りて住んでいたが、商店街の一角で永代通りにも直面していたから騒音があった。しかも通風しは最悪で、「しまっておいたコートにカビが生えたこともあった」ほどだという。この住環境の悪さを改善するため、林田さんはマンションの購入を検討することになる。
だからアルス301号室は、林田さんにとって、採光も通風も立地も周辺環境にも優れ、買ったことに大きな喜びを感じられる物件だった。
マンションを検討していたときは、同じ木場駅近くのダイナシティの新築マンション「デュオ・スカーラ東陽町」も気に入っていたが、東急というブランドがアルス購入の決め手になった。販売担当者も、東急不動産と東急リバブルという大企業の信頼性を強調していたという。
「しかし、2003年秋に入居してから1年もしないうちに、301号室はまったく無価値な“屑物件”になってしまったのです」(林田さん)。一体、何が起こったのか。
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アルスの階段踊り場から臨む洲崎川緑道公園。301号室からも同様の眺望が得られたのだが…。05年7月24日に林田さんが撮影。 |
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◇入居1年もせず「屑物件」に
当時、アルスと洲崎川緑道公園のあいだには2階建ての小さな作業所があった。2階建てといっても低い建物で、アルスの3階だけでなく2階の部屋でも、採光や眺望が損なわれることはなかった。
しかし、入居翌年の2004年6月になると、この建物を3階建てにする建て替え工事がはじまり、その年の夏には鉄筋が組まれ、工事用の白いシートで覆われるようになったのだ。301号室の窓からシートまで、50センチほどしかない。完成後には、外壁になる位置である。
このため、「日中でも、深夜のように一面が真っ暗になってしまった」(訴状より)。緑道公園も臨めなくなり、通風が悪化したことから同年の冬には結露が大発生し、「窓のサッシが水溜りなり、あふれて流れ出てくるほど」になった。セールスポイントだった採光、通風、眺望は完全になくなり「屑物件」となった。
--東急不動産は、そのことを知っていたのですか?
「東急は隣地が3階建てに建て替えられることを知っていましたが、私にはいっさい説明しませんでした。私が建て替えの件を知っていれば、窓から50センチ先が壁になることも分かるし、セールスポイントだった採光、通風、眺望が完全になくなることも分かりますから、301号室を購入することはありえませんでした」
隣地の建て替え工事は、鉄骨が組み立てられた状態のまま、しばらく進まなかった。林田さんの説明によると、隣地所有者のAさんが「東急への抗議の意思として工事を止めていた」ためだ。
いったい何に対する抗議なのか。Aさんは、アルス建設にあたって、東急不動産に対し、アルス建設後すぐに3階建ての作業所兼住居に建て替えることを入居者に伝えるよう、依頼していたのだ。しかし東急不動産は、重要事項説明で林田さんと2階の入居者には建て替え計画をまったく伝えていなかった.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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和解調書。3千万円は戻ってくるが、失った時間や労力が戻ることはない。 |
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右はアルス、左は建て替え中の隣地。すぐ目の前まで壁が迫ることが分かる。05年7月24日に林田さんが撮影。 |
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