旅の起伏、濃度は変化していくということ
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ロックマンの「おじさん」の店 |
おおかたの当たりをつけて歩いていると、「コンニチワ」攻撃にあう。外務省の海外安全情報やガイドブックの被害事例集によると、観光地で馴れ馴れしく声をかけて来る客引きに、睡眠薬を飲まされて身ぐるみはがされたり、高額の悪徳ツアーや無駄に高いじゅうたんを売りつけられたりする被害が多発中、とあった。
日本人は世界中で「騙されやすい金持ち」として、相変わらずいいカモのようだ。
とはいえ、警官も見当たらない。路上に地図の看板も全くなし。誰かに聞くしかない状況である。再びタクシー乗り場で尋ねると、「あっちだ。そこを曲がるんだ」と教えてくれた。だが、そのとおりに行ってもなかなか見つからない。しかも坂だらけで、疲れることしきり。事前のイスタンブルのイメージとして、勝手に平坦な港町を想像していたのだが、実際の旧市街中心地は坂だらけで、気温30度を超える暑さのなか、歩くのもしんどい。
そんなとき、いかにも善良そうな青年が話しかけてきた。小太りで、人なつこい顔をしている。
「私のおじさんは、日本でビジネスしてる。おばさんは日本人。私も日本語勉強してる」
<ありがちな設定だなぁ>と思いつつ、とりあえずホテルの場所を聞いてやろうと思い、住所を見せた。
「たぶんわかります。一緒に行きましょう」<あやしいなぁ>と思いながらも、渡りに船だ。ついて行くことにした。
各種書籍によると、トルコ人は親切だという件も、かなり定説になっている。悪人にも見えない。
しかし、なかなか着かない。地元の人にホテルの場所を聞いてくれている。グルグル歩き、多少遠回りになったが、目的のホテルに着くことができた。
途中の話では、彼の名はロックマンといった。「日本語で、1万円札6枚でなんといいますか?6万。そう覚えて下さい」と言う。<慣れすぎだろ、きみは…>
ファロスホテルの前でロックマンに礼を言って、立ち話しする。
「おじさんの店が、近くにある。フォーシーズンズホテルの前。うちにチャイでも飲みに来ませんか」<あー、来たね、何を企んでいるんだろうか>
「まだチェックインしてないから、また今度で」と言いつつも、情報収集したいし、チャイくらいいいか、と思いはじめた。憎めない顔をしている。
「おじさんは、鑑定士をしてる。そのオフィスがすぐそこなんです。ホテル選びなど、助けてあげられると思う」
<なんでトルコ人の美術品鑑定士が日本に行く必要があるのだろう>と思ったが、まあ来たばかりの土地だし、店まで行くくらいは問題ない。そのまま、ついて行くことにした。
「どこで日本語を覚えたの?」
「学校で1年学んだ。いずれ、日本で仕事をしたいと思っている」
そして、「ビジネスなのか、観光なのか」「仕事は何だ」「歳は」と、恒例の質疑応答が続く。このあたり、機内で読んだ村上春樹のギリシャ・トルコ紀行『雨天炎天』と同じだな、と思った。少し考えれば分かることだが、旅行者が聞かれることは、事前に決まっているのだった。
聞かれることが決まっているだけに、今考えれば、面白い切り返しを考えておいて「よい質問」をすべきなのだが、私はまだ未熟者だった。その余裕がなかった。
ロックマンによれば、私は29歳に見える、と言う。逆にロックマンの年は29歳だろう、と言ったら、身分証明証をポケットから取り出す。1990年生まれの19歳だった。トルコ人は年齢がわかりにくい。トルコ人の顔は彫りが深く肌が浅黒い。40歳以下のトルコ人男はみんな同じように見えてしまう。
10分ほど歩く途中、この地区の観光名所について、英語と日本語半々くらいで、いろいろ解説してくれた。この男の目的はなんなのか。あまり名所旧跡には興味がないので、聞き流していた。
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フォーシーズンズは元刑務所だけあって塀が高い。美しいホテルだが、どう改造されていても宿泊する気にはならず。参考記事:いわくつきの土地![]() |
<やっぱり。じゅうたん屋の客引きか>と思うほかない。最初からじゅうたん屋だというと客引きだと怪しまれるから、それまで言わなかったということか。
「おじさんは、じゅうたんの卸売もやっている。あの前にとまっているBMWは、おじさんの車です」。たしかにBMWがあったが、<ホントかよ>と思いつつ、1Fのじゅうたんが展示してある店に入った。
「おじさんがいるので、2階でお茶のみませんか。名刺をわたします。いろいろ役に立てるかもしれない」
<まぁでも、裏から出てきたお茶を飲むと、睡眠薬が入ってるかもしれないしなぁ>。昨日到着したばかりの私は警戒心バリバリで、手口情報もインプットしていたために、かなり半信半疑だ。
「いや、ここでいいです。また今度、きます。2週間以上いる予定ですから」
と、ここで、2Fからおじさんが降りてきた。この登場の絶妙なタイミングも、アヤシイと思った。なぜ1Fに来たことが分かるのか?ケータイで巧妙な合図でもあったのか?
登場したおじさんは、いわゆるおじさんではなく、30代とおぼしきイケメンビジネスマン風だった。立ち話が続く。
「私は日本で24人しかいない公認のじゅんたんの鑑定士なんです」<ああ、そういうことか、鑑定って、一般的な古美術品とかじゃなくて、じゅうたんの鑑定のことね>
日本語はロックマンより数段うまく、普通に通じる。日本では渋谷にオフィスがあって、代々木に2年間住んでいたのだという。まぁそれは嘘ではなかろう。日本語は流暢だ。
壁にかけられたじゅうたんをさしていう。「これは今では作られていないサイズだけど、600万円くらいします」
確かに立派なじゅうたんだが、ホントだったら誰もいない1Fに、かけとくかなぁ?カギもかけてないから、盗まれるんじゃないか。
「皇太子がフォーシーズンホテルに来たとき、たまたまうちに寄ったんです。もちろん買いはしなかったけど、たまたま日本人のお客さんがいたので、びっくりして深くお辞儀してました。そこに車が停めてあったんですが、警備で道全体がふさがれてねぇ。大変だったよ。」
<まあ、十分にありえる話ではある…>
ここまでなら、グルになればできること。彼らの目的はなんなのか。じゅうたんの売りつけか。
「彼はいま日本語を勉強しているんだけど、夏休みなんで、私にあなたを会わせようと思って連れてきてくれたんでしょう。5分でいいから、上でチャイ飲んできませんか」
<会ったばかりの人の家にあがってモノを飲むのはリスクが高いな>と思うが、口に出しては言わない。ツアーを紹介したいのか、じゅうたんを売りたいのか、それとも日本でのネットワークを広げたいのか。真意はつかめない。
「じゃあ、そこのフォーシーズンホテルでチャイはどうですか」と私が言うと、あくまで、ウチで飲んでいけという。トルコ人は客をもてなすのが常識で、宗教的にもよいこととされているそうだから、そういう理由でもてなしたいのかもしれないが、最近、仕事でもツイてるとは言い難いし、私は保守的になっていた。トルコ到着早々、リスクは最小限に食い止めるべきだ。
「何か聞きたいことがあったら、また来ますから」
「じゃあ名刺を」と言って、ロックマンが持ってくる。
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たぶんこの人はいい人だ![]() |
握手をして別れた。
自分でも、慎重すぎるかな、と思った。学生時代の私だったら、上がっていったことだろう。実際、イランの2週間滞在のうち半分くらいは、親日的な現地の人の家にタダで泊めてもらっていた。単なる親切心やもてなしの流儀なのかもしれない。だが今となっては冒険心より安全を重視してしまう。
学生時代、偶然の冒険を重視した結果、マレーシアのクアラルンプルでは、「ブラックジャック詐欺」(今でも多発してるらしい)にあったこともあるし(実害20万円くらい)、南アフリカではヨハネスブルクで黒人2人組の強盗にあってはがいじめにされ、財布ごと盗られたこともある。今の私には、そういう経験が邪魔して、臆病になっている。
沢木耕太郎が『一号線を北上せよ』でこう書いていた。場面は、ハノイの食堂で後ろにいた女学生が、沢木氏に、地元のハイフォンに来たら訪ねてくるよう、住所と携帯の番号を書き、沢木氏もそれに応じて連絡することを約束したところである。
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旅のスタイルは、確かに変化していく。旅の起伏が変わっていくのは、当然のことなのだ。私もそう思うことにした。
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