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「“虚偽の調書作成”告発で退職強要・不当配転に」 北海道警元巡査部長が国賠訴訟を提起

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交通事故をめぐる白石署の「不適正捜査」を告発したことが原因で昇給停止などの不当な扱いを受けたとして、元巡査部長の石黒繁治氏が国賠訴訟を起こした北海道警察
 「虚偽の実況見分調書作成」の事実を内部で指摘した結果、昇任停止や僻地に飛ばされるなどの不当な扱いを受けたとして、北海道警の元巡査部長が14日、北海道を相手どり、慰謝料と未払い残業代計約2500万円の支払いを求める国家賠償請求訴訟を札幌地裁に起こした。交通事故後の実況見分調書が、内容だけでなく日付や立会った警察官名なども虚偽のいい加減なものだったが、そうした白石署交通係の不適正捜査を「身上調査票」に記したところ削除を求められ、直後に駐在所に配転になったという。「こういう不正が警察で行われているのだという事実を多くの人に知ってほしい」と訴える元巡査部長に話を聞いた。
Digest
  • きっかけは妻の交通事故
  • 見分に立ち会っていない妻の名が調書に…
  • 「報復」のはじまり
  • 「転勤させないから書き直せ」のウソ
  • 虚偽公文書作成罪で警官を刑事告発
◇敏腕刑事が一転、交番や留置場勤務へ
 訴えを起こしたのは札幌市に住む元北海道警巡査部長の石黒繁治氏(60)だ。2009年3月31日付で定年退職し、現在は無職。代理人弁護士は、道警の裏金問題を追及したことで知られる札幌弁護士会の市川守弘氏が務める。

 訴状の概要を要約すればこうだ。

1990年、札幌市内で起きた妻・憲世(のりよ)さん運転の乗用車と運送会社の大型トラックの衝突事故をめぐり、原告・石黒氏は、白石署員が「不適正な捜査」を行っていた事実を知る。同署員が作成し、検察庁に送った実況見分調書に、実際と異なる日時や立ち会っていない人物の氏名など虚偽の内容が書かれていたのだ。これを問題視した石黒氏は再三にわたって上司に報告する。ところが、道警側は事実調査や担当者の処分をしなかっただけでなく、石黒氏を刑事職からはずし、その後20年近くにわたって僻地での交番勤務や留置場での勤務を命じ続けた。また退職を強要したり、昇任停止にする、監視対象にする、などの行為を行った。これらの違法・不当な行為によって石黒氏は著しい精神的損害を受けた。よって北海道は慰謝料など約2500万円を賠償する責任がある――

 捜査の不正を訴えたことが原因で「報復」とも受け取れる不当な扱いを受けたとして、元警察官が訴訟を起こすというのは前代未聞の出来事である。


訴状を出した札幌地裁
 妻の交通事故をめぐる「不適正な捜査」とは何か。それについて述べる前に、石黒氏の警察暦を振り返っておく。

 石黒氏が高校を卒業後、北海道警に入ったのは1968年。剣道をやりたかったというのが動機だった。剣道の才能を買われて「特練部」という武道の精鋭部門に抜擢され、大会出場に向けて稽古に励んだ。剣道だけでなく逮捕術でも優秀な成績を挙げている。
 
 一方で刑事の道を進み、札幌中央署刑事2課、釧路方面本部厚岸署刑事課、札幌東署刑事1課などで主に暴力団や窃盗犯の事件捜査を担当してきた。採用13年ほどたった1981年に巡査部長に昇任した。

 指名手配者の逮捕や、強制わいせつ事件・覚せい罪事件の容疑者検挙などの功績を認められ、事件関係だけでも方面本部長表彰を7度受けている。誰もが認める「敏腕刑事」だった。

◇28年間にわたって昇任停止
 その刑事としてのキャリアが一変したのは1993年。札幌東署刑事1課で盗犯係主任だった石黒氏は、突如として同年4月1日付で美唄市にある上美唄(かみびばい)駐在所への異動を命じられた。後に詳述するが、問題の交通事故が起きたのが1990年6月で、その3年後のことだった。

 美唄市は札幌からざっと100キロ離れた僻地である。まったく予期しなかった人事で、仕事内容も刑事とは畑違いの交番勤務だった。石黒氏はこの場所に、7年間という異例の長期間にわたって据え置かれることになる。

 美唄の駐在所勤務が終わっても刑事に戻ることはなかった。次の勤務先は道警本部の留置管理課護送係。逮捕中の容疑者を検察庁に護送する単調な仕事である。休憩時間もろくとれない環境だった。ここに数年いて再び交番をやらされる。北見方面本部津軽署駅前交番。その次は札幌手稲署留置管理課。また留置場だ。刑事職に復帰したいという石黒氏の願いはかなうことなく、交番と留置場行き来した末に定年退職を迎えたのである。

 昇任については、1981年に巡査部長となったのを最後に退職まで28年間ストップしたままだった。仕事でミスをしたこともなく、成績が悪いはずもない。それでも決して合格することはなかった。

 左遷人事ではないのか、何か不祥事をやったのか――事情を知らない人なら、そう思いかねない経歴だろう。だが、懲戒処分や不祥事の類は石黒氏の経歴にはみあたらない。剣道6段の腕前である。体力不足や健康の問題もない。

 考えられる原因はただひとつしかなかった。「不適正な捜査」。この問題について、石黒氏は不正の事実を知った1990年から退職する2009年まで、ずっと上司に報告し続けてきたという。「左遷」に理由があるとすれば、それ以外になかった。

 不正なことが行われている――そう指摘した報いが「左遷」だとすれば理不尽にすぎる。石黒氏が提訴に踏み切った動機のひとつは、この道警の仕打ちが腹に据えかねたからだった。

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石黒氏が道警から不当な扱いを受けるきっかけとなった交通事故の写真(石黒氏提供)。妻の憲世さんが運転していた乗用車は右側面が大破、トラックは左前部が大破している。トラックが右折しながら突っ込んできた、という憲世さんの言い分は白石署の見分ではいっさい聞き入れられなかった。

きっかけは妻の交通事故

 石黒氏の刑事としての警察人生を狂わすことになった「不適正捜査」。きっかけとなった妻・憲世さんの交通事故とは次のようなものだ。

 1990年6月12日の午後2時すぎ、札幌市厚別区。憲世さんは乗用車(いすずジェミニ)を運転して、とある交差点に差し掛かった。そこで対向車線にいた運送会社の大型トラックと衝突してしまう。トラックは右折しようとしていた。

 事故によって憲世さんは右足に筋肉断裂の重傷を負った。20年が経ったいまでも痛みの後遺症に悩んでいるという。

 憲世さんは日記を書かさず書いている。それをもとにつづられた詳細なメモによれば、彼女の目からみた事故の状況はこうだ。

 〈時速50~60キロで走っていたと思います。(中略)交差点の近くに差し掛かったとき信号が青から黄に変わりました。交差点に近いところだったので、止まれないと思ってそのまま走ったのです。(中略)そのままの速度で交差点に入ろうとした時です。急に真正面にトラックが現れました。トラックは右折しようとしていました。運転手は、右折するのに左を向いていて正面の私に気づいていないようでした〉

 現場は片側3車線の広い道で、憲世さんはもっとも右よりの車線を直進していた。ちょうど川の土手を越す部分で、交差点の中央が高く盛り上がっている。したがって見通しはよくない。

 右折しながら突っ込んでくるトラックを前に、憲世さんはあわててハンドルを左に切って衝突を避けようとする。引き続きメモに書かれた事故の記載――

 〈私はぶつけられると感じ、とっさにハンドルを左に切っていました。ブレーキを踏みながらです。私は普通乗用車で、相手は私より大きいトラックでした。互いに走っており、どんどん接近するし、トラックは大きくのしかかってくる感じであり、一瞬のことでした。相手がすごい勢いで近づいてきたので、私はハンドルを左に切って逃げ、トラックはそれでも追いかけてきて、私はさらに逃げ…トラックは私が逃げても逃げても追いかけてきたのです〉

 剣道6段の石黒氏の評価によれば、憲世さんは運動神経のよいほうである。それでも衝突を避けることはできなかった。事故直後は失神していて詳細は記憶にない。「お、生きてる、生きてる」という男性の声で気がついた。続いて女性が「こちらから降りなさい」と助手席のほうをを指して言った。運転席側は大破していてドアが開かなかったのだ。憲世さんは、運転席からシフトレバーを乗り越えて反対側の助手席に移動し、ドアを開けて脱出した。誰かが呼んだのか、まもなく救急車が来て病院に運ばれた。

 憲世さんは右足に重傷を負ったが命に別状はなかった。乗用車は右側面のフェンダーが激しく内側にめり込んで大破していた。衝突位置があと50センチ運転席に近ければ死亡していた可能性があった。トラックがぶつかったのが、運転席ドアの中央ではなく、ドアを開閉するちょうつがい付近の比較的頑丈な部分だったことが幸いした。

 事故に遭った車は夫名義の普通乗用車だった。普段は軽乗用車に乗ることが多いが、この日は偶然夫の車を借りていた。それも不幸中の幸いだった。もしいつもの軽自動車だったら致命傷を受けていたかもしれない。

 憲世さんは茶道の稽古から帰宅途中、一方の大型トラックは工事用の重機を運ぶ途中だった。

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事故現場で、白石署の実況見分に疑問を指摘する石黒氏。妻の説明と違う内容が調書に記載されていたことから「不適正捜査」だと上司に報告、それがきっかけで刑事をはずされ、20年にわたって交番勤務や留置場管理などを命じられた。

見分に立ち会っていない妻の名が調書に…

 捜査を担当したのは白石警察署事故係だった。トラックのほうに過失がある――当然のように憲世さんは考えた。ところが同署が出した事故原因の結論は違った。

 〈大型トラックが右折しようとして交差点内で停止していたところ、前方の対向車線から憲世の乗用車が赤信号になったにもかかわらず交差点に進入し、衝突した――〉

 乗用車側が信号無視をした、しかもトラックは停止していた、と白石署はいうのだ。つまり乗用車側が100%悪いという結論だ。信号無視などした覚えはなかったが、憲世さんは道交法違反(信号無視)の容疑をかけられ、検察庁に書類送検された。

本当にトラックは止まっていたのか――妻から事情を聴いた夫の石黒氏は白石署の捜査に疑問を抱いた。そして仕事の合間をつかって妻とともに調査をはじめる

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北海道警白石警察署(札幌市)。交通事故の実況見分調書に事実と異なる内容を書いたとして、署員2人が虚偽公文書作成の疑いで告発されたが、検察は不起訴にした。

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読者コメント

k視庁2010/05/27 13:48
K視庁2010/05/17 15:37
市民2010/05/17 09:39会員
2010/04/17 13:49
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