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『絶望の自衛隊』刊行 隊員虐待や自殺が多発する実態をレポート

日本帝国陸海軍から受け継いだ無責任の構図

情報提供
絶望の自衛隊
MNJの自衛隊レポートを単行本化した『絶望の自衛隊―人間破壊の現場から』(三宅勝久著、花伝社)が2022年12月刊行。『悩める自衛官』『自衛隊員が死んでいく』『自衛隊員が泣いている』『自衛隊という密室』に続く自衛隊シリーズ5作目。

本サイトで継続的に報告してきた自衛隊の虐待問題や劣悪な労働環境問題、そして輸送艦「おおすみ」事故をめぐる疑問と検証記事をまとめた単行本『絶望の自衛隊 ―人間破壊の現場から―」(花伝社、本体定価1700円)が12月5日、刊行された。2013年以降に起きた10件の事件を追ったルポで、筆者の自衛隊シリーズ第5作。頻発する虐待や自殺、各種不正を前に、政府・防衛省が本気でそれらを無くそうとしていない実態が浮き彫りとなる。末端の隊員や中間管理職の責任は追及しても、幹部たちが決して責任をとらない構図は、旧日本帝国陸海軍から受け継いだ無責任の構図そのままだ――約20年におよぶ取材を振り返って筆者はそう感じている。

Digest
  • 20年の取材で見えた自衛隊「無責任」の構図
  • 輸送艦に追突されたと生還者証言
  • 嘘3連発
  • 「AISで両船の航跡が判明」の嘘
  • 「生存者の証言に矛盾」の矛盾
  • 「情報一元化」の意味
  • 記者クラブメディアを使った情報操作か
  • 事故の真相
  • 艦長尋問
  • 音声記録は物語る
  • 秘密保護法と立身出世

20年の取材で見えた自衛隊「無責任」の構図

本稿では、その無責任さを象徴する一例として、輸送艦「おおすみ」事件の検証結果を報告したい(前掲書の10章で取り上げた)。

この事件は、海上自衛隊の責任を転嫁するために、組織ぐるみで情報操作がなされた疑いが限りなく濃い。海上自衛隊呉基地に所属する輸送艦「おおすみ」(全長178メートル、規準排水量8900トン)と釣り船「とびうお」(全長7.6メートル、5トン未満)が、米軍岩国基地に近い広島県大竹市の阿多田島東側の海上で衝突したのは2014年1月15日午前8時のことだった。釣り船は転覆、乗っていた4人が水温10度の海中に放り出され、船長ら2人が死亡する惨事となった。

事故から6年半あまりが過ぎた2020年9月、事故当時の海上幕僚長で後に統合幕僚長を務めた河野克俊氏の回想録『統合幕僚長 我がリーダーの心得』(ワック)が出版された。回想録で河野氏は「『あたご事件の教訓が生きた『おおすみ』事故」として事件に触れ、こう述べている。

 先ず、関係者を集めて、次の事項を指示し、徹底した。

 第一に、司令塔は私である。情報発信は一本化する。その内容も「海上自衛隊は事故の当事者であり、今後海上保安庁の捜査に全面的に協力します」。これだけ。

 第二に、事故対応は、現体制でやる。増強要員などいらない。

 第三に、海上保安庁の了解が得られれば、予定通り「おおすみ」は三井造船玉野工場に向かわせ、乗組員の外出は認める。事故対応はしつつ、通常の業務はしっかりやれということだ。

 事故対応の会議も私の部屋で、必要最小限しか実施しなかった。

 そして、予想通りマスコミによる海上自衛隊への非難合戦の火ぶたが切って落とされた。そして号砲が鳴り渡った。

 そこで生存された方のインタビューが連日流された。その内容は「釣り場に向かっていたら、突然『おおすみ』が後ろから突っ込んできた。全く気付かなかった」。このインタビュー内容を海上保安庁OBに聞かせ、コメントを求めた。その方は「それが本当なら非は完全に『おおすみ』にあります」とコメントされた。それが事実なら私も全く同感だ。だが、私の経験から言って「おおすみ」が前方にいるプレジャーボート目がけて突っ込んでいくという、自分の首を絞めるようなことをするはずがないと確信していた。

一般の読者でこれに疑問を覚える人は多くないかもしれない。だが、事件を追ってきた筆者は強い違和感を感じる。順を追って説明していきたい。

輸送艦に追突されたと生還者証言

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2014年1月15日朝、広島県沖の瀬戸内海で釣り船「とびうお」と衝突、釣り船の2人が死亡する事故を起こした海上自衛隊輸送艦「おおすみ」(中央)。主要な責任が自衛隊側にはないとする国交省運輸安全委員会、海上自衛隊、広島地検の結論には大きな矛盾と疑問がある。

当時の新聞報道をみると、事故直後に確認された事実は次のとおりである。

1 「おおすみ」左舷中央から後部に傷。

2 「とびうお」右舷に傷。接触を確認。

いずれも報道ヘリが撮影したり、広島海上保安部が発表した。続いて1日経つと、「とびうお」の生還者の証言が報じられる。その内容は次のとおり。

【生還者Tさんの証言】

・「とびうお」の前部に後ろ向きで(船尾方向を見て)座っていた。

・「とびうお」の右後方1キロほどのところに自衛艦がおり、近づいてくるのに気づいた。自衛艦は針路を左に(とびうおの方向)変え、加速した様子でどんどん近づいてきた。

・自衛艦は右に舵を切って「とびうお」を避けるだろうと思っていた。しかし、まっすぐ近づいてきた。あら、と思った。

・自衛艦が警笛を鳴らしたのは両船の距離が4~5メートルほどになったときだった。「とびうお」の右側から自衛艦が追い越し、その左舷と「とびうお」の右舷中央部が擦るようにぶつかった。ガガガという音がして船内に水が入りだし、左舷側に転覆した。

・「とびうお」船長は前を向いて操縦していた。「おおすみ」の接近に気づいていない様子だった。私はまさかぶつかるとは思わないので知らせなかった。

2日後にはもう一人の生還者の証言も報道される。T証言と内容は一致する。つまり、「おおすみ」が「とびうお」の右後方から接近、衝突したというものだ。

回想録によれば、これらの生還者の証言に対して、河野海幕長(当時)は「私の経験から言って『おおすみ』が前方にいるプレジャーボート目がけて突っ込んでいくという、自分の首を絞めるようなことをするはずがないと確信していた」と考えたという。

筆者はまずここにひっかかる。生還者の証言が報道される前に、防衛省には「おおすみ」からの報告が届いている。どういう状況で事故が起きたかを河野海幕長が説明を受けていないわけがない。「おおすみ」が前方の小舟に突っ込んだのか、あるいは突っ込んでいないのか、彼は知っている。

「前方にいるプレジャーボート目がけて突っ込んでいくという、自分の首を絞めるようなことをするはずがないと確信していた」などとあたかも事情がよくわからないような言い方をしているが、どうみてもおかしい。明らかに「知らないフリ」をしている。

嘘3連発

続く記述を読むと疑問はさらに深まる。

(前略)じっと我慢していると、段々と客観情勢が判明してきた。船のAIS(自動船舶識別装置)の信号を解析すると、両方の航跡が明らかになり、プレジャーボートの生存者の証言とは矛盾するものだった。また、事故現場が一望できる阿多田島山頂にたまたまいた人が事故の一部始終を目撃していたのだ。その方の証言によると「『おおすみ』が航行していると、プレジャーボートが高速で『おおすみ』の左弦(ママ)から近づいて来て『おおすみ』の直前を突っ切ろうとした。そうすると『おおすみ』は汽笛を何回も鳴らし、回避するために右に回ろうとした」

 それでもマスコミは歩いている船長の奥様に「ご主人は自衛隊が言っているような無謀な操縦をする人ではありませんよね?」と執拗に質問し、それに対し奥様は「そんな無謀なことをする人ではありません」と答えるシーンを流していたが、我々は「船長が無謀な操縦をした」とは一言も言っていない。

 海上自衛隊へのマスコミの批判報道も三日くらいで下火となった。

 後日、広島地検はプレジャーボートの進路変更が事故の原因として、「おおすみ」の艦長と航海長を不起訴処分にした。海上自衛隊としては、事故を起こした以上、関係者に対し相応の処分はしたが、「あたご」のときのような「大獄」ではない。

「おおすみ」の衝突事故が起こったとき、OBを中心に「今度こそ、さすがに河野も終わりだ。もう辞任だ」と思った人が多かったようだ。

(中略)

 民間人二人が亡くなるといういたましい結果ではあったが、海上自衛隊へのダメージは避けることができた。事故対応すなわちダメージ・コントロールの重要性を再認識した。

 なお、今回は海上保安庁との関係が終始良好だったことは言うまでもない。

統合幕僚長
事故当時の海上幕僚長で事故から約9ヶ月後に統合幕僚長となった河野克俊氏の回想録『統合幕僚長』(WAC、2020年9月)。輸送艦「おおすみ」についての記述に、両船の位置関係や目撃情報をめぐっていくつかの重要な誤りがある。

筆者は言うべき言葉が見つからない。はっきり言って嘘だらけだ。しかも、事件を少し丁寧に追っている者なら簡単に見破ることができる程度のわかりやすい嘘だ。

「AISで両船の航跡が判明」の嘘

1番目の嘘は、「じっと我慢していると、段々と客観情勢が判明してきた。船のAIS(自動船舶識別装置)の信号を解析すると、両方の航跡が明らかになり」の部分である。

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国土交通省運輸安全委員会の報告書に掲載された輸送艦「おおすみ」(青線)と釣り船「とびうお」(赤線)の航跡図。釣り船の右後方から輸送艦が接近、衝突した事実関係は当初から明白だったが、この事実を政府や自衛隊、広島海上保安部は、事故後1年以上にわたって明らかにしなかった。

「輸送艦の後方から、釣り船が近づいてきた」という事実と異なる情報を伝える2014年1月16日「読売新聞」朝刊記事。釣り船の右後方から輸送艦が接近する形で事故が発生。この事実を、「おおすみ」や自衛隊は事故直後から把握していた。

釣り船の遺族と生還者が国を相手どって起こした国家賠償請求訴訟では、「釣り船が事故直前に右転したのが原因」だとする国の説明に対して、多くの矛盾が浮き彫りになった。しかし、広島地裁は「右転説」を支持する手抜き判決をくだした。

広島海上保安部が作成した「おおすみ」艦橋の音声記録。「おおすみ」が追い越しを図って判断を誤り、事故につながった可能性が高いことを雄弁に物語る。

「なお、今回は海上保安庁との関係が終始良好だったことは言うまでもない。」と思わせぶりな記述がある河野前統幕長の手記。

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