「目に見えるケガではないから労災と認めない」がトヨタのルール
勤務中のドア入れ替え作業で腰に激痛!入院し1か月の重傷も労災認めず
トランクの蓋(ふた)を持ち上げて腰部に激痛が走ったトヨタ自動車の正社員・原沢武氏(仮名・40代)。入院し、軽作業ができるようになるまで1か月休むほどの重症だったが、上司から「目で見て分かるケガでないと労災はダメだ」と言われ、労災申請をあきらめさせられた。 |
トヨタ自動車・田原工場で1年2か月のパワハラ(トヨタは否定)で鬱病をわずらい去年3月から休業中の、同社正社員・原沢武氏(仮名・40代)。話を聞くと、実はパワハラ事件の前に明らかな「労災隠し」にあっていることがわかった。2018年6月、単身赴任していた同社元町工場で、ドアの入れ替え作業中に腰に激痛が走り、椎間板ヘルニアを発症。国立病院機構・豊橋医療センターに入院した。軽作業ができるレベルに回復するまで1か月、日常生活に戻るまで半年弱を要した。労災を申請したいと上司に告げると、工長から「見て分かるケガではないから労災とは認められない」「骨が折れてるとか、指がないとか、外から見てわかるダメージじゃないとダメ」と拒否されたという。次女が生れたばかりで「会社に逆らって辞めることになったら妻や子供たちを養えない」と泣き寝入りした。「どう考えても労災。せめて支払った治療費を補填してほしいし、ケガのために消化した有休を返して」と納得がいかない。
- Digest
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- 障碍者の妻が、休業中の夫と3人の子供のため契約社員に
- 元町工場でバックドアを持ち上げようとした瞬間、腰に激痛
- 整形外科から豊橋市の自宅まで工長が送る
- 車椅子で迎えられ入院 医療記録には「労災予定」と記入
- リハビリがはじまり、自由診療も含め合計100万円の医療費
- 「外から見てわかるケガでないと労災はダメ」トヨタの常識?
- 泣き寝入りを止め、告発する決意をした理由とは・・
2024年3月期のトヨタの営業利益は5兆3529億円と、日本企業で初めて5兆円を超えた。そして豊田章男会長の前年度役員報酬は16億2200万円で歴代過去最高額に。その裏では、昨年から豊田自動織機、日野自動車、ダイハツ工業…と、グループ内で品質偽装などの不祥事が続発。背景には「もの言えぬ空気」があり、パワハラや労災隠しが起きても「沈黙」させられるカルチャーがある。MyNewsJapanには現場からの悲鳴にも似た声が寄せられている。
障碍者の妻が、休業中の夫と3人の子供のため契約社員に
6月上旬、トヨタ自動車を休業中の原沢武(仮名)さん宅の最寄り駅に降り立った。妻の原沢さゆり(仮名)さんと二人で迎えにきてくれた。
奥さんが杖をついている。
――どうしたんですか? ケガですか?
「いえ、交通事故でだいぶ前に頸椎を痛めまして・・・」
三人で自宅へ向かい、ゆっくりと歩きながら話を聞いた。妻のさゆりさんは最近、契約社員として働き始めたという。身体は少し不自由だが、事務職なのでそれほど不都合はないという。
夫の武さんがパワハラでうつ病を発症し会社を休み始めたのは昨年の3月末からだから、もう1年2か月が経つ。
休業補償は、本来の収入の6割程度、それが一年以上もつづくとなると、これから先の生活が不安になる。そのため、多少の障碍があっても働ける職場を妻が見つけたのだ。
事故(6月14日)の翌日から入院した独立行政法人国立病院機構「豊橋医療センター」の外来診療録。「労災予定」と記入されている(赤線筆者)。 |
駅から10分ほど歩き、原沢宅に到着。ダイニングキッチンに通されると、子供用の椅子が目に留まった。
――お子さんがいるんですね?
「ええ、小学校6年を筆頭に3人です」
と原沢氏が答えた。
鬱病を発症して一年2か月以上の休業中。比較的軽症とはいえ妻が障碍者、さらにまだ小さな子供が3人いる。将来の生活に不安を抱えているだろうことは、容易に察せられる。
実は、会社に行けなくなるほどのうつ病を患う原因となったパワハラ(トヨタは否定)をメインに取材するつもりだった。
しかし、事前に電話で大まかな事情を聞いていたとき、実はパワハラ問題が起きる前に、工場で作業中に1か月以上休むほどの重症を負い、入院もしていたことを知った。
一か月も休むレベルの受傷なのに、「労災として扱えない」と上司から言われたというのだ。そこで急遽、この問題について事情を聴く事にしたのである。
元町工場でバックドアを持ち上げようとした瞬間、腰に激痛
原沢氏が、ケガをした2018年6月14日のことを話す。
その当時、トヨタ自動車田原工場(愛知県田原市)所属の原沢氏は、応援のために元町工場(愛知県豊田市)で働いていた。その年の春から秋ごろまでの予定であった。単身赴任のため寮から元町工場に通っていた。
その日のシフトは、朝9時20分から15時15分だった。
バックドア(取説より) |
「ラインの仕事で、ちょうどバックドア(トランクの蓋)に不具合が見つかり、別のドアと入れ替え作業をしようとしたときです。
不具合のあるドアをはずし、3~4メートル離れたところにある別のドアをつけようと、持ち上げようとした瞬間、腰に激痛が走ってしまったんです。9時50分くらいのことでした。
「しゃがんだまま動けなくなってしまいましたが、それでもすぐそばにあった不具合の時に押すボタンがすぐ近くにあったおかげで、そこまではなんとか移動して押すことができました」
同じく入院した豊橋医療センターの看護記録。「仕事中に腰を痛めた」ことが記載されている(赤線筆者) |
激しい痛みのため、ヒザと手を床についたまま、じっと助けがくるのを待った。原沢氏によると、10メートルに1人くらいの間隔だったので、隣の人がすぐに気づくような状況ではなかった。
「痛みで床に横になることすらできず、救助を待ちました。5分ぐらいたったでしょうか。ようやく班長(TL=チームリーダー)が来てくれ、彼の肩にかつがれるようにして、別の建物にある安全衛生(医務室)にゆっくりゆっくりと移動したのです」
医務室(安全衛生)は別の建物内にあり、普通に歩けば3分もすれば到着するが、このときはずいぶん時間がかかったという。
安全衛生にたどり着いた原沢氏の状態を見て、安全衛生担当者と上司が話し「ちゃんとした医療機関に行きましょう」ということになり、工長(CL=チーフリーダー)に抱えられるようにして彼の車で整形外科に運ばれた。
いま、いろいろな役職が出てきたが、トヨタでは、平社員→GL(グループリーダー・組長)→TL(チームリーダー・班長)→CL(チーフリーダー・工長)という編成になっている。原沢氏は役職のない平社員である。
整形外科から豊橋市の自宅まで工長が送る
「あまりの痛さで、一時連れて行ってもらった整形外科の名前も覚えていないくらいです」
と原沢氏が言うほど、このときの状況は悪かったようだ。整形外科の担当医師、連れて行った工長も含めて、単身赴任中に寝泊まりしている寮に帰ってもすぐに日常生活を送るのは難しいだろうとの判断で、1時間30分ほどかかる豊橋市内の自宅に帰ることにした。
整形外科を出て、工長の車の後部座席に乗せられ、自宅まで送り届けられた。玄関には妻が出迎え、2階までの階段を登れないので、とりあえず1階の部屋に横たわったという。
この時点までの出来事を整理する。
① 事故の前には、腰痛を理由に医療機関で治療したことがなかった
② 工場内でトランクの蓋(バックドア)を持ち上げたときに腰に激痛。動けなくなった。
③ チームリーダー(TL班長)に抱えられて安全衛生(医務室)に行った。
④ チーフリーダー(CL工長)の車で整形外科へ。
⑤ 工長の車で、単身赴任中の宿泊場所ではなく実家へ送られた。
つまり、仕事中に負傷し、それを同僚はもちろん複数の上司も目撃して助け、なおかつ整形外科を経由して原沢氏の実家まで上司が送り届けた。これが、この日起きた出来事である。
こうして、原沢氏にとって悪夢の2018年6月14日は終わった。
原沢氏がバックドア(トランクの蓋)を持ち上げようとした瞬間、赤丸で囲った場所に激痛が走った。豊橋医療センター撮影の本人MRI画像。 |
車椅子で迎えられ入院 医療記録には「労災予定」と記入
翌朝も痛みがつづき、近くに住む妻の父親の車で国立病院機構・豊橋医療センターに運ばれた。
病院は車椅子を用意してくれ、数日間は車椅子での生活となった。相変わらず痛みが激しかったが、MRI(磁気共鳴画像法)を始め一通りの検査が行われた。
このときはまだ衝撃を受け痛みも続いていたため、どのような順番でどのような検査や処置をされたのか本人はよく覚えていない。
運ばれてきた様子を医師が診た結果、安静のために入院することになった。
「あいかわらず痛くて、鎮痛剤を服用したのですがあまり効かず、つらかったです。数日は院内で車椅子の生活でした。介助がなければ風呂にも入れず、排泄のときも看護師さんに移動などを手伝ってもらいました」
看護師が質問して「看護要約」や「外来診療録」に記録するとき、「仕事中のことだから労災ですね?」と聞かれた。
「そう聞かれたので、私もその通りだと思い、労災申請します、と答えました」
そして看護要約には「仕事中に腰をいため翌日受診」と記録され、外来診療録にも「労災予定」と記載されている。
ところが、トヨタではこの常識が通用しないのだった。
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豊橋医療センターを退院。その後リハビリ専門医療機関や整骨院の自由診療など長期の医療療養を余儀なくされた。
3泊4日入院した豊橋医療センターの支払い領収証。3割負担で支払っている。このほか、ケガ直後に運ばれた整形外科、はしら整形リハビリクリニック、整骨院など治療は長期にわたり、原沢氏は膨大な支払いを余儀なくされた。労災申請をトヨタが認めなかったからである。
会社を休み療養するには医師の診断書が必要。そのために来院したときに記録。
リハビリ総合計画書。ここには10回ほど通ったという。その後も整骨院にかようなど原沢氏は回復に努めた。その結果、1か月すぎたころに復帰し、腰に負担をかけない軽作業を始めた。結局、日常生活を普通にできるまでに約半年間かかった。
椎間板ヘルニアと診断された。
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