My News Japan My News Japan ニュースの現場にいる誰もが発信者のメディアです

ニュースの現場にいる誰もが発信者のメディアです

キヤノン偽装請負 申し入れ翌日、目の前で行なわれた証拠隠滅工作

情報提供
ReportsIMG_I1177309393600.jpg
黒田諭さんの勤務先はキヤノンの光学機器事業所。JR宇都宮駅から車で15分の工業団地の中に大きな敷地を占める。
 昨秋から注目を集めたキヤノンの偽装請負。今年2月に衆議院予算委員会の公聴会で、請負社員が結成した労組の支部長が実態を語り、批判を受けたキヤノンは方針転換を迫られた。『朝日新聞』は「キヤノン、非正規雇用者から千人を正社員に登用」との記事を掲載。だが偽装請負の被害者らが訴え出た直後、キヤノンは偽装の証拠を隠滅して体裁だけ整え、栃木労働局も半年経った今に至るまで指導せず、問題は解決していない。非正規社員として宇都宮光学機器事業所に10年間勤務し、現在も請負契約で働く黒田諭さん(28歳)に実態を聞いた。

 「キヤノンのグループ各社の国内工場で働く派遣・請負労働者は昨年暮れ時点で2万人余。このうち、主に派遣労働者(1万3000人)から08年末までに期間工として2500人、正社員として1000人を直接雇用する」(『朝日新聞』2007年3月26日付)

◇報道とかけ離れたキヤノンの回答 
 「最初にこの朝日の記事を読んだ時には、やっと会社側も考えを変えてくれた、これで正社員になれる、とほんとにみんな喜んだんです。

 ところが実際には、請負社員はそこに含まれなかった。将来的には考える、ということもなかった。それはやっぱりすごいショックでした。

 正社員になりたいという訴えを去年の10月から始めて、会社側がやっと前向きな見解を示してくれたと思ったのに。この内容では自分たちには直接的に喜べることではないなあと」
 黒田諭さん(28歳)さんがキヤノンに勤め始めたのは1997年4月。生まれも育ちも宇都宮で、普通科の高校を卒業し、地元にあるキヤノンの宇都宮光学機器事業所で派遣社員として働き始めた。雇用主は現在とは別の派遣会社で、そこからキヤノンに派遣されることになった。
 「キヤノンで働けると聞いて、面白そうだと思い登録しました。僕が卒業した10年前は就職氷河期と言われ始めた時期で、会社の求人が少なかった。当時は正社員、派遣社員という区別は全然意識していなくて、仕事として見たときに魅力的だったので。その当時にキヤノンで派遣で働いている先輩がいて、仕事の内容を聞いて、ああ面白そうだなと思った。

 ものを作るのが昔から好きでした。条件としても初任給の給料が良かった。当時は高卒ですぐに手取りで18万円もらえる職場はなかなかなかったので」
◇リーダーとして機械動かす
 黒田さんの仕事は、ステッパーと呼ばれる半導体露光装置に搭載されるレンズの加工と測定作業。1台数億から数十億円もするステッパーの核となる業務で、求められる精度は世界最高レベルだという。

 誤差を縮めるには熟練の技術が必要であり、マニュアル化はできない。黒田さんはキヤノンの正社員とともに立ち上げからこの業務に参加した生え抜きだ。
 「僕たちが作っているのはとても特殊なレンズで、その名称自体が当時から企業秘密でした。他から電話がかかってきても『その言葉を使うな』と言われていて、これが最先端の技術なんだという誇りを感じました。

 一人前になったと実感したのは、リーダーとして1人で機械を動かすのを任された時ですね。入社して2年くらい経っていました。

ReportsIMG_H1177506436109.jpg
黒田さんが請負契約している(株)アイラインの専用駐車場。請負社員はここでマイカーからマイクロバスに乗り換えキヤノン工場内へ
 ちょうどその頃から交代勤務が始まりました。今は24時間連続操業で、昼の勤務は朝8時から20時半、夜の勤務は20時20分から8時10分まで、休憩は1時間半です。4組2交代制で、ABCDに分かれて3日おきのシフトです。

 Aが昼勤、Bが夜勤、CDは休み。ABが3日仕事だとCDは3日休み、その順で交代していく。AB班とCD班のメンバーはほとんど顔を合わせることはありません」 ◇不条理な措置で深夜業務がなお過酷に
 「一番辛いのは深夜業務で、昼間寝ても夜はやっぱり眠い。夜に12時間働かなければならないのは辛いです。作業はずっと立ちっぱなしです。

 最初は椅子があって、測定でも加工でも座りながら機械を操作していた。それが2004年くらいから、椅子は動作の邪魔になるので無駄ということで、職場から全部出されました。最初に立ち作業が始まって3日間くらいは、家に帰ってきてもかかとがしびれていました。

ReportsIMG_G1177506432505.jpg
アイラインの制服を着る黒田さん。職場ではこの上にクリーンスーツを着て作業を行なっている。
 ずっと立っているのは辛いから、みんな仕事中にしゃがんじゃうわけですよ。基本的に重いものを持つんですね。10キロ以上のレンズを持って腰を壊す人もいるし。今も、請負会社の采配で決められるんだから『椅子を置いてくれ』と頼み続けていますが、いまだに置いてくれません」 

 黒田さんは、2005年3月に以前の派遣会社から(株)アイラインに移籍し、その会社がキヤノンと業務請負契約を結んでいる。請負とは、キヤノンの製造工程の一部をまるごと請け負う形態で、現場での指示命令はアイラインの社員が行わねばならない。雇用形態が派遣から請負に変わっても、現場の仕事内容は同じだ。

 最新の契約書では雇用期間は3月21日から6月20日まで。3カ月という短い契約を更新しながら長年働いてきたが、昨年秋に「もうだめだ、退職しよう」と考えたことが、自身の偽装請負状態を知るきっかけだったという。

◇請負会社の冷たさで新たな出会い
 「20代も後半になって、今の不安定な生活をこの先も続けていけない、と感じていました。早く安定した職を見つけなきゃいけない、だけど今の仕事もやりがいがあって辞めたくない、その葛藤がずっと続いていた。

 そういう思いをアイラインの管理者に伝えて、『キヤノンの正社員になれる道はないですか』と相談しました。でもその人は全然親身になってはくれず、ただ、『同じ請負社員の大野さんたちがそういうことを話していたみたいですよ』と言っていたので、じゃあ大野さんに相談してみようと考えました。

 それが去年の10月で、キヤノンに正社員の申し入れをする直前でした」
 大野さんは現在、労働組合キヤノンユニオン・宇都宮支部支部長であり、黒田さんは副支部長。非正規社員も加入できる労働組合である東京ユニオンに加盟している。黒田さんはCD班、大野さんはAB班だったため、当時はあまり親交がなかったという。
 「大野さんはその時すでに東京ユニオンに相談していて、その話を聞く中で、自分たちの職場は偽装請負という状態なんだ、というのを初めて知りました。なぜ会社がそんな違法なことをするんだろうと疑問がわきました」
 本来の請負は仕事を請け負った業者がその責任で仕上げ納品するが、実態は派遣なのに請負という形をとって働かせる脱法行為が、偽装請負だ。つまり、黒田さんの管理者は本来、アイライン社員でなければならないのに、実際にはキヤノン社員なのだった。

 労働者派遣法により、派遣労働者は2007年2月末までは1年、それ以降は3年を越えて勤務した場合、派遣先企業はその派遣労働者を直接雇用する責任を負う。その責任を免れながら長期間働かせることを狙いとして、偽装請負を行なう企業が後を絶たない。

 しかしキヤノンの元会長であり日本経団連会長の御手洗冨士夫氏は、自社の偽装請負を反省するどころか、「請負法制に無理がありすぎる」「これをぜひもう一度、見直してほしい」と開き直り、「3年超は正社員化」という本来の法の趣旨とは逆行した発言をしている。
 「東京ユニオンの人から説明を受けて、自分たちの契約書は派遣契約だと思っていたのが実は請負契約を交わされていたことを知りました。普通の人が見たのでは派遣なのか請負なのかわからない契約書の内容になっていたそうです。

 僕自身の契約は、以前の派遣会社からアイラインに移籍する前から請負契約だったのか、それとも派遣契約だったのか、そのへんは今もあやふやなままですが、自分としてはずっと派遣契約だと思って働いていました。

 後から知ったことですが、2005年の5月に職場全員、請負から派遣に契約を切り替えられました。そして2006年の5月に再び、派遣から請負に契約を戻されました。

 その際にも正社員化の申し込みもなかったし、そういう制度があること自体も知りませんでした。

 偽装請負のことを理解したときに思ったのは、一緒に仕事をしてきたキヤノン正社員の人たちも、そういうことを知りながら僕たちのことを使っていたのか、知らないで一緒に働いていたのか、ということ。

 僕は今でも、回りの人たちは知らなかった、と思っていますけど。ずっと親切にしてくれたし、感謝する気持ちの方が大きい。立ち上げの時に教わった正社員の方とは今でも一緒に仕事をしています」
◇申し入れ直後から証拠隠滅工作が 
 「『10月21日から再び派遣に切り替わります』と会社から通告を受けたのが2006年9月頃。東京ユニオンに相談して、偽装請負を申告するには自分たちが請負契約の状態で行ないたいと考えて、10月18日にキヤノン本社に正社員採用の申し入れをすることにしました。

 その前に東京ユニオンに加盟して、宇都宮支部を結成しました。

 本社に申し入れした時は不安と緊張でいっぱいでした。僕らCD班は仕事で行けなくて、AB班の大野さんたち4人が本社に向かいました。仕事中に急に職場内があわただしくなって、職場長が「今日は何班が休みだ?」と聞きに来て。

 本当は、今まで親切にしてくれた職場の正社員の方たちに事前に話そうかとも考えましたが、それを聞いた正社員には会社に対しての報告義務も生まれてしまうし、逆に負担をかけることになる。騙すとかいう気持ちではなくて、その人たちの立場を気遣って、18日までは黙っていようと決めました。

 次の日から僕たちがどういう扱いになるか全然わからない状況だったので不安に思っていましたが、夜勤に入る前に大野さんから連絡があり、マスコミの人たちがいっぱい来てくれて、すごい反響だったと知りました。

 その前日の17日には栃木労働局に偽装請負の是正と正社員への雇用を指導するよう求めた申し入れを行ない、僕も参加しました。こちらにも新聞やテレビ局が来てくれました。その反響は予想以上で、応援をしてくれる人たちも増えてきて、自分たちでも『すごいねすごいね』と驚いていた感じでしたね」
 しかし、マスコミ報道で社会問題化するや、キヤノンは職場から偽装請負の痕跡を消す動きに出た。
 「本社に申し入れをした次の日に、今まで一緒に働いていた正社員の人たちが目の前で全部机を運び出し始めました。掲示物も、キヤノンのものを全部アイラインの名前に書き換えたものに差し替えていく。

 他の職場では、見られちゃいけない書類をずっとシュレッダーをかけていたとか。偽装請負なんてなかったよ、もともとからきちんとされていたんだよ、と。

 僕たちとしては、目の前でそういう偽装工作をされるんだから、それはもうショックでしたね。

 正社員の人たちとも話せなくなった。後でさりげなく『たいへんだった?』と聞いてみたら

この先は会員限定です。

会員の方は下記よりログインいただくとお読みいただけます。
ログインすると画像が拡大可能です。

  • ・本文文字数:残り2,105字/全文6,313字

黒田さんの給与明細。もちろんボーナスはない。派遣会社からアイラインに移籍した際に賃上げがあったおかげで年収では400万を超えるが、それも平均して月4日休日出勤を重ね、年間480時間以上の残業代を加えてのこと。同じ高卒で黒田さんより年下のキヤノン正社員には結婚してすでに自宅を建てている者もいるが、黒田さんたちに同じ生活は望めない。最近入社した請負社員はより低賃金に抑えられたままだという。

公式SNSはこちら

はてなブックマークコメント

もっと見る
閉じる

facebookコメント

読者コメント

りょう2017/01/15 18:24
なな2010/01/05 23:06
ニコ2008/11/20 09:40
2008/03/08 23:15
オペレーター2008/02/01 02:51
みどり様2008/02/01 02:51
みどり2008/02/01 02:51
みどりさんへ2008/02/01 02:51
それは犬の誇りです2008/02/01 02:51
IT勤務2008/02/01 02:51
みどり2008/02/01 02:51
田中洌2008/02/01 02:51
その前に2008/02/01 02:51
田中2008/02/01 02:51
オペレーター2008/02/01 02:51
司令の育児休暇2008/02/01 02:51
nami2008/02/01 02:51
nami2008/02/01 02:51
ピンクの小粒、好楽2008/02/01 02:51
ちび2008/02/01 02:51
それにしても2008/02/01 02:51
悪徳なやり口を取る2008/02/01 02:51
派遣や請負で辛い想い2008/02/01 02:51
通りすがかり2008/02/01 02:51
みどり2008/02/01 02:51
寸止めの精神2008/02/01 02:51
みどり2008/02/01 02:51
くま2008/02/01 02:51
しんあい2008/02/01 02:51
あいしん2008/02/01 02:51
オペレーター2008/02/01 02:51
田中洌2008/02/01 02:51
技術者2008/02/01 02:51
※. コメントは会員ユーザのみ受け付けております。
もっと見る
閉じる
※注意事項

記者からの追加情報

本文:全約7,200字のうち約2,200字が
会員登録をご希望の方は ここでご登録下さい

新着のお知らせをメールで受けたい方は ここでご登録下さい (無料)

キヤノンユニオン活動報告
東京ユニオン・キヤノン支部担当者による4月に立ち上げたばかりのブログ